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将軍と戦乙女

いったん下げました苛烈姫の再録です。

姫様が強いです。

「捕まえてごらんなさ~い」

 おーほほほほほっと高笑いをくれて、騎乗の麗人はさらに加速する。高く結い上げた髪がなびき、その背はどんどん小さくなる。

「ぐうぅぅぅうう! お待ちを! 姫!」

 馬上の将軍は歯軋りした。

 馬が違いすぎる。将軍の馬もよく訓練された軍馬だったが、姫の乗る馬は極上の――馬に乗るものなら垂涎ものの名馬だった。さすがに名馬の産地で知られるオルタンスの馬だ。

 国境の川がすぐそこにあった。隣国に逃げ込まれたらもはや手出しできない。自分が国境を越えてしまえば隣国に対して戦端を開く口実を与えてしまう。

 隣国の名のある将軍が国境を侵したから――ハタカの国が先に戦争を仕掛けたのだと、オルタンスは言うだろう。

 いや、姫に逃げ込まれれば終わりだ。

 将軍は必死に追いかけたが、差は縮まるどころかひらく一方だ。

 馬の差もあるが、姫も恐ろしく巧みな馬術を見せた。

 オルタンス国の姫フレアの乗る白馬の蹄は一気に橋を渡りきり国境を越えた。

「姫!」

 将軍の悲鳴にフレア姫は振り返り――ざまあみろとばかりに『あっかんべえ』をした。

――やられた!――

 将軍は手綱を引き絞り、国境の手前で止まった。


 ハタカとオルタンスの国境近くのアルバ砦にボルグは帰還した。砦には王太子がいる。多くの騎士に囲まれた王太子にボルグは怒りを覚えた。

 それでもその前に膝をつく。

「申し訳ございません。王太子妃を取り逃がしました」

 王太子はブラウンの髪に青い瞳。美男子にはいる程度には整った顔。そこに不快の色を見る。

「そんなことはどうでもいい。あんな女がどうなろうと捨て置けばよい」

 ボルグの額に青筋が浮いた。

「本気で言っておられますか? 殿下」

「当然だ」

 まったく事態の深刻さをわかっていない王太子に思わずボルグは立ち上がる。

「王太子妃が生国に逃げ帰ったのですよ! なんの影響もないとお考えなのですか! 忘れておられるようなら、今ここで言いましょう! 彼の姫君はオルタンスの王女! 逃げ帰るほど冷遇されていたと訴えられれば、戦となりましょう! そして、彼の姫君はそれを計画しておられた!」

 この色ボケ王太子が! ボルグは心の中で詰った。

 そもそもオルタンスの姫君がハタカの王太子に嫁ぐことになったのは――ハタカの王が王太子の行く末を案じての事だ。

 ハタカの王太子レンシェンは身分の低い男爵家の姫君を寵愛している。その耽溺ぶりは様々な支障をきたしていた。そこで王はこの馬鹿息子を御せる姫君をと思い、気が強いことで知られるオルタンスの姫を希い貰い受けた。

 しかし王太子はオルタンスの姫を大切にはしなかった。それどころか寵姫との仲を邪魔するに違いないと徹底的に冷遇したらしい――とボルグは聞いている。

「計画だと?」

 まだ分かっていない王太子にボルグは忍耐を強いられた。

 王都から離れたオルタンスとの国境線沿いの砦に王太子妃が訪れたときに、あれほどの名馬がおあつらえ向きにいたという事実。それ自体が姫の逃亡が発作的なものではなく、事前に計画されていたものだとわかる。

 姫の逃亡は計画されたもの、協力者も確実にいる。

「まさか、あれほどの駿馬がたまたまここにいたなどと? あれは今日、この場に用意されたものです。オルタンスのなにものかがフレア妃の逃走のために放ったものです」

 そう言った後、ボルグの中で閃くものがあった。

「殿下! 王太子妃は名ある将がお好きだと聞きましたが、まさか他の砦に視察や慰問にいっておられるのではないでしょうね?」

 ボルグの剣幕に王太子が怯んだ。

「あ、ああ。たぶん全ての砦を回ったのではないかと思うが」

「やられた! なんてことだ!」

 冷遇された姫が各地を回って軍事的な情報を集め、計画的に自国に逃げ帰った。それが示すものは――開戦の意思だろう。

 英雄好きで有名な姫君ということで、ボルグはわざわざフレアに引き合わされた。勝気そうな黒髪の美貌の姫君。ドレスではなく乗馬服だったことを不審に思うべきだった。

 ボルグは眼を輝かせたフレアにあれこれ尋ねられた。差しさわりのない程度のことは答えたが――砦の内部のことにかなり突っ込んだ質問をして来ていた――ボルグが危惧するほどに。

