あっちむいてホイ
船坂のあっちむいてホイ講座!!
出来るだけ、
あっちむいてホイはやらないこと!
約束だぜ!!
「なぁ、ハミル」
「はいなのです」
「これ、そんなに楽しいか?」
「そこそこ」
「そうか」
ハミルと出会ってから、体感的には早くも数時間が過ぎ、目の前で首を振るハミルに問いかける。
幸いにも、俺は変な病気にもかかっておらず、あれから体調もいい。ハミルが介抱してくれたおかげだろうか。
「船坂、早くするのです」
遊びの続きをねだってくるハミルに、俺は頷き、人差し指を向ける。
「あっちむいてー……」
「……」
「ホイっ!!」
勢いよく、指を右に向けた。
対してハミルの顔は下を向いていた。
「あっちむいて」
続けざまにハミルが、俺に指を向ける。
「ホイ」
「おらっ!」
ほぼ同時に、俺の顔とハミルの指が、下へと向く。
ハミルは、さも当然といった表情で頷く。
「これで僕の勝数は二百九十八回、船坂の勝数は十七回なのです」
「あぁ……」
「では今度は、僕が先攻なのですね」
「」
俺がハミルと出会ってから、俺たちはずっっっっっっっっっっっっっと、
あっちむいてホイを楽しんでいる。
否、これでは語弊があるな。ハミルだけがそこそこ楽しんでいる。
ハミルから、一緒に遊べと頼まれた俺は、大した遊びも思いつかず、手軽に行えるあっちむいてホイを提案した。
ハミル曰く、アルストレアにあっちむいてホイという遊びは存在していないらしく、教えがてらあっちむいてホイをすることにした。
それがこの苦行の始まりだ。
開始2分ほどで、ルールなどを把握したハミルは、まるでおもちゃを与えた子供のように、あっちむいてホイに夢中になった。
それはもう、ぶっ通しで三百戦ほど楽しめてしまうほどに。
正直、俺はもう飽きを通り越して、一種の悟りを開いている。うまくルールを理解していない初めのころに、幾度かは勝てたものの、俺の不幸体質に、ハミルの要領の良さが加わり、最後に俺が勝ったのはいつだったかも、忘れてしまった。
途中途中で、別の遊びを提案するものの、ことごとく拒否られた。本人はこのゲームを心から楽しんでいるようだし、俺も助けられた手前、その意思を無下にも出来ない。
なので、こうして延々と続くあっちむいてホイに付き合っているんだが……。
「あっちむいて」
「せい!」
タイミングに合わせ、俺は上を向く。それにハミルの人差し指が同調するように、上を指した。
「また僕の勝ち。船坂弱すぎなのです」
「……お前が強すぎるんだよ、いくら俺でもここまで連敗するのは初めてだぞ」
「相手の表情や顔の筋肉の弛緩を見れば、次に向く方向の予想はできるのです」
「……」
「互いの向く方向が分かっている上での心理戦、騙し合いの応酬……奥深いのです、あっちむいてホイ」
あれ? そんな高度なゲームだったっけ? これ。
半眼の俺をよそに、ハミルが神妙に納得している。やはり俺のイメージ通り、エルフというのはとんでもなく頭がいいらしい。ただハミルが特別なのかもしれないが。
「さて、記念すべき三百勝目へと参るのです」
「」
「船坂が先攻なのです」
ハミルが意気揚々と顔を戦闘態勢にする。対照的に俺はぐったりと肩を落とした。
「? 船坂」
「もうううういやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
我慢した、辛抱したさ。
でも、もう無理です。これならジャングルで遭難していた方が楽でした!!
