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Psychopath  作者: 東都湖 公太郎
The long long summer vacation
40/45

2




 図書館という施設は、ここ数年で著しく利用者が減少した。

 その要因は多岐に渡るが、次世代のインターネットシステム・ワールドネットの普及に端を発した電子書籍の台頭がその最たるものであろう。

 おかげで莉子達が勉学に励んでいるこの市立図書館もご覧の有様。

 館内には家に居場所がない年寄りやサボっている営業マン、隅っこでTRPGに勤しんでいる根暗そうな男達がまばらに見当たるだけで至極閑散としている。

 そんな職場で働いてる職員達も労働意欲が削がれているのか、やる気が無さそうに事務作業をしている。

 ……キー操作をよく見るとWキーとAキー、Dキーとマウス操作しかやってないところを見てもその怠慢ぶりが窺い知れる。

 その適当さのおかげで、堅苦しい雰囲気が苦手な莉子でものびのびと勉学に励むことが出来るのだから皮肉なものである。


「うーん……」

「一之瀬、そこは―――」

「莉子……、ここはね? この数式を使うの……」

「これ?」

「ううん、そっちじゃなくてこっちのやつを……ここに当てはめて……ほら、ね?」

「あっ、ホントだっ! さんきゅ、雪っ」

「うんっ……♪」

「…………」


 雪は自分の課題をこなしつつも、隣に座る莉子が詰まるとすかさず助言を挟む。

 その身長差も相まって、まるで妹に勉強を教える姉のような雰囲気すら醸し出している。

 何人たりとも踏み入れることを拒絶するかのような空気すら感じられる。

 ……おかげで莉子の正面に座した拓也の出番など、完全に封殺されてしまっていた。


「……? あれ……?」

「い、一之瀬っ! そ、それはさっきの―――」

「少し難しそうに見えるけど、その問題はさっきの応用で解けるわよ……? こっちとこっちを先に片付けて……」

「ホント? こっちとこっちを先にやるの?」

「そう、そこを先に……あっ、そっちじゃないよぉ♪ もう莉子ったら♪」

「…………」


 身を乗り出して莉子に絡もうとしたが、またしても雪にブロックされる拓也。

 まったく隙がない。

 自分の課題を着々とこなしつつ、莉子が詰まるポイントを見透かしたようにすかさずフォローに入る。

 それは、雪が長年に渡り莉子の勉強を見てきた証。

 ふたりが積み重ねてきた絆の証。


「ふふん……♪」

「なっ……!?」


 まるでその絆をひけらかしているかのような、雪のどや顔。

『うふふふふふふふふっ……♪ どう? わたし達の間に入り込めないでしょ? 見てるしか出来ないなんて、無様ね……♪』

 雪のそんな勝ち誇った心の声が聞こえてくるようで、拓也はただただ苦虫を噛み潰したような顔をして俯くだけだった。


「……? 西山? どうしたの?」

「え? な、なにがだよ……」

「なにがって……あんたさっきから難しい顔してるから」

「あ……い、いや……そ、それはだな……」


『一之瀬と話したいのにさっきから霧島に邪魔されてふてくされてただけだぜ! イェイッ!』

 ……なんて言えるわけもなく、拓也は目を逸らして口ごもる。

 莉子はその仕草を別の意味に捉えて少しだけ気まずそうにする。


「……もしかして、眼鏡が無くなっちゃったせい?」

「いや、別に……そういうわけじゃ……」

「ごめんね。あたしが雪を変に煽っちゃったせいもあるよね? ちゃんと弁償するよ」

「だ、だからホントに違うんだって……そんなに気にするなよ……」


 拓也は特段、目が悪いというわけではない。

 ただ、席の後ろのほうだと黒板が少し見づらかったりするのでかけているだけだ。 


