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第一章 ことの起こりは

「天女、ですか?」


 昔話や伝説にある、羽衣を着ると人の心を失い天に帰ってしまうという天人の姫。


「うむ、それがお前だ」


 病の床に臥せたまま真剣な顔をして言う祖父に、どう反応して良いのか困ってしまいます。孫娘の私が言うのも何ですがこの人、本当に悪戯好きな方で何時も他人をからかい惑わし、その上、仕事は真面目にせず……


「彩、お前、非常に不愉快なことを考えてるだろう」


 そして鋭い。学校の友人たちの間では私、物腰柔らかなポーカーフェイスで通っているのですが。


「言っとくが冗談じゃないぞ」

「おじいちゃんのお話は冗談で済まないからこそ、怖いんです」


 そうなのです。祖父は他人を引っかけ、騙すのが大好きな方なのですが、


「嘘は言ってないぞ、嘘は」


 と言うのが口癖になっている通りまったくのデタラメ、根拠の無い嘘だけはつかない人なのです。その代わり意図的に一部だけ情報を伏せたり他人をそそのかしたり自らは嘘をつくことなくミスリードを誘発して他人を陥れる詐欺師、いえ悪魔のような所業をしますけれど。

 ガンに侵され今夜が峠だというこの状況で切り出すのが何とも不吉です。


「まさか『これが嘘のつきおさめ』ですか?」

「ババくせーッ!? そこで小話のネタが出るなんて、お前は今時の女子高生をどれだけ超越すれば気が済むんだ!」


 思わず漏れた呟きに間髪入れず返って来る悪態。そのあんまりな内容に思わず眉をひそめます。


「……失礼ですね。教養が豊かだとか日本文化を大切にしていると言って下さい。そもそも私をこんな風に育てたのは、おじいちゃんでしょうに」


 祖父の口の悪さは十分承知していましたが、それにしたって孫娘をオバサンを通り越しておばあさん呼ばわりするなんてあんまりです。

 なお『これが嘘のつきおさめ』というのは、




 死の床にある落語家が弟子に向かって言いました。


「俺は今まで嘘ばかりついてきたが、俺ももう長くはない。最後に本当のことを言おう。俺が死んだら裏庭を掘ってみてくれ。大切なものを壺に入れて埋めておいたんだ」


 師匠の死後、弟子はさっそく裏庭を掘り壺を見つけます。

 でも中身は紙切れ一枚。


『これが嘘のつきおさめ』




 という小話ですが…… などと現実逃避気味に考えていると、祖父に咎められました。


「おい、何を呆けてるんだ」

「別に、そんなことはありませんよ」

「嘘だッ! お前がその澄まし顔をしている時は何か別なことを考えてるか、さもなくば何も考えていないかのどちらかだからな」


 鋭い。さすが私の祖父です。


「ただ黙っているだけでも思慮深げに見える外面を利用してるんだろうが、他人はともかく俺の目は誤魔化されんぞ」


 私の表情を簡単に見透かしてくれますね。でも言っておきますけど私は生活態度も品行方正なんですよ。この容貌から周囲が勝手に抱いてくれる優等生的なイメージをわざわざ自分から訂正したりしない、という面も確かにありますけど。

 話を戻しまして、


「アレですか、何らかの比喩ですか? 今までうら若い乙女を、こんな田舎の外れの一軒家に引き止めて悪かったとか」


 それなら分かります。何しろこの家、田舎の更に電気が通じているのも不思議な山奥にありまして。(こんな辺鄙な所まで電気を引いて下さった電力会社の方には、本当に感謝しております)冬など雪のためクロスカントリースキー…… 初心者向けには歩くスキーなどと言われるあれを履かないと、通学も買い物もできないくらいの場所なのですから。おかげで私、小、中学校ともクロスカントリースキーのレギュラー選手に選ばれたほどでしたし。


