神様代理という天使
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屋上から真っ逆さまに落下していく中、俺の思考は実にしなやかだった。
死んだらどうしよう。
そんな不安は小学5年生頃に消え失せている。
なぜなら……と、それよりもまずは、胸中の彼女をなんとかせねばならない。俺は大丈夫でも、乃木さんはそうはいかない。
といっても今の状況で出来る対策なんて、できるだけ彼女を強く抱きしめるくらいなのだが。
風の抵抗を感じながら、自身を受け皿にするように丸める。覚悟を決めて瞼を閉じ。
そして――
「がっふうげっ!!?」
――俺と乃木さんは屋上、すなわち6階建ての校舎の頂上から、堅固な大地に猛スピードでぶち当たった。
あまりの衝撃に、肺の空気が一瞬にして放出される。背骨が悲鳴を上げ、体中の関節がうなりを上げた。さらに後頭部も打ち付けたらしく、激しい鈍痛と眩暈まで襲ってきた。
「ぐっ……う」
声にならない声を滲み出し、焦点の定まらない目で腕の中の乃木さんを見やる。どうやら気を失ってこそいるようだが、怪我はないようだ。
彼女の無事を確認し、ゆっくりと乃木さんを横に寝かせる。
辺りを目線だけで見渡す。落ちた方角からして、ここは裏庭のようだ。
「っはぁ……まさか自殺に付き合って。とはな、ニューパターンで来やがっ……ててっ」
あえて現状を口にし、自らの状態も確認する。うむ、話せるなら大丈夫だ。
やはり、死なない。
が、しかし全身が落下の激痛に苛まれ、どうも身動きが取れない。
誰か救助を! ヘールプミー!!
なんて……こんな昼休みに、人通りの少ない裏庭で助けなど来るはずもないか。
「おやおや、死にかけですねー」
不意に。
透き通るような、芯の通った声が耳を突き抜ける。
思わず声の主を探そうとして、俺はとっても後悔した。落下の際に首まで捻挫していたようだ。涙が出てくる。
そんな俺の姿が面白かったのか、声の主がくすくすと笑い声を漏らした。
「何やってるんですか、おかしー」
笑われた気恥ずかしさと、消えない痛みをこらえながら、今度は首をいたわりつつ、声の主に向き直った。
「」
突如として、言葉を失う。
主体性がなくてすまないが、ひょっとしたら、俺は死んだのかもしれない。
なぜなら目の前に。
天使がいる。
純白の艶がかった長髪に、白絹のような肌、柔らかそうな唇に、凛とした目鼻立ち。主張の強い胸元に引き締まったアンダーライン。すらりと長い脚。
なにより、それらのパーフェクトパーツが霞むほど、強烈に目線を釘づけにされたのは、
背中から伸びた、真っ白な「翼」。
これは比喩表現でもなんでもない、事実、少女の背中から翼が生えているのだ。
目前の少女の体躯を上回り、どこか神々しい気配を持つ巨大な翼は、まさに天使の翼だった。
ここ天国ですか?
俺が言葉を失っていると、天使はきょとんとした表情を浮かべたのち、何かを失念していたといわんばかりに手を打った。
「あー羽、隠し忘れてました、念のためにいつでも飛べるようにしてたんですよー」
あっけらかんと言い放ち、天使が指を鳴らすと翼はそのオーラとともに消え去った。
ぽかん、という言葉が今の俺には一番ふさわしい擬音だと思う。それほどまでに俺は呆然としていた。
「おやおやー? しっかりー……ひょっとして、頭でも打たれましたか?」
「あ……いや、まあ頭を打ってはいるが、正常だ、大丈夫だ」
「お、自殺未遂の上、瀕死の体でよくお話になれますねー、てっきり死んだものかと」
「勝手に殺すな……生まれた時から幸か不幸か、傷の治りは早くてな」
話しながらも、進行形で体の自由が戻ってくる、首の捻挫も多少回復したため、上半身を起こす。額に触れるとぬるっとした感触……出血までしているらしいな。
「わ……あなた本当に人間ですか? 常人なら3回は死んでるくらいの傷ですけどー」
「だから、傷の治りは早いんだよ、そういうあんたこそ、人間かよ」
若干引き気味で尋ねる相手に尋ね返す。さっきの翼……は見間違いだったとして、最前からこの少女はどこか不思議な――
「あー申し遅れました、私、神様代理のラストメア・メサイアです、さっそくですが、世界を救ってください」
にこり、と電波走ったことを口走る相手に、
ついに俺は吐き気を覚えた。
✻✻✻✻✻✻
「この世界は今、滅亡の危機なんです」
目の前の少女、ラストメアはあくまで真面目顔を崩さず言った。
「異世界からの侵略者により、この世界は浸食されそうになってまして、それであなたに「世界の守人」になっていただきたく、こうして神様代理として、推参いたしましたー」
キランっっとポーズを決めるラストメア。口からよくわからん液体を垂れ流す俺。
これが今うわさの超展開ですね、わかりません!
