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白川市と舞橋市の間を流れる日本でも有数の大河川・木根川。
その傍らに横たわる広大な河川敷を利用して作られたのが、この河川公園である。
運動場をはじめ、アスレチック広場にバラ園もあり、天気のいい休日は家族連れで賑わう人気スポットだ。
そして……すっかり日が沈みきった今、そこには6人の異能者だけが佇んでいた。
特に目立つのは恰幅のいい巨漢。
その影に隠れる瓶底眼鏡をかけた莉子ほどの身の丈しかない小柄な少年。
時代錯誤の着流しに身を包んだ憂いのある面持ちの隻眼男。
常夜灯の光に照らされるスキンヘッド男の顔面左側には酷く醜い火傷の痕があった。
「ん? やっと追いついたの? 遅いなぁ」
「……3分以上待ったんだけど」
「はぁ、はぁ……っ、う、うるせぇ! あ、あと1分で倒してやる!!」
「ま、まぁ俺ってば頭脳派だから……っ、げほっ! げほっ!」
「……うぐっ、は、肺が……し、死ぬ……」
「はひーっ! ふひーっ! も、もうダメだぁ~~~!」
4人の男達は運動不足なのか、たかだか2~3キロほど走った程度で盛大に息切れを起こしてフラフラしながら莉子達に近寄る。
莉子は雪を抱えながらの跳躍ではあったが、効率よく強化を使っていたせいか基礎体力が違うのかは定かではないが、顔色ひとつ変えずに4人を眺めていた。
「ねぇ、あんた達大丈夫? この程度で息切らす程度なら、やめといたほうがいいんじゃない?」
「んだとぉ!? なめてんのかぁ!? 精神異能者のバトルってーのはアブスキや体力でやるモンじゃねぇーっつーの!!」
莉子に詰め寄ってきたのはマシンガンが肥大したような精神武装を携えたスキンヘッド男。
鳳凰の刺繍が施されたスカジャンが非常に個性的である。
「へぇ……じゃあ、なにでやるものなの?」
「ンなもん決まってるだろ!? 精神武装だよぉ!!!」
「っ……!? 雪っ! 下がって!」
「え……?」
「骨まで焼けろや!! 喰らえッ!! バックドラフトぉ!!!」
刹那、莉子達を襲ったのは紅蓮の炎と灼熱地獄。
男が手にしていた精神武装はマシンガンではなく、火焔放射器であった。
チャージされた精神エネルギーを熱エネルギーに変換し、照射。
その結果、空気は焼け皮膚を焦がし、草木は瞬時に消し炭になる死の世界が、彼の前方5~6メートルに創造される。
幸か不幸か莉子がそれを察知し、咄嗟に前に踊り出たおかげで雪だけはその災厄を免れることが出来たが……
「ぎゃはははははッ!! ざまァーみろ!! どうだァ!? この四聖獣・朱雀の雀栄様の摂氏1700度を超す灼熱地獄の味はよォ!! チタンもぐずぐずに溶ける超高温だぜェ!? 俺はガキの頃に火遊びが過ぎて顔の左側を耳が焦げ落ちるまで焼いちまった!! その時体感した痛みと恐怖を具現化したのがこの精神武装・バックドラフトさァ!!! 俺様にかかりゃ、ヒトなんざものの数秒でウェルダンだぜぇ!!」
「ちょ! じゃっくん! せっかくの女の子なのに黒焦げにしたら困るんだけどね!」
「あぁ? 別にいいだろ? あんなペチャパイ女。そして……ぎゃははっ! 見ろ! 宣言通り、ジャスト1分で倒し―――」
「だ・れ・が、ペチャパイですって?」
「……へ?」
ふいに聞こえてきた莉子の声。
スキンヘッド男は慌てて周囲を見渡すが、彼女の姿はどこにも見当たらない。
前方には自分が造り出した巨大な火柱が未だに燃え盛っている。
……だが、その渦中には彼女の気配はない。
あるのは、彼女の精神武装の反応のみ。
「ど、どこだッ!?」
「!? 雀栄ッ! 上だッ!!」
「なにッ!?」
「……遅い」
隻眼着流し男の指摘通り、莉子は頭上にいた。
何故このような事態に陥ったのか。
莉子はまず緊急展開した精神武装・ヴォルケイノを突き立てて即席の盾にして炎をガードした。
そして、雪の安全を確認した後に強化跳躍し、雀栄の頭上を取ったのだ。
本来なら気付かれてもおかしくない挙動であるが、日没後の暗がりと派手な炎がうまい具合に莉子を隠した。