「いや、そうじゃなくてだな」

「はっ、まさか天女の羽衣を隠したように私の下着を……」

「死にかけのじーさんを捕まえて何を言ってるんだ、お前は!?」


 いつもの祖父のホラだと思って常識の範囲内で考えようとする私と、日頃の行いから素直に言葉を受け取ってもらえない祖父。どうやっても噛み合わない会話の末、祖父はそれはストレートに話して下さいました。


「翼を持って空から降ってきた、いや宙を割って現れたお前を見つけて拾ったんだ」


 開き直ったように真面目くさった表情で語る祖父。


「はい?」

「いつの間にか翼は消えていたからな、そのままお前を孫娘として育てたんだが。それがこんな祖父の話を素直に聞けないような捻くれた子に育つなんて」


 大げさに嘆くように仰いますが、私の性格の大方が自分のせいだとは露ほどにも思っていないんでしょうか、この人は。大体、こんな会話を毎日交わしていたら染まらざるを得ないでしょう?


「それは育てた方にも問題があるのでは? と言いますか、そんな常識外の話をさも当然のように話されても」


 そういう具合に、信じられないような説明を遺して祖父は最後までマイペースで静かに息を引き取ったのでした。


 願はくは花の下にて春死なん

 そのきさらぎの望月のころ


 以前、お酒を飲みながら口ずさんだことのある西行の和歌の通り。春先の、庭の桜が美しく咲きこぼれる満月の夜のことでした。




「……でもまさか、いくら何でも、それがそのまま本当の話だったなんて」


 血がつながっていなかったという話ですら初耳なのに、天使なんて。

 でも、この背に輝く翼は生まれつきの物のように体になじんでいて。その上、私の元でうずくまるように体を丸めて眠るクーの存在がここが異境の地であることを証明しています。私とクーの間には何か目に見えないつながりがあるのが感じられるのですが、そのためかこちらの言葉など一般的な知識がおぼろげにですが理解できるのです。最初のクーとの会話も、自然と口をついて出てきたこの地の言葉で交わされたものでしたし。


「んっ……」


 すよすよと寝息を立てるクー。その小動物的な、かまったり守ったりしてあげたくなるような寝顔に、モフモフした頭と耳をなでようと自然と手が伸びてしまうのですが……


「っ!」


 するりとすり抜ける私の手のひら。今まで色々と試してみたのですが、どうやら私は幽霊のように物に触れることができないようなのでした。大きな犬のようなクーの耳、ぜひとも触ってみたいのに残念です。

 ともあれ、ふっと息をつき気持ちを切り替えます。


「それで、クーが勇者と言うのはどういうことなのですか? クーはこの通り家も無く、馬小屋に軒を借りるような孤児に過ぎないわけですけど」


 あの後、私が現れたことを何らかの方法で見つけたらしく、顔を飾る立派な白髭に丈の長いだぶついたローブ…… まるでファンタジー映画の魔法使いのような格好をしたご老人が、若いお弟子さんを連れて駆けつけて下さいました。お弟子さん曰く、放浪の賢者の名を持つ方でこの世界では結構な識者なようでしたが。

 そのような立派な人がどんな用でと思ったら、神代から人の世に移り変わる内に私たちの世界では失われていった幻想たちが移り住んだと言う世界…… こちらの言葉で『幻想境』を意味するこの世界を救う勇者がどうの、と言うような大仰なことを話し出したのです。


「古い、土着の民の間にあった伝承なのです。天使を呼び出し、その守護を受け魔に抗する力を持った者がこの地に現れると」


 長く白い髭をしごきながら語るご老人。それにしても魔、ですか…… 天使が居るのでしたら、そういうのも居て当然な世界なのでしょうね。非現実的な存在も、自分自身がそうなってしまっては受容せざるを得ません。いえ、本音を言えば自分の存在も含めて認めたくなど無いのですが。

 いっそのことパニックになって取り乱すことができれば楽だったのかも知れませんが、毎度、祖父が起こす騒動に冷静に突っ込みを入れつつ対処をし続けて来たせいで今更、性格的に慌てふためくこともできません。


