勅使河原さんとシルバー磨き
「さすが高橋さん。
手際いいです、速いです。」
「ありがとう。でも、
まよちゃんだって
ていねいに磨けてて良いと
思うよ。」
……
夕方。ファミレス。
バイトの時間。
今日は雨。
お客様が少ないので
高橋さんと私とで、
カウンターの後ろに下がって
シルバー磨きを
することになった。
高橋さんは20才。
男子大学生。
小柄で華奢で、
一見高校生に見える、
はっきりいうと可愛い感じの人。
私の指導係。
私を「妹みたいで可愛い。」
と
言ってくれて、
ここでバイトを始めて1ヵ月の
私に色々親切に教えてくれる。
そう。
例えばこのシルバー磨きも。
……
シルバーとは、
ナイフやフォーク、
スプーン等の食器のこと。
基本、食器洗いはキッチンにある
大型の食器洗浄機が
してくれるのだけれど、
それだけだとシルバーに
水滴のあとが残って
くもって見えたりする。
だから。
こうしてひとの手で
シルバーをピカピカにする
最後の仕上げをする。
……
やり方はまず左手の上に
布ナプキンを広げる。
それから
シルバーを何本かそろえて
そのナプキンの上に置く。
その後ナプキンの端で1本ずつ
包むようにして磨いていく。
……
「でももっと
スピードもあるとイイネ!」
「わ。びっくりした。」
いきなり
後ろから話しかけられて、
私はあわてて振り返った。
見ると店長がいつの間にか
カウンター内に来ていて、
私の手元をのぞき込んでいる。
いつもニコニコしていて、
ぱっと見は
優しいお父さんタイプの男の人。
その話す感じは何となく
おじいさんくさい。
でも時々すごく動きが素早い。
年齢教えてくれないけれど、
もしかしたら
意外と若いかもしれない。
……
「ほら。目で追えるかな。」
そう言って店長は
ナプキンとシルバーを取ると、
お手本に磨いて見せてくれた。
確かにすごく速い。
「あ。はい。頑張ります。」
私も店長のやり方を何とか
真似して、
磨く手を速めてみた。
と。
「でも、店長確かに速いけど、
お手本にするには
結構仕事雑ですよね。」
と、
高橋さんはそう言って、
店長の磨いたシルバーを
つまみ上げた。
「あ。」
そこには水滴のあとがあった。
「老眼かな。
見落としちゃった。」
店長は
そう言って肩を落とした。
「あ。そういえば。」
と、
高橋さんはスルーして続けた。
「このお店だと一番、
勅使河原さんが
シルバー磨き
速くて上手いよね。」
「え。」
私はドキッとした。
不意打ちで勅使河原さんの名前を
聞いたから。
「まよちゃん、
勅使河原さんをお手本にすると
いいよ。ね。店長。
勅使河原さん交代しよ。」
高橋さんはそう言って
ホールに立つ
勅使河原さんに声をかけた。
勅使河原さんが振り返って
こちらを見る。
いつもの一見無表情だけど、
大人っぽいかっこいい顔。
……
「じゃあ、
2人共後はよろしく。」
うなだれた店長と連れ立って
カウンターを出る時、
そう言ってこちらを振り返った
高橋さんの目が
ウィンクしたように見えて、
私はドキッとした。
でも。
気のせいと思うことにした。
だって。
まだ私は友達の理佐にしか
何も話してないし、
私の勅使河原さんへの接し方も、
バイトを始めた1ヵ月前と、
ほとんど変わりはなかったから。
……
と。
勅使河原さんが
カウンター内にやって来た。
ドキドキする。
隣に並んで、
もっとドキドキする。
私はナプキンを取る
勅使河原さんの手元を
そっと見た。
私より手にしたシルバーの数が
多いのは、
勅使河原さんの手が大きいから。
ナプキンの上に、
綺麗にそろえて並べられる
シルバー達。
そして。
勅使河原さんが
シルバーを磨き始めた。
……
「わ。速い。」
私は思わず声に出した。
勅使河原さんの手際が、
さっきの店長以上に速くて、
高橋さん以上に良かったから。
てきぱきと磨かれ、かつ、
ちゃんとピカピカになった
シルバーが、
目の前のトレーにすたんすたんと
リズミカルに並べられていく。
「勅使河原さんすごい。」
私は感動して続けた。
「どうすればそんなふうに
速くて綺麗に磨けますか?」
「……」
「あ。すみません。」
「慣れ。」
「あ。なるほど。」
「……」
「フォークならフォークだけ。」
「え。」
「シルバー。
同じ種類だけ手に持って。」
「あ。ありがとうございます。」
……
そこで会話は途切れた。
でも。
私はもう一度そっと、
勅使河原さんを盗み見た。
きちんと着こなされた
制服の白いカッターシャツ。
黒のベスト。
似合ってる。
少し崩した感じに着ていた