無論、そこまで莉子が計算していたわけではない。
重なり合った偶然に助けられたとはいえ、このイニシアチブの鍵はおそらく……莉子の野性的ともいえる鋭い直感力。
その場にいた者のなかで唯一、莉子の動きを最初から最後まで目で追えていた雪がそう解釈している間に、莉子はスキンヘッド男の首にその細く引き締まった脚を絡めていた。
「制ッ!! 裁ッ!!」
「ぐお!? お……おおッ……!!」
次の瞬間、男は身体は地面に叩きつけられていた。
おそらくなにが起こったのかさえ分からなかったであろう。
首に脚をかけられたかと思ったら、強烈な負荷を首にかけられて投げ飛ばされた。
それはプロレス界ではフランケンシュタイナーと称されている空中殺法だった。
「あはっ! ねぇねぇ雪見た? 今の見た? この技初めてかけたんだけど一発で成功しちゃったよー♪」
「うん……っ、すっごくカッコ良かったよ莉子っ……でも、喜ぶ前に……」
「ああッ!? じゃ、じゃっくーーーん!!」
「ひいぃ!! あちっ! あっちぃいい!! だ、誰かっ! 火っ! 火ぃ消してくれぇ!!」
「……はやくなんとかしないと、ハゲ男の丸焼きが出来ちゃうよ?」
「え……? うわわっ!」
スキンヘッド男が投げられて軟着陸した場所は、不運にも先程彼自身が燃やした芝生の上であった。
衣服に火が燃え移ってもがいている姿はさながら殺虫剤を吹きつけられたゴキブリのようである。
「な、なんて酷いことを! あの可愛い子ちゃん、見かけによらず鬼畜だぞ!?」
「まさに悪鬼羅刹の所業也……」
「え!? これあたしのせいなの!? ていうかあんた、自分の精神武装で出した炎なんだから自分で消せないわけ?」
「む、無理ぃ~~~!! だ、だから早く助けて! お願いはやく―――」
「とりゃ!」
「うげっ!? ……どぶひゃあ!!」
莉子はなにを思ったのか、火達磨になった男にサッカーボールキックをぶちかます。
強化された莉子の脚によって蹴り上げられた男は、綺麗な放物線を描いて木根川へ沈んだ。
おかげで彼に纏わり付いていた炎は完全に鎮火したが……
「ごぼっ! た、助けて!! お、俺っ……! 泳げない~~~~!!」
「ああッ!? じゃ、じゃっくーーーん!!」
「やっぱりあの可愛い子ちゃん鬼畜だぞ!?」
「まさに悪鬼羅刹の……」
「あんた達そんなこと言ってる暇あったらサッサと助けに行きなさいよっ!」
「こうなったら僕達でじゃっくんの仇を取るしかないんだけどね!!」
「雀栄……お前の死は無駄にしないぜ!!」
「志半ばで倒れし友の仇を討つ……燃える展開也!」
「て、テメェら……勝手に殺すな……っ! げほっ! げほっ!」
雀栄はなんとか自力で岸まで辿り着いたらしく、気管に入った水を吐き出しながら薄情な仲間に向かってぼやいていた。
しかし、3人の男達はそんな彼に見向きもせず『仲間の仇討ち』というシチュエーションに酔いしれていた。
「さぁーてお次はこの僕! “玄武”を冠す玄河 武様の最強精神武装をお見せするんだけどね!!」
そう宣言して飛び出したのは4人のなかで最も小柄な少年。
手にした棒状の精神武装を振り回しながら不敵な笑みを浮かべる。
黒光りするその精神武装からは、奇妙な緊張感が滲み出ていた。
亞璃紗のような冷たく鋭い感じでも、雪のような陰湿で重苦しい感じでもない。
今まで感じたことのない妙な雰囲気。
故に莉子は、緊張した面持ちで間合いを測る。
慎重に。
「…………」
「へぇ~! 僕の精神武装の恐ろしさが分かってるっぽいねぇ! でも……残念ながらもうそこは僕の射程圏内なんだけどね!!」
「えっ……?」
「莉子っ!」
「捕らえたッ!!」
それは、一瞬の出来事だった。
まばたきするよりも疾く、莉子は囚われる。
黒い格子。
それが莉子の周囲をぐるりと取り囲んでいた。
「ちょっ……! な、なによこれっ! このっ! このぉ!!」
「ははははぁーーーーーっ!! これが僕の精神武装、ザ・キーパー! この黒い檻から絶対に逃れることは出来ない!! もちろん、どんな強力な精神武装でも破壊不可能なんだけどね!!」
「うわっ、マジで硬い……」
