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Psychopath  作者: 東都湖 公太郎
The long long summer vacation
44/45

6



 ……同時刻。

 莉子達が住む街からさほど遠くない都市の、とある廃工場。


「げほっ! げほっ! ……くそっ! こ、こいつ……!!」

「おいおいおいおいおいィ? どうしたどうしたァ? もうヘバったのかァ?」


 大型タンクローリーが余裕で旋回出来るほどの広さを有した廃工場の駐車場で、ふたつの人影がゆらめく。

 ひとりは拳銃型の精神武装を携え、片膝をついて息を切らせている少年。

 もうひとりは彼を見下ろすタレサンにカウボーイ風の出で立ちの男。

 ふたりに共通することは唯ひとつ。

 ……精神異能者サイコパス

 だが、その力量の差は歴然。

 少年は自分の手に収まっている拳銃型精神武装ミリタリアのシリンダーを振り出し、残弾を確認する。

 その希望の残滓、わずか1発。


「くそっ……!」


 少年は苛立ちを顕にしながらシリンダーを戻し、立ち上がる。

 そして、その獲物をカウボーイ男に向かって構える。

 もう何度となくこうして男の眉間を狙ったが、その狙いは尽く外れた。

 そんな今となってはいくら狙いを絞ったところで、もはや当たる気がしない。

 しかし、少年は構える。

 意地と言ってもいい。

 彼が今ここに立っていられるのは、僅かばかりの自尊心あってのことなのかもしれない。


「おいおいおいィ、もうこのくらいで終いにしようぜ? 別に取って食おうってワケじゃねーんだからよォ」


 信用出来るか。

 少年は砂でジャリジャリになった口を噤んで心の中でそう吐き捨てる。

 彼がそう思うのにも理由がある。

 数日前、少年はとある噂話を耳にした。

 内容はどこか都市伝説めいた荒唐無稽な代物だったので、最初は気にも留めなかった。

 なにせ『謎の秘密結社が夜な夜な精神異能者サイコパスを拉致して得体の知れない施設へ連行している』などという稚拙な内容。

 バカバカしい。

 こんなガキ臭い噂、誰が信じるものか。

 曰く、夜に音もなく現れる真っ黒な未確認飛行物体。

 曰く、カブトムシがとれる穴間スポットから合衆国大統領のスキャンダルまで売り物にする情報マフィア。

 そんな小学生が学校帰りの暇つぶしに考えた都市伝説と同レベル。

 少年も当初はそう鼻で笑っていた。

 だが、噂は真実だった。

 見知った能力者が次々と姿を消し、かわりに見たこともない能力者が徒党を組んで跋扈し始めた。

 居心地の良かった街に漂う不穏な空気。

 その不気味とも言える異変に耐え切れなくなった少年はこの夜、街を脱出することを決めた。

 ……しかし、“彼ら”はそれを許さなかった。

 駅、バスターミナル、主要幹線道路……

 あらゆるルートに彼らの配下による監視の目が光っており、少年は文字通り封じ込められてしまっていた。

 それでも構わずその包囲網を強行突破しようとした能力者もいるにはいた。

 少年もそのなかのひとりだ。

 そして……その結果が―――


「チッ、今更後悔しても遅い……か」


 少年はそう呟くと身構え、腰を落とす。

 その眼は意を決したように鋭い。


「馬鹿野郎が跳ねっ返りやがってよォ……俺ァ手加減なんてしねぇぞ?」

「るせぇ! いちいち大物ぶるんじゃねぇ!!」


 少年の精神武装ミリタリアは決して弱いわけではない。

 装弾数は6発と射撃シュート型としては心許ないが、一撃の威力には自信がある。

 当てさえすればこんなふざけたカウボーイなど、軽くあしらえるのだ。

 当てさえすれば……

 当てさえ―――


「当たらねェよ」

「―――!?」


 カウボーイは少年の思惑を見透かすように、敢えて距離を詰めた。