「でも……眼鏡かけてないほうがカッコいいわよ? あんた」

「そ、そうか……? ふふ……、そうか」


 莉子の言葉に、拓也は目を逸らして頷く。

 にやけてしまっているのが嫌でも分かる。

 そんなふたりのやりとりに気を悪くしたのか、雪はジト目で睨んでくる。


「……なにニヤニヤしてるの? 気持ち悪い。そんなのお世辞に決まってるじゃない……、莉子が優しいからっていい気にならないでよ変態マザコン男」

「ゆ、雪……?」

「っ……! き、霧島っ……! テメェ……!」

「だいたい、どうして貴方が莉子の正面に座ってるの……? 不愉快……。別のテーブルに移ればいいのに……」

「雪? そんないじわるなこと言っちゃダメでしょ?」

「だって莉子っ……わたしっ、こいつ嫌いなんだもの……」

「俺だってテメェみたいなキチガイ女なんか大嫌いだよ」

「莉子ぉ~……、マザコンにキチガイ呼ばわりされたぁ……えーん」

「西山ー? あんたなに雪泣かせてんのさ」

「ちょ……! ちょっと待てよ一之瀬っ! よく見ろ! そいつどう見ても嘘泣きじゃねーか!」


 莉子の胸元にすがりつく雪を咎め、拓也は声を荒げる。


「そんなわけないでしょ? ほら、ちゃんと涙流してるじゃない」

「目薬だよそりゃ! ほら見ろ! 今後ろ手に隠したぞ! くっそぉ……この陰険キチガイ女が……!」


 雪は巧妙に莉子の死角を突いて自分の目に目薬を差し、すかさずそれを隠した。

 疑うことを知らない莉子はまんまと欺かれ、すすり泣いている(フリをしている)雪を全力で擁護していた。


「ぐすっ……莉子っ、怖いよぉ……わたしっ、本当に泣いてるのにっ……」

「てめぇなぁ~~~ッ! そういう寝ぼけた台詞は、今しがたポケットにしまったブツを見せてから言えやコラァ……!」

「ちょっと西山っ、そんな喧嘩腰にならないでよ。雪が怯えてるじゃない。おーよしよし」

「ベンチを片手で持ち上げるヤクザの娘が今更何に怯えるんだよ……ッ!!」


 嘘泣きを続ける雪の髪を、まるで慰めるように撫でる莉子。

 拓也にはそれがなんだか、莉子が独占されているような気がして非常に不愉快だった。


「あのね西山。あたしにとってあんたは数少ない男友達だけど、雪だってあたしの大切な親友なの。だから……あんまりいじめないであげて」

「け、けどよぉ一之瀬……ッ! 先に喧嘩売ったのは霧島―――」

「けどもヘチマもないでしょ? あんたのほうが1コ上なんだから、そんなのサラっと流しちゃいなさいよ」

「な、なんだよその理屈……、だいたい俺はなぁ―――」

「返事は?」

「うぐっ……!」


 拓也にとってしてみれば、この莉子の主張はどう考えても理不尽なものであった。

 彼は、ただでさえ莉子との接点が乏しい。

 そんな拓也にとって、今日の偶然の出会いはまさに僥倖。

 莉子との親睦を深める絶好の好機。

 それを雪は、これ見よがしに遮った。

 希望の芽を摘み取り、踏み躙った。

 許せない。

 許し難い。

 拓也とて……いや、拓也だからこそ、文句の一つも言いたくなる。

 ……だが、上目遣いで睨んでくる莉子を見ていると、何故かその勢いを削がれる。

 逆らえない。

 彼女の雰囲気に、圧倒されてしまう。


「……あぁ、分かったよ。もう霧島をいじめたりなんかしねぇよ」

「うんうん。それでいいのよ、よしよし」

「って、や、やめろよっ! 子供扱いすんじゃねぇ!」


 素直な態度の拓也に気を良くしたのか、莉子は身を乗り出して拓也の頭を撫でる。

 拓也も拓也で『やめろ』と言いつつ、撫でやすいように猫背気味になっていたりする。


「なーに言ってんのよ? マザコンのくせして~♪ ホントはこういうの好きなんでしょ? ほれほれっ♪」

「だからやめろって!」

「…………」


