約束を
一切の淀みもなく、直立不動の構えを崩さないクマの着ぐるみたち。それらを眺めながらレフェグリスは軽い口ぶりで語り始めた。
「なぁに、難しい話じゃないよ? 僕は可愛い女の子がだぁいすきでね? 色んな種族の女の子と交わってきたけど、エルフはいまだに会ったことすら無かった。
だからゾドム翁と取引したのさぁ。【エルフの始祖を頂く代わりに、アノン革命軍への加入およびエルフ族の安全保持】って名目でねぇ……いわゆる政略結婚ってやつさ」
「それなら……なぜゾドム達を!」
ハミルが憎しみを込めて声を荒げる。しかし、レフェグリスは気にも留めずに続けだす。
「だってそんなのウソだもん? あっはは! 最古の民とか言われてる割には馬鹿だよねぇ? 簡単に信じちゃってさぁ! こんなド田舎でくらしてて耄碌したのかなぁ? それともアノンへの恐怖で正常な判断すらできなかったのかなぁ? どちらにせよ君たちはまんまと騙された……君たちエルフはその強大な魔力で、アノンたちの半永久的な動力源になってもらうのさぁ? あっはははは!!」
語り終えたそばから、下卑た高笑いをあげるレフェグリス。
つまり、エルフたちは生きたまま魔力を吸い取られるという事だろう。身の毛のよだつ話だ。
僅かに震える体を、必死に押さえつけながらハミルは強い意志をもって訴える。
「……僕は、僕はもうどうなってもいいのです。だからゾドム達だけは助けてほしいのです」
ハミルの言葉に、俺は呆気にとられてしまう。
彼女はいわば生贄にされたのだ。同胞であるエルフたちに裏切られ、見捨てられ、それでもその仲間を救おうとする姿に、俺は脱帽を禁じ得なかった。
だがしかし、そんなハミルの願いをも、レフェグリスは淡々と打ち砕く。
「嫌だぁ、だってそんなことしなくても、ハミルちゃんは僕のものだしぃ?」
「……せめて、せめて船坂とシグだけでも」
「だぁめ……さぁ、僕といっしょに
帰ろうかぁ……そこの下等生物たちは後ろのアノンに任せてさ」
レフェグリスが指を鳴らすと、背後に控えていたアノンの兵隊が即座に行動を開始する。クマたちは瞬く間に俺たちの周囲を囲んでしまった。
「さ、行こうかぁ? ハミルちゃん?」
レフェグリスがにこにこと手を差し出す。
このままでは、ハミルはつれていかれ、俺とシグは殺されるのだろう。
その光景が目に浮かぶ。だからこそ、
「ま、てよ」
俺は倒れているままではいられなかった。
「! ダメなのです船坂! 本当に死んでしまうのですっ!」
破裂にも似た状態の腹部を抑えながら、ぼろきれのような体で立ち上がる。隣でハミルが何やら叫んでいるが、耳に入ってこない。なぜなら俺の全神経は、目の前の敵に向いているからだ。
「あははっ、なぁにぃ? 王子様か正義の味方のつもりぃ?」
俺を嘲笑するレフェグリスに、俺はフラフラと歩み寄る。こんな死にぞこないに警戒すらしていないのか、周りのアノンも微動だにせず見守っている。
ゆっくり、ゆっくりと歩みを運び、俺はレフェグリスの目前に立ちふさがった。そして声をだす。
「ハミルとシグは、俺が守る……」
「どうしてぇ? 下等生物のくせに――」
「約束したからだッ!!」
息をきらしながら、俺は怒声を振り絞る。
ハミルと、もう一度あっちむいてホイをやると約束した。
シグに、危ない時は守ってやると約束した。
こんな不幸者でも、守らなきゃいけないものがある。
「約束違えるような……そんなクソ野郎にだけは、なりたくねぇんだよ」
「あっそ、じゃあ死んだら?」
「っ!!」
レフェグリスの右手が、血まみれの腹部に再び突き刺さる。激痛なんてものじゃない、死んだほうがましだと思えるほどの痛みだが、俺の視界は澄み渡っていた。
「らぁぁ!!」
「ッ!?」
一瞬の隙を逃すまいと、俺は右腕をあらん限りの力で突く。その軌道はレフェグリスの顔面を捕えたものの、寸でのところで避けられてしまった。
レフェグリスの顔に、刹那の焦りが見えたが、また余裕の笑みが浮かんでくる。
が、俺も同じように笑みが止まらなかった。
「くっ……くく」
「……なに笑っているんだい?」
レフェグリスが怪訝な顔で尋ねてくる。
それに対して、俺は満面の笑みで返してやった。
「避けたな」
「!」
「……俺の攻撃をお前、避けたな?」
「……」
「下等生物なんだろ?
下等生物の抵抗なら受けろよ……受けてみろよ? 俺は受けたぞ、お前の拳。
怖いんだろ? その下等生物にやられてしまうかもって、心のどっかで思ってるんだろ?
お前は恐れているんだ、俺みたいな雑魚に万が一……億が一でも負けたら……それを恐れている。
そんなてめぇに、負ける勇気も持ってねぇてめぇが人間を……エルフを舐めんなよこの蛆虫が。
俺みたいな不幸者で、弱くて、どうしようもねぇ馬鹿野郎の攻撃すら受けられねぇてめぇは……下等生物以下の、
蛆虫クソ野郎だってんだよ!!! ばぁぁかぁぁぁぁぁぁ!!!!」
考えうる限りで、最高に最低な暴言を並べ立てると、俺の体は宙に舞った。そして地面に着地すると同時に続々と衝撃が肉体を貫く。
恐らく、レフェグリスの逆鱗に触れたのだろう。見なくとも憤怒に歪んだ奴の顔が想像に易い。
それに至っても、俺は笑みが止まらなかった。肉が千切れ、骨が割れ、もはや原型を留めていなくとも、俺は笑うのをやめない、口角を上げ続ける。やがて衝撃が納まり、俺の体は地面に叩きつけられた。
土が血に染まり、残念ながら指一本動かせないが、俺は確信していた。俺たちの勝利を。