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Psychopath  作者: 東都湖 公太郎
ヴォルケイノ
35/45

4




「んどりゃああああ!!」

「はっ!!」

「ちィ……! なかなかやるじゃない、亞璃紗っ!」

「ふふっ、だいぶコツが掴めてきましたから」


 体育館の片隅で、ひときわ異彩を放つふたり……莉子と亞璃紗が不敵な笑みを浮かべながらネット越しに見つめ合っていた。

 きっかけは些細なことだった。

 体育の授業が自習になったのをいいことに、莉子は亞璃紗にちょっとした勝負を持ちかけた。

 それは……スパイク勝負。

 双方が交互にスパイクを打ち込み、打ち込まれたほうはレシーブで受ける。

 放たれたスパイクを受け切れなかったり、拾えなかったり、スパイクを外したりしたほうが負けという簡単なルール。

 最初はバレーを知らない亞璃紗を体よく楽しませるつもりで始めた児戯だったのだが、いつしか勝負に熱中し始め、今や十数人のギャラリーが見守る真剣勝負と化していた。


「み、見た? 一之瀬さんのあのスパイク……」

「すっごいよね。人間ってあんなにジャンプ出来るんだ」

「それ言ったら剣さんだって凄いよ、だってあの子バレーするの初めてなんでしょ?」

「……大した奴らだ」


 体操服に身を包んだ女子生徒達のそんな声など、今のふたりの耳には届かない。

 集中して相手の動きを見極めていなければ、負けるからだ。

 とは言っても別に負けたからどうなるというわけでもない。

 昼休みに紙パック入りのジュースをおごる程度である。

 しかし、そんなことはさしたる問題ではない。

 お互いに全力を尽くしてぶつかり合うことに意義があるのだ。


「……では、行きますわよ莉子。先ほど閃いたわたくしの殺人スパイク……受けてご覧なさい?」

「殺人スパイク……! 面白いっ! 受けたろーじゃないっ!!」


 場内がざわつく。

 今時殺人スパイクとか言い出す痛々しい女の子などいないからである。

 しかも自信満々のどや顔で。

 もちろん、そんな台詞をスポ根丸出しのノリで受けるような莉子も大概だ。


「じゃ、じゃあっ……トスしますっ!」


 ふたりの児戯に付き合わされているバレー部員の大島さんが、控えめに宣言してトスを打ち上げる。

 彼女の役割は双方にスパイクを打ちやすいトスを提供すると共に、その勝敗を判定することだ。

 その彼女によって宙を舞う白いボール。

 つい見惚れてしまいそうになるほどのボディラインをしならせ、亞璃紗がそのボールに向かって……跳躍!


「見せてあげますわっ! これぞ必殺っ! シューティングスタージャベリンっ!!!」

「名前痛いなぁ!」


 亞璃紗は莉子にも劣らないしなやかなバネをフルに活かし、強烈なアタックを決める。

 彼女の手とバレーボールがぶつかった瞬間、まるで雷鳴のような轟音が響き渡る。

 音だけではない。

 そのスピードたるや、まさに流星シューティングスター

 一直線に貫くような弾道は投擲槍ジャベリンの名に相応しい。

 しかし、莉子だって負けていない。

 その殺人スパイクを、臆することなく正面から捉え……受ける!


