第四章 【078】
【078】
「ふむ。では、次に、わらわからもうひとつ、この世界の『常識』を教えてやろう……」
そうして、ジュリアの口から世界の『常識』が話された。
それは、何も知らない俺にとってはあまりにも衝撃的であり、同時に今、自分が立っているこの『獣人族の領内』が、いかに『危険地帯』であるかを知らされることとなる。
「率直に話そう。今、わらわたち人間族と獣人族は『種族間戦争』とまではいかないが、そこに行き着いてしまう可能性の高い状態に……ある」
「……えっ?!」
「第一次種族間戦争後、しばらくはそんなことはなかったのだが、去年くらいから急速に人間族と獣人族との『小競り合い』が始まってな……そして、それは『小競り合い』から『対立』へと発展し、現在はその『対立』に『怨恨』も含まれている状況じゃ」
「怨恨?」
「ああ、双方ともに『死者』が出たからな」
「あ……」
『死者』『死』……ジュリアからその言葉が淡々と出された時、俺は、自分のいるこの世界……『アナザーワールド』という世界を初めて『肌』に感じた気がした。
「『対立する』とはそういうことじゃ」
「そう……か。そうだな」
ジュリアは俺の顔を一度、見て、それから呟いた。
「ハヤト、お主にとって戦争など経験したことのないもの、そのため言葉での理解しかできないだろう。ただし、これからはもうそんなことは言ってられない状況なんじゃ。今、状況は『獣人族』『人間族』とも一触即発の状態に……ある」
「一触即発……」
「ああ。何かの『きっかけ』さえあれば、『火種』があれば、爆発しかねない……そんな状況じゃ」
「そ、そんなに緊迫してんのかよ……。でも、学校ではそんなこと一言も言ってなかったぞ」
「当たり前じゃ。そんなことを言うと、この『組合実習』を辞退する者も出かねないからな」
「!?……そ、それって、騙してるってことかよ?」
「まあ、そうじゃな。そこは否定しない。しかし、今、ここに住んでいる者たちからすれば、そんなことはとっくに理解しているレベルじゃ。王立中央魔法アカデミー(セントラル)に入学するレベルの生徒であれば、名門貴族だったり、その側近の分家貴族がほとんどじゃから、家でもそれなりに戦況は聞かされているだろう……そうじゃろ、ミラージュ家の娘? レッドフォード家の分家貴族よ?」
「「はっ! もちろんです!」」
フレンダとマルコが、ジュリアの問いに対し、即座に返答する。
まるで、軍の指揮官の問いに反応する兵士のように。
「いいか、ハヤト。この世界は……この今いる人間族の世界では……それが『常識』じゃ」
「!?……」
俺は……言葉が詰まった。
「そして、今、我々、組合の者や王立軍も含めて、一人でも多くの『戦士』を必要としている。この実習で行おうとしているレベルは、本来、一年生のお前たちがやるような実習内容ではない。しかし、こういう事情があるため、お前たち一年にもこれから『有事』が起きた際には参加してもらうよう考えられている……これは、そのための実習内容だ」
俺は、そのジュリアの口から告げられる現実に、ただただ、呆然としていた。
小競り合い、対立、戦争……そして『死』。
これが、今いる世界の現実……『常識』。
頭ではわかっていたが、こうしてジュリアから聞かされ、自分の取り巻く状況になって、改めて気づかされる……、
『俺は何も理解していなかった』ということを。
「まあ、とは言え!」
と、ここでジュリアの声色に明るさが戻る。
「いくら『一人でも戦士が欲しい』とは言っても、実習でお前たち生徒を死なすわけには当然いかない。ギリギリのところまで実戦参加してもらうが、あくまでサポート、いや、むしろ、『見学』でも構わない。要は、実戦の『空気』を感じて欲しいというのが一番大事な所じゃ。それさえ掴むことができれば技術はいくらでも後から教える事はできるからな。なので、戦闘に関しては、生徒が自主的に参加したいという意思が無ければ別に参加しなくても構わない。とりあえず、現場の空気を感じることだけで良い。わかったか?」
「は、はい」
ジュリアは俺に元気づけるように明るい声でアドバイスをしてくれた。気を遣ってくれているのがすごくわかる。
ジュリアのそんな『やさしさ』に触れて、改めて『組合総隊長ジュリア・フランヴィル』の凄さを肌で感じた。
そして同時に、自分の置かれている立場を理解させられた。
