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第三章 魔王さまとクーと私

 夕刻、釜ゆで亭でウェイトレスを務めることになったクー。


「さぁクー、注文を繰り返して」


 お客さんから注文を受けましたら復唱をするのは接客の基本。

 ということで、クーにもさせようとするのですが、


「ぽ、ポトフとエール、キジバトのローストに…… ローストに……」


 仕方ないですね。


「ぶどう酒ですよ」

「ぶどう酒。いじょうですか?」

「おお、がんばれよ嬢ちゃん」

「くぅ……」


 クーは接客は苦手な様子でしたが、私が付いていますので注文を間違えることも無く何とかこなすことができています。制服こそ支給されていませんが、エプロンと髪をまとめる三角巾を渡され身に付けたクーは慣れない着こなしが初々しくて。たどたどしい接客も逆にいじらしく、拙い言葉遣いも含めお客さんには好評なようでした。

 なお、エールというのはホップを使って苦みを出すことが発案される前のビールのような物。ぶどう酒はワインみたいな物ですが、この地では水で薄めて飲むのが一般的なようでした。

 でも、それよりも気になるのはカウンター。昼間の少年が居てマムシ酒を開けていました。フードを目深に被り相変わらず顔を隠しているのが何か訳ありなように感じられます。姿を消していた私を見つけたことといい何者なのでしょうか?

 と、私の視線に気付いたのかこちらを向いて話しかけてきました。


「何だ昼間のアイオーン…… いや、アヤか」

「はい? そのアイオーンと言うのは?」


 私のことを指しているらしい、でも耳慣れない言葉にたずねてみると、


「異界、高次の次元から降りてくる存在だ。人に憑くことから守護天使、ガーディアンとも言われるが、普通の霊や天魔などとは在り方が異なり対象の内から顕れるものだから見る者が見れば一目で見分けがつく」


 と、興味を惹くお話をさらりと披露して下さいました。しかしそこで一旦言葉を切り、やや思案して言葉を続けます。


「……だがアイオーンという存在は、お前のような人間くさい意識は持たないものだ。さて、これはどういう訳か? なかなかに興味深い」


 人間くさいというのは、やはり私の世界で祖父に育てられた影響でしょうか。もっとよくお話を聞いてみたい所ですね。

 でも、その時でした。耳障りな金属音と共に鎧に身を固めた四人の男たちがこの酒場に乱入してきたのは。

 お客さんたちの悲鳴。すらりと響く鞘鳴りの音。鋼の剣が私に向けられました。


「我こそは勇者キム! 覚悟しろ魔王ラゴアージュ!!」


 魔王? 突然のことで、麻痺する思考。

 でも……


「無粋な」


 私の横で少年が不機嫌そうな声を上げました。それと共に、彼の片手に集まっていく力! あまりの負荷に、周囲の景色が歪む様子すら見て取れて。自称、勇者さんたちの顔が引き攣ります。まさか魔王ってこの人が!?


「アーヤ!」


 誰も動けないで居る中、私を心配したのか駆け寄ろうとするクー。無茶です!


「クー!」


 私はとっさに翼を広げクーの前に立ち塞がりました。そして……

 ふっと力がかき消ました。


「ほう、貴様、魔術殺しの加護を持つか。面白い」


 感心したように私とクーを見る少年。いえ、フードの下から現れた三本の湾曲した角を持つ圧倒的な存在。この少年が魔王。


「無効化、消去…… いや変化だな」


 見極めるように目を細めながら呟く彼の言葉が、私の頭の中に滑り込みます。魔術殺しの加護。それが天使であるらしい私がクーにもたらした力?


「くっ、何だが分からんが好機!」

「魔王、覚悟!」


 しばらく呆気に取られていたものの、我に返った勇者さんたちはこれを千載一遇のチャンスと見て魔王に斬りかかろうとします。


「面倒だな」


 魔王の呟きと同時でした。澄んだ高い音が響き渡り、同時に勇者さんたちの剣はガラスのように砕かれ身体は床へと叩き伏せられました。燭台が吹き消され、砕け散った剣の欠片が窓から差し込む月明かりに照らされて水晶のように輝いている中、魔王に付き従うように立つ美丈夫。剣を収める様子から、この人が勇者さんたちを叩きのめしたのだと想像ができましたが、その瞬間の動きはまったく捉えることができませんでした。


「あなたは……」


 私の呟きに魔王が答えるように腕を振るいます。


「我が配下、一の将」


 その魔王の口上に応じ、低く錆びた声が答えました。


「悪魔将軍ラーシュ。ラゴアージュ様の命にて見参」


 まずいですこれは。見ただけで分かります。先ほどの勇者さんたちなど足元にも及ばない圧倒的な武人としての力。私とクーの力が魔術の無効化だとしても、この人はそんな物を問題としない剣の力を持っています。相性が悪過ぎです。何とかやり過ごすことができれば良いのですが。


「ふん、国王どもの送り出したエセ勇者たちか。力に任せて我を倒そうとした所で、ラーシュに一蹴されるような実力ではこの身に傷一つ付けることも叶わんぞ」


 魔王は倒れ伏す勇者さんたちをエセ呼ばわりして、


「問題にならん」


 と評した後、クーに婉然と微笑んで、


「期待して居るぞ、我が愛しき真の勇者よ」


 と。

 ……はい?