 その接近に虚を突かれ、銃の照準が大きくブレる。


「うわわっ……! く、くそっ!!」


 少年は慌てて引き金を引く。

 それと同時に、乾いた発砲音と共に精神エネルギーの弾丸が射出される。

 アスファルトに向かって。


「……な、なん―――」

「ダンディーじゃねェなァ。当てるとか当てない以前の問題なんだよ。テメェは」


『なんで当たらないんだ?』

 そう呟こうとしたであろう少年のみぞおちに拳をめり込ませながら、カウボーイはつまらなそうに吐き捨てる。

 鉛のように重い一撃を受けた少年は、まるでスローモーション映像のようにゆっくりと地面に沈んだ。

 それを確認したカウボーイは、溜息混じりに耳元のインカムを操作する。


「……俺だ、能力者を1名確保した。回収班を寄越してくれ。それと……赤ずきんちゃんはいるかい? いたら応答して―――」

「―――ここに居ますわ」

「お?」


 カウボーイはふいにかけられた声のほうを振り返る。

 そこ佇んでいたのは月を背景に浮かび上がった少女のシルエット。

 真紅のフードパーカーで顔をすっぽりと覆い隠した出で立ちの彼女は、軽やかな足取りでフェンスから地面へと着地する。


「それと……その『赤ずきん』という呼び名はやめて頂けませんこと?」

「なんだなんだァ? 俺のネーミングセンスがお気に召さないってかァ?」

「はい」

「だったらいい加減名前くらい教えてくれたっていいんじゃねェかァ? 同じS4の仲間なんだからよォ! なッ!」

「…………」


 仲間。

 その言葉に、少女は口元を僅かに歪める。


「仲間……ですか。随分チープな台詞ですこと」

「悪かったなチープで。だがなァ、俺達はチームで動いてるんだ。いくらテメェが新入りだろうと一度S4に入ったなら腹を決めてだなァ」

「…………」

「隊長」

「腰を据えるつもりで少しは周りの連中との信頼関係をだなァ」

「…………」

「隊長」

「あぁ黙ってろ黙ってろ。せっかく俺がダンディーにお説教してやってんだ。少しだけ静かにして聞きやがれ、ダンディーにな」

「直属の部下を無視して講釈されるのがダンディーですの?」

「……なに?」


 カウボーイは怪訝な顔をして向き直る。

 見ると赤ずきんはなにか言いたげにあさっての方を見つめていた。

 彼女の目元は赤いフードで覆い隠されてはいるものの、その視線の先を追うのは容易であった。

 

「おォ、オメェか。気付かなかったぜ」


 視線の先にいたのは顔の半分以上が長い銀髪に覆い隠された小柄な少女。

 莉子よりも頭ひとつ分ほど低いその背丈は勿論であるが、少女がカウボーイに気付かれなかったのには些か理由があった。

 その理由のひとつは―――


「で? 首尾は?」

「…………、…………」

「あァすまんすまん。相変わらずオメェの声は小さ過ぎて聞き取れんわ。いつも通り紙に書いてくれや」

「…………」


 銀髪少女はカウボーイの言葉に少し俯くと、ポケットから小さなメモ帳を取り出す。

 白い紙の上を、ボールペンが走る。


「なになに? 『現在この街に残留する能力者はゼロ。作戦は成功。追い立てられた能力者はBラインを突破して北上。最終的な捕獲率は93%』か……よしよし、予定通り。ご苦労だったな」

「…………」


 銀髪少女はメモ帳を仕舞うとふぅと小さく溜息をつき、再び闇夜に紛れてかき消えた。

 カウボーイは満足そうにサングラスをいじりながら漆黒の空を見上げる。

 ニッカリと歯茎を出し、下品で陽気な笑顔を見せながら。


「いよいよ追い込みだぜ赤ずきんちゃんよォ、期待してるぜェ?」

「はい……?」

「おいおいおい、なんだなんだその気のない返事は。これから戦場になるのはオメェのホームグラウンドだぜェ? その為にわざわざ諜報部から引っ張ってきたんだ、土地勘を活かしてしっかり働いてくれよォ? この俺のダンディズムに磨きをかける為に……な!」