 面白くないのは雪だ。

 せっかく嘘泣き作戦で―――


「なんやねんコラ! しばくどコラ!」

「えーん莉子ぉ~」

「ちょっと西山っ! あたしの雪になんて酷いこと言うのよっ! 最低!!」

「なんやねんなんやねん、ワシ悪ないでぇ? なんやねん」

「なによそれ!? やっぱり男なんて最悪っ! 雪っ、こんなバカ放っといてふたりっきりで勉強しよっ!」

「うんっ……!」


 ―――みたいな展開を狙っていたのに。

 莉子ときたら、こんな糞男にも優しくするなんて……


「莉子の……バカっ……」


 雪はふたりに聞こえないほどの微かな声で、小さく呟いた。







「じゃあね西山、また明日ね」

「おい待てよ一之瀬、もう夕方だし、その……家まで送らせろよ」

「あははっ、バカだなぁ西山は。あんたんはあたしんと逆方向じゃん」

「いや……まぁ、そうなんだが……」

「……送り狼? ……この節操無し」

「ち、違うッ!!」


 つまらなそうな視線を送りながら呟かれた雪の言葉に、拓也は声を荒げて否定する。

 その必死な態度に、莉子はほんの少しだけ警戒の色を濃くする。


「むー……」

「こらこら一之瀬、疑いの視線を向けるなって。ホントに違うんだ、少し気になることがあって心配しただけだって」

「気になること?」

「あぁ……ちょっと妙な噂を聞いてな」

「……妙な話? どこかの変態マザコン男が性懲りもなく莉子を狙ってるって話ならわたしも知ってるけど……」

「霧島、少し黙っててくれマジで。頼むから」

「……貴方が永遠に黙るなら、わたしもこれ以上口を挟まないけど……?」

「それ遠回しに死ねって言ってねぇか!?」

「雪? 西山の話も聞いてあげよ……ね?」

「うんっ……莉子がそう言うなら……っ♪」

「こ、こいつ……ッ!」


 手のひらを返すように莉子を抱き寄せて微笑む雪。

 それを見て、拓也は苦々しい顔をしながら少し羨ましそうに雪を睨む。

 

「まぁいい……気になることってのは他でもねぇ。……精神異能者サイコパス絡みのことだ」

「なんか危なそうな子でもいるの?」

「いや、この界隈でヤバそうなのはそこにいる蜘蛛女アラクネとブレイドくらいだ。他は取るに足らない雑魚だな」

「……雑魚の言葉だけに説得力があるわね」

「一之瀬、怒っていいか?」

「最後まで我慢したら明日お弁当作ってきてあげる」

「OK一之瀬死んでも俺は怒らない」


 拓也は力強くサムズアップ。

 決意の眼差しで莉子を見つめ、そう宣言した。 


「……絶対怒らせる」


 もちろん、そんなこと雪が認めるわけがない。

 彼女の眼光はガラスの欠片のように鋭く、全力で阻止するつもり満々である。

 雪と拓也。

 ふたりの間に殺気が満ちる。


「一之瀬は覚醒してまだ日が浅いから知らないだろうけど……夏休みや冬休みみたいな長期休暇ってのは、暇を持て余した他県の精神異能者サイコパスがやって来る季節なんだよ。まぁ言うなれば遠征だな」

「え、遠征って……運動部の強化合宿じゃあるまいし」

「そんな健全なモンじゃねぇよ。奴らは害虫と同レベル、分別もクソもねぇクズ―――」

「はいはい自己紹介ありがとう害虫くん」

「……の、集まりだ」


 雪の茶化したような横槍にもめげず、拓也は続ける。

 本来なら今すぐにでも殴り飛ばしてやりたいほど腹が立っていたが、今は我慢。

 莉子の手作り弁当の為に、我慢。


「しかも奴らは面倒なことに徒党を組んで襲って来る。でも安心しろ、お前は絶対俺が守って―――」

「守られるのは貴方の方でしょ……? だいたい貴方、自分が精神異能者サイコパスとしてどれだけ弱いか分かってるの……? 安心? 出来ると思う? 貴方みたいな弱くてダサい足手まとい抱えて歩くこっちの身にもなって欲しいんだけど……」