高校の制服も、
似合っていたけれど。
……
そう。
バイトを始めてからこの1ヵ月。
(かっこいいな。)
とは思っていたけど
いつも無表情なところが少し
恐く感じられて、
全然話せなかった勅使河原さん。
でも。私がこの前
失敗をしそうになった時、
すごくフォローしてくれたり、
偶然私とおな高
=同じ高校の2年生、
私の1年先輩
なのが判ったりした。
その時やっと少し話しが出来て、
それからもっと話したくなった。
もっと
勅使河原さんのことが
知りたくなった。
そして。
改めて前より
よく見るようになったら
新しい発見もあった。
勅使河原さんが、
全然無表情じゃなかったこと。
そう。例えばこの前。
勅使河原さんはお客様に
呼ばれた。
サラリーマン風の、
ちょっと神経質に見える
男性のお客様。
ディナーセットの内容とか、
サラダのドレッシングの種類や
味はどんな感じなのかとか、
すごく細かく聞いていた。
でも。
勅使河原さんはそれにきちんと
1つ1つていねいに答えていた。
その様子を見ていた
私ははっとした。
勅使河原さんの顔、
感情は相変わらず出ていなかった
けれど、
全然無愛想じゃなかったから。
ちゃんと見ていたら判った。
お客様に向けられた、
静かだけれどやわらかな眼差し、
表情。
私は見とれた。それから。
(お客様いいな。)
と
思った。
……
と。
はっと我に返った。
その時、
私は自分の視線が勅使河原さんに
釘付けになっていて、
自分のシルバーを磨く手が遅く
なっているのに気付いたから。
あわてて作業に集中する。
(また。やっちゃった。)
と、
反省する。
気持ちを切り替えて
目の前の仕事に集中する。
(仕事中なのに、
勅使河原さんに見とれていちゃ
ダメだ。)
と。
そう。少し前にそれで
失敗もしてしまっていたから。
……
そう。勅使河原さんが
お客様に対応している様子に
見とれた時のこと。
私はふと
通りかかったテーブルの上に、
空になったお皿を見つけた。
「お下げしてよろしいですか。」
「は?」
お皿に手を伸ばそうとした私は、
女性のとがめる感じの声に、
はっと動きを止めた。
声の主は、
空のお皿のあるテーブルに着いた
こちらを見上げる、
怒った表情のお客様。
OL風の若い女性。
「まだ食べてるんだけど。」
「え。」
見るとその手にはまだ
サンドイッチのかけらがあった。
口ももぐもぐしている。
「あ。すみません。」
私はあわてて謝った。
そう。
勅使河原さんを気にしすぎて、
食事途中のお客様の様子を
ちゃんと確かめもせず
食器を片付けようとするような、
失礼をしてしまったのだった。
……
「それはまよが悪いよ。」
やっぱり理佐に怒られた。
黒髪ロングの大人っぽい美人。
私の中学の頃からの相談相手。
高校。お昼の時間。
最近はいつもこうして学食で、
お昼を一緒にしてもらいながら、
話を聞いてもらっている。
……
「でもやっぱり、
話す時間がとれてないのが
きついよね。
まよの気持ちも判る。」
「うん。ありがと。
私もちょっと考えてる。」
と、
私もうなずいた。
同じ高校だったからといって、
きちんとした用事もなく
いきなり2年生、
上級生のクラスに押しかける
勇気なんかなかった。
だから。
本当は一緒に帰れるように、
勅使河原さんの
バイトが終わる時間に合わせて、
私も普段のバイトを
22時まで延長しようと思った。
けれど。
「高1の女の子が外にいていい
時間じゃないからダメ。」
と、
両親に反対されてしまって
実現出来なかったのだ。
だから。
私は他の方法を考えていた。
仕事もちゃんとしながら、
勅使河原さんと
もっと自然に話ができるように。
……
と。
「あ。まよ、いた。」
不意に、
名前を呼ばれて振り向いた。
見ると3人の女子が
学食の入口からこちらに向かって
手を振ってるのが見えた。
こちらに来る。
と。
「まよ。なんで携帯見ないの。」
いきなり怒られた。
背の高い眼鏡女子、
れいなだ。綺麗系。
「ダメだよ、みんなで
今度の日曜映画とか行こうって
話してたのに。」
渚にも怒られた。
明るい色の髪を
サイドアップにした女子。
ちょっと色っぽい。
「ケーキバイキングとかも。」
亜美にも怒られた。
背は私より10cm低くて
145cmだけど同じ髪型、
ショートボブの女子。可愛い。
みんな同じクラスの私の友達。
帰宅部の女子だ。
「あ。ごめん。」
急いで携帯を見て謝った。
でも。
私は更に謝った。
「ごめん、ダメだ。
私、日曜日、
バイト入れちゃったから。」
と。