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満月。
煌々としたその月明かりに照らされている、4人の人影。
投影しているスクリーンはヒビだらけになった巨大駐車場と、ボロボロの建物。
ところどころに放置された廃車と廃材の散らかりっぷりが、この店舗が放棄されて久しいことを物語っていた。
しかし、そんなことは今の彼女達にとってはどうでもいいことである。
「かぁーっ! ブレイドぉ! やっとこさオラの挑戦さ受ける気になっただか! 散々待たしといて!」
廃屋の上で、右手に青白い点火を湛えたポニーテールの少女がまくし立てる。
容姿は肉感的で、決して悪くはない。
いや、むしろ良い部類に入るであろうが、その言葉遣いが彼女のすべてを台無しにしていた。
「亞璃紗、誰なの? あの酷い田舎訛りの子は」
「彼女は以前この界隈をテリトリーにしていた精神異能者ですわ。通称『ブロークン・アロー』……」
「なんか滅茶苦茶怒ってるみたいだけど?」
「ええ、しっかりトドメを刺しておくべきでしたわ」
「いやいやいや」
亞璃紗の少ない言葉で、莉子はなんとなく状況を把握することが出来た。
おそらく彼女は、亞璃紗によって縄張りを追われた精神異能者のひとり。
その動機も、まぁなんとなくだが理解出来た。
「姉さん落ち着いて。そんなところに登っちゃ危ないよ、早く降りて―――」
「うるさいハチ! 弟のくせに出しゃばるでねぇ!! 今オラがこいつらにビシッと……わわっ! うわあああっ!?」
ブロークン・アローは経年劣化したトタン屋根に足を取られ、無様に落下する。
大した高さではないが、落ちればかなり痛いだろう。
しかし、それを見越していたかのように落下地点に移動していたメガネの少年が、すんでのところで彼女を受け止める。
「っと! ……ほら、言わんこっちゃない」
「っ~~~~!! う、うう、うるさいっ! 変なとこ触るでねぇ! このバカ弟!」
「ぐえっ!」
「ねぇ亞璃紗。今みぞおちに肘打ち貰った男の子も、精神異能者なの?」
「多分。ですが彼は見かけない顔ですわね……おそらく最近になって覚醒した新参者だと思います」
「こらそこぉ! オラの話はまだ終わってねぇだぞ!? 勝手に雑談おっぱじめるでねぇ!!」
何食わぬ顔で話をする莉子と亞璃紗を見て、すかさずそれを咎める少女。
先程の醜態を笑われたと勘違いしたのか、羞恥と怒りで顔が真っ赤になっている。
しかし、対する亞璃紗は冷静……というより、全く興味なさげな冷めた表情で少女を見据えていた。
「はぁ……用件は手短にお願いしますわ。わたくしも莉子も、暇ではございませんの。貴方と違って。ね? 莉子っ♪」
「わわっ、ちょっ、亞璃紗やめっ……ひ、人前で抱きつかないでよっ……」
「あら? それってつまり、人前じゃなければOKってことですの?」
「そ、そうじゃないよっ! ていうかあの子の話、聞かなくていいの? すっごい睨んでるけど……」
「こッ……! こンの毛唐女がッ……!! ひとを小ばかにしくさってッ……!! ハチっ! オメェも精神武装の準備さしとけ!」
「姉さん……本当にやるの?」
「あったり前だッ!! オラのこと『田舎くさい』とか言いくさって振ったあのバカ男を見返すには、オラはもっともっといい女にならなきゃいけねぇだ! その為には、どーしてもこの縄張りがいるッ! ここを拠点にして、精神異能者さ狩って狩って狩りまくって、精神的亢進さする必要があるだ!! それになにより……オメェとの決着を着けなきゃなんねぇだ!! ブレイドぉ!!」
「まぁまぁ、随分と幼稚な発想ですこと。そんなつまらない理由でわたくしを呼び出しましたの? わざわざ足を運んで損しましたわ」