「…………」

「……西山?」

「一之瀬……、やっぱ俺みたいなの、いらねーよな……? 弱いし……」

「そ、そんなことないよっ! ほらっ! 西山って体格いいしさっ! 顔つきも怖いから並の精神異能者サイコパスなら見ただけで逃げてくって! 頼りになるよっ!」


 莉子は膝をついて落ち込む拓也を見て、慌てて励ます。

 ……が、拓也はorzのポーズのまま動かない。

 莉子や雪と比べて自分が弱いという事実……実は拓也、かなり気にしていた事案なのだ。


「そうだっ! お弁当っ! 怒らないで言えたご褒美っ! 明日あたしがお弁当作ってきてあげるからさっ! ねっ!? ねっ!?」

「……弁当? 俺に……? こんな弱い俺なんかに……本当に作ってくれるのか?」

「どんだけ雪の言葉でダメージ受けてんのよあんたは……」

「り、莉子っ……! こんな奴にお弁当作るくらいならっ、わ、わたしにもっ……! わたしも莉子のお弁当っ、食べたいっ……!」

「はいはい、ふたりも三人も手間は一緒だから作ってあげるわよ。でも雪……」

「なぁに……? 莉子」

「さっきのは言い過ぎ。西山にちゃんと謝ること」

「え゛っ……!? あ、謝る……? わ、わたしが……こんな変態マザコン男に……?」


 雪は顔を青ざめてよろけながら、かすれた声でそう呟く。

 彼女にとっては、拓也に頭を垂れることはそれほど屈辱的なことなのだろう。

 だが、当の拓也は至って冷静だ。


「……謝罪なんていらねーよ」

「ありゃりゃ。なんでまた」

「悔しいけど、俺がおまえらより弱いのは事実だし……そもそも、心のこもってない形だけの詫びなんてお互い虚しいだけだろ? だからいらねー。そんだけ」

「ふぅん……」

「っ……!?」


 雪は初めて、拓也に対して強い危機感を覚えた。

 彼女には分かる、今の莉子の気持ちが。

 さっぱりとした男らしい対応……莉子が好感を持つに足る態度だ。

 今、拓也は確実に男を上げた。

 口惜しい。

 そのアシストをしたのがよもや自分だなんて。

 図書館の一件もそうだが、雪は薄々ながら……なにか、巡り合わせめいたものを感じずにはいられなかった。

 自分が莉子と拓也の間に割り込もうとすればするほど、逆にふたりが―――

 ……いや、これ以上考えるのは精神衛生上よろしくない。

 雪はそう思い、思考を切り替える。

 そうだ、帰り道なら莉子とふたりっきりになれる……

 そこで巻き返しを図ろう。

 帰り道といえば道すがらに莉子お気に入りの甘味処・金剛堂があったはず。

 そこでソフトクリームでも買ってふたりで食べよう。

 あそこのソフトクリームは特大だから、女の子ひとりじゃ食べきれない……

 だからふたりでひとつのソフトクリームを、こう……ぺろぺろ、ぺろぺろして……


「うふ、うふふ……ぺろぺろ……」

「ゆ、雪? どうしたの……? なんか、すっごい物欲しそうな顔してるけど……」

「えっ!? な、なんでもっ、ないよ……? うんっ……。そ、それよりっ! はやく帰ろ? それで……っ、帰りに金剛堂のソフトクリーム、買わない……?」

「ん? うん、そうだね。西山の忠告も気になるけど、金剛堂あそこって閉まるの早いもんね。サッサと帰ろっか」

「い、一之瀬っ! お、俺の護衛は……?」

「そんなの必要ない……理由は、貴方が一番分かってるでしょ?」

「うぐっ……」


 先程の蕩けたアホ面はどこへやら、雪はまるで便所を這いずり回る不快害虫を見るような目で拓也を睨んで言い放つ。

 そのうえ、さりげなく莉子の手をぐいぐいと引っ張る始末。


「あははっ。まぁあたし達だってそれなりに場数はこなしてるし、大丈夫だって」

「け、けどよぉ……」

「それに、こんな見所もない片田舎に遊びに来るような奇特な奴らなんて早々いないと思うしさ」

「いや……まぁ、そうかもしれねぇけど……」


 実際、莉子達の住む地域は特にこれといった観光名所もない地方都市だ。

 寂れた商店街や虫ばっかりやたら多い山に行きたいという物好きにはいいかもしれないが、どう考えても貴重な夏休みをエンジョイするに足る立地ではない。


「ほら莉子っ……、いつまでそんな奴とお喋りしてるの……? はやくはやくっ……! 金剛堂のソフトクリームが待ってるよ……っ!」

「わわっ! 雪ってばっ、そんなに急かさないで……っ、じゃーね西山っ! また明日ねー! ばいばーいっ!」

「お、おう……」


 まるで雪に連行されるように離れていく莉子を見送りながら、拓也は寂しそうに手を振った。

