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蝶を飼う  作者: 鮎川 了
第一章 黒い蝶
7/21

美味なる色





 名前も解らない、樹の枝を剪定する。

 かなり太いので剪定鋏で切れるのか?と思ったが、思ったより柔らかく、鋏の刃が入る感触が小気味良い。

 切り口からはドロリとした樹液がほとばしり、地面へと糸を引いた。

ふと、人間を切ったらこんな感じなんだろうか?

 と、思ったりした。

 “鈴木依子”の死体は無かった。

 骨も、髪の毛の一本も見つからない。

 幼虫達が昨夜のうちに食べ尽くしてしまったのだろうか?

 それともあれは、やっぱり夢だったのだろうか?

 あの悪食の幼虫達はどこを探しても見当たらない。

 その代わり、蝶は増えた。

 背後で、温室の扉が開く音がした。

 「昨夜はお疲れ様」

 夜羽よはねだ。

 旅行とやらから帰ってきたらしい。

 手には何故か、赤い金魚の入った金魚鉢。

 池に放すのだろうか?

 「これ?アロワナの餌よ」

 そう言いながら、鉢から手で金魚を掬うと、アロワナの池に放した。

 広い池に放されて、気持ち良さげに泳ぐ金魚だったが、次の瞬間、アロワナに喰われた。

 夜羽は微笑んでそれを見ている。

 「今夜も、“仕事”はあるのか?」

 「そんなに毎日は無いわ、蝶が増えすぎても食べきれないし」

 ……え?

 今、何て言った?

 「蝶もアロワナの餌なのか?」

 だったら、わざわざ金魚を買って与える意味も無いだろう。

 「私が食べるのよ」

 まさか、と思っていると、夜羽は目の前に飛んでいた蝶を捕まえ、薄焼きのガレットでも食べる様に口に運んだ。

 「な……!」

 味わうように咀嚼し、まるで極上のスイーツでも味わったかのような笑顔になり

 「ああ、美味しい」

 などと言う。

 しかも、名残惜しそうに指についた鱗粉を舌で舐め取っている。

 この女は狂っているのか?

 俺は余程、呆けた顔でそれを見ていたのだろう。

 「黒い蝶が一番美味しいのよ、黒い蝶を育てるにはね」などと、夜羽は説明めいた事を話始めたが、俺の疑問とはズレている事に気付いていない。 

 「幼虫に“悪人”の死体を食べさせるのよ」

 ちょっと待ってくれ。

 彼女が狂っていないと仮定した場合、これは一体どういう事になるんだろう。

 幼虫に死体を食わせる為に、俺は人殺しをする。

 黒い蝶にする為には悪人の死体が良い。

 幼虫に死体を食わせる。

 夜羽は蝶を食べる。

 頭が混乱して来た。

 いや、こんな話を理解出来る人間がいるとしたら、そいつは間違いなく狂人だ。

 夜羽に何か確認したいが、何を聞けばいいのか解らない。

 「じゃあ君は悪人退治をしているって訳?」

 最初に見た死体の男も昨夜の“鈴木依子”も“悪人”なのか?

 「退治?」

 夜羽は既に五匹目の蝶を口に入れている。

 「そのう……君は、いわゆる“法で裁けない悪人”を退治する正義の味方なのか?」

 昔、そんな映画やテレビドラマを見た事がある。

 「正義の味方って何よ!馬鹿にしないで!」

 ……何故、そこで怒るのだろう?

 「あなたのような“おバカさん”でも解るように説明してあげるわよ」

 参った。

 狂人かもしれない女から、“おバカさん”呼ばわりされるとは思ってもみなかった。

 夜羽の説明が始まった。

 どうせまた論点がズレているんだろうけど。


 「普通の人間って言うのはね、“善”と“悪”の比率が丁度五分五分なのよ、ごくたまに、どちらかの比率が多い人間がいる。“善”が多ければ善人、“悪”が多ければ悪人」

 いわゆる、“性善説”と言うやつか。それはまあ、理解出来る。

 「蝶の幼虫に“悪人”の死体を食べさせると、幼虫の体内で魂の“悪”の要素が精製されて、羽化した時に黒い蝶になるのよ」

 「“善人”の死体を食べさせるとどうなる?」

 「不味くなる」

 色を訊いたつもりだったが、味を答えられるとは思わなかった。

 「何故、不味くなるんだい?感覚的に“善”の方が旨そうじゃないか」

 「知らないわ。昔からそう決まってるし、私は“悪”の味が好きなのよ……話が逸れたわね」

 夜羽は更に話を続ける。

 「最初は自分で“悪人”を狩って来て、与えていたけど、私も何かと忙しくて、だからあなたに頼んだのよ」

 “狩って来て”のニュアンスが“買って来て”と同じに聞こえる。

 「じゃあ、俺が最初に見た男も、夕べ殺した女も“悪人”なんだな?」

 「そうよ、二人の“悪”の比率は八十パーセントを超えていたから、とっても良い素材だったわ」

 八十パーセント……

 その数字はどうやって計測するんだろう?

 “悪人”と訊いて少しばかり気が軽くなったが、それでも、人を殺す罪悪感は拭いきれない。

 「ちなみに、俺が殺した女はどんな所が“悪”だったんだい?」

 「説明するの、面倒だわ。あなたも蝶を食べてみればいいのよ。そしたら解るから」

 絶句した。

 そんな嗜好はない。

 「大体、“悪人”が美味いと言うなら、あんたの死体を喰わせたら極上の蝶になりそうじゃないか」

 理由はどうあれ人に殺人を依頼する。これが“悪人”と言わずして何と言う?

 いきなり、夜羽がけたたましく笑った。


 「あら私、人間では無いもの」







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