莉子は展開したヴォルケイノで何度か斬りつけてみたが、ザ・キーパーの牢獄は傷ひとつ付かなかった。
「莉子っ!? だ、大丈夫っ……!? 待っててねっ、今すぐ助けてあげるから……っ!」
「ははっ、いくら攻撃しても無駄なんだけどねっ! このザ・キーパーは一度発動したら最後、人為的に破壊されることは絶対にないんだけどね!!」
武は勝ち誇った面持ちで、格子にすがりつく雪をせせら笑う。
莉子達の一連のやり取りや動きを見て、彼……玄河 武はこう仮定していた。
「四聖獣の頭脳であるこの僕の見立てだと……そこの貧乳ちゃんの戦闘力は相当なものだけど、そっちの巨乳ちゃん……つまるところ君は、まぁ大した実力ではないね!」
「……その根拠は?」
「くっくっく……良い質問だね」
蜘蛛脚型精神武装・蜘蛛女を展開してゆっくり身構える雪。
彼女の問いかけに、武は右斜め45度をキープしたまま不敵に微笑んで眼鏡を軽く持ち上げる。
その仕草はさながら名探偵か名刑事のようである。
「まず、君はさっきからこの貧乳ちゃんに守られっぱなしだね。ここまで来る過程もそうだし、さっきもだし……正直君って、お荷物だよね?」
「……お荷物?」
「そう、そしてその根暗そうな性格! そういうタイプは大抵戦闘に向いた能力者じゃないんだよね。となれば対処法はひとつに絞られるんだけどね! ……即ち! 山猿みたいに飛び回る邪魔な貧乳ちゃんを僕のザ・キーパーで隔離した後、じっくりと君を嬲る!!」
「なっ……! ちょっと待ちなさいよっ! 誰が山猿だってのよ誰が!」
「はははっ! 猿は猿らしく檻の中でおとなしくしてるといいんだけどね!! というわけで……くっくっく、出番だよ? 虎ちゃん」
「おう! 任せな! うへへへ、嬉しいぜ。俺はどっちかっていうとアンタみたいな大人しめな女がタイプなんだよ……じゅるっ」
威勢のいい声を張り上げて歩み出たのは4人の中で最も大柄な男。
舌なめずりをしながら、前面にせり出した3つの大きな突起が特徴的な手甲型精神武装を携えて雪の前に立ちはだかった。
「よお姉ちゃん! 今からでも遅くねぇぜ! 精神武装を解除して俺らに詫び入れな! そしたらそこの姉ちゃんも一緒に可愛がってやるぜぇ? うへへっ!」
「チンパンジーみたいな顔をしてよく言うわね……、身の程を弁えたほうがいいわよ……?」
「な、なんだとぉ!? このアマ、こっちが下手に出てりゃつけ上がりやがって……!!」
「気にすること無いんだけどね虎ちゃん! その子の戦闘力なんてたかが知れてるんだけどね! 軽く捻っちゃってよ!」
「わーってるよ! 待ってろぉ? ちーっと揉んでやっから!! いろんな意味でな!!」
「はぁ~あ……あんた達ってホント、なんも分かってないんだね」
「? それはどういう意味かな貧乳ちゃん?」
武は眼鏡をいじりながら退屈そうに呟かれた莉子の言葉に突っかかる。
それもそのはず。
莉子は今、彼の名推理に泥を塗ったのだ。
「まず、さっきあんたが探偵気取りで喋ってた内容だけど……全ッ然的外れ。バカ丸出しだよ」
「なッ……! なにをお!? こ、この僕が……ッ、バカだって!?」
「そ、バカ。まず、あたしが雪を守ってるのは雪が弱いからじゃなくて、あたしのほうが雪より頑丈だから。単なる役割分担に過ぎないのよ。だいたい雪はねぇ―――」
「ほぎゃああああああああああぁーーーーーーーーッ!?」
「え……? と、虎ちゃん……?」
「雪は、滅茶苦茶強いんだから」
突然響いた大男の奇声に、武は振り返る。
そこには、信じられない光景があった。
体重200キロはあろうかという巨体が、宙を舞っていた。
それだけでもあり得ない事態だというのに……それを成し得た人物が―――
「ぐはぁ……!? う、うぐ……ッ、つ、強過ぎる……人間じゃねぇ……」
「な、なんで……? どうして……? ぼ、ぼぼぼッ! 僕の推理が間違うわけないッ! あ、ああああ有り得ない! こ、こんなおとなしそうな子が、こんな……!」
「…………」
悠然と歩を進める雪。
莉子を捕らえている檻の鍵を握る、武を睨みつけながら。
そして……彼女の蜘蛛女が、大きく振りかぶる。