「まあ、とりあえず、お前たちはわらわが守る。だから、何も心配することはない、よいな?」
「「「は、はいっ!」」」
これ以上にない安心するジュリアの一言だった。
そうして、俺たちはジュリアから一通り話を聞いた後、今日の実習内容を聞かされた。
「今日、わらわたちの目標は獣人族の南東側の拠点を潰すことにある。一応、戦闘はわらわたちが中心となって行うが、もし、参加したければそれも構わない。それと、基本的に、戦闘では相手の獣人を殺すことはできるだけ避け、生け捕りにする。理由は、情報を引き出すためだ。よいな?」
「「「は、はい!」」」
「うむ。まあ、一応、この南東側の拠点は、わらわたち組合のほうで事前に調査しておってな。現在、この時間の南東側の拠点は敵が手薄だ。なので、少し痛い目に合わせるくらいで、南東側の拠点の制圧は難しくないだろう。ちなみに、少し先にスタートしたお前たちの『一個上の先輩』たちは南側の拠点を制圧している最中らしいぞ。その中でも目立って活躍しているのが、あの天才児である『クライフィールド家の長女』らしいがな」
「!?……ヴィ、ヴィクトリア・クライフィールド」
俺の横にいるフレンダが、苦虫を潰したような顔で歯軋りをさせジュリアの話を聞いていた。
しかし、すごいな……ウチの生徒会長は。
「まあ、あいつは天才児だからな。まあ、この拠点のいる程度の獣人くらい大したことないだろう。だからと言って、楽な敵ではないからな? そこは履き違えちゃいけないぞ、お前ら。特に……フレンダ・ミラージュ」
「えっ!?……あ」
突然、ジュリアからフルネームで呼ばれたフレンダは驚きを隠せないでいた。
「お前たちミラージュ家とクライフィールド家についてはわらわも理解している。しかし、だからと言って、ここで変に『対抗しよう』なんて思うでないぞ? そんな気持ちで戦闘に参加してもただ危険が増えるだけだし、わらわたちにとっても……迷惑じゃ」
「あ……は、はい」
ジュリアは、フレンダに対して、かなり厳しい態度と言動で告げる。
フレンダは、そんなジュリアの言動にただ動揺しているだけだった。
「ふむ。そこさえ、ちゃんとしてくれれば戦闘に参加するのは……構わないからな?」
「えっ……?」
「お前の気持ちも理解できる。戦闘……参加したいのであろう? 力を試したいのであろう?」
「は、はい!?」
さっきまで、ジュリアの厳しい言葉に動揺しているだけだったフレンダに、ジュリアは、ちゃんと『フレンダの望むもの』も提供してあげた。
ジュリア、マジ、有能上司。
「自身の力、試してみよ、フレンダ・ミラージュ!」
「は、はい!!」
最後、ジュリアはフレンダを鼓舞した。
そんな言葉を受けたフレンダを見ると、本人は嬉しさを隠しているようだったがその表情からは『うれしさオーラ』が漏れまくりだった。
そんなこんなと話している内に、気づけば周囲は俺たちだけとなっていた。
「あ、あれ? み、みんなは?」
俺はジュリアに尋ねる。
「もう、大分前に離れて行っただろうが。お前、気づかなかったのか?」
「え? あ……は、はあ」
「ふう……まったく。皆、各グループごとに南東側の拠点の複数の経路から侵入する手筈となっておる。だから、こうしてグループごとに移動していただろうが」
「あ、そうでしたっけ?」
「……もう良い。ハヤト、お前は戦闘に参加しなくていいからな。居ても迷惑な気がしてきた」
「な……そ、それって、ちょっとひどいんじゃ?」
「当たり前でしょ? だって、あなた何も知らないじゃない?」
「フ、フレンダ……」
横からフレンダが割って入り、学校でお馴染みの、あの『フレンダ節』が久しぶりに炸裂した。
「な、なんだよ……さっきまで、おろおろしてばっかだったくせにさ……ぶつぶつ」(小声)
「なに?! 何か文句でも? ハヤト」
フレンダがキッと隼人を睨む。
「い、いえ……」
早々に退散しました。
すっかり元気になったフレンダちゃんでした。
「ハッハッハ……面白いのう、お主たち」
そんな――俺たちの『和気あいあい』とした空気はその後に知らされる『事実』により、一気に奈落に突き落とされることとなる。
「そ、総隊長ー! ジュリア総隊長ー!?」
そのジュリアの名を叫ぶ大きな声は、俺たちが向かっている南東側の拠点から近づいてきていた。
見ると、一般の魔法士の男が走ってジュリアの名を叫んでいることがわかった…………傷だらけで。
