勅使河原さんとの出会い(2)
「あ。」
思わず声が出た。
いつも無表情なことが多くて、
例えば何かに、
関心を示すというようなことは
ほとんどなさそうな、
クールな勅使河原さんの目も、
ちょっと見開いて見える。
やっぱり驚いてるみたいだ。
だって。
私達は意外な場所で
再会したから。
そう。そこは高校。
私が通っている
高校の校内だったから。
紺のブレザー。
グレーのズボン。
うちの制服を着た勅使河原さん。
ネクタイはゆるくして、
ズボンは少し下げて、
崩した感じで。
(似合ってる。)
最初にそう思った。
いつものきちんと着てる
ウエイターの制服の、
白のカッターシャツに
黒のベスト姿もいいけれど。
スタイルがいいから、
何をどんなふうに着ても似合う。
と。
ちなみに女子の制服だと、
上は一緒で下はグレーの
プリーツスカートだ。
……
と。
不意に、
勅使河原さんが下の階に向けて
あごをしゃくった。
「担任に呼ばれてるから。」
「あ。はい。」
我に返って、
私は更に脇によけた。
そして。
はっとあわてて質問した。
「勅使河原さん、
何で高校生なんですか?」
「は?」
「あ。」
私はあわてて言い直した。
「何年生なんですか?」
「……2年。」
勅使河原さんはそれだけ言うと、
そのまま
階段を降りていった。
その時はその場で別れた。
……
(おな高だったんですね。)
(すごく大人っぽいし、
落ち着いてるから、
社会人だと思ってました。)
(私は1年です。)
(どこから通ってるんですか。)
等。
言いたいことや、
聞きたいことは、
もっとたくさんあったけれど。
そして。
……
その夜。バイトの時。
「3番入ります。」
と、
私はホールが一段落した時を
見計らって3番に入った。
ちなみに3番というのは
お店の暗号でトイレ休憩のこと。
その足で、
少し前に休憩に入った
勅使河原さんを探す。
と。
やっぱりいつもの、
お店の裏にいた。
1階にうちのファミレスが
入っている4階建てのビルと、
5階建ての隣のビルの隙間の、
せまい路地。
……
「勅使河原さん、
ちょっとだけいいですか。」
お店の裏口の扉を開き、
勅使河原さんがその脇にいるのを
確認するのと同時に、
私は勅使河原さんに質問した。
「同じ高校なのにどうして
私よりバイト早いんですか?」
「何時にバイト
入ってるんですか?」
「私、授業が終わったらすぐに
学校を出て間に合う電車に乗って
ここに来てるのに。」
と。
それから勅使河原さんを
見上げた。
勅使河原さんも、
こちらを見ていた。
でも。
リアクションは、なかった。
……
(ちょっとの質問じゃ、
なかったですね。)
と
自分で思い、私は赤くなった。
色々話したいのに機会がなくて、
せめて休憩時間、
お邪魔してしまっても、
質問したいと思っていた。
でも。
結局すごく緊張して、
何から聞きたいか判らなくなって
しまって、
結局ただ唐突で、
失礼な感じになってしまった。
と。
だから。
……
いきなり色々すみません。
お邪魔しました。
と
謝って扉を閉めて
ホールに戻ろうとした。
と。
……
「16時。」
勅使河原さんが答えた。
え。
と私は振り返ってたずねた。
「バイト入るのがですか?」
勅使河原さんはうなずいた。
「そうなんですか?
私よりも1時間も早い。」
「俺。チャリ通だから。」
「え。」
と
私は固まった。
終業時間の15時30分から30分。
うちの高校からお店まで距離、
どのくらいあったかな。
と考えて。
そして言った。
「うちの高校からここまで、
ものすごい遠いですよね。
なんか勅使河原さん
車並みに自転車速いです。」
と。
すると。
勅使河原さんの口元が、
ほんの少しだけ
上がった気がした。
笑ったんだ、と思った。
だから。
……
私はもう一度
勅使河原さんを見上げた。
そして。
勅使河原さんが答えてくれて、
そして少し
笑ってくれたのに気をよくして、
改めてその手元に注目した。
やっぱり
そこにはタバコがあった。
だから。
私は意を決して、
深呼吸をひとつした。
本当に言いたいことを言う為に。
そして。
私はお店の方を気にしながら
「あの。」
と、
いっそう小声で勅使河原さんに
話しかけた。
「未成年ならタバコ、
ダメじゃないですか?
怒られないですか?」
と。
……
勅使河原さんの目が、
気持ち細くなったような
気がした。
私はひるんだ。
やっぱり余計なことを
言ってしまったかなと思って。
でも。
未成年者に禁じられた行為を
したと
勅使河原さんがとがめられて、
バイトをやめさせられたりする
のは嫌だと思った。
だから。
……
と。
勅使河原さんは
ズボンのポケットを探ると、
小さな緑色の箱を
こちらに放ってよこした。
あわてて受け取る。
見ると箱には
「禁煙パイポ」と、
書いてあった。
……
「勅使河原さんが吸ってるの、
これですか?」
勅使河原さんはうなずいた。
「いつもこれだったんですか?」
勅使河原さんはうなずいた。
(タバコじゃなかった。)
ほっとした。
思わず笑ってしまった。
それから。
ふと気になってたずねた。
「これ、高校生でも
吸っていいんですか?」
「ただのミントだし。」
「え。」
見ると確かに
(内容成分:L-メントール・
ぺパーミントオイル・香料)
としか書かれていない。
ハッカパイプ
みたいなものなのかな。
と
思った。
……
その後。
ありがとうございます。
と
お礼を言って
パイポを返そうとしたけれど、
勅使河原さんは
受け取らなかった。
「もらっていいんですか?」
そう聞くと、
勅使河原さんはうなずいた。
……
と。
「まよちゃん、具合悪い?」
高橋さんの声がした。
すみません、
大丈夫です今いきます。
と
あわてて返事をする。
そして。
ホールに戻る前に、
私は何とかもう1つ質問した。
「なんで勅使河原さんは
これ吸ってるんですか?」
「禁煙中だから。」
……
「え。」
と私は固まった。
冗談を言ったのかな。
と
思って改めて
見上げた勅使河原さんは、
やっぱり
無表情なままだったけれど。
……
その夜。
自宅に帰った私は、
部屋でパイポを箱から1本
取り出してながめて見た。
ぱっと見はタバコそっくりの、
10cm足らずの
プラスチックのスティック。
……
(勅使河原さんのことが、
少しだけど
知ることが出来て良かった。
またもっと話せたらいいな。)
そんなふうに思った。
それから。
パイポを口に加えてみた。
すると。
ミントのすっと
さわやかな香りを
舌の上に感じた。
勅使河原さんが、
いつも感じてる味。
私はそんなふうに思いながら、
そのひんやりした香りを、
胸一杯に
吸い込んでみたのだった。
……