こちらとむこう
「この世界とは、別の世界から、私はやって来ました」
メアの今更な口頭に、ついずっこけてしまう。
「そんな事は百も承知なんだよ! それがいったいどこなのか聞いてるんだ!」
「どこかと聞かれると困りますね……こちらの概念では、説明できませんし」
「はぁ? 説明できないってどういうことだよ?」
「じゃあお尋ねしますが、旦那様の住んでいる世界はどこにあるんですか?」
「え? そりゃあ……?」
あれ?
そう言われてみると、どこなんだ?
というか、まずどことかじゃなくないか? 世界はこれ……日本とか、いわゆる地球上が全てであって、となると宇宙の彼方のどこかってことになるのか? その時点でどこなのか、ぜんぜん分かってないし……。
偉い学者とかなら位置計算とか角度が云々で、地球の正確な位置も多少は示せるんだろうが、あいにく俺にはそんな頭脳はない。
そもそも、世界とはなんだ? 宇宙とは違うんだろうし……地球上だけが世界? うん? つまり世界って?
「ね? 説明できないでしょ?」
「はっ!」
苦笑の混じったメアの声をきっかけに我へ返ると、脳内のややこしい雑念を振り払うように、俺はぶるんぶるんと頭を左右に動かした。
「すまん、少し飛んでいた。確かに説明はできないようだな」
「はい、なので、こちらとは違う世界。くらいの認識でいいかと」
「ふむ……で? その世界ってのは、昼間の怪物が住んでる世界といっしょなのか?」
「えぇ、アノン……奴らは私たちの世界、アルストレアを蝕む害虫です」
「アルストレア、それがお前らの世界の名前か?」
「そうです、アノンはアルストレアを崩壊へと導きつつあり、あまつさえこちらの世界まで、消滅させようとしています」
「そいつらの目的はなんだ?」
「わかりません。ただわかっていること……奴らは『世界を不幸にする』ということです」
「」
唐突な一言に、つい言葉を失う。
「アノンの出生、存在理由、何もわかっていません……しかし「アノンはそこにあるだけで世界を不幸にし、崩壊、消滅させる」私たちアルストレアの者にとっては、ただそれだけの害敵、いわば悪魔です。
だからこそ、アノンがこちらの世界に侵入すれば、世界は膨大な負の力に均衡を保てず、崩壊する。それを阻止するために私はこちらの世界にやってきました、神様の命令に従い、船坂さんを「守人」にするべく」
メアの表情は真剣そのもので、「わかっていただけましたか?」と俺に伺う。正直、情報量が多すぎて処理が追いついていないが、一応聞くべきことは聞いておく。
「話はまだ半ばくらいしか理解できてないが、なぜメアはこっちに来たんだ?」
「神様のご命令だからです、こちらの世界を救うように、と」
「まず、その神様ってのは誰なんだ?」
「アルストレアを統治している方で、いわばアルストレアの王様ですね」
「つまり、お前はその王様の命令で来たってわけか」
「そうなりますねー」
「でもだな、まずはそっちのアノンをなんとかしないとなんじゃないのか? いやありがたいんだがな?」
あわててフォローをいれると、メアの顔つきが一瞬曇ったような気がした。かと思えば、すぐににこにこ調子へ戻り、答えを返す。
「向こうは、アルストレアは人手が足りていますからー、なので、私がこちらに来たんです」
「そう、か」
どこか、納得できずにいる俺をよそに、メアは続ける。
「ちなみに、船坂さんを「守人」に選んだ真の理由も、もとより「不幸体質」の船坂さんなら、「不幸の根源」であるアノンとなんら問題なく対峙できるからです、なんせそれ以上不幸になりえませんからねー。
普通の人間では、アノンに近づいただけで、命すら落としかねません」
「つまり、目には目を歯には歯を、不幸には不幸をってわけか」
さもありなんといったように、メアがかわいらしく頷く。
さて、今まで散々話を聞いてきたわけだが、どうもこいつは……果てしなく不幸な匂いがするな。
「では、これからよろしくお願いしますね? 旦那様?」
「まてまて、俺はまだ承諾したわけじゃないぞ?」
「ですが、昼間はなんでもやってやる的なことを仰っていたようなー?」
「あれは言葉のあやだ! 大体、こんな危険そうな問題に、俺みたいな一学生が!」
「お人よしの無鉄砲、お節介焼きなのにちょっと悪ぶって、でも恰好つかなくて、困ってるひとは放っておけない、根っからの正直者……船坂さんは、そんな人です」
急に人の性格分析を始めだしたな、しかもちょい悪口入ってるし!
言葉につまりながら反論しようとする、そんな俺の口にメアは細く白雪のような人差し指を当てると、悪戯っぽく片目を瞑り、つぶやく。
「そんな正直者が、世界を守るヒーローにふさわしいと、私はそう思います」
「つっ!!」
なんだ、なんなんだ! メアのくせに!! ダメ天使のくせに!! 可愛いじゃないか!!! ちくしょい!!
あまりの破壊力に二の句を告げることができず、思わず退いてしまう。
俺から身を離すと、メアはさっきまでの真剣ムードをどこへやら、ゆっくりと伸びをした。
「んっ……ふぅ、ま、アノンが侵入したときには、私がお知らせしますからご心配なくー、それよりお腹がすきました」
「はぁ!? お前さっきまでカップ麺食ってたろ!!」
「まだ半分も食べてないのに、旦那様が止めるから……伸びきっちゃってますよ」
恨めしそうな表情で、スープを吸い尽くした様子のカップ麺を見せつけるメア。
そういえば、俺もまだ晩飯を済ませてなかった。時間帯的にもちょうどいいか。
「わかったよ……コンビニで弁当でも買ってきてやるよ」
「あ! なら私もいきまーす」
「ダメだ!!」
「えーなんでですかー」
「お前連れて行って、変に目立ったりしたら面倒だろ! おとなしく留守番してろ!」
「ぶーぶー、旦那様のケチー」
「なんとでも言え、いいか? 絶対に家から出るなよ?」
「それはあれですね? 出ろという振りですね?」
「どうやらガムテープで簀巻きにされたいようだな」
「過激な愛情表現はノーですー」
ぶすったれたメアを一人残し、携帯と財布をポケットに入れ、俺は家を後にした。
「」
「急がないと」
家のドアが閉まる時に、メアが呟いた一言を、俺は聞き逃した。




