不幸者とエルフ
果てしなく続くジャングルを、行く宛もなく彷徨う。
不規則に轟く、生き物のけたたましい鳴き声に怯え、人の通るように舗装されているはずもない獣道に、現代道に慣れた足腰が辛い。
半ば遭難者の状況に、肉体的にも精神的にも限界が近い俺であった。
「……やっぱり、こういう時は動いたらだめだな……」
無意識に呟くと、とうとう視界がぼやけて見えてきた。気温は大したことはないものの、歩き続けているうちに体温が上がってしまったようだ。気分がとてつもなく悪い。
勇んで異世界に飛び込んだら、遭難して死亡。
洒落にもならない一文を思い浮かべながら、俺は苦笑を漏らした。
「……もう、どれくらい歩いたんだろうな」
一時間か、三十分か……体内時計などすでに狂っている。頼みの綱の携帯も、空間を超えたせいかどうか、起動できなくなってしまっていた。
実は、今まででも遭難した経験は何度かあるが、それを学習して、俺は山や森には絶対に行かないことにしている。自然は敵なのだ。
しかし、右も左もわからない異世界で遭難とは、俺の不幸体質も極まれりといったところか。
「あっ? ……てぇ」
くだらないことを考えているうちに、足を草弦にとられ、盛大に転げてしまった。起き上がろうとするも、脳が機能していないのか、体に力が入らない。
普通なら、このまま死んでいくのが落ちだろう。
だが俺にとっては、その心配はない。
まぁ、高熱をだして未知の病気にかかったりはするかもしれないが、それは甘んじて受け入れよう。
余りの疲労に、思考能力が低下していたものか、安直にあきらめてしまった俺は、ゆっくりと瞼を閉じた。
-――――――――――――
『い―――』
ん?
『―――きて』
誰だ? メアか?
『お―――――きて』
俺はいまだ夢心地のまま、適当に手を伸ばす。
ふにゅん。
? なんだこれ? 掌で捕まえた柔らかい感触。その心地よさに、俺は手を動かし続ける。
『!――の――』
いい気持ちだ……まるでおっ―――!
その感触の正体に気付き、目を見開く!
「!!? ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」
刹那、意識を覚醒させ、俺は猛スピードでのた打ち回る。
や、やってしまった……俺は、無意識とはいえ、メアのむ、むねを……。
あーあ、あはは。
殺される。
死なないけど確実に殺される。短い人生だったなぁ! しかし、最期に美少女の胸をもめたんだ、いい人生だった!
「倒れてたりはしゃいだり、忙しいのです」
背後から聞こえる、聞きなれない声に、俺はゆっくりと振り返った。
すると、そこにいたのはメアでも狛彦でもなく、知らない少女であった。
な、なんだ……メアじゃなかったのか……。
ほっと胸をなでおろす、が、これはこれで問題なんじゃないか? むしろ知らない女の子の胸を鷲掴みにしたら、社会的に死ぬよな。
黙して思案する俺に、とととっと近づいてくる小柄な少女。
くりっとした碧眼でじぃっと俺の眺めてくる。身軽な軽装に翡翠色のポニーテールがふわりと揺れる。なにより目につくのは、
彼女の長い耳だ。いわゆるエルフ耳の形容を成している。
少女は整ってはいるが、やや幼い顔を俺に近づけ、唐突に囁く。
「行き倒れさん、僕と遊んでください」
いきなりすぎるお願いに、はてなを浮かべる俺。どうやら、胸をもんだことは気にもしていないという事は、その態度から察せた。
「あ、遊ぶ? というか、行き倒れって……俺を助けてくれたのか?」
「博霊の森で行き倒れていたので、僕が拾ってここまで連れてきたのです」
少女の言葉を聞いて、よくよく辺りを見回すと、先ほどまでのジャングルとは打って変わって、開けた小高い丘に俺は寝かされていた。
「そうか……助かった、感謝するよ」
「お礼なら、僕と遊んでください」
「遊ぶって……何するんだ?」
「行き倒れさんが考えるべきかと」
「うん、まず俺は船坂って名前があるんだ」
「ふな? ……その独特の名前、フナサカは向こうの人間なのですか?」
少女が首をかしげる。向こうというのは恐らく、俺のいた世界の事だろう。理解の早い少女に面食らいつつ、俺は首肯した。
「あぁ、実はこっちには仲間と来たんだが、なんかはぐれちまってな」
「ほう」
「ラストメアと狛彦っていうんだが、知らないか?」
「残念ですが、僕はご存じではないのです。ここには余所者が立ち入ることはありません、だからフナサカ、僕と遊んでください」
「ま、まってくれ、とりあえず、君の名前教えてくれないか?」
「なるほど、そういうものですか」
なぜか納得するように頷いた少女は、しばらくためてから自らの名を名乗った。
「僕はエルフ族のハミル、フナサカ、遊ぼうなのです」
知的な表情を崩さずに、ハミルは手を差し出した。