「まさかエルライナの、こんな少女がそうだとは私も思いませんでしたが」


 ご老人はクーのことを見詰めながら仰います。


「エルライナ?」

「この娘の部族名です。古くからこの地を渡り歩いている流浪の民」


 と言うことは、この犬の耳を持ったクーはこの地では一般的な存在ということなんですね。


「では、この子の名前は、クー・エルライナということですか?」

「そういうことになりますか。エルライナの呪術師は巫術を能くしたそうですから。この娘もその血を引いているのかも知れませぬ」


 はぁ、本当にファンタジーな世界なのですね。


「それでは天使殿。この娘を導き、どうか魔王をお倒し下さい」

「ちょっと待って下さい」


 そそくさと、お弟子さんと共に立ち去ろうとするご老人を引き止めます。どうも私を本当に天の使いだと思い込んで魔王を倒してくれるものと信じ切っているようですが、あいにく私にそのような自覚はありません。聞かせて頂いたお話はありがたく参考にさせてもらいますが、クーはどう見てもただの小さな子供で予言の勇者などとは思えませんし。

 ともあれ、


「仮にも魔王を倒させようというのに、何の援助もなしに放り出そうというのですか?」


 そんな酷なことはないでしょう。ゲームの勇者ですら、こういう場合はそれなりに初期装備や支度金と言うものが与えられると言うのに無一文でこの子を送り出そうと言うのが信じられません。まぁ、現時点で魔王退治を確約する気は無いのですがこちらも一方的に話を押し付けられているわけでそれはそれ、これはこれというものです。


「それが心苦しいのですが、魔王に正面切って反抗した街が滅ぼされたため、最近では大っぴらに勇者を送り出すことができぬのです」


 それではクーの他にも勇者が居ると言うことなんですね。それならばこんな幼い子供であるクーに無理をさせることも無いのでは、と改めて思います。

 いずれにせよ先立つ物が無くてはこの先、行き詰るのは必至。ご老人と懸命に交渉して、わずかばかりの銅貨を得ることに成功したのは夜も白みかけた頃でした。


「まずは貧乏脱出が先決ですね」


 それにしたってこの先、色々と不安です。クーに取り憑いていると言って良い私の運命はクーと一蓮托生ですからね。




 翌朝、起き出したクーについて街を見てまわります。私は姿を消してですが。物に触れることができない私でしたが、その延長線上で姿を消すことはできるみたいでした。いくらクーが犬の耳を持っている…… そういうのが普通な土地だったとしても、昨晩のクーや賢者さんの反応からするに羽を生やした天使が堂々とその辺を歩いて良さそうな感じではありませんでしたから助かります。

 一方でクーからは、この状態でも私の姿が見えるということでしたから、やはりクーと私の間には何か特別なつながりがあるということなんですね。

 一夜明け、改めて見る街は全体が石造りで、その角はすり減っていて丸みを帯びていました。建物は高くても二階建て程度で、それが通りにずらりと並んでいます。

 その間を色々な人が行きかっていました。行商人らしき人。荷物を抱えたおかみさん。果物売りの男の子。街を見回る兵士の人。そして牛や馬に牽かれた大きな木の荷車が、商品を載せて石畳の上を揺られながら音を立てて進んで行きます。

 そんな古いヨーロッパ風の様式の町並みと住人たちを観察する私を余所に、クーは街中を歩いて道端に落ちているゴミをいじったりゴミ捨て場のゴミを漁ったり。何か使える物でも探している様子ですけど。


「クー、何をしているんですか?」

「くぅ?」


 首を傾げ私を見上げるクー。しばらく一緒に居て分かったんですが、この「くぅ」というのはこの子の口癖みたいで、クーという名前もこの口癖から付いたのではないかと思われました。もっともクーがもっと小さい頃、一族の集まりの中で暮らしていた頃には既にクーと呼ばれていたという話でしたから安易過ぎる発想かも知れませんが。