俺の号哭が、雄大な丘陵に響いたのだった。
「船坂、どうして泣いているのです?」
「ハミルさんお願いします! もうあっちむいてホイゲームはやめていただけませんか!?」
「どうしてなのです?」
「私のメンタルが崩壊寸前なので!!」
「……僕の記念すべき三百勝目」
「絶対に今度つき合わさせて頂きますので!! どうか! なにとぞ!」
「ならいいのです、約束なのです」
「ありがたき幸せ!!!!」
「船坂、凄くうれしそうなのですね」
あっちむいてホイもとい、新手の拷問ゲームの阻止に成功し、俺は激しくガッツポーズをしたのだった。
――――――――――――
アルストレア、俺のいた現実世界の、約三分の一程度の規模を誇ると言われている、異世界。
アルストレアには数多の種族が暮らしており、人間族に獣人族、悪魔に天使、その膨大な種族は枚挙の暇がない。
その中でも絶対的な地位を誇る、神聖な種族、エルフ。
エルフはアルストレアが誕生した頃より、存在している数少ない種族で、古より魔法と独自の文化を発展させた、最古参の知識者である。
しかし、古来よりエルフは多種族との交流には消極的であり、閉鎖的な種族である。古の頃より数が減った今でも、その傾向に変わりはなく、エルフの聖域に無断で立ち入ったものには、強力な魔法による制裁が加えられる。
と、ここまでがハミルに教えてもらった情報である。
「つまり、俺は本来なら殺されててもおかしくない、のか?」
「僕は、そういうこと好きじゃないのです」
先を歩くハミルが、別段変わらない声色で答えてくれる。
「僕たちエルフは、掟ばかりに縛られた種族なのです、でも、僕はエルフである前に、僕なのです。船坂は悪いものではなさそうなのです」
「だから助けてくれたのか?」
「はいなのです」
「……ありがとな」
ハミルの優しさに、俺が小さく礼を述べると、不意にハミルが立ち止り、何やら考えるそぶりを見せる。
「どうした?」
「船坂、もう一つお願いがあるのです」
ハミルが振り返り、澄んだ瞳で俺を見つめてくる。
「おう、なんだ?」
「僕と友達になってほしいのです」
「え?」
「僕はこういう性格なので、エルフの中でも友達がいません、なので、船坂が友達になってくれたら、嬉しいのですよ」
先ほどまでのサバサバした口ぶりから、迷いのあるような雰囲気で語るハミル。こういうところは年相応……。
あれ? そういやエルフって寿命が長くて、外見からは想像できないくらい、年寄だったりするとかって言うよな。
もしかして、ハミルもおばあちゃんだったりするんだろうか。
なんてことを考えていると、しびれを切らしたハミルが、再度問いかけてくる。
「船坂、嫌ならそういってほし」
「お前、何言ってんだ?」
そんなハミルの言葉を、かぶせる形で遮る。少しの不安がハミルの顔に浮かぶ。
だが、俺はあっさりと告げてやった。
「こんだけ遊んどいて、友達じゃないわけないだろう?」
「」
あまりにも当然のように言い放つ俺に、ハミルは瞬きを繰り返すと、どこか安心したように目を瞑った。
「よかったのです」
「あ、でも、俺不幸者だから、あんまり近寄らない方がいいぞ」
「不幸者? 呪いにでもかかっているのですか」
「まぁ、似たようなもんさ」
適当に受け流しつつ、俺はハミルの頭をポンポンと撫でる。
「さて、どうやら……俺の仲間はまだ来てくれそうにないし、次は何して遊ぶかなぁ?」
話題を変えるように、大きく伸びをしつつ呟いてみる。しかし、ハミルの答えは予想とは違っていた。
「船坂、もう大丈夫なのです」
「え?」
「お礼なら十分いただいたのです、この川沿いを行けば、エルフの領域から出れるのです、そうすれば仲間もすぐに見つけてくれるのですよ」
「お前はどうするんだ?」
「僕は……」
しばしの逡巡の後、ハミルが口を開く。