 …

 ……

 ………それが、つい10分ほど前の出来事。

 今、莉子と雪のふたりは―――







「はいはーい! 可愛い子ちゃんはここで通行止めでーす!」

「地元の子だよね~~~? 俺達東京から来たんだけどさぁ、ちょっとこの辺案内してくんないかなぁ~~~?」

「まぁ断っても無理やり言うこと聞かせるんだけどね!」

「メガカワユス……」


 4人組の見るからに頭の悪そうな男達に絡まれていた。

 しかもただのアウトローではない。

 莉子と雪は、この4人から常人らしからぬ妙な威圧感プレッシャーを感じていた。

 この感覚は間違いない。

 精神異能者サイコパスである。


「……莉子」

「あちゃー……いたねー。こんな見所もない片田舎に遊びに来るような奇特な奴らが」

「そんなことよりっ……、早くしないと金剛堂が閉まっちゃうよっ……」

「あははっ、雪って意外と食いしん坊?」

「ちっ、違うよぉっ……、わ、わたしはっ、そのっ……ぺろぺろがっ……」

「ぺろぺろ?」

「ああっ、え、えとっ……ちがっ、そうじゃなくてっ! り、莉子っ、金剛堂のソフトクリームっ、好きだったでしょ? だからっ……!」

「え~? あたしのせいにするのー? 雪だって食べたいくせにー♪」

「わっ、わたしッ……、そんなに食いしん坊じゃないもんっ……!」

「うわぁ~、その言い方だとあたしのほうが食いしん坊みたいじゃない?」

「べっ、別にそんなこと言ってないじゃないっ……」

「いやいや、遠回しに言ってるって」

「言ってないよぉ……」

「言ってる言ってる♪」

「言ってないってばぁ♪」

「あ、あの~~~、すいません、そのやり取り、いつまで続くんスかね……?」

「俺達、ずっと待ってるんでだけどね……」

「あ゛ぁ……?」

「ひぃい……ッ!?」


 莉子と雪によって繰り広げられる、延々と続くどうでもいい応酬に男達は業を煮やして割り込むように口を挟んだ。

 しかし、彼らにとって退屈な会話でも、雪にとっては大好きな莉子との至福のひととき。

 それに水を差された雪は、まるで刺し殺すかのような勢いで男達を睨みつける。


「……虫けら風情が、なにわたしと莉子の間に割って入ろうとしてるの……? 死にたいの……? ねぇ、死にたいの……?」

「ゆ、雪……?」

「ああッ! す、すんませんすんませんッ!」

「まだ死にたくないです!!」

「だったら今すぐそこをどいて……? わたしは一刻も早く莉子を―――もとい、莉子と金剛堂のソフトクリームをぺろぺろしに行くんだから……」

「あ、はい……」

「すんません……」

「サーセンした……」

「すまぬ……」


 雪の放つ圧倒的な殺意の波動に呑まれたのか、男達はそそくさとふたりに道を譲る。

 と、思いきや―――


「な~んて言うと思ったか!? マヌケが!!」

「さぁて~~~? そろそろ俺達の精神武装ミリタリアでも披露してやりますかぁ~~~?」

「まぁ君達には見えないと思うけどね!」

「根暗系生意気巨乳少女……いい……」


 男達は下卑た笑みを浮かべながら点火イグニッションで精神力を凝縮させていく。

 次の瞬間、4人は各々の精神武装ミリタリアが展開。

 鉄パイプのような鈍器系武器、オーソドックスな日本刀を模した精神武装ミリタリア、マシンガンが太ったような形状のもの、奇妙な形をした大型手甲……

 獲物を携えた彼らを見て、莉子と雪はそれを見て小さくため息をついた。

 莉子は、まるで近所の悪ガキを咎めるときのような面持ちで。

 雪は、まるで目の前を飛び回るハエを鬱陶しがるような面持ちで。


「えっと……あんた達、まだ分かんないの?」

「へ?」

「な、なにが……?」

「……こんなに分かりやすく威圧感プレッシャーを放ってあげてるのに気付かないなんて……貴方達、相当のなまくらね……」

「な……ッ、なんだとぉ!?」

「こ、このアマ……ッ! 巨乳ちゃんだからって優しくしてりゃつけあがりやがって……!!」

「はぁ……これだから男って……」


 雪は説明するのも億劫になったのか、面倒臭げに己の右手に点火イグニッションの炎を灯す。

 莉子も彼女に続くように点火イグニッション


「なっ……!? い、点火イグニッション……だと!?」

「まさかこの子達も精神異能者サイコパス、なのか……!?」

「とーぜんっ!!」

「……というより、気付くの遅過ぎ」


