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Psychopath  作者: 東都湖 公太郎
シザーハンズ
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5




 曖昧な記憶。

 定まらない意識のなかに、莉子はいた。


「ママ! ねぇってば! ちゃんと俺の話、聞いてた?」


 聞いてなかった。

 視線を落とすと、足元には見知らぬ子供が絡みついていた。

 子供を見て、莉子は首をかしげる。

 この子供は彼女のことをママと呼んでいるが、莉子は生まれてこのかた子作りなんてしたことがない。

 だから子供なんて出来ようがないはず。

 そう思った矢先、その子供の目つきに既視感をおぼえる。


「? どうしたのママ。俺の顔になんかついてる?」


 そして思い出す。

 この子は憎きあのカニ野郎に顔立ちがよく似ていたのだ。


「まったく、昼間からぼけっとしてさ。母親ならもっとしっかりしてくれないと困るよ。誕生日のプレゼントも脇役のシザーライダーの変身ベルト買ってくるしさ。俺が好きなのはドラゴンライダーだって何度も言ったのに。ホント、ママはドジだよね」


 莉子のなかでそんなフラストレーションが湧き上がってくる。

 このガキ、マザコンのくせになんでこんなに偉そうなの? ホントはママ大好きなくせになにその態度。死ぬの?

 数年後には夜の街を徘徊する妖怪カニ男になってるほどのカニフリークなくせになに言っちゃってるの?

 だいたい君がさっきから夢中でいじくり回してるその変身ベルトはなんですか? ドラゴンライダーのほうが好きだったんじゃないんですか?

 そうやってよそ見しながら歩いてると、ほら。左右確認しないで横断歩道渡っちゃう。

 車来てるのに。

 あーあ、もうホントバカな子。こりゃ死んだね。

 ま、こんな生意気マザコン迷惑野郎なんて死んでくれたほうが世のためだけどさ。

 うんうん、これでアバロンのダニが一匹減ったな。

 そう思いながら、大型トラックに轢かれそうな子供を見送る莉子。


 しかしその刹那、子供とトラックの間に人影が割って入る。

 それは他ならぬ、莉子自身だった。





「ぶはっ……!!」


 そして一之瀬 莉子は目を覚ます。

 毛嫌いしていたマザコン少年を守ろうとしてトラックに轢殺されるという、胸くそ悪い夢に耐えかねての覚醒だった。


「うげ……なんであたしがあんな奴を……」

「あら、お目覚めになりましたのね」

「うえっ!? な……あ、あんた誰!? ここどこ!? あとなにこのベッド! 天蓋付きじゃん! ていうか部屋広っ! 置物すごっ! ドバイのホテルかってーの!!」


 莉子の目に飛び込んできた光景は、どれを取っても目新しいものばかりだった。

 金髪碧眼の美少女、天蓋付きベッド、贅沢な間取りの部屋にちりばめられた高そうな調度品。

 なにもかもが莉子とは無縁の代物。

 そんな異質な状況に、驚きを隠せないでいた。


「ふふっ、面白い方……わたくしの見立て通りですわ♪」

「『ですわ♪』じゃなくて……出来ればこの状況の説明をお願いしたいんだけど……」

「あらごめんなさい、わたくしとしたことがとんだ失礼を」


 見目麗しい少女は改めて莉子に向き直り、ちょこんとお行儀よくお辞儀をしてみせる。

 その姿はまさに育ちのよいお嬢様そのもの。


「はじめまして一之瀬 莉子さん。わたくしはつるぎ 亞璃紗ありさと申します」

つるぎ……? どこかで聞いたことある気がするんだけど、もしかして……“あのつるぎ”?」


 莉子が指している剣とは、剣財閥つるぎざいばつのことである。

 剣財閥とは、日本の三大財閥として数えられるほどの大財閥で、日本のみならず海外の政界・経済界に強い影響力を持っている。

 『サインペンから戦闘機までなんでも手がける剣財閥』……そう言えば、剣という家柄がどれだけのものか小学生でも分かる。頭が少々かわいそうな莉子でも分かる。


「ええ、“そのつるぎ”で間違いございませんわ」

「う……や、やっぱり“そのつるぎ”なんだ……」


 育ちの良さそうな物腰と言葉遣い、そして剣という苗字で薄々は分かっていた。

 しかし、改めてその事実を聞かされると莉子の頭が痛くなる。

 その痛みは彼女の脳が、与えられた奇妙奇天烈な情報を処理しきれていない証拠だった。


「ちなみに、先ほどの質問の答えを申し上げますと、ここはわたくしが所有するマンションの一室……ドバイではございませんのでご安心くださいな♪」

「え!? ま、マンション!? この広さで!? ちょっとした駐車場並の広さなんだけど……」

「ええ、この階がひとつの部屋となっておりますわ」

「ふ、フロア丸ごとって……こんなすごい部屋に住んでるの……?」

「ふふっ、住むだなんてとんでもない。この部屋は来客用のゲストルームですわ」

「……へ? も、もしかして、このマンション全部剣さんの……?」

「はいっ♪」

「なにそれ!? どんだけセレブ!? 石油王か! アラブの石油王か!!」

「ええ、確かに油田も8つほど所有してますけど、よく分かりましたわね♪」

「ま、マジで……? ちょっと、もうツッコミきれない……」


 想定外のブルジョワジーを目の当たりにして莉子はフリーズし、軽いめまいを覚えてそのままベッドに倒れ伏す。


「あら? ……もし? 一之瀬さん? 一之瀬さん??」


 