「まてええぇこらぁぁぁ!!」
「はい?」
え? なに急に輩飛ばしてきてんのこいつ。といわんばかりに怪訝そうな顔を浮かべるラストメア。それこっちの顔ですけどね!
「いきなり現れて、世界の危機だなんだって……信じられるかよ!」
「うーん、こればっかりは信じていただくしかありませんね、あ、さっき私の羽とか見てますよねー? あれで信じていただけませんか?」
「……よし、百歩譲ってあれが本物で、お前が人ならざるモノだというところまでは信用しよう」
「おや、意外と物わかりのいい」
今まで生きてきて、さすがに人外にエンカウントしたのは初めてだが、信じられない出来事にはそこそこ耐性があるんだ。
「しかし、なぜ俺なんだ? 俺なんて不幸なこと以外、これといった特徴もない平々凡々野郎だぞ」
なんだろう、自分で言ってて泣けてきた。
「そこですよ、船坂逆さん。あなたの持つ「不幸体質」こそが、世界の危機を救う鍵なんです」
ラストメアは綺麗な指を俺に向け、片目を瞑った。
「ますます意味がわからん、どうせなら幸運なやつを探し――」
「あなた、死にませんよね」
唐突に、ラストメアの持つ空気が豹変する。柔らかな雰囲気から、ぴりつく冷気のような雰囲気に変わり、俺は思わず息を止めた。
いまだに座り込んだままの俺に合わせるように、ラストメアはしゃがみこむと、話を続ける。
「あなたのこれまでの人生で、普通の人間なら死亡してもおかしくない事故、事件、災害、病気、その総数は述べ3865件、そのどれもをあなたは奇跡的に生き延びている」
正直、そんなものは数えてるわけもないし、デタラメを言っていると考えるのが自然だ。
なのに、なぜか目の前の少女の語りから耳をそらせない。
「それだけを鑑みれば、あなたは実に運がいい……「幸せ者」だといえるでしょう、でもそれは違う。
あなたは「死ねない不幸者」だから」
一つの核心を突かれ、俺の鼓動は速度を増す。
「先ほど述べた3865件の出来事において、あなたはすべて「重傷」を負っています……内臓破裂や複雑骨折、重度の喘息に……今の自殺未遂もその内でしょうか。
あなたは死ぬよりも辛い目にあっている「不幸者」です」
底の知れない目の前の少女に、ただならぬ恐怖すら感じる。何も反論できず、俺は押し黙った。
「その「不幸体質」の副産物が「超治癒能力」。自らの肉体が限界まで耐えうるように「不幸体質」が変質させたんでしょう……実に興味深いー」
「待て」
放っておいたら、なにもかも話してくれそうなラストメアに待ったを掛ける。溢れ出す冷や汗を拭うと、手の甲には流血が混じったものがこびりついた。
ただ今俺はとてもとても焦っている。
なぜなら、ラストメアが語ったことはすべて「事実」だからだ。
実際俺は普通の人間とは少し違う、異常なまでの不幸体質に異常なまでの回復力。それは生まれついてのものなので、俺としてはいまさら不思議でもなんでもないが。それを誰かに言いふらしたこともないし、親だって小さい時から海外に出張中だ。
そんな事実を、こうもあっさり言い当てられると……。
「つまり、お前は……「お前死なないから世界守れ」ってことを言いたい訳か?」
「ごめーとー! なかなか物わかりがいいですねー、なでなでしてあげましょうかー?」
ぱちぱちと柏手を打つラストメア。
少しなでてもらいたいな、とか思ったが尊厳とかを顧みて抑えた俺。
こうして、俺の人生史上もっとも不幸な出来事が始動したのだった。