「っ!? 痛いネーミングなのに……ッ! なんて鋭いっ……!」

「痛くありませんわっ!!」

「でもっ! この程度ならッ!! だあああああっ!!!」


 莉子は気合で亞璃紗の殺人スパイク・シューティングスタージャベリンを受け切った。

 しかし、そのレシーブは合格点とは言い難いものであった。

 ボールはパワー負けしてうまく打ち上がらず、浅い角度であさっての方向へ飛んでいく。


「あっ……アウトっ! 勝者っ、剣さんっ!」


 大島さんがうわずった声で判定を下すと、莉子はガクリと膝をついた。


「あっちゃー……バレーには自信あったんだけどなぁ……」

「ふふっ、なかなか楽しかったですわよ? 莉子」


 亞璃紗は誇らしげに髪を靡かせながら、片膝立ちになって苦笑している莉子に手を差し出す。

 そんな彼女たちを見守っていたギャラリーから、大きな拍手が沸き起こる。

 ふたりの戦士を称える賞賛の拍手である。

 その歓声を亞璃紗はにこやかに、莉子は恥ずかしそうに受け入れた。

 しかし、場に居合わせた誰もがふたりに視線を送っている最中、ひとりだけそっぽを向いて体育館から抜け出す人影があった。

 “彼女”のその、ひどくもの鬱げな横顔に……莉子は思わず目を奪われる。


「? 莉子? どうしましたの?」

「えっ? あー……」


 莉子の視線が自分以外の女性に向いていることをいち早く察した亞璃紗は、その視線の先を確かめて訝しがる。

 幸いなことに、莉子が気にかけていた“彼女”はすでに亞璃紗の視界から外れていた。

 もし、このときの亞璃紗に“彼女”の姿を見られていたら……おそらく怪訝そうな顔をされる程度では済まなかっただろう。


「あ、あたしっ、ちょっとトイレ行ってくるね」

「んもう莉子ったら、品がありませんわよ? 『お花を摘みに』とか、もっと上品な言い回しが出来ませんの? まったく貴方はどうしてそうデリカシーが―――」

「ああー……お説教なら後で聞くよっ! んじゃねっ!」

「あっ! お待ちなさい莉子っ! まだ話は―――」

「ねぇねぇ剣さん! もし良かったらバレー部に入らない? その運動神経なら絶対エース狙えるよ!」

「ちょ! 大島抜け駆けすんなよ! 剣はウチら女バスが目ぇ付けてたんだぞっ!」

「はぁ!? アンタんとこはこの前の練習試合で強引に一之瀬さん引っ張ってったじゃない! ウチんとこも助っ人頼んでたのにっ! 忘れたとは言わさないわよ!?」

「そんなことよりソフトボールしようぜっ!」

「是非とも我が剣道部へ参られよ剣殿! 名前もぴったりでござる!」

「ラクロス部! ユニフォームが可愛いラクロス部をよろしくお願いします!」

「えっ!? み、皆さんどうされましたのっ!? ねぇ莉子っ! りーこー!! 助けてくださいましー!!」

「あはは、ごめん無理」


 白川高校運動部の勧誘攻撃のしつこさを、入学早々に身を持って体感していた莉子は、苦笑しながら亞璃紗から離れていく。

 亞璃紗のソプラノボイスを背に、新鮮な外気が緩やかに流れ込むその出入り口を目指して、一目散に駆け出した。

 もちろん、トイレになど行くためではない。

 それは方便である。 

 彼女を……霧島 雪を追うための。

 雪はあの一件以来、一言も口を利いてくれなくなった。

 こんな感じで朝の挨拶をしても目を伏せて駆けていってしまうし、電話もメールも無反応。

 テンションを上げまくって話しかけてもダメ。

 静かに囁いてもダメ。

 なにをやっても……ダメ。

 そんな取り付く島もない彼女の態度……その理由はなんとなく分かる。

 暴走していたとはいえ、親友に対してあんな酷いことを言ってしまったのだ。

 嫌われて当然、避けられて当然だと莉子は思っていた。

 故に、取り戻したかった。

 名誉を、友情を、信頼を……彼女の笑顔を。


「雪っ!」

「……お手洗いなら反対方向よ? 莉子」

「えっ? も、もしかして、あたし達の会話……聞こえてたの? あの距離で……」

「…………」


 莉子に呼び止められた雪は、どこか嬉しそうな面持ちでひとさし指を差し出す。

 その指先には、よく見ると微細な糸のようなものが伸びていた。


「? ああ……これって、精神武装ミリタリアの糸?」

「……うん。これを張れば糸電話の要領で、遠くの音が拾えるの……」


 それは雪の精神武装ミリタリアによって生成された、秘めたる鋼の(ワンサイドラブ)片想い(ワイヤー)