「ほんっっっっとーーーーにありがとっ! 剣さんがいなかったらあたし、今頃西山のママにされたわよ」


 莉子は亞璃紗から、ここに運ばれてきたいきさつを聞かされてからというもの、彼女に頭が上がらなかった。

 当然だろう。莉子にしてみれば、彼女は命の恩人なのだから。


「いえいえ、わたくしとしても自分のテリトリー内であんな不埒な行為、見過ごせるわけにはいかなかったので」

「テリトリーって……精神異能者サイコパスはそんなことまで気にするの?」

「人によりますけど、わたくしは自分の住む家の周りくらいは“お掃除”しておきたい性分ですので」

「その“お掃除”ってのが、ガラの悪い精神異能者サイコパスをしばき倒すことなんだ……」

「左様でございますわ」

「つ、剣さんって、見かけによらず武闘派だね……」

「うふふっ、よく言われますわ♪」


 そう呟きながら、改めてゲストルームと称されるだだっ広い部屋を眺めてみる莉子。

 確かに甲冑やら刀剣といった物騒な調度品がやたら目に付く。

 おそらくこれが彼女の本質なのだろう。


「でも大丈夫かな、あいつ……」

「ご心配には及びませんわ。このマンションのセキュリティは厳重ですし、さすがの彼もここまでは追って来れませんわ」

「いや、そういう意味じゃなくてっ……」

「?」


 歯切れの悪い莉子の様子に、亞璃紗は首をかしげる。


「剣さん、あたしを助けるために西山をやっつけちゃったんでしょ? いや、別にあいつのことが心配ってわけじゃなくって、そのっ、あれでしょ? 精神異能者サイコパスの戦いって、後遺症とかありそうだし……」

「彼なら心配ございませんわ。ちゃんと手加減はしましたから。むしろ、貴方のほうが重傷でしたわよ?」

「あ、あたしが……?」

「2ヶ所の精神裂傷に洗脳による精神汚染……かなりえげつない洗脳攻撃を受けたみたいですわね、精神修復リカバリに手間取りましたわ」

精神修復リカバリ?」

「あら、そういえば一之瀬さんはまだ新参者ルーキーでしたわね」


 亞璃紗は小さく微笑んで人差し指をたてる。


精神修復リカバリとは精神的ダメージを、精神異能者サイコパス同士で修復する行為……まぁ簡単にいえば治療ですわね」

「へぇー、そんなことも出来るんだ」

「とはいっても、完璧に治せるわけではありませんわ。一之瀬さんの精神内には、まだ彼の流し込んだ精神的断片クラスタが残っていますし……」

「う……だからあんな夢を……」

「夢?」

「あ、う、うん……えっと、実は―――」


 莉子は先ほど見た夢のことを亞璃紗に伝える。

 自分が拓也の母親となった夢。

 無意識に拓也を助けてしまった夢。

 その夢のせいで、拓也のことがとても心配に思ってしまっていること。

 それを聞いて、亞璃紗は小さく唸りながら口を開いた。


「うーん……もしかしたら一之瀬さん、彼とは早めに決着をつけなくちゃいけないかもしれませんね」

「え? なんで?」

「率直に申し上げますと、貴方の精神と西山くん? の精神的イメージが混合しはじめてます」

「こ、混合……?」

「はい。本来、他人同士の精神は反発しあうものなんですが、偶然にも貴方と西山くんは相性が良かったみたいです」


 亞璃紗は真剣な面持ちでそう告げる。

 深層心理をあらわす夢の中にまで色濃く登場している時点で、事は重大だったのだ。


「よ、良かったみたいですって……そ、それってつまりあたしの精神が西山のマザコン思想を受け入れちゃってるわけ!?」

「ええ……おそらく一之瀬さんの心に彼が送り込んだ精神的イメージが定着するまで、3日とかからないでしょう」

「み、3日!? 3日経つとあたし、どうなっちゃうの??」


 まるで神にすがるような表情で亞璃紗に問いかける莉子。

 その瞳からは今にも涙がこぼれ落ちそうだ。


「3日後……貴方は貴方ではなくなります」


 医者が末期患者に死の宣告をするような面持ちで、亞璃紗はそう切り出した。




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