「……そう、でしたわね」


 憂いを帯びたような声色で、赤ずきんは呟く。

 その刹那、吹きすさぶ突風。

 いつの間にやらふたりの頭上には、闇色のヘリコプターらしきものが飛来していた。

 大型扇風機程度の、ささやかな風切り音と低く唸るようなモーター音。

 本当にヘリコプターなのかと疑いたくなるほどの静けさで、それは浮遊していた。


「おっ! 迎えが来たぜェ、赤ずきんちゃん」

「…………」


 カウボーイの言葉は、赤ずきんには届かない。

 彼女は、なにかを……誰かを思うようにジッと月を見ていた。

 風に晒されてフードからこぼれた金色の髪が、渓流を泳ぐ魚のように揺れていた。







 翌日、紫外線が燦々と降り注ぐ午前時。

 莉子はこともあろうに、ふたりの人間に刃物を突きつけられて青ざめていた。

 シックなタイトスカートに純白のブラウスが眩しい異国の女性は、薔薇の彫刻が施された鋭い細剣レイピアを。

 セクシーな口ひげを生やしたナイスミドルは、ナタのように重厚な刀を構えて睨み、佇んでいる。

 伊達や酔狂ではない。

 双方とも、隙あらば莉子の首を、胴を、四肢を斬り飛ばすつもりで獲物を携えている。


「な……なんでこんなことに……」


 何故……

 一体どうしてこんなことになってしまったのか。

 事の発端を解するには、数時間前の出来事から説明せねばなるまい。







 ―――早朝。

 柔らかな感触と生暖かなぬくもりのなかで、莉子は目覚めた。


「ふぁ……あ、……んっ? なにこの……なに……?」


 目覚めた瞬間に眼前に広がる、白く大きなふたつの大福餅のような物体。

 この謎の物体の正体は、一体なんなのであろうか。


「んっ……うふふっ、莉子ったらエッチなんだからぁ~……むにゃむにゃ……」

「ぶっ」


 それはこともあろうに、雪の乳房。

 莉子は寝ぼけ眼でそれを思いっきり鷲掴みにしていた。


「そ……そういえば、あの後そのまま寝ちゃったんだっけ……」


 上体を起こしながら、莉子は頭を抱えて呟く。

 莉子はあの夜、痺れた身体で雪を背負いながら風呂場を脱し、なんとか雪の部屋まで辿り着いた。

 ご丁寧に布団が敷いてあったことにはこの際目を瞑り、とりあえず雪だけでも放り込んでしまおうと思ったのだが、案の定雪がぐずった。


「やだ……っ、今日は莉子と一緒に寝るの……っ、莉子と一緒じゃなきゃ寝ないもんっ……!」


 雪はそう言って掴んだ手を離してくれなかった。

 まぁ、振りほどこうと思えば簡単に突き放すことも出来たのだが……そこで流されてしまうのが莉子。

 駄々をこねる雪の手を握り、ふたりで夜を明かしたのだ。

 しかし、先に目を覚ましたのが莉子であったのは僥倖である。

 もし雪のほうが先に覚醒していたら危険であった。

 色々な意味で。


「雪が起きないうちに抜け出さないと……」


 今日も例の図書館で、拓也と雪との3人で勉強をする約束をしている。

 もちろん、莉子特製のお弁当付き。

 今から急いで家に帰れば、時間的にも品質的にも納得出来るお弁当が作れるだろう。

 ……が、ここで焦ってはいけない。

 なぜならすぐ隣には一糸纏わぬ姿の雪が眠っているのだ。

 もし彼女が目を覚まそうものなら―――


「愛と肉欲の迷宮ラビリンスっ!!」

「!?」

「むにゃむにゃ……うふふっ……、莉子ぉ~……もう逃げられないよぉ~……♪」

「な、なんだ、寝言か……」


 よだれを垂らして寝言を呟く雪に、半ば呆れながら吹き出した冷や汗をそっと拭う莉子。


「ていうかどんな夢見てんのよあんた……」


 百年の恋も冷める酷い寝姿を曝け出している雪。

 そんな彼女を見て、莉子は苦笑いを浮かべながら毛布を手に取って雪の肩に―――


「……っ!?」


 毛布を取ろうとした右手。

 その手首に感じた違和感に、莉子の動きが止まった。

 ……“なにか”。

 目に見えない“なにか”が、左の手首に絡み付いている。


「まったく、油断も隙もありゃしない……」


 莉子の手首に巻かれていたのは、雪の精神武装ミリタリアによって編み込まれた糸……秘めたる鋼の(ワンサイドラブ)片想い(ワイヤー)であった。

 よく目を凝らして見ると、糸の端は雪の右手首へと続いていた。

 こうすることにより莉子が雪から離れる素振りを見せればすぐさま糸が引っ張られ、自然と覚醒へと導かれるという寸法。

 危なかった。

 発見がもう少し遅れていたら、毛布を取ろうと手を伸ばした拍子に、結び付けられた秘めたる鋼の(ワンサイドラブ)片想い(ワイヤー)が引っ張られて雪に気付かれるところであった。

 そうなってしまったら最後。

 あの雪のことだ。

 ただでは帰してくれないのは自明の理。

 色々と拙い言い訳をして、みっともなく駄々をこね、恥も外聞もなく縋り付き、莉子を引き止めてはなにかにつけてぺたぺた触ってくる。

 実際莉子は幼い頃、その手口で雪の家に1週間以上連泊させられたことがある。


「よっ……と」


 強化ブーストした指で力を込めて引っ張る。

 すると糸は、キリキリと悲鳴を上げながら千切れた。

 枷が外れた莉子は揚々と布団から抜け出す。


「よしっ、これで―――」


 ぐいっ!