 要はこの糸を使って莉子と亞璃紗の会話を盗み聞きしていたわけである。

 本来なら怒るなり嫌悪感を覚えるなりしてもいい所業であるが、不思議と莉子の心にはそのような気持ちは沸き起こらなかった。


「莉子ったら……いつからそんな嘘つきになっちゃったの?」

「あんたこそ、どこ行くつもりなのさ。自習はサボリタイムじゃないんだよ?」

「……ちょっと気分が悪いから、保健室に」

「どこがよ。全然元気じゃない」

「心が弱っているのは本当よ? ……誰かさんのせいで」


 廊下を歩きながら、久方ぶりに言葉を交わすふたり。

 お互い、なんとなくぎこちない。

 それはどこか探り合っているような。

 デリケートな部分に触れないようにしているかのような。


「あのさ……雪っ」

「なに?」

「どうして、避けてたの? あたしのこと嫌いになったの?」

「…………」


 そんなけん制ムードを破って口火を切ったのは、莉子だった。

 やや緊張した面持ちで言葉を紡ぐ莉子に、雪は静かに俯く。


「べ、別に答えたくないならいいけど……」

「拒絶されると……思ってたから」

「え……? な、なに言ってんの? 拒否ってたのは、雪のほうじゃん」

「……っ」

「あの夜のこと引きずってるならあたしも暴走して酷いこと言っちゃったし……もうお互い水に流そ? ね?」

「……どうして?」

「え?」

「どうして莉子は平気でいられるの? わたし……莉子の気持ちを裏切るようなことしたのに……」

「雪っ……」


 雪からしてみれば、莉子の口から直接絶縁状を叩きつけられることを恐れていた。

 莉子の真っ直ぐさを熟知しているが故に、けじめをつけられることを危惧していた。

 故に接触を避けた。

 本来、普通の神経をしていれば雪の裏の顔を知ったら……まず引く。

 ドン引きする。

 当然であろう。

 友達のつもりでいたら一方的に惚れてきてヤク中に仕立て上げようとする女とツルもうとするバカが、どこにいようか。

 ……いるのだ。

 ここに、ひとり。

 そう、莉子は絶縁どころか、雪のしでかした件について咎める気など毛頭なかったのだ。


「養護の先生、いないみたいだね」

「……うん」


 保健室のドアを開けた先には、誰もいなかった。

 養護教師どころか、ベッドで休んでいる生徒もいない。

 存在するのは微かに香る消毒液の匂いのみであった。


「せっかくだから、ベッドで休みながら話そっか」

「……え?」

「『え?』じゃないよ。もしかして、まだあたしのこと避けるつもりなの? そんなの許さないよ?」

「ゆ、許さないって……どうするつもりなの……?」

「決まってるじゃん」

「あっ―――」


 ぶっきらぼうにそう呟くと、間誤付いてる雪の手を強引に引っ張り込む。

 奥のベッドに向けて、彼女を連れて行く。

 その力加減から、彼女のイラつき加減が伝わってくる。

 莉子は今、怒っている。

 つまらない理由で今まで無視されていたことに。

 親友の雪に、自分を理解してもらえていないことに。

 怒っているのだ。

 その怒りに任せ、雪を乱雑にベッドに放り込む。


「心が弱ってるとかなんとか言ってたけど、そんなの関係ない。徹底的に問い詰めるから」

「り、莉子っ……痛いっ」

「痛くしてんのよ。あたしがどれだけ傷ついたか分かってる? おはよって言っても逃げちゃうし、メールだって何日も返してくれないし。酷くない?」

「だ、だってっ……怖かったからっ……」

「怖いって、あたしのことが?」

「違うっ……わたしが怖いのは、莉子に見捨てられちゃうことなのっ……。なにかの拍子に、縁を切られちゃうかもしれないって考えるとっ……あたしもう生きていけない……。だからっ、逃げてたのっ……どうせ捨てられるならいっそ、このまま自然消滅して、淡い思い出として終わったほうが、ずっとマシっ……」

「見捨てる? あたしが?  バカっ! あたしが雪のこと見捨てるわけないじゃん!」

「……どうして? どうしてそう言い切れるの? そんな台詞っ、その場の勢いと惰性でしかないんでしょ!? どうせもう、わたしのことなんて嫌いになってるんでしょ!? 早く切り捨てたいと思って―――っ!?」