「僕は、もちろん自分の村に戻るのですよ」
その顔に、急激な違和感を覚える。それは、
嘘をつかれたときに感じる、違和感だった。
「じゃあ、さようならなのです」
「待てよ」
そそくさと立ち去ろうとするハミルを、強い声色で呼び止める。
「どうして嘘つくんだよ」
俺の核心をついた言葉に、僅かにハミルの肩が揺れた。が、動揺を押し殺して、なおもハミルは本心を隠す。
「僕は嘘なんかついてないのです」
「それも嘘だな」
「……」
「悪いな、俺、嘘が見抜けちまう体質なんだ……お前は何を隠している」
「」
俺の問いに、ハミルは何も言えなくなってしまい、その場でうつむく。
しばらくの沈黙のあと、ハミルはゆっくりと言葉を紡いだ。
「僕は、追われの身なのです」
「追われ?」
「同じエルフの同胞から、追われているのです」
予想だにしていなかった答えに、俺は目を丸くする。
驚いたままの俺に、ハミルが続ける。
「実は、船坂を見つけた時も、追っ手を撒いた直後だったのです」
「なんだって仲間に追われてるんだよ?」
「それは、話すようなことでもないのです」
理由はわからないが、言いたくないことを、わざわざ聞く気もない。
その話題は避け、俺は別の疑問を投げかけてみることにした。
「だったら、どうして見ず知らずの俺を助けてくれたんだ? 今もそうだが、そんな場合じゃないだろう」
「簡単な話です、船坂に惹かれたからです」
「へ? ひっ、惹かれって」
「エルフの村で暮らしていて、僕はまだ他の種族と会ったことがなかったのです、僕にとってはカルチャーショックでした」
慌てる俺に気付かずに、目を輝かせるハミル。
ま、そうだよな。ひとめ惚れされるようなイケメンフェイスは、俺に備わってないからな!!
めったに他種族と出会わないエルフにとって、俺のような人間は珍しく、好奇心のくすぐられる存在だった、そういうことだろう。
「つい気分が高揚し、遊んでなどと無理を言ってしまったのです、でも、これ以上僕といたら、船坂まで危ないのです」
確かにあれからかなりの時間が経過している。追っ手がハミルの居場所を嗅ぎ付けても不思議ではない。
「最初で最後になるかもしれない友達に、危険な目にあってほしくないのです」
「お前……」
にこり、と初めて笑みをこぼすハミル。
眉目秀麗なその顔に、普段なら見惚れるところだろうが、今の俺はそんな気持ちにはならなかった。
たまらず、俺は彼女に異を唱える。
「何言ってるんだよ、友達だからこそ助け合うんだろうが!」
「無理なのです、エルフは特殊な魔法を使えます、船坂のような人間では勝ち目がないのです」
「そ、そりゃそうかもしれんが」
メアが傍にいれば、俺もすさまじい強さを発揮できるが、今の俺では足手まといも良いところだろう。
それでも、俺は引き下がれない。
「大丈夫なのです、僕の足なら捕まることなんてありえないのです」
「そういう問題じゃねぇ! 友達見捨てて逃げるなんて、そんな情けねぇ真似ができるか!」
「船坂」
「お前がなんて言おうが、俺はいかねぇからな、それよりこんな無駄話してる間にも、さっさと逃げるぞ」
やや強引に、ハミルの手を取り、川沿いの道を歩き出す。
「船坂、何を……」
「この先に行けば、エルフの領域から出れるんだろ? そうすれば仲間が迎えに来てくれる、一緒に逃げよう」
「……」
「心配すんなよ、俺の仲間は天使だったり獣人だったりするが、良い奴らだからさ」
「船坂」
「絶対にお前を見捨てたりなんか――――っ」
「!」
先を歩く俺の体に、突然痺れが走る。まるで高圧電流を流されたような衝撃に、耐えきれずに膝から崩れ落ちた。
「ふな、さか?」
その俺を、呆然と見つめるハミル。
意識がもうろうとする。瞼が重くなり、視界が闇に染まる。
最期に俺が耳にしたのは、迫りくる大勢の足音と、辺りに飛び交う怒声だけであった。