「…………」


 布団から抜けだそうとした莉子の足首に、不自然な抵抗があった。

 ……おそるおそる振り返る。

 そこには、しっかりと巻き付いていた。

 雪の秘めたる鋼の(ワンサイドラブ)片想い(ワイヤー)

 やられた。

 彼女は二重の罠を仕掛けていたのだ。

 用意周到!

 まさに蜘蛛の如き陰湿な罠師と言わざるを得ない。

 そして結わえ付けられていた先はもちろん、雪の左手首。

 思いっきり引っ張ってしまった。

 こんなに強く引っ張ったりしたら―――


「んっ……、莉子……?」

「お、おおお……っ、おは、おはよう雪っ!」

「……今、こっそり抜けだそうと―――」

「してないしてないっ! するわけないじゃんっ! あはっ、あはははっ……」

「……そう? なら、いいけど……」


 寝ぼけ眼でのそのそと起きだしながら、雪は呟く。

 障子越しに差し込む朝陽に照らされる雪のように白くきめ細やかな素肌。

 その幻想的な美しさに、莉子は思わず息を呑んでしまう。


「……? 莉子、なに見てるの……?」

「えっ!? い、いや、なんでも……っ」

「そう……?」


 声をかけられた莉子は、我に返って慌てて視線を逸らす。

 思いっきり目を奪われてしまった。

 親友の、それも同性の雪の裸体に。


「はぁ~ぁ……なにやってんだあたし……」


 その事実に、莉子は頭を抱えた。

 別にそっちのはないのに。

 ちょっと凹んでしまう。


「どうしたの……? 莉子っ、なんか顔が赤いけど……」

「へっ!? そ、そう? いつも通りだって!」

「ううん、そんなことないよっ……ほら、もっとよく見せて……」

「……っ!? ちょ、ちょっと待っ、近い近い近いっ!! せ、せめて服っ! 服くらい着なって!!」

「えー? どうして?」

「ど、どうしてって……だ、だって、目のやり場に困るっていうか……っ」

「うふふっ、変な莉子っ♪ 女の子同士なのにそんなこと気にしちゃうの?」

「女の子同士でも気になるってのっ!! 特に雪のその牛みたいなおっぱい! それ見てるだけで殺意が湧いてくるっつーのッ!! ていうかいちいち見せつけんなっ!!」

「わぷっ!? うぅ……っ、莉子、ひどいよぉ……」


 投げつけられた羽毛枕を顔面で受けながらも、どこか嬉しそうな面持ちで抗議する雪。

 そんな彼女を尻目に、莉子は心底恨んでいた。

 後先考えなかった数時間ほど前の自分を。

 面倒臭がって雪と共に全裸で寝てしまった自分を。

 思えばお風呂場から直行で布団に入ってしまったのが間違いだったのだ。

 何故あの時、もっと思慮深く行動できなかったのか。

 せめてパンツくらい履くべきだった。

 同性同士だというのに妙な気分になって仕方がない。

 幸いなことに、脱衣場で脱ぎ散らかした莉子の服は、昨晩辛うじて持ってきていた。

 ……グッジョブ! 昨日のあたし、グッジョブ!!

 小さくサムズ・アップしながら心の中で自分を褒め称える莉子。

 しかし、今の莉子にそんなことをしている余裕があるのか?

 否! あるわけがない!

 雪の動きが鈍っている今のうちに、可及的速やかに衣服を纏いて脱出せねばならない。

 さもなければ本当に『愛と肉欲の迷宮ラビリンス』に閉じ込められてしまう……!