 雪の言葉が乾いた音と共に、止まった。

 片側の頬が熱い。

 数秒遅れで、雪の白い肌に痛みが伝わってくる。

 頬を張られたのだ。

 眼前で、今にも泣きそうな……莉子に。


「り、莉子……?」

「目が覚めた? ……もう一度言うよ? あたしが、雪のこと見捨てるなんてありえない。たとえあんたが、性懲りもなくあたしのことをヤク中にしようとしたとしても、レイプしようとしたとしても……絶対に嫌いになんてならない」


 ……まぁ、抵抗はするけどさ。

 莉子は心の中でそう付け足すも、その言葉に迷いや偽りはない。


「そ、そんなのっ……眩し過ぎるよっ……。わたしなんかに、そこまでする価値なんてないよっ……だってわたしっ、何の取り柄もないただの痛い女だよ? 暗いし、しつこいし、つまんないし、料理も下手だし、あの子みたいに可愛くないし、運動音痴だからあの子みたいに莉子と張り合ったりも出来ないし……これじゃ、いつ莉子に見限られてもおかしくないよっ……」

「雪? もしかして……あたしと亞璃紗を見て凹んじゃったの?」

「っ……!」


 ベッドのシーツを握りながら愚痴る雪の顔を覗き込みながら、そう尋ねる莉子。

 図星だった。

 莉子と亞璃紗……ふたりを見ていると、雪は強烈な疎外感を覚えてしまう。

 自分とは対照的な明るく社交的で、笑顔がさわやかな亞璃紗。

 それだけではない。

 スポーツ面でも精神異能者サイコパスとしても、莉子と張り合える実力を兼ね備えている。

 おまけにたった1ヶ月程度の面識の浅さなのに、お互い心の奥まで分かり合っている。

 通じ合っているのが嫌でも分かってしまう。

 そんなふたりを見ているだけで、莉子のことが好きで好きで仕方がない雪は居た堪れなくなるのだ。


「だってっ……莉子とあの子っ、お似合いなんだものっ……わたしなんかが入り込める隙間なんて無いよっ……」

「……雪、『わたしなんか』なんて自分を卑下するのはやめて。あんたはあたしが認めた親友なの。だからあんたには……あたしに好かれる権利がある。それでいいじゃない」

「ぐすっ、でもっ……理由が無いよっ……。わたしなんか、小さい頃から莉子に付き纏ってきただけなのにっ……」

「また言った。やめてって言ったでしょ?」

「あぅ……で、でもっ……」

「雪? あのさ……自分で言うのもアレなんだけど、子供の頃……あたしと遊んでる間に何回死にかけた?」

「え? えっと……」


 雪は思い出す。

 思い出したくもない、忘れたかった悲惨な事故の数々を。

 幼稚園の頃、莉子と共に建造したダンボール製海賊船で近所の川に出航して溺死しかけたのが1回。

 小学校の頃に莉子とふたりで製作した秘密基地内で焼肉パーティーをしようと持ち込んだ、拾ったカセットコンロが引火して爆死しかけて1回。

 近所の山で見つけた洞窟内で、RPGごっこと称して焚いた火で一酸化炭素中毒になりかけたのが1回。

 ツチノコ探しに付き合わされた挙句にスズメバチの群れに追いかけられたのが1回。

 その他大小挙げていったらキリがない。

 今まで死ななかったのが不思議なくらいである。

 それだけ幼少の頃の莉子はパワフルで無鉄砲だった。

 普通の子供だったら、こんな危険な娘とツルんで遊ぼうだなんて思わない。

 危険を察知して早々にリタイアするであろう。

 しかし、雪は違っていた。

 莉子のことを慕うあまり、彼女に追従した。

 それは、内気でおとなしい性格の雪からは想像もつかないほどの執念。

 亡霊的執念。盲目的情愛で喰らい付き、離れなかったのだ。


「男の子すら音を上げるような遊びに、ついてきてくれる子なんて雪だけだったから、すごく嬉しかった」

「で、でもっ、そんなの……子供の頃の話じゃない」

「子供の頃だからこそ、大事なの」

「え……?」

「ウチの両親って共働きだったし、あたしって小さい頃からこんなだし……遊んでくれるの、雪だけだったでしょ? ……もし、雪がいなかったら、きっとあたし……ひとりぼっちだった。そんなあたしを、寂しさから救ってくれたのは……雪だったの」

