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第十章 木イチゴのジャム

「木イチゴを取りに行きましょう、クー」

「くぅ? きーちご?」


 私の提案に首を傾げるクー。木イチゴが何だか分かっていない様子。果物なんて縁の無い生活をしていたのですから、仕方ないでしょうが。

 こういった、おやつになる山の幸は覚えておくと良いと思いますよ。


「この間、ヤマメを釣りに行った時に木イチゴの茂みを見つけておいたんです。今頃はきっと食べ頃になっていますよ」

「分かった」


 とにかく、食べ物だということは分かってくれたようです。後は行った先で実物を見せて教えてあげればいいでしょう。


「ああ、何か入れ物を…… あ、拾い物の破れかけた籠がありましたね。これに布を敷いて使いましょう」


 山葡萄の蔓で編んだ年代ものの黒光りする籠。ここまでの色艶は長いことかけて使い込まなければ出ないのに。最近の人たちは価値の無い新しいものにお金を使い、古い価値のあるものを捨てている、と嘆いたのはどなたの言葉でしたっけ? 惜しむらくは一部が壊れていて穴が開きかけていることですが、これぐらいなら職人さんにお願いして修理してもらえばまだまだ使えます。壊れている部品を外して、その分だけサイズを縮めて直してもらえば小柄なクーにもぴったりの大きさになるでしょう。


「この間作ってあげた脛当ても身に付けて」

「分かった」


 スカート姿のクーがそのまま山の中に入って行くと、どうしてもスカートの裾から覗く素足が傷付いてしまいます。それを防ぐため、いらなくなった布切れで脛当てを作ったのです。今回は、これが必要でしょう。現地に行って見れば分かりますが。

 そんなわけで籠を持った上、フードを頭に被ったクーは、


「赤頭巾ちゃん……」


 正しく、そんな格好でした。まぁ、フードは赤くなく籠の中は空っぽなのですが。それに赤頭巾ちゃんは腰に鉈など下げていないでしょう。

 鍛冶屋さんに打ち直してもらったクーの剣鉈。イノシシ殺し。


「くぅ?」

「いえ、何でもありませんよ、クー」


 それでは出発しましょうか。




 しんと静まり返った杉林の中。その下草として生い茂る茨。そう、木イチゴってバラ科の植物なんですよね。そんなに大きなトゲは付いていなくて服で肌さえ覆っていればチクチクするなぁ、と言う程度ですが。

 そして、その茂みにはいくつもの綺麗なオレンジ色をした粒々の実がなっています。


「くぅ? これ、食べられるの?」

「ええ、そうですよ。甘酸っぱくて美味しいですよ」


 私の勧めに従って、ぷつんと爪を使って採った実を口の中に入れるクー。


「くぅ!?」


 その目がまん丸に見開かれて、犬のような耳がぴんと立ちます。そうですね、今までの生活から察するに甘味なんてろくに食べたことが無かったのでしょうから、びっくりするでしょうね。その表情の変化が見ていて丸分かりで面白かったです。


「おいしー」


 にっこりと笑ってクーは感想を口にします。子供が甘いものを好むのは、それだけカロリーを必要とするからだと聞いたことがあります。体が今の自分に必要な物を求めるんですね。

 反対に山菜のえぐ味や渋味を嗜めるようになるのは、成長期を過ぎた大人になってからという話で。私が山菜取りにクーを連れて来なかったのには、そういった訳があります。やはり自分で食べて美味しいものでないと、面白くないでしょうからね。


「さぁ、クー。木イチゴはまだまだたくさんこの林いっぱいにありますからね。どんどん採って行きましょう」

「うん」

「帰ったら、これでジャムを作りましょうね」

「ジャム?」


 首を傾げて私を見上げるクーに説明してあげます。


「そのまま食べるのも良いですがジャムにすると、もっと美味しくなるんですよ」

「もっと? これよりもっと?」


 クーは目を見張り勢い込んで訊いてきます。


「ええ、ですから食べながらでいいですから、籠に木イチゴを集めて下さい」

「うん!」


 わさわさと茂みに入って木イチゴを採って行くクー。革のエプロンが体の前部を守ってくれているとは言っても、手足にトゲが引っかかって痛いでしょうに気にした様子も無くずんずん進んで行きます。