「じゃ、じゃああたしっ、家に帰ってお弁当作らなきゃだから……っ!」

「えっ……? なにそれ……っ、もしかして、帰っちゃうの……?」

「う……うんっ。そのつもり、だけど……」

「だっ……! ダメっ!!!」


 そらきた。

 莉子は心の中でそう呟きながら、目の前に立ちはだかった雪を見てげんなりした。

 どうせこの後、下手な言い訳をしてあたしを引き止めようとするんだろうなー。

 莉子がそう思うよりも早く、雪の唇がどもった言葉を紡ぐ。


「えっ、えとっ……! そ、そうだっ! ちょっ……朝食っ! 莉子っ、せっかくだし、ウチで朝ごはん……た、食べてってよっ! ねっ? ねっ!?」

「いいよ、そんなことしてたらお弁当作る時間無くなっちゃうし」

「うぅ……っ」


 雪の瞳がほんの少し潤む。

 眉が心なしかハの字になる。

 それは前兆であることは、莉子は長年の経験で察していた。

 幼い彼女の提案をこんな感じで断ると、今度はみっともなく駄々をこね始めるのが常であった。

 今にも泣き出しそうな……そう、こんな顔をしながら。


「や、やだぁ……っ! 酷いよ莉子っ……、せっかく久しぶりのお泊りなのにっ……! こんなにすぐ帰っちゃうなんてやだやだやだぁ……っ!」

「しょ、しょうがないでしょ!? あたしにだってやることがあるんだし!」

「……なによ莉子ったら、そんなにあの男にお弁当作ってあげることが大事なの?」

「いやいや! 別に西山の為に作るわけじゃないしっ! ちゃんと雪の分も作るつもりだよ? ていうかせっかく雪や西山に勉強教えて貰うんだから、そのくらいのお礼はさせてよ……ね?」

「うぐぐっ……! じゃ、じゃあっ! お昼までわたしと一緒に二度寝するのが、わたしへのお礼ってことで―――」

「却下。もうっ、バカなこと言ってないで、早くそこどいて」

「……やっ」


 と、このように駄々っ子モードの雪すら軽くあしらわれようものなら、次は恥も外聞もなく縋り付き―――


「やだやだやだぁー……っ! 莉子っ、帰っちゃダメぇ~~~……っ!」

「うわわっ! ちょっ、雪っ! は、離してよっ!」

「やぁ……っ! ……莉子が『帰らない』って言うまで離さないもんっ……!」


 莉子の足首に絡み付いた秘めたる鋼の(ワンサイドラブ)片想い(ワイヤー)を引っ張り、這いつくばり、必死の形相で引きとめようとする雪。

 とまぁこんな感じで、最終的には莉子を引き止めてはなにかにつけてぺたぺた触ってくる。

 それが雪の、幼い頃から普遍的に変わらない本質。

 思春期に入ってから莉子への気持ちをひたむきに抑えていた反動なのだろうか、幼少期よりも悪化しているように莉子は感じた。

 しかも、子供の頃と違って精神異能者サイコパスとして覚醒しているだけに質が悪い。


「あ、あんたねぇ……! 行動パターンが子供ン時と寸分違わず同じなんだけど!! あんたもう高1でしょ!? いい加減成長しなさいよっ!!」

「子供でいいもんっ……! だってわたしっ、小さい頃から莉子一筋だもんっ……! わたしは一途なのっ……! これは純愛なのっ!」

「変な解釈して開き直るなっ!!!」

「うぷっ……!?」


 そんな雪に向かって莉子がぶん投げたのは、またしても枕。

 柔らかな痛みと共に、一瞬だけ遮られる雪の視界。

 そして僅かに緩む、拘束。


「……って、ああっ! り、莉子っ! 待っ―――」

「待たないよーだっ! じゃあね雪っ! 今日もいつもの図書館で待ってるからっ!!」


 雪が顔を上げた時にはもはや手遅れ。

 秘めたる鋼の(ワンサイドラブ)片想い(ワイヤー)をそそくさと切断し、辛くも手に取ったシーツを身に纏った莉子は、霧島邸の塀の上から華麗に跳躍。

 そのまま屋根伝いに身を翻し、昇りはじめた朝陽に溶け込みあっという間に見えなくなってしまった。

 強化ブースト加速アクセルを併用して初めて成せる、さながらアクション映画のような軽やかな身のこなし。


「もうっ、莉子ったら……、あんな格好っ……誰かに見られたらどうするつもりなの……?」


 雪はそんな莉子を、少し拗ねた面持ちで見送る。

 部屋には莉子が身に着け損なった衣服と、ほのかに香る彼女の匂いだけが残っていた。




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