如才無き罠
◇
“餌”は夜羽から指定される。
“餌”の顔写真や映像、名前、年齢、職業。その他、何処へ行けば会えるのかが詳細に知らされる。
そして“餌”は
「女ばかりよ、だって、むさ苦しい男ばかり食べさせてたら、綺麗な蝶にならないわ」
と、夜羽は言うが、相手を指定するあたり、営利目的、もしくは怨恨による計画的な殺人と思える。
そして、金に困った男など星の数程居るのに、何故、夜羽が俺を選んだのか最初の仕事でハッキリと解った。
このバーに居れば、毎日のように餌……“鈴木依子”はやって来る。
夜羽に用意された、アメリカの伊達男が着るような洒落た服を身に付けて、バーのカウンターに座ってショットグラスを傾けていると、なにやら後から話声が聞こえる
後には女の二人客のいるボックス席だ。
二人とも“餌”の鈴木 依子ではないな。と思い、視線を外そうとしたら女達と目が合った。
気まずいので軽く会釈をしたら、満面の笑顔で返された。
しかも
「きゃ〜挨拶されちゃった」
「やっぱりあの人、タレントか俳優よ、空気が違うもの」
などと言っている。
着ている物で騙されるなんて、女とはなんて単純な生き物なんだろう。 と思っていると
「すいません、隣り空いてますか?」
鼻をつくキツイ香水の香りとともにまた一人、女の客がやって来た。
「空いてますよ、どう……」
言いかけて息を飲んだ。
“餌”だ。
“鈴木依子”だ。
まさか向こうからやって来るとは……!
いかにも仕事帰りと言った感じの、グレーのスーツにひっつめ髪。スカートのサイドスリットからは、控え目にだが形の良い太股がちらりと見えた。
顔は……間違いない
夜羽に見せられた“鈴木依子”の写真や映像とぴったり一致した。
「えっ……?どうかしました?」
俺があんまり驚いた顔で見ていたものだから“鈴木依子”は警戒したようだ。
「いえ、俺のタイプの女性が来たものだから見とれてたんですよ」
慌てて口から出任せ。
「あらあら、イケメンにそんな風に言われるなんて悪い気はしないわ」
俺は役者に向いてるかもしれない。
その後は酒の勢いも有って、意気投合した。否、少なくとも俺の方は意気投合している振りをした。
「良い所があるんですよ、行ってみませんか?」
「いいところ?うふふ」
夜羽に言われた通り、タクシーを三回乗り継ぐ。 三回目のタクシーは邸から離れた所に停めて少し歩く。
「ねえ?何でこんな面倒な乗り方してるの?」
当然と言えば当然の疑問。
「ごめん、俺、来月デビュー予定の俳優なんだ。スキャンダルにでもなったら君に迷惑がかかるからね」
先程のバーの女達の会話にヒントを得て、そんな事を言ってみる。
「ああ!やっぱり?普通の人とどこか違うと思ったのよ!」
“鈴木依子”は上機嫌になった。
やっと“餌”を温室に連れ込む事が出来た。
否、思ったより簡単だったが。
夜羽が俺を選んだのは、この演技力を見込んでの事だったのだろう。
「うわー!綺麗!何ここ!」
温室の扉を開けた途端、彼女は、はしゃぎ回る。
「こらこら、あんまりはしゃぐと危ないよ」
「だって、凄いんだもの、天国にいるみたい!」
効果的にライトアップされた温室の植物達。
俺も夜の温室は初めて見たが、確かにこの世の物とは思えない美しさだ。
まさに楽園か天国。
しかしこの後、彼女を本物の天国へ連れて行かなければならない。