 凄いですね。私なんて、服を通してちくちく刺さってくる棘に、身をよじって耐えていたものでしたが。それだけ、この木イチゴの甘みがクーにとっては衝撃だったのでしょう。見ていて微笑ましいです。


「アーヤ、こっちにもいっぱいあったー」

「はいはい」


 普通のイチゴのような粒々感の無い甘い食感がいいんですよね。

 こうして肌を刺す棘を物ともせず、クーは夢中になって木イチゴを取り続けたのでした。




「さてクー、これから言う通りにして下さいね」

「うん」


 釜茹で亭の台所をお借りして。クーにコツを教えながら、二人で木イチゴのジャム作りをします。


「まずは、集めた木イチゴを洗って鍋に入れスプーンで軽く潰して火にかけます」

「うん」


 素直に木イチゴをボウル代わりの木のたらいに入れ、良く洗うクー。それから小ぶりの鍋に移し、いつも食事に使っている木のスプーンで木イチゴを潰します。こうして汁気を出して置かないと、加熱した時に鍋に接触している部分だけ焦げてしまいますから。


「できたー」

「ええ、そしたら火にかけて。弱火で煮込むんです」


 アクを取り除きながら、好みの硬さまで弱火でコトコト煮詰めます。


「あくって?」

「表面に浮いてきた邪魔な泡のことですよ。これを匙ですくって捨てて下さい」


 私は自家製のジャムを作る場合はヨーグルトやアイスのソースに使うのが好きで、結構ゆるめに作ることが多いのですが今回は硬めに。本来は砂糖を入れて糖度を高め長持ちするようにするんですけど、今回それは無しですから代わりに硬めに煮込んで糖度を上げるのです。

 後、普段ならレモンの汁を少々入れて味を整えるのですが、木イチゴはそのままでも酸味がありますから。砂糖を足さなければ手を加えなくても十分いけるはずです。


「そろそろ良さそうですね」

「くぅ、わかった」


 好みの硬さまで煮詰めたら煮沸消毒しておいたビンに移して出来上がりです。更に逆さにして空気を抜くと開封しなければ保存料無しでも一年以上も長持ちするのですが、今回はすぐに使ってしまうので良いでしょう。


「ほう、クー、お前料理もできたんだな」


 台所に顔を出した釜茹で亭のご亭主が感心したように仰います。


「くぅ……」


 少々気後れした様子で俯くクー。私の指導があったとはいえ、自分の手でジャム作りを最後までやり遂げたのですからもっと堂々としていても良いと思うんですけどね。

 ご亭主は、そんなクーの様子に出来に不安があるのかとでも思ったのか、鍋にわずかに残っていたジャムの残りをすくって舐めて見せて、


「こりゃあ美味い。十分、店にも出せるぐらいのできだぜ」


 と、笑顔で太鼓判を押して下さいました。この身では味見ができないのが不安でしたが、プロの料理人であるご亭主にそう言って頂けるなら安心ですね。


「それじゃあクー。パンに塗って味見しましょう」

「うん」


 ご亭主にお願いして、御領主様から頂いた小麦で作った焼きたての白パンを出して頂き木イチゴのジャムを塗って食べます。


「くぅ……」

「どうですか、クー」

「あまぁい。おいしーよ」


 満面の笑顔で答えるクーに、なんだかこっちも嬉しくなってしまいます。


「それは良かったです」


 一心不乱にパンを食べるクーに話しかけます。


「もう少し経ったら桑の実を取りに行きましょうね」

「くわのみ?」

「ええ、桑の木になる小さな紫色の実です。これも美味しいんですよ。特に山桑の実は小さい分、甘味が凝縮していて味が濃いんです」


 これも、そのままでもいけますしジャムにもなります。桑の実の収穫時期はけっこう長いので、おやつには最適です。採っても次から次へと赤い実が黒く熟して来ますから。

 夏に入り始めた山の中で食べる桑の実は中々に美味で。ただ、この実を食べると舌が紫色に染まってしまうのが難点なんですけどね。


「くぅ?」


 ふふ、舌を紫に染めながら一生懸命桑の実を採っているクーの姿が想像できてしまって。思わず笑ってしまう私をクーは不思議そうに見詰めているのでした。

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