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ピザフライ

すっかり薄暗くなった住宅街を、速足で歩く。携帯を取り出し、画面の時刻を確認すると、すでに七時半を回っていた。


「さっさと帰らねぇと、あいつ何するかわからんしな……」


独りごちつつ、徒歩五分程度の最寄りのコンビニへと急いだ。



――――――――――――――――


「何食うか、聞くの忘れてたな」


コンビニに着くなり、俺は早速頭を抱えていた。携帯で聞くわけにもいかないし、いまさら帰るのも面倒だ。


個人的に、こういった買い出しがとても苦手である。性格上、どうせ買ってきてやるなら、要望の物を買って感謝されたい。勝手に好みじゃないものでも買って、不満でもぶつけられたらたまったもんじゃない。


しかし、この状況じゃあそうも言ってられない、適当にから揚げ弁当でも買っていこう。


「……どうやら、今日は何も起きなさそうだな」


入店する前に、中の様子をうかがう。俺の不幸体質のせいで、このコンビニには相当迷惑をかけているからな……。

それというのも、俺がこのコンビニを利用しだした頃から、少なくともこのコンビニには強盗が六回侵入している、無論俺が来店している時に限ってである。

最近では少しでも被害を分散させるため、あちこちのコンビニを順繰りで使うようにしている。その手間の甲斐あって、ここ二、三年は強盗に出くわさずに済んでいる。こういった不幸は、意外と回避できるのだ。



思い直し、目前のコンビニへ入る。少し見渡すと、店内には客がおらず、適度なBGMとカウンターから店員の挨拶だけが響く。夕飯時にわざわざコンビニに来る奴なんて、そういないか。

ここの常連である俺は、迷わずお弁当のコーナーへ突き進む。


「からあげからあげっと……ん?」

数あるお弁当の中から、一際俺の目引いたのは、新商品と札を立てられた弁当。

「ピザフライ弁当って……何でも揚げりゃいいもんでもないだろう」


中身は品名通り、ただのピザを揚げたものと白いごはんが詰めてあるだけだ。「気分はイタリアン!」とポップに書かれている。

しかし、日本人というものは新しいものが大好きなのだと、改めて痛感する、こんな変則的な弁当でも、新商品と銘打てば売れるらしく、ピザフライ弁当は残り一つという状況だった。


ふむ、俺はこんな危なっかしいものに挑戦するほど、チャレンジャーではない。

だが、メアならこういうの好きそうだな。さっきも「ピザ豚骨味」うまいうまい言ってたし、あいつはこれでいいか。


そう決まると、俺はピザフライ弁当に手を伸ばす。


「よっと……あ」

「あ」


不意に、視界の外から伸びてきた、華奢な指と俺の指がぶつかる。


「」

「あ、っと……すいません」


あわてて腕を引込め、反射的に謝罪する。こういった揉め事には慣れっこなので、早めに謝るのが板についてしまっているのだ。我ながら哀れである。


が、相手は強面の兄ちゃんなどではなかった。

背丈からして、中学生くらいだろうか。綺麗な黒髪のツインテールが目を引き、黒いフード付きの服装が黒髪と同調しており、相対的な色白い肌が映える。


こんな可愛い子、店の中にいたのか……。俺がその容貌に見とれている間も、少女は無表情のまま、ピザフライ弁当を見つめている。


まさか、こんな弁当を取り合う羽目になるとはな、とはいえ、俺がこの弁当に大した思い入れがあるはずもなく、俺はすぐさま手を引いた。


「あ、ごめんな、どうぞ」

「……いいの?」

「おう、君のほうが早かったからな」


不思議そうに首をかしげる少女に頷き、隣のからあげ弁当を二つ取ると、カウンターへと向かう。


「おや、船坂君いらっしゃい」

「どうも佐藤さん」

カウンターにてなじみの店員さんである、佐藤さんと挨拶を交わす。気のいいおじさんで、いつもこの時間帯がシフトらしい。


「はい、二点で七百六十円です、珍しく今日は大食いなんだね」

「え、えぇまぁ」

まさか「居候ができまして~」なんて世間話に発展できるわけもなく、俺は苦笑いで応じる。


精算を済ませ、弁当の入った袋を受け取り、佐藤さんに見送られる形で、俺はコンビニを出た。


いやー、今日は何も不幸な出来事に会わず、買い物ができた!


コンビニで買い物。

こんな当たり前のことが、俺にとっては至福なのである。


さって、気分もいいまま、帰るとするか。


「困ったな……お嬢ちゃん、お金持ってないのかな?」

「……」



ふと、背後からの声に振り返る。すると、先ほどの少女と佐藤さんとが、何やら問答をしていた。


「……これ」

「えっと、これどこの国のお金かな……これじゃなくて、日本のお金、こういうのもってない?」

「……ない」


少女が見たこともない紙幣を取り出し、佐藤さんは千円札を取り出して質問しているが、少女はきょとんとしたまま、首を傾げるばかりだ。


「うーん……困ったな、これじゃ買えないし、どうしたもんか」

「」



佐藤さんの困った様子に、少しうつむくと、少女はピザフライ弁当を元のコーナーへと返しに向かう。

顔には出していないものの、その背中から心境を察するのは容易だ。


「ふむ」


俺は頬をひとかきし、再び入店する。またしてもお弁当コーナーへ直進すると、ちょうど少女の隣に並んだ。横目で一瞥すると、伏し目がちな表情。よほどこれが食べたいのだろうか。

俺は少女が置いたピザフライ弁当を取ると、カウンターに向かう。


「これください」

「あ、船坂君、でもこれ」

「いいから」

「は、はい、五百三十円になります」

気を使っているだろう佐藤さんにお金を払い、弁当を受け取る。

お弁当コーナーを見ると、少女の姿は無く、入り口に目をやれば、とぼとぼと外を歩く背中を発見した。



「おーい!」

「……?」



コンビニから出て、少女を追いかけつつ呼び止める。振り返った少女に、俺はピザフライ弁当の入った袋を差し出した。


「はい、これ」

「……!」


ほんの少し驚いたように、少女は目を剥く、そりゃいきなり、見知らぬ男から声かけられたら驚くか。


「あ、別に怪しいもんじゃないんだ、これ、食いたかったんだろ?」

「」


俺の問いかけに、少女はだまって頷く。


「じゃあ、ほらよ」

「……いいの?」

「おう、女の子には優しくってな」

「……おんなのこ」

「うむ」

「……ありがとう」


しばらく目をぱちくりしたのち、俺から袋を受け取ると、少女はお礼を述べた。

「いいんだよ、今度はちゃんとお金持って来いよな。じゃ!」



俺は軽く手を上げ、少女に別れを告げると、帰路についた。

カップ麺「ピザ豚骨味」の内容……ちぢれ細麺、豚骨スープにサラミとパセリ、仕上げに付属のオリーブ油とチーズケチャップ風味のフィリング、黒マーユをかける。お好みで粉チーズ(別売り)を掛けるとうまし。


メアの大好物。船坂はあまり好きではない模様。家にあった理由は間違えて購入したため。

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