「ガラス瓶、見つけた!」


 瞳を輝かせ、ゴミ捨て場からそれを拾い上げるクー。その他にも何点か使えそうな物を拾って、ぼろ布で綺麗に拭った上でズダ袋に入れると今度は街の中心部を目指します。途中、西洋風な容貌の人々とすれ違いますが、犬のような耳をしたクーが歩いていても何も言われないことからやはりただの外国ではない私の知らない世界であることを実感します。何より、昨晩も思ったのですがこの地には電気が通じている様子がまったくありません。今時これだけ人が住んでいる所に電気が通じていないなんて考えられませんから、やはりここは別世界なんでしょう。


「ここ」


 クーが導いたのは文字が読めない人にも分かるようにでしょう、様々な道具の絵が打ち出された銅板の看板を掲げている小さなお店。つまりは、雑貨屋さんでしょうか? 中に入ると色々な、ガラクタともつかない雑多な品々が並んでいました。


「やあ、クーじゃないか。今日は何を持ってきてくれたんだね」


 このお店のご主人なのでしょう。中肉中背の中年の男性が声をかけてくれました。どこにでも居るような普通の男の人でしたが、その瞳が子供のように輝いているのが印象的でした。


「これ」


 先ほど拾った瓶などを差し出すクー。


「ほう、この瓶は珍しいね。綺麗だし並べておけば誰か買ってくれるだろう。クーはいつも良い物を持ってきてくれる」


 クーの持ってきた物を一つ一つ確かめ、にこやかに応じて下さる男性。


「で、どうするね。代金は銅貨四枚か、この店の品で何か欲しい物があればサービスするよ」


 なるほど、ここはリサイクルショップのような所なんですね。捨てられたゴミも、クーやこのお店のご主人にとっては立派な商品。いい年をしたご主人がゴミ漁りをする訳にも行かないでしょうから、クーが持ち込んでくれる品はちょっとした宝探しの財宝みたいに心躍らせられる物なのでしょう。稚気があふれる、でも良い顔をしていらっしゃいます。


「うーんと……」


 ちらっちらっとクーが私の方をうかがいます。何かアドバイスが欲しいみたいですね。

 私は安心するよう頷いてあげて、店内を見渡します。とりあえずのお金は賢者さんから頂いた銅貨がありますから、ここは品物を選んでサービスして頂きたい所。あのご主人の機嫌からも少なからず無理は聞いてくれそうですし。


「これは……」


 ふと目に入ったのは、Y字型に枝分かれした頑丈そうな木の枝に太いゴムひもを付けた物。いわゆるパチンコです。


「くぅ?」


 私の視線を辿って、それを手にするクー。するとご主人が品の説明をして下さいました。


「ああ、それね。南方の、とある種類の木から採れる樹液から作られたゴムひもを使ったパチンコだよ。慣れれば鳥やウサギぐらいは獲れるよ」


 これでしょうか? このファンタジーな世界で、手っ取り早く食べ物やお金を手に入れるには狩りをするのが一番だと思います。クーはどう見ても戦うのには向いていませんから、離れた所から獲物を倒せるこの武器は有用でしょう。


「じゃあ、これ」

「うーん、本当は銅貨七枚の品物なんだが」


 少し悩んだ様子を見せるご主人でしたが、すぐに笑顔を浮かべ了承して下さいました。


「いつも売り物を持ってきてくれるクーのためだしね、サービスするよ」


 こうしてパチンコを入手。クーはそれじゃあと手を振って店を出ます。


「これからどうするんですか?」

「んー、食べ物」


 ああ、この体になってから空腹を感じなくなっていたので忘れていましたが、そういえば朝から何も食べていませんね。そろそろクーに何か食べさせなくては。


「でもどこへ?」


 町外れの方に向かうクーに聞くと、


「沼」


 という答えが返って来ました。




 葦が所々に茂り真っ黒な土が顔を出す、どこか陰気な雰囲気の場所。クーは慎重に足元を確かめながら一歩一歩ゆっくりと進みます。何でも底なし沼になっている所があって、そこに踏み込むと腰の辺りまでずぶずぶとぬかるんでしまうとか。周辺の人たちはそれを怖がって誰も近づかないみたいです。まぁ、私はと言うと翼を広げてクーの後ろに浮かんで居るわけですけど。

