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Psychopath  作者: 東都湖 公太郎
シザーハンズ
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2




 莉子は腕時計を気にしながら家路を急ぐ。


「うわぁ~もうこんな時間!? コンビニに寄ったのがまずかったかな……」


 莉子はふらりと立ち寄ったコンビニで、なにげなく手に取った漫画雑誌を読むのについつい夢中になってしまった。

 おかげで大幅な時間ロス。

 今夜の金曜ロードショーは彼女の大好きな『ナウシカ』。

 『ラピュタ』はいい。

 『豚』もかなり好きだけどまぁ目を瞑ろう。

 けれども『ナウシカ』だけはなんとしても最初から最後までしっかりと視聴したかった。

 ナウシカはまさに莉子の理想とするヒーロー……そのご尊顔をリアルタイムで拝むため、故に莉子は結構本気で走っていた。


「このペースならあと5分で家に着く……うんっ! 大丈夫、間に合う!」


 時間との勝負に対しての勝利を確信して心が落ち着いた時、莉子は“ある異変”に気付く。

 自分の右手の辺りが妙に明るかったのだ。


「? な……っ! えっ? えっ??」


 ふと、自分の右手に目を落とした莉子は硬直する。

 右手が、燃えていた。

 青白い炎に包まれ、メラメラと燃え盛っていた。


「な、なんで手が燃えてるのよ……」


 最初こそは慌てた莉子だったが、すぐに落ち着きを取り戻す。

 なぜなら、火炎による苦痛を感じなかったから。

 本来ならここまで身を焼かれていたら、言葉より先に悲鳴が出るほどの苦痛が襲ってくるはず。

 しかし、いまだに燃え続けている莉子の手からは、僅かな暖かさしか感じられなかった。


「うーん……これって消防車呼んだほうがいいのかな。それとも救急車かな」


 自分の手から火の手があがっているというのに、そんな悠長なことを言い出す莉子。

 それは彼女自身が楽観的な性格であるが故の言動に他ならなかった。


「水で消せるかなぁ」


 とりあえず近くの小川でこの炎を消そうと思い立ち、来た道を引き返す。

 その途中、莉子はあることに気付いた。

 ウォーキングに精を出す中年夫婦、仕事帰りのサラリーマン、バイト上がりの青年。

 何人かの人とすれ違ったが、誰も莉子の右手を気にするどころか、見もしなかったのだ。


「まさかこれ……他の人には見えないの?」


 莉子のその疑問に、道端に設置されたカーブミラーが答えを出す。

 鏡に映し出された莉子の右手には……炎は映っていなかった。


「え? え? ……え???」


 何度もカーブミラーに映った自分の姿と、今なお燃え続ける自分の右手を見比べる。

 鏡には、普段と変わらない一之瀬 莉子。

 しかし直視した右手は、やっぱり燃えていた。

 幻覚、精神異常、そんなネガティブな発想が莉子の脳裏をよぎる。

 消防車や救急車より、黄色い救急車が必要かもしれない。

 そう思っていた時、一人の少年の視線に気付く。


「おい……テメェ、その手……」


 長めの茶髪に三白眼……ベルトからは無数の金属がはみ出し、シャツはだらしなくズボンから出ているガラの悪そうな少年は、莉子の右手を見つめていた。


「え? も、もしかしてあんた、この炎……見えるの?」

「見えるもクソもないだろーが、なめやがって……」


 少年は緊張した面持ちで莉子との距離をとる。

 一歩、二歩。

 三歩目の足が地に着いた瞬間、彼の左手が青白く光る。

 それは莉子の右手と同じ状態……お互いにしか見えない不思議な発火現象だった。


「へっ、ちょうど俺も暴れたかったところだ……その喧嘩、買ってやらぁ!」

「なっ……け、喧嘩? あんたなに言ってんのよ!? ていうかなんであんたまで燃えてるわけ!?」

「ごちゃごちゃうるせーんだよコラァ!!」


 少年が吼える。

 その刹那、彼の左腕の炎が爆ぜ、かわりに鈍く光る大きなハサミが姿を現した。


「な、なによそれ……最近の不良ってそんなやばいの持ち歩いてるわけ……?」

「オラッ! テメェもサッサと精神武装ミリタリアを出せや!!」

「は……? ミリ……なに?」

「……まさか点火イグニッションのまま俺とやろうってのか? バカにしやがって……!!」


 莉子には少年が宇宙人かなにかにしか見えなかった。

 いきなり手から炎を出したかと思ったら、左腕に大鋏を携えてわけのわからない単語を羅列して怒っている。

 ……もっとも、手から火を出しているのはお互い様であるが。 


「ちょっ、落ち着きなよっ! 別にあたしは喧嘩売ってないし、あんたのことバカになんてしてないってばっ!」

「だったらその右手の点火イグニッションはなんだ? あ?」

「知らないわよこのカニ野郎っ!!」

「おい……今、俺のことカニって言ったか……?」

「あっ、い、いや、今のは勢いっていうか、その―――」

「テメェ……覚悟は出来てんだろうなァ!?」


 莉子の放った『カニ』の一言で、少年は完全にキレてしまった。

 鬼の形相で大鋏を振り上げる挙動を見て、莉子は咄嗟に避ける。

 その直後、彼女の後方にあったカーブミラーの柱はバッサリと切断され、道路脇に倒れ伏す。

 折れたカーブミラーが投影した少年の左腕には、異形のハサミは見当たらない。

 しかし、莉子の網膜にはそれは燦然と映し出されていた。


「ぎゃあーーー!! 恐怖! カニ男ーーーー!!」

「待てコラァ!! 誰がカニ男だこのクソ女が!!」


 慌てて逃げ出す莉子の背中を追いかける少年。

 二人の姿は、夜の闇夜に紛れて消えた。




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