「!?……何があった?」
パッと見、ジュリアは冷静だったが、俺にはジュリアの顔に一瞬、緊張のようなものが走ったように見えた。
「は、はい! じ、実は……獣人族の襲撃に……会いまして……」
「襲撃だと……?」
「は、はい。我々のグループは先頭集団で先に南東側のここから裏に当たる経路から侵入する予定でした。で、ですが……ゴホッ! ゴホッ!」
その男の口から血が吐かれた。
「おい。お主、大丈夫か?」
ジュリアの声は冷静だったが、若干の緊張感はずっと続いているように見える。
「わ……我々のグループ…………全滅」
「!?」
この男の発言を聞いたジュリアの顔には、明らかな動揺の色が浮かんだ。
「ぜ、全滅……だと? 副隊長……エドガーはどうした?」
「い、今……そのエドガー副隊長と……残っているグループが戦闘中……わ、私は、副隊長に……隊長に報告するよう……頼まれて、ここに来ました……」
「お、おい! ちょっと待て! 今、わらわたち組合のメンバーはどれだけいる? 学生はどうなっている?!」
「ユ、組合のメンバーは半数近くが……やられました」
「は、半数……?! バ、バカな……!」
「あ、あと……学生は……七割が……やられまし……た」
「そ、そんな……!?」
すでに、ジュリア・フランヴィルの表情は驚愕の顔をしており、隠そうとさえしていなかった。
「な、七割……そ、それって、ほぼ、全滅じゃ……」
普段、冷静のマルコがかなり動揺していた。
「そ、そんな……」
さっきまで息巻いていたフレンダも顔を青ざめている。
「!?……シ、シーナ!?」
俺たちは、列の最後尾にいた。
当然、シーナやアイリたちはその先にいた。
ということは……まさか……すでに。
俺は、事の重大さに気づくと、皆に遅れて顔から血の気が引いていった。
「わかった。お前はここで休め。ここからはわらわたちだけで向かう」
「?!……い、いえ、わたくしも、一緒に戦いま……」
「ダメじゃ。というより、そんな傷だらけの戦士を連れて行っても、ただ邪魔なだけじゃ」
「!?……ジュ、ジュリア様」
「お、おい、ジュリア……」
俺は、ジュリアが男に対して告げたセリフをキツさを感じ、思わず、言い方があるだろ? 的なことを言おうとした。しかし……、
「いいの……ハヤト。言われたあの男の人もわかっているから。あれが、ジュリア様のやさしさなんだって……」
「えっ?」
「あの人はそうやって『戦闘に参加させない人』には、あえて厳しく告げて参加しようとする気持ちを殺ごうとするの。そうすれば負傷者が……『安心して戦闘に参加しないことができるから』」
「!?」
「わかるでしょ? あれが、『組合総隊長ジュリア・フランヴィル様』よ」
フレンダが静かな、冷静な声で、俺に教えてくれた。
「わ、わかり……ました……」
「うむ。わかればよろしい。苦しゅうない」
そう言って、ジュリアはその男に傷を癒すための薬を渡し、肩を貸し、敵に気づかれないような木の影まで案内した。そして……、
「ふむ。とりあえず、お主たちに告げることがある……告げなきゃいけないことがある……」
男を担いでいった後、帰ってきたジュリアは、いきなりそんなことを呟いた。
冷静のような態度を振舞っていたが動揺は隠しきれていないように感じる。
どうやら、あの男から何か聞いた情報か何かなのだろう。
あまり、良いニュースではないように感じる。
「敵が……獣人族が……我々の予想以上にいる……らしい」
ジュリアの言葉は歯切れが悪かった。
「予想以上?……一体どれくらいだよ?」
「わらわたちの数が生徒、組合員合わせて約百名に対して、獣人族は……」
「……?……ジュリア?」
ジュリアが、一瞬、言葉を詰まらせた。
「獣人族の数は…………二万」
「「「……えっ?」」」
この時、俺、フレンダ、マルコだけじゃなく、その言葉を発したジュリア本人も含めて、皆の時が一瞬、止まった。
どうやら事態は、俺たちの想像を遥かに超えた『絶体絶命な状況』に立たされているようであった
「更新あとがき」
おはようございます。
週末は、台風が来ると予想されていた沖縄ですが、現在、快晴の沖縄から、
mitsuzoです。
ブログ更新しました。
今回は、ちょっと長めでお送りしています。
というわけで、本日も読んでいただき、ありがとうございました。
<(_ _)>( ̄∇ ̄)




