狩り
◇
天窓から入ってくる風が温室の木々の葉をざわめかせ、隅にある池では睡蓮の間を縫ってアロワナがゆったりと泳ぎ、時折水音をたてる。
鈴木依子はひっつめ髪をほどき、その長く黒い髪で横たわる温室の床にアラベスク模様を描いていた。
満足気に、半ば笑った顔で眠っている彼女はほとんど衣服と言うものを身に着けていない。
自分から脱いだのか、俺が剥ぎ取ったのか今となっては覚えていない。
俺も同じ状況だ。
折角、夜羽が用意した、洒落た服も温室のあちこちに脱ぎ捨ててある。
甘いような酸っぱいような香りの液体がまだ、脚の間にまとわりついていた。
鈴木依子はうつ伏せで眠っている。
……やるなら今だ……
頭の中で自分の声がする。
長い髪を掻き上げ、白く細いうなじを露にし、 掌で包むと、体温が伝わってくる。
くすぐったいのか、甘い声を出して身動ぎする。
さっきまで、抱いてた女だ。情がうつっていないと言えば嘘になる。
下世話な話だが、勿体無いと言う気もする。
手を放しそうになる衝動を押さえながら、ゆっくりと、華奢な首を絞め上げた。
奇妙な声を出しながら、悶える彼女の唾液が指に伝う。
池のアロワナが跳ねた音が聞こえた。
彼女が昇天するのにさほど時間は掛からなかった。
あっけない。
あっけない程簡単に終わった。
こんなに楽に人の命が奪えるとは思ってもいなかった。
苦しいくらいに震える体。俺は何をしてしまったんだ?心臓の鼓動で、世界が震える。
やっとの思いで、亡骸を茂みの中に隠すと、すぐに幼虫が集まって来た。
俺はそれを見ないように、彼女の衣服と自分の衣服を震えが止まらぬ手でかき集め、温室の扉からまろび出て、邸の玄関に入った途端、抱えていた服に吐いた。
鈴木依子が着ていた、グレーのスーツにピンクのブラウス、レースの下着が吐瀉物にまみれる。 どうせ、焼き捨てなければならないものだ。今更汚れても同じ事。
しかし大の男が半裸で、女物の衣服に吐いてる様は、端からみればかなり滑稽に違いない。
あの、白い、柔らかい肌が幼虫に食い荒らされてる様を想像し、また胃が逆流を始めと、玄関の灯りがついた。
夜羽が様子を見に来たのだろう。
しまった。
こんな無様な成りをあの女に見られるなんて……
途方に暮れていると、夜羽のピンヒールとは似ても似つかない、履き古した色気の無いローファーが、屈んでいる俺の目の前に現れた。
見上げると、そこに居たのは夜羽では無かった。
パーマもカラーリングもしていない真っ黒な髪を後で束ね、黒っぽい野暮なボックススカートの上から白いエプロンを着けた……
「初めまして、この邸の家政婦、山田織江と申します」
そう名乗った女は表情ひとつ変えず醜態を晒している俺を見おろしている。
「よ……夜羽……さんは?」
「ご旅行に行ってらっしゃいます。夜羽様御不在中の雨宮様のお世話は私が致しますので何なりとお申し付け下さい」
俺に人殺しをさせといて、自分はのんびり旅行か?あの女、全くイイ性格をしてる。
しかし……この織江と言う家政婦はどこまで知らされているんだろう?
「“お仕事”がお済みのようですね?汚れ物は私が片付けます」
織江は俺の手から吐瀉物にまみれた衣服をひったくる。
「これは夜羽様から預かった通帳です。これから雨宮様のお給金や特別手当てはこちらの口座にふり込まれます」
通帳を開いてみると、既に今日付けで一千万が振り込まれていた。