 莉子と雪もそれぞれ紅蓮の大剣・ヴォルケイノ、狂気を放つ蜘蛛脚・蜘蛛女アラクネを展開する。

 それらが放つ威圧感プレッシャーの度合いは、4人の男達が携える精神武装ミリタリアの比ではない。


「で? どうすんの君達。一応この辺はあたしらの縄張りだからさ……素直にこの街から出て行かないなら、ちょーっと痛い目見てもらうけど?」

「……わたし達には、行かなくちゃいけない場所があるの。早くそこをどきなさい……」

「バカが! 相手を見てからほざけよ! 俺達はこう見えても地元じゃちったぁ名の知れた精神異能者サイコパスなんだぜ!?」

「5分だ! 5分で跪かせてやるぜ!」

「まぁ4対2じゃ君達に勝ち目なんて無いんだけどね!」

「ほう……? 四聖獣と呼ばれた我らに牙剥くか……面白い」


 男達は退く気は無いらしく、精神武装ミリタリアを構えてふたりに詰め寄る。

 しかし、ここは人通りも多い街のメインストリート。

 私闘で派手にドンパチやらかすわけにはいかない。


「雪っ!」

「うん、分かってる……この近くなら、少し先にある河川公園がいいと思う……」

「おっけー! じゃあ早速っ―――」

「えっ……? り、莉子っ……? ひゃあっ!? な、なに!? なにするのっ……!?」


 有無を言わさず莉子に抱き上げられてしまった雪は、顔を赤くして動揺する。


「なにって……雪、走るの苦手でしょ? だから運んであげようかと思ってさ」

「は、運ぶって……そんな、荷物みたいに……」

「しっかり掴まっててねっ! 跳ぶよっ! 強化ブーストっ!!」

「え? 跳ぶ……? きゃあっ!!」


 莉子は雪を抱えたまま、跳躍する。

 それはまるでバトル漫画の登場人物のような跳躍力。

 莉子の強化ブーストによって増進されたパワーにかかれば、この程度の機動は造作も無いことである。


「うおっ!?」

「と、跳んだ……!!」

「た……高けぇ……」

「あはっ♪ どーしたの? はやく追いかけないと逃げちゃうぞ?」


 手近な街灯を足場に、笑みを浮かべて挑発する莉子。

 もちろん、これは彼らを誘い込むためのものだ。


「バカにしやがって!」

「あと4分で片付けてやる!」

「せっかく見つけた上玉をみすみす逃がすわけないんだけどね!」

「むぅ……白……」


 男達の下品な声を背に、莉子は再び脚に強化ブーストエネルギーを流し込み、力強く跳ぶ。

 しかし、彼女の小脇に抱えられた身の丈五尺半を超す少女は不満そうに唸っていた。


「うぅー……っ、ちょっと莉子ぉ……」

「? どうしたの雪」

「……いくらなんでも、この抱え方はNG」

「え? どうして???」

「どうしてって……当たり前でしょ? こんな……っ」


 こんな荷物を抱えるかのような持ち方をされてる雪は、眉をハの字に曲げてご機嫌斜めだった。

 莉子は雪が舌を噛まないよう着地をソフトにしているも、雪にとってはそんなことよりもっと気遣うべき点があるかのような視線で莉子を見つめていた。


「そんなこと言われても……精神武装これ持ったままだと片手しか使えないし……」

「……だったら、そんなの解除してちゃんと両手で抱き上げてよ……っ」

「で、でも……解除してもどうせ河川公園に着いたらまた再展開するんだし、二度手間に―――」

「か・い・じょ・し・て!」

「わ、分かったから睨まないでよぉ! もおっ、雪のその鬼の形相って絶対親父さん似だよね……」

「そんなことないもん……わたし、みんなから『お母さん似だね』っていっぱい言われるもんっ……、そんなことよりっ、はやくはやくっ!」

「はいはい……」


 莉子はせっかく展開した精神武装ミリタリア・ヴォルケイノを渋々解除し、両腕で改めて雪を抱き上げる。

 それは世間で言うところの、いわゆるお姫様抱っこというやつであった。


「ほらっ、これでいい?」

「うんっ! これで良しっ……♪ うふふっ♪」

「はぁ……なにがどう違うんだか」

「莉子のバカっ……こういうのは、気分の問題なのっ……♪」


 雪は莉子の首に腕を回し、はにかみながらそう呟いた。

 当初の目的であった金剛堂のソフトクリームは、もう間に合わないだろう。

 しかし、今となっては取るに足らないことである。

 何故なら雪は今、今日一日舐めさせられ続けた辛酸を帳消しにしてしまうほどの甘く蕩けるような幸せタイムを噛みしめているのだから。




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