不幸者は迷子
「旦那様、本当に思い残しはないんですよね?」
リビングのゴミ箱に、弁当の空箱を捨てつつ、メアが俺に問うてくる。
「アルストレアに行くには、ゲートを使います、その性質上、世界間の歪みを避けるため、あまり多用は出来ません。こちらにはしばらく帰ってこれないかもしれませんよ?」
「何度も言わせんなよ、俺はこっちの世界に未練なんかない。友達もいないし親もいないようなもんだ」
「そういえば、ご両親は海外に?」
「おう、俺が中学の頃にはな。って、お前、俺の素性とか調べたりしてないのかよ」
「あははー、急いでこちらに来たので、神様にお聞きしたことくらいしか把握してません、容姿と名前くらいですね」
メアが笑みをもらすと、狛彦も「……こまもそんな感じで来させられた」と付け加える。
どうやら、ずいぶんと大雑把な神様のようだな。
「では、よろしいですね?」
「問題ない」
「わかりました、いざ!」
メアが両の手をぱちんと鳴らす。
すると、彼女の足元に魔法陣らしきものが浮かび上がった。おそらくこれがゲートなのだろう。
「旦那様、ひーちゃん」
メアがその手を差し出す、俺が動くよりも先に、狛彦がメアの手を取る。遅れて俺もメアの手を取る。
急速に、全身を言いようのない浮遊感に囚われる。これが魔法……厳密には魔法ではないらしいが。
「ゲートよ、我を超えさせよ!」
メアが呪文のようなものを唱えると、足元の魔法陣が膨大化し、俺たちを飲み込んだ。その中で、俺は意識の主導権を手放した。
-――――――――――
「」
頬に纏わりつく、羽虫の耳障りな羽音に、目を見開く。
視界に移るのは、うっそうとおおい茂る、緑のジャングル。ひょっとしたら、密林という表現の方が正しいかもしれないが、そんなニュアンスの違いはどうでもいい。
「……メア? 狛彦?」
つい先ほどまで、隣にいた筈の二人がいない。念のため、周りを確認してみるが、木々に邪魔されて、ろくに見渡すことも出来ない。
これは……不幸体質発揮したかぁ?
「こんな見知らぬ世界で、早速迷子かよ……わらえねぇ」
自嘲気味につぶやき、頭をかいてみるが、それで事態が好転するわけもない。
「まぁ、メアもこのことには気づいているはずだし、いずれ迎えには来てくれるだろう」
こういう時は焦ったら負けなんだ、数々の不幸体験から会得した経験値が、こういう形で役に立つとは。
よっこらせ、と、俺はその場で胡坐をかく。なんとなく周りへ視線を移すも、縦横無尽に蔦が木々に絡まっている、その光景しか存在しないので、すぐに飽きてしまう。
どれくらい離れているかはわからないが、遠くで動物の鳴き声がこだまする。
……。
「ちょ、ちょっと歩いてみようかなぁ」
うん、そうしよう! ほら、俺みたいな凡人の脚で多少動いたって、メアは空飛べるんだし、すぐに追いつけるだろう!
それに、散策して、運よくジャングルを抜けれでもしたらめっけものだ! うん、そうだそうだ!
「決して心細いから、それを紛らわそうとして起こしている行動ではないんだからな!」
俺以外に誰もいないにも関わらず、一人で言い訳を叫ぶと、俺はどこかじめっとしたジャングルを、慎重に進んだ。