 と言っても一生懸命に翼を羽ばたかせている訳ではなく、翼を翻すと宙を自由に動き回ることができるのです。さすがは天使の羽、何か特別な力が働いてるみたいですね。

 ともあれ、


「こんな所に食べ物なんて……」

「居た」


 クーの呟きに視線の先を辿ると、


「って、カエルですか!?」


 それも、私の両の手のひらを合わせたより大きい物凄い大きさのカエルです。まさか食事って……


「捕まえた」


 大き過ぎるのが災いしたのか逃げようとするものの動きは鈍く、クーでも簡単に捕まえることができました。もそもそと暴れるそれをズダ袋へ。


「もう何匹か捕まえる」


 そ、それは私も食用ガエルという言葉を聞いたことがありますけれど、本当にこれを食べるんですか?


「後ろ足を食べるみたい。鶏肉に似て美味しいって言ってた」


 みたい? 言ってた? それってクーが食べるわけじゃないんですか?


「釜茹で亭で食事と引き換えにしてもらう。カエルの足は珍味だからクーが食べるのは無理」


 釜茹で亭ですか。それっていわゆる珍味料理に類する食事も出す居酒屋みたいな所ですか? ま、まぁ、所変われば食文化も変わる。カタツムリを食べる所だってありますし、日本だってザザムシやイナゴを佃煮にして食べる文化がありますし。そう考えて納得します。


「獲れた」


 私が現世から遠ざかって自分を納得させている間に、クーはカエルを捕まえ終えたようでした。ズダ袋がもそもそと動き、中から牛の悲鳴のような声が聞こえます。ウシガエルってことですか。

 来た時の足跡をトレースして今度はひょいひょいと沼地から抜け出すクーの後を追って、その釜茹で亭とやらに向かいます。




「ようクー、今日も捕まえてきてくれたか」


 釜茹で亭の調理場でクーを迎えてくれたのは、体格の良い剛毅な感じのする親父さんでした。太く節くれだった、しかし同時に器用さを感じさせる大きな職人の手でクーから食用ガエルを受け取ると、代わりに大きめの木のお碗に具だくさんのポトフを盛って出してくれました。ごろごろと入っている野菜の中にはジャガイモらしき物も入っていて、これだけで炭水化物も取れそうです。お肉もサービスしてくれたのか何切れか入っていましたし。

 有機栽培野菜、百パーセント。素朴な塩味にハーブを入れて味を調えているみたいで化学調味料、添加物を一切使っていないそれは、具の中まで火がきっちりと通っていて本当に美味しそうで。カエルの話を聞いた時にはどうなることかと思いましたが、ここの料理も結構良さそうですね。


「いただきます」


 そう言って食べ始めるクー。行儀良く食前の挨拶をする様子に思わず顔がほころびます。


「くぅ?」


 不思議そうに私の顔をうかがうクーに、


「いえ、きちんといただきますが言えるのは偉いな、と」


 そう告げるときょとんとした顔をして、


「命をいただくから当たり前だって」


 と。


「……なるほど、良い方に育てられたのですね」


 もしくはそういった命のやり取りが身近に感じられる世界であるためか。スーパーで切り身になっている肉や魚を買って来るだけになりがちな私たちの生活とは、やはり根本が違うのでしょうね。

 そう考えながら店内を見回すと、今は夕食時で様々な人が思い思いに食事を取りながら談笑していました。ちょうど良いので私は姿が見えないことを利用して情報収集をすることにします。そうして聞こえてきた話から、こんなことが分かりました。