「そんなっ、お、大げさだよっ」

「大げさじゃないよ。子供って、寂し過ぎると人格歪むっていうじゃない? もし雪が友達でいてくれなかったら、今のあたしは居なかったよ……だから、あたしは雪のことが大好き」

「す、好きって……。で、でも、莉子の好きって……友達としての好きでしょ?」

「……うん」


 そう。

 莉子と雪の間には決定的な隔たりがあった。

 親愛と性愛。

 その落差は大きく、そして深い。

 しかし、乗り越えられないほどのものではないと、莉子は思っていた。


「……雪、そういえばあのときの返事、まだしてなかったよね?」

「えっ……? 返事……?」


 その問いかけに、ふいに雪はあの日の会話を反芻するように思い出す。

 莉子を篭絡しようとしたあの夜のことを。

 悲痛な心情を吐露した、雪の告白への返事を……莉子はまだしていなかった。


「あのときは亞璃紗が割り込んできたから言えなかったけど、あたしは雪に告白されて……嬉しかったよ?」

「っ……! そんな気休め、聞きたくないっ!」

「待って雪っ! 話を最後まで聞いて。……お願い」

「り、莉子っ……?」


 ベッドから起き上がろうとした雪を、莉子は慌てて抱き止める。

 その豊かで柔らかなバストに顔を埋めるような体勢になってしまうが、莉子は気にしない。気になんてしていられない。

 今の彼女は、必死なのだ。

 大切な友達を……失いたくないのだ。


「確かに、気休めかもしれない。……でも、あんたがあたしのことっ、そ、そこまで好きならっ……そのっ、友達として……出来る限りの“協力”はしたげるからっ……」

「……きょ、“協力”? 莉子……あなた、自分がなにを言ってるのか分かってるの……?」

「うん。一応、分かってるつもりだけどっ……」


 大福もちのように柔らかな胸に顔を埋めながらそう告げる莉子の瞳を、ジッと見据える雪。

 真っ直ぐな決意と覚悟……そして、隠し切れない羞恥の色が伺えた。

 なんといじらしいのだろう。

 莉子は今、大切な友達を繋ぎ止めようとしている。

 その身を差し出してまでも……繋ぎ止めようとしている。

 彼女の言う“協力”とは、つまるところそういう意味である。

 雪の欲望を発散させるための……“協力”。


「じゃあっ……つ、つまりっ……ごくっ、い、いいの……?」

「……うんっ。で、でもっ、その代わり……もう避けたりしないでよ? ……寂しいから」

「莉子っ……莉子っ!!」

「うわわっ! 雪っ……!?」

「好きっ! 莉子大好きっ!! 惚れ直しちゃったっ、もう二度と莉子から離れたりしないからっ……だからっ、わたしの気持ちっ……受け止めてっ!」

「雪っ? わ、分かったからっ、ちょっと落ち着いてっ……ひゃあっ!? 今お尻触ったでしょ!?」

「うふふふふふふふふふふふふっ……♪」


 嬉しさのあまり、昂ぶる気持ちに任せて莉子を抱きしめて頬ずりしまくる雪。

 どさくさに紛れて彼女の小さな臀部をまさぐることも忘れない。 


「い、言っとくけどっ! いくら友達とはいえ、許せる範囲と超えちゃいけないラインがあるんだからねっ!? 分かってるっ!?」

「うんっ……! 分かってるっ! 分かってるよ莉子~~~~~っ!」


 目が血走っている雪に慌てて釘を刺すも、あからさまに生返事である。

 別に、今の莉子なら雪程度簡単に引き離すことが出来る。

 莉子の強化ブーストは雪を圧倒的に凌駕しているのだから。

 しかし、そんなことをしたら元の木阿弥。

 傷つき、落ち込んだ親友の心を癒す為なら尻を撫でられるくらいなんともない。

 汗の匂いを嗅がれるくらいどうということはない。

 むしろ、ここまで求めてくれる雪がちょっとだけ愛おしく思えてしまう。

 それは乳飲み子をあやす母親の心境に似ていた。


「……ねぇ莉子っ」

「? なぁに?」

「あのねっ? 莉子の許せる範囲って……どこまでなの?」