「親父、迷惑をかけたな。これは詫び代だ」


 チンと弾き渡される金貨。クー、魔王様はリッチみたいですよ。

 いや、まぁそれはともかく。


「そんな、多過ぎまさぁ」

「何、我が花嫁が見つかった祝いだ」


 花嫁って…… まさかクーのことですか!? でも魔王様、クーは男の子ですよ?


「私は魔王だぞ。相手が男だろうが女だろうがどうにでもなる」


 爆弾宣言を残し立ち去る魔王様。はぁ、本当にどうしましょうか?




「いいですかクー。カラスは翼が接触するような所には怖がって降りてきません。ですからこの茂みからパチンコで狙えば大丈夫です。そしてカラスはこちらの頭を狙ってきますから、その服に付いているフードを被ると良いでしょう」

「うん、分かった」


 色々と問題は有りますが考えないことにして。パチンコを使った狩りをクーにさせるにあたって、まずは街を荒らすカラス退治をすることとしました。街中にあって容易に人間に接近を許すカラスは狩りの練習にちょうどいいですし、倒したカラスは釜茹で亭に持って行くと収入になります。……大抵は食事代や宿代と相殺になるため、ウェイトレスのアルバイト代と合わせてもぎりぎり暮らしていけるかどうか、私ははらはらしどうしなのですが。ただ元々馬小屋に軒を借りて暮らし食事も満足に取っていなかったクーにとっては、今の生活でも十分楽しいらしく笑顔でいてくれるのが唯一の救いです。この子の笑顔のためにも少しでもマシな生活を送らせてあげたいですね。


「うーん、えいっ!」


 クーはパチンコ本体を突き出した右手で横に構え、引っ張ったゴムはあごの下の辺りに利き目を使ってカラスの頭部を狙い弾にした小石を放ちます。カラスはふてぶてしく人間からあまり逃げませんから、近距離からの局部狙いも可能なのです。外れても着弾は目で追えますし、カラスは何が起こっているのか分からないのか逃げませんから修正して次弾を放ち、見事命中。半矢にならないよう急いで近づいて止めを刺します。

 仲間のカラスが襲ってくる前に撤退。時には失敗して傷を負ったりしますが、


「クー、血が出た時は傷口を洗ってからヨモギの葉をよくもんで傷につけるんです。止血の効果があるんですよ」


 これは祖父から教わった知識でしたね。


「ほんとだ。血、止まったよ」


 クーが尊敬の目で見てくれるのを照れくさく感じるのでした。

 さて、こうしてカラスを何羽か倒してから釜茹で亭に持って行きます。おかげで最近ではカラス料理が釜茹で亭のメインメニューの一つになっていますね。ゴミを漁り街では嫌われ者のカラスですが、その肉は心配していたほど臭みはなく食用に適しているのだそうです。焼き鳥はもちろん、煮物や塩漬け肉にまで様々に加工されて生かされています。




 夕方、クーは釜茹で亭でアルバイトです。

 三角巾とエプロンを付けて舌っ足らずに注文を取るクーは大変遺憾ながら釜茹で亭の看板娘になってきています。慣れてきたのか私のフォローも必要なくなっていますね。

 そして、


「おお、アヤか。少し付き合え」


 何でこの人は変わらず出入りしているんでしょうね、魔王様。どうやら釜茹で亭のお酒が気に入った様子で、夕方になるといつもここに来てカウンターで飲んでいます。そしてクーはウェイトレスの仕事がありますので、決まって私がつき合わされると。


「魔王様、先日の花嫁発言の真意はどこにあるんですか?」


 自称勇者さんたちを一蹴したラーシュさんを従える…… ラーシュさんの更に上を行くような圧倒的な存在だとはいえ、こう気安く声をかけられるとこちらも開き直って相手をするしかありません。


「真意も何も、聞いたままだぞ」


 どこか陶酔した様子で語る魔王様。


「人間が魔王である私の前に立つには人を越えた力を得る必要がある。そう、家族、恋人、人間性、そういった人を人とたらしめるものをすべてなげうって得られる強さだ。私のためだけにそうまでして高みに達した者。それこそが魔王である私に唯一並び立つ者、私の伴侶として相応しいとは思わんか?」


 酒に酔っているのか己に酔っているのか夢見るような表情で語る魔王様。結構、ロマンチストと言いますか。外見から見た歳そのものの多感な年頃の少年みたいなお話ですね。

 ……言っている内容はダークサイドまっしぐらですけど。


「うちのクーは貧乏でそれどころじゃないんですけど」


 と私が言うと、


「何を言う、勇者は清貧でなくてはいかん。あの王家が送り出した勇者もどきだったか、奴らは勇者の特権を振りかざし人の部屋のタンスを開けて物色する。本棚を漁る。袋の中も漁る。挙句、樽を壊す。壺を割る。人々の蓄えを強奪して歩いていると言う話だぞ。言語道断だ」


 などと最近の勇者のモラルの低さを嘆く魔王様。どうもこの世界の人間社会より魔王様の考え方の方が現代人である私の感覚に近いことに何だかなと思いました。


「所で魔王様、まさか結婚相手を育てるために魔王をやっている訳じゃないですよね?」

「………」

「どうしてそこで黙るんですか!? 魔王様?」


 どうも、そう言うことらしいです。

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