「……貴方の精神武装、確かに頑丈みたいね。……でも、もし……持ち主の貴方が死んだら……、どうなるのかしら……ね? うふふっ……♪」
「ひ、ひぃいい!! や、やめッ、やめてくれぇ!! わ、分かった! ザ・キーパーは解除するッ! 貧乳ちゃんは解放するよ!! だ、だからッ、ゆ、許して……」
「……駄目。許さない」
「なんで!?」
「貴方は、わたしの前で決してやってはいけないことをしてしまった……だから、絶対に許さない……」
「や、やっちゃいけないこと……? な、なにそれ?」
「貴方は―――」
「げぼぅ!? お、オゲェええ!?」
武の胃を、突き上げるような衝撃が襲う。
見ると、ふわりとした繊毛に覆われた蜘蛛脚型の精神武装が深々とめり込んでいた。
その柔らかそうな見た目とは裏腹に、その一撃は鉛のようにズシリと重い。
30分前に食べたネギチーズ牛丼が口から飛び出すほどに。
「お……ッ! お、おおぅ……お」
「貴方は、わたしの大切な人を……侮辱した。これはその報い……」
反吐を撒き散らして意識を失う武。
彼が己の吐瀉物の上に倒れると同時に、莉子を束縛していた黒い鉄格子は跡形もなく消し飛ぶ。
雪はただ、気絶した武をまるで動物の死骸にこびり付く不快害虫でも見るかのような目で見下ろしていた。
「ふぅ……さんきゅー雪」
「莉子っ♪」
狭苦しい牢獄から解放された莉子は、雪に向かって笑顔でサムズアップする。
その晴れやかな笑みを向けられた雪はというと、ご褒美を貰う犬のように莉子に駆け寄ってきた。
……だが、そんな柔らかな雰囲気をかき乱すような闘気を発する者が、まだひとり……残っていた。
「ほう……お主ら、なかなかやるではないか。朱雀の雀栄だけでなく、玄武の武……白虎の虎一まで下すとは……だが、この青龍の龍斎は一筋縄ではいかんぞ……?」
「え? なに? まだいたの?」
「……もう四聖獣(笑)さん達の実力は分かったから、その3人連れてサッサと逃げたほうがいいわよ……?」
「フ……(笑)を付けるのは、我が実力を見てからでも遅くはないと思うが……?」
刀型の精神武装を携えた隻眼の男・龍斎。
彼の背から、逆巻く一陣の風が吹き抜ける。
それはつむじ風。
いや……違う!
「雪っ! 気を付けて! ……なにか来るッ!!」
「っ!?」
莉子はなにかを察知したのか、焦げた芝生の上に突き刺さるヴォルケイノを自分の手の内へ呼び戻して構える。
雪も慌てて蜘蛛女で防御体制を取る。
その直後だった。
猛烈な突風と共に鋭い斬撃の嵐が莉子達を襲う!
「痛っ! くうっ! 雪っ! こ、これって……!」
「かまいたち……? ううん、違う! この感じ……まさか、加速と射撃の複合攻撃……?」
「フ……ご名答」
龍斎は一切の隙を見せず、その精神武装の切っ先をふたりに向けてほくそ笑む。
「我が精神武装・ラストサムライは神妙不可侵ッ! 触れずとも遠方よりかまいたちのような斬撃を浴びせることが出来るッ! しかもッ!! その疾さたるやまさに疾風ッ!! 貴様らに我が剣、見切れるかな!?」
「雪、下がって。こいつはあたしが」
「莉子……? ん、うんっ」
「フ……たったひとりで我が相手をしようというのか……? ナメられたものだな」
「あんたこそ、あたしのことバカにしてるでしょ? この程度の技でどうにかできるなんて思わないで欲しいだけど」
莉子はヴォルケイノを振り上げて呟く。
その言葉に応えるように、龍斎も己の精神武装・ラストサムライを下段構えにして莉子を睨む。
ふたりの間にある空間が、殺気で満たされていく。
「先手必勝ッ! 推して参るッ!! 秘技ッ! 旋風無頼斬ッッッ!!」
「っ……!」
先に動いたのは龍斎。
恐ろしく疾く鋭い下段からの斬撃を、20メートル先にいる莉子に向けて放つ。
これが彼の武器。
高速斬撃を遠方より射出する……加速と射撃のハイブリット攻撃である。
「このまま畳み掛けさせて貰うぞッ!!! うおおおおおおッ!! 旋風無頼、乱れ撃ちィィィ!!」
龍斎は攻撃の手を緩めない。
防御態勢を崩さない莉子に向け、斬撃の雨を浴びせ続ける。