 間抜けな副官がボルグがはぐらかしたことを洗いざらい答えてしまったが。

 あの調子でハタカの全ての砦を回り情報を集めていたとしたら、すでにハタカの防衛線は丸裸だ。

「ハタカが……落ちる?」

 ボルグは不吉な予感に身を震わせた。


「この大馬鹿者が! 貴様は王族の婚姻というものをなんと考えておるのだ!」

 激昂したオンエン王は杖で息子を殴りつけた。

「ち、父上!」

 フレアの逃亡後、王太子は急遽王都に帰された。待ち構えていたのは、激怒した父王であった。

「馬鹿者! 馬鹿者が!」

 ガンガンと何度も殴りつける王に頭を庇って王太子は転げまわった。

「政略結婚でもろうた妃というのは、いわばその国の代表じゃ! その妃をいかに遇するかにより、その国をどのように思うておるのか表すのじゃ! それをこの馬鹿者は! オルタンスの姫をどう扱っておった! せめて表を取り繕うぐらいはせぬか! この、この、この、馬鹿者が!」

 息を切らした王は肩で息をした。

 王の猛攻が一旦おさまり、レンシェンは慌ててはなれた。

「これでオルタンスとは戦じゃ……どうしてくれよう……争いたくないゆえ婚儀を結んだというに……友好を結ぶための婚姻が仇となるとは……のう」

 がっくりと王は肩を落とし、一気に老け込んでしまったようだった。のろのろと王座に戻り沈み込むように座る。

「報告を……」

 アルバ砦のボルグから鳥を使った報告を受けた王は王太子妃の置かれていた状況を調べさせた。そのあまりの酷さに仰天し、王太子や大臣を呼びつけたのだった。

「はい。我々の調べによりますと、王太子妃殿下は離宮のひとつに閉じ込められ――王太子殿下はその宮の使用人すべてを引き上げさせました。実質国からお連れになった侍女ひとりと離宮に幽閉されておりました」

 調べに当たった役人はそこで躊躇いを見せた。

「こういっては何ですが、部屋を掃除する下働きのものも行かさず、品物もいっさい運ばず、食事を運ぶことも禁じ――我々にはどう見ても王太子妃を閉じ込め餓死させようとしていたとしか思えません。それほどの状況でした」

 役人はまず王太子妃の世話をしているものに話を聞こうとして――誰一人そんな役割を担っていないことに愕然とした。王太子の使っている全ての使用人を集め詰問したところ、王太子に「あの女に関わるな」と厳命されたとわかった。

「人は食わねば死ぬ。そなたのしたことは、オルタンスの王族を殺そうとしたのと同じじゃ。この王宮で、餓死でじゃぞ! これほどの恥さらしはないわ!」

 再び怒りが高まったのか王は杖を掴んで立ち上がった。

 慌てて王太子が弁明する。

「お、お待ちください! あの女は死にませんでした」

 腹立ち紛れに確かにそう命じた。しかし、フレアは死んでいない。誰かが命令に反して世話をしていたのだろう。死んでいないのに、なぜ自分が責められなければならないのか――本気でレンシェンは分からなかった。

「そのとおりじゃ! だからこそ、よけいにまずいことになっておるのじゃ! それがわからんか!」

 王が怒鳴りつけ、役人が溜息とともに報告した。

「離宮に隠し通路が見つかりました。おそらく立てられたときに作られた抜け道でありましょうが、なにかの理由で忘れ去られたのでしょう。それが使われていた形跡があります。オルタンスから連れてきたという侍女も姿を消しております」

 役人の報告に皆が息をのんだ。

「おそらく、その抜け道を使い、王太子妃は外に出ておったのよ。そこから食い物も日常に使うものも調達――いや、国に連絡して人を回してもらっておったのだな。わかるか?  そなたの所業はオルタンスに筒抜けじゃったのよ。にもかかわらず、オルタンスが抗議せなんだはそれを利用しておったからじゃ。そなたが檻とした離宮は密偵の宿になっておったのよ」

 役人が慌てて駆け込んだ離宮はもぬけの殻で、隅々まで掃除が行き届いていた。侍女一人ではとてもこうはいかない。しかもかなりの人数が生活していたのではないかという痕跡が残っていた。

 それだけの人数が王太子妃の世話のためだけに滞在するはずがない。

 他のものがそれに気づかなかったのは――王太子の命を固く守っていたからだ。馬鹿にもほどがある。

「あの姫は……一年……一年屈辱に耐えて、このハタカの国の内情を調べ上げて生国に流しておったのよ。我が国との戦に備えてな」

 王はがっくりと王座に身を沈め息を吐いた。

「なんという気性じゃ……惜しい……惜しすぎるわ……真に我が国の人間となっておれば……ハタカのためにつくしてくれたであろうに……」

 やられたと思う以上に、その忍耐力、行動力、知力にオンエン王は愕然とした。逃がした魚は大きいというが――惜しすぎる才能だ。戦乱の世にあって得がたい才をオルタンスのフレア姫は備えていた。

 フレアに眼をつけたのは間違いではなかったが――いかんせん、こちらの駒が悪すぎた。

 王太子などではつりあわない。

「こちらの弁明が効くかどうか……無理じゃな。あちらは一年かけて計画しておった、出遅れたぞ」

 すぐに宣戦布告が届くだろう。

 集められた武将達の顔色も悪い。ほぼ全員がフレアと顔をあわせ、様々な質問をされている。英雄に憧れる美しく歳若い姫君と思い、後で思えばかなり言ってはならないところまであかしてしまった。

 戦争での情報の大切さは少しものの見えるものならすぐ分かる。それを根こそぎもっていかれていたのだ。

 恐るべき苛烈姫。それが冷遇された王太子妃の正体だった。


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