「え? ど、どこまでって……それはっ……」


 雪は、一瞬だけ莉子から目を逸らしたかと思うと、イタズラを思いついた子供のような微笑でそう囁く。

 なにやらドアのほうに視線を向けていたようだが……一体なにを見ていたのだろうか。

 雪に抱きすくめられた莉子には、それを確認する暇はなかった。







「なっ……!」


 扉の向こうから莉子と雪の様子を覗き見していた少女は、思わず声を上げそうになった。 


「い、今っ、目が合いましたわ……あの女っ、わたくしに気付きましたわっ……!」


 クラスメイト達の勧誘攻撃を辛くも凌いだ亞璃紗は、いの一番にふたりが体育館に居ないことに気付いた。

 その時、形容し難い刹那的直感が、亞璃紗の脳髄を奔る。

 女の勘というやつなのか、はたまた剣家が代々受け継いできた危険を察知する嗅覚なのかは定かではないが、なにか嫌な予感を感じてこの保健室まで馳せ参じた。

 ……が、時既に遅し。

 亞璃紗が愛してやまない莉子は、亞璃紗が最も嫌悪する雪とベッドの上で抱き合ってしまっていた。

 こんな場面に出くわした時、剣 亞璃紗ならどうするか。

 もちろんタイミング良く割り入ってふたりの仲を妨害すると共に、莉子に頼れる自分をアピールしてポイントを稼ぐ!

 ……というのが普段の彼女らしい行動である。

 が、今回に限ってその打算的行動力に躊躇いがあった。

 何故か。

 理由は単純だった。

 莉子と雪……ふたりの友情を知ってしまった。

 確かに雪は根暗で陰湿で粘着質……亞璃紗の嫌いなタイプの人間である。

 しかし、莉子が亞璃紗を孤独から救ったように……雪もまた、莉子を孤独という名の大病から救っていたのだ。

 亞璃紗も小さな頃から孤独に苛まれていたから、その辛さはよく分かる。

 寂しくて仕方がなかった自分に手を差し伸べてくれた人がどれだけ愛しく思えるかも、痛いほど理解出来てしまう。


「とは言ってもっ! ものには限度というものがありますわっ! あんなにべったりくっついてっ……! ふしだらですっ……! わたくしの莉子っ! わたくしの莉子ですのよっ!? 分かってましてっ!?」


 結果、どうしてもそんなふたりの逢瀬を邪魔することが出来ず、こうやってドアの縁に爪を立てているのだ。

 惨めさ。

 圧倒的な疎外感。

 莉子を奪われる悔しさ。

 そんな身を切るような屈辱に耐える亞璃紗の耳に、更に追い討ちをかけるような言葉が飛び込んでくる。


「……ねぇ莉子っ」

「? なぁに?」

「あのねっ? 莉子の許せる範囲って……どこまでなの?」

「え?」

「っ……!?」


 雪は亞璃紗が覗いてるのを知った上で、きわどい質問を投げかけた。

 これは……明らかな挑発である。

 雪の表情を見れば分かる。

 優越感満々の笑顔、扇情的に舌なめずりをする口元、淫猥に絡みつく手足。

 そう……雪は、見せ付けたいのだ。

 自分こそが莉子に相応しい人間だとアピールする為に。

 そんな雪の一挙手一投足が、今の亞璃紗にはムエタイファイターの飛び膝蹴りのように強烈に思えた。


「ど、どこまでって……それはっ……」

「例えば……普通の恋人同士がするようなこととかも、いいの?」

「こ、恋人同士!? う、うーん……」

「そっ! そんなのダメっ! ダメですわ莉子っ……! ああんもうっ! 断ってっ! 早く断りなさいっ! ……お願いっ!」


 小声で祈るように……誰にも届かぬ言葉を叫ぶ亞璃紗。

 しかし、そんな少女の祈りも虚しく、扉の向こうの少女達は徐々に妖しい雰囲気になっていく。

 雪はその雰囲気に任せ、唇の裏側に隠してあったその“爆弾”を……


「ねぇ莉子っ……わたしねっ……? 莉子と……キスしたい……」

「えっ!?」

「なッ……!?」


 起爆させた。




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