しかし、莉子はその一発一発を手にした精神武装・ヴォルケイノで強かに……しかし確実に叩き伏せていた。
「フ……なかなかやるな。我が太刀筋をすべて撃ち落としたのは貴様で二人目だ」
「へぇ~、あたしが初めてじゃないんだ。そのもうひとりって、四聖獣のなかのひとり?」
「いや、そいつは……まぁいい。今は関係のない話だ。そんなことより、目の前の相手に集中したらどうだ?」
少し興味ありげな面持ちで呟く莉子に、龍斎は眼帯を軽く押さえながらそう答えた。
恐らく彼にとってはあまり語りたくない話だったのだろう。
「それもそうだね。……じゃ、こっちも本気で行かせて貰うよっ!!」
「来いッ!!」
地を蹴る莉子。
龍斎との間合いを一気に詰める。
しかし―――
「たぁーーーーーっ!!」
「フ……! のろいのろい!! あくびが出るわ!!」
その動き、鋭さ、スピード……どれも常人のものとほとんど変わらない。
かろうじて左右へフェイントをかけているものの、ある程度の動体視力があればそんなものは虚仮威しにもならない。
右、左、右、左……
龍斎はそのステップのタイミングを早急に見切り、その動きの限界点に向け―――
「そこだッ!! 食らって沈めぃ!! 旋風無頼斬ッッッ!!!」
身を捩るように迫る斬撃。
逆巻く風を孕んだシャープなエネルギー体が、高速で迫る。
しかし、莉子はこともあろうに……避けない!
いや、むしろ逆に突っ込んでいく!
「ふんっ!!」
「なっ!?!? わ、我が斬撃を……正面から受け止める、だと!?」
「月までぶっ飛べ!!」
「うぐっ……!? お、おおおッ……!!」
莉子はそのまま龍斎に向けて強烈なタックルをぶちかます!
月までとはいかないが、莉子のタックルをモロに食らった衝撃は痛烈を極めており、バウンドしながら吹き飛んだ。
「ぐふっ……! な……何故、だ……? 我が旋風無頼斬……ちょ、直撃だった筈……ッ! な、何故ッ……何故貴様は……」
「……貴方の攻撃は、軽いのよ」
「な、なん……だと……? 我が攻撃が……軽い?」
芝生の上に軟着陸し、もがき苦しみながら吐き出した龍斎の問いに答えたのは雪。
……そう、彼の攻撃には重みが無かった。
亞璃紗の修羅の如き加速を目の当たりにしているふたりにとっては、龍斎の加速など児戯に等しい。
とりわけ、かなり高いレベルの強化を身に付けている莉子にとっては、そんな攻撃などたとえ直撃だったとしても大したダメージではない。
「……バカな! 精神異能者の強さは、その者の精神力や欲望に比例する筈ッ……! 我が欲望が、ぬるかったとでも言うのか!?」
「あんたがどんな気持ちで戦ってるかは知らないけど、あたしにだって死んでも守りたい人がいるの。あんたは……その気持ち以上のものを背負ってるわけ?」
「あ、当たり前だッ……! 我らの悲願ッ……! それはあの場所では叶わぬ願いッ……!!」
「げほっげほっ……! そ、その通りだぜぇ……!」
「僕達の願い……ッ!」
「それはっ……!」
倒された他の四聖獣達もふらふらしながら立ち上がる。
そして、4人は示し合わせたように声を揃え―――
「「「「一度でいいからしてみたい!! 可愛い女の子とえっちなことが!!!」」」」
「…………」
「…………」
「……莉子」
「うんっ……」
莉子は小さく頷くと静かに雪の手を取った。
彼女の手を優しく引きながら、今やボロボロとなった四聖獣のほうへゆっくりと歩み寄る。
「お……、おおおッ!」
「き、君達……!」
「俺達の熱い魂を!」
「理解してくれたか!?」
莉子と雪。
ふたりはその問いかけに言葉では応えず、にこやかに微笑んでいた。
精神武装を解除せずに。
その笑顔は女日照り続きで日干しになる寸前であった彼らにとっては、天使。
そう。
言うなれば、闇夜に舞い降りた天使そのものであった。
……だが。
「寝言は……ッ!!!」
「寝て言えっ!!!!」
「「「「ギャーーーーーーーーッ!!!」」」」
男達の妄想じみた希望は、無残にも砕け散った。
そして、豚の悲鳴のようなの四重奏だけが、夏の夜空に響いた。
瞬く星々が長く美しい大河を描く夏の夜空に、虚しく響いた。