 ここは王都から東に離れた田舎で、領主である貴族が住む近隣では唯一の街である。

 この店では食用ガエルの他にもカラスやスズメ、ザリガニ等も品が入れば出すみたいだ。

 この店には十年物のマムシ酒が秘蔵されている。

 最近、街にカラスが増えその害が広がっている。

 ハトが増えすぎそのフンが問題になっているが、伝書バトを殺さないようハトは保護されているため手が出せない。

 イノシシが畑を荒らし困っている。

 この街にも猟師は居るが高齢で後継者もなく、獣の害が広まっても対応しきれない。等々。

 魔王が居るような異世界とは言っても、その辺を私たちの世界と大きくかけ離れた生物が闊歩している訳では無さそうで一安心です。

 また一方でハトやカラス、イノシシ等、普通の動物が居るということは私たちの世界とどこかでつながりがあると言うことなのでしょう。

 ともあれ、


「貧乏脱出を目指すとして、まずは街を荒らすカラス退治からといった所ですか……」


 クーを狩りに慣れさせるという意味でも、手ごろと言えば手ごろなのですが。


「ごちそうさま」


 と、どうやらクーが食べ終えたようです。


「結構ゆっくりでしたね。まぁ早食いは体に悪いですからいいですし、何よりきちんとごちそうさまが言えるのは偉いですよ」


 そう褒めてあげると照れた様子で、


「くぅ……」


 って。


「で、これからどうするんです?」

「くぅ?」

「また馬小屋に泊まるのは感心しませんね」


 クーは女の子なんですから。それに春とはいえ夜は冷えますし。


「ここ、宿屋はやってないんでしょうか?」


 ここに入る時に見た看板では食事と宿の店、みたいな感じでしたが。


「泊まるには銅貨四枚」

「なるほど、お風呂はどうですか?」

「おふろ?」

「体を洗う所です」

「体を洗うお湯なら銅貨をもう一枚」


 ふむ、銅貨五枚ですか。賢者さんからもらったお金で少しは持ちますね。


「それではここに泊まりませんか? 体を洗うお湯も付けて」


 クーを見ていて思ったのですが、せっかく整った顔立ちをしているのに薄汚れた姿が台無しにしているような気がします。伸ばし放題でボサボサになっている狐色の髪も整えたらきっと綺麗でしょうに。


「分かった。泊まる」


 クーは私を女神様だと思っているので本当に素直に言うことを聞いてくれます。助かる反面、これで良いのかとも思うのですが。


「珍しいな、おめえが泊まるなんてよ」


 そんなことを言いながら、二階の部屋に案内してくれる釜茹で亭のご亭主。体格が良いせいで、古めの木の階段がギシギシ軋むのが分かります。


「明日の朝、薪割り手伝う」

「ふん、だったらお湯代はいらねえよ」


 この辺、クーはしっかりしていますね。

 そうして導かれたのは、人一人には少し狭く感じられる部屋。干草にシーツをかぶせただけの寝床がありました。


「ハイジのベッドですね」

「はいじ?」

「いえ、こちらのお話です」

「くぅ?」


 あどけない仕草で首を傾げるクー。


「お湯を持ってきたぞー」


 木の大きなたらいに張られたお湯が部屋に運び込まれます。この辺ではお風呂に入る風習は無さそうですね。お湯で体を拭くだけで済ましているのでしょう。


「使い終わったら呼んでくれ」


 そう告げてご亭主はまた仕事へと戻って行きました。


「さぁクー、体を洗って」

「うん」


 ワンピースのスカートを脱ぐクー。栄養状態が悪いのか胸が真っ平らです。それとも見た目以上に実年齢が幼いのでしょうか?

 きゃしゃな子供の腕に小さい肩。薄い胸と細い腰。そして下着を脱ぎ去るクーの、そこがちらりと目に入って、


「男の子っ!?」


 そう、そこにはしっかりと男の子の印があったのです。

 ああ……

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