友達と友達
『本当に申し訳ありませんでしたぁぁぁ!!!』
「あ、あぁ、だからもう良いって」
あれからすぐ、気を失っていたエルフたちが目を覚まし、怒りに震えるハミルの鉄槌を骨身に受けたゾドム達は、こうして俺に向かって土下座を続けている。
「いえっ! 例え軽度の催眠を掛けられていたとは言え、知性高きエルフがアノン如きに謀られ、本来守るべきハミル様を危険にさらし、あまつさえハミル様のご友人にあのような……不肖ゾドム! 一生の不覚!」
「お前、なんかキャラ変わってないか?」
ひたすら土下座を繰り返すゾドムと、それに準ずるように土下座を行うエルフたち。
どうやらハミルに敵対していたエルフたちは、レフェグリスに操られていたようで、本来はハミルに対しても親愛に篤い、仲間意識も強いのだろう。
「ほら、お前ら操られてたんだしさ」
「だとしても、始まりはゾドムたちからなのです、ゾドムたちがアノンと接触しようとなどしなければ、こんなことにはならなかったのです」
「はっ、はい……ですがその、アノンと接触したのはその、うまくパイプをつければ、エルフの未来に繋がるかと考えたからでして」
「それで操られてたら世話がないのです、ねぇゾドム?」
「ひっ、ひぃぃ申し訳ございませんんんんん!!!」
気持ちばかりの抵抗に出たゾドムを一蹴し、後ろのエルフ共々震え上がらせるハミル。こいつも中々のやり手だな。
「……まぁ、僕も自棄になって村を飛び出たのは悪いと思っているのです……だから、これくらいで許してやるのです」
『はぁぁぁぁ……ハミルさまぁぁぁぁ!!』
「お前ら、反省してるか?」
ハミルがやむなく許すそぶりを見せた途端、喜び勇むゾドムたち。こいつらは本当に知性高き種族なんだろうか。
「ところで旦那様、傷の方はもう大丈夫ですか?」
そんなエルフたちを尻目に、隣のメアが尋ねてきた。
「あぁ、一度覚醒して治癒能力使ったからな、もう万全だ」
「それはよかったですー」
「お前の方こそ大丈夫か? 怪我とか」
「それは問題ないですよー、それよりひーちゃんからお聞きになりましたか? 力場の事とか」
「一応な」
「一応ですかー……はっきり言っておくと、アルストレアでの私は覚醒した旦那様の軽く六人分の強さですー」
「俺の心と誇りを折りたいならそう言えよ、もっと簡単に折れる方法教えてやるから!!」
「大丈夫ですよー、そもそも天使である私と人間である旦那様とには越えられない壁がありますから」
「壁?」
「はいー、つまりアリがどれだけ修行しても、恐竜には勝てないでしょう?」
「察するにお前もドラゴン○ール読んだな」
「アツい展開でしたー」
なにやら妄想に耽るメアは放置し、俺は同じく隣で体育座りをしている、狛彦に目をやった。
「狛彦、お前も本当にありがとな」
「……?」
「お前があの時来てくれてなかったら、ハミルは連れ去られて、シグも殺されていただろう、だからありがとうな」
「……こまは、ご主人との契約にじゅんじただけ、おれいはいらない」
「契約か……ははっ、そうだな。俺はお前と一生一緒なんだもんな」
「……ご主人が死ななければね」
「縁起でもないこと言うなよ!」
「……そうでもない、こまは――」
「ん?」
「……なんでもない」
「? そうか」
何かを言いたげな狛彦は、そのままゆらゆらとした足取りでどこかへ行ってしまった。
何を言おうとしたんだ? あいつ。
「船坂」
俺は思案しつつ、背後からのハミルの声に振り向いた。
「今回の件、本当にありがとうございましたなのです」
「何言ってんだよ、俺は友達との約束を守っただけだ」
「でも、船坂が助けてくれなかったら、僕はあのままシグやゾドム、同胞まで見捨てて、どこかで死んでいたのです」
「ハミル……」
「これからは僕も逃げずに、長として頑張るのです」
「え? お前長になったのか?」
「今回の事で、僕も反省したのです。始祖としてエルフを導くのは、実際僕の責務ですし、それにゾドムに任せておけないのです」
「すみましぇむ……ハミル様はははぁ!」
ハミルに睨みを利かされたゾドムは、まるで怯えきった子犬のように震えていた。
ふむ、この分ならハミルもしっかりとやっていくんだろう。
少しばかり安心した。
「では旦那様、そろそろ行きましょうかー?」
「もうそんな時間か」
「……夜明けも近い、早く王都にいこ、ご主人」
いつのまにか戻っていた狛彦とメアが、出立を促してくる。それに応じつつ、俺はハミルへと声を掛けた。
「おう……なぁ、ハミル」
「……お別れなのですね、船坂」
東の方角から登りつつある日射し前に、ハミルへと向き直る。成り行きとは言いながら、どうも長居しすぎたせいか、名残惜しい気持ちがいっぱいだ。
俺はそんな気持ちを抑えつつ、しっかりとした口調で切り出した。
「俺はな、これから世界を救いにいくんだ」
「船坂ならできるのです」
「! 笑わないのか? 俺なんてただの人間なのに」
「船坂は、僕を助けてくれた、僕の友達なのです……たとえ世界中が笑っても、僕は船坂を信じるのです」
「」
「そうか」
無垢な笑顔を向けてくるハミル、まずい、泣きそうだ。
それでも、歯を食いしばり、俺は精一杯の笑顔で笑った。
「……ありがとな、ハミル」
「こちらこそなのです」
「どうだ? お前も一緒にいくか? こんな村は捨ててさ」
「そうしたいのです、できれば僕も行きたいのです」
それが出来ないことは、無論承知している。
「だよな」
「……はい」
出来る限り、明るく振舞い、快活に頷く。
「じゃ、最後にいくか!」
「はいなのです」
俺が問いかけると、その意図を理解するようにハミルが人差し指を俺に向ける。
同時に口を開く。
『あっちむいてー』
溜める。溜めに溜めて、解き放つ。
『ホイッ!!』
ハミルの指が、微動だにしない。俺をさして動かない。
俺の目線はハミルの瞳に重なる。その瞳はわずかに揺れていた。
「また……ぼ、くの……勝ちなのです……船坂っ」
震える声で微笑みかける友達、その表情は、朝日の逆光でよく見えなかったが、
きっと笑っていた。