「ぐぬぬっ……! どこまでオラのことをバカにすれば気が済むだ……!? もう許さねぇだ!!」
少女は怒り狂ってまず左手を振り上げる。
青白い点火の炎は、たちまちいびつな弓を形成する。
ごつごつとした形状の、鮮やかな桃色をした弓。
そして、先ほどからずっと燃やし続けていた右手の点火からは、どす黒い色をした矢のようなものが出現。
「その高慢ちきなツラにお見舞いしてやるべさ!! しこたま精神的亢進して進化した、オラのブロークン・アローをォ!!」
「なっ!?」
「ッ!?」
刹那、莉子と亞璃紗は身構えた。
約30メートル先から放たれた一本の矢。
それがいきなり弾け飛び、無数の光の針となってふたりに襲いかかってきた。
攻撃範囲はおよそ10メートル。
10メートル圏内に満遍なく降り注いだ針の嵐によって、濛々とした土煙が発生する。
「うはははッ!! どうだ見たかこのアホンダラぁ! これぞ射撃系異常技能の真髄ッ!! 名付けてクラスターショット!! ふたり仲良くハリネズミになって……あれ?」
「ふぅ……莉子? 怪我はありませんこと?」
「うん、大丈夫。ちょっと埃かぶっちゃったけど……」
「……え? え???」
「全部避けられたみたいだよ、姉さん……」
クラスターショットの衝撃で巻き起こった土煙。
その合間から姿を見せたのは、かすり傷ひとつ付いてない莉子と亞璃紗。
ふたりはすんでのところで加速を発動し、ブロークン・アローの攻撃を回避していたのだ。
「どうします? まだ続ける気ですの? 今謝るなら許して差し上げますけど?」
「うぐぐっ……ばっ、バカにするでねぇ!! こっちにはまだ秘密兵器があるべさ!! ハチっ!! カースドの出番だべさ!!」
「まったく、世話の焼ける姉さんだなぁ……」
メガネの少年は肩をすくめておもむろにシャツを脱ぎ、手馴れた手つきでそれを畳む。
そして、メガネを外し……じっと月を見る。
「これはあんまり使いたくなかったんだけど、姉さんの為だし……仕方ネェよなぁ!?」
「なっ……なにあれっ!?」
「莉子、気をつけてください。あっちの子も精神武装を展開出来ますわよ」
点火の炎が、少年の右腕と顔を焼く。
青白い炎に包まれている部分だけ、みるみるうちに体積が増大していくのが分かる。
そして……炎が“力”の波動で消し飛んだとき、彼の“変身”は完了した。
「おっ、おおおッ……!! ……ウォオオーーーーーーーーン!!!」
「うわっ!? お、狼男ぉ!? 精神武装って、こんなのもアリなわけ!?」
「げへっ、げへへぇ……サァて、どっちから喰ッテやろうかァ~~~!?」
「ていうか性格まで変わってない!?」
右腕と顔だけ獣のように変化した不完全な狼男は、下品に笑いながら莉子と亞璃紗との距離を詰める。
豹変した性格。
鋭い爪と強靭な牙。
盛り上がった筋肉とぎらつく眼光。
まさに血に飢えた獣と呼ぶに相応しい風貌だった。
「莉子、田舎訛りの子とあの狼男……どっちの相手がいいですか?」
「ええっ!? あ、あたしも戦力に入ってるの!?」
「当然です。さすがのわたくしでも精神異能者ふたりの相手は少々心細いですもの。莉子と共闘♪しませんと、勝ち目なんてありませんわ」
「今、『共闘♪』ってところ……すっごい嬉しそうに言わなかった?」
「気のせいですわ♪」
莉子は困った。
なぜなら彼女は、亞璃紗の『今から隣町の精神異能者とタイマンしに行きますが、見学しますか?』というコンビニ感覚の誘いに乗ってついてきただけなのだ。
まだ精神武装の展開すら出来ない莉子にとって、どっちの相手もノーサンキュー。
正直、今のクラスターショットを避けるのだって結構ギリギリだったのだ。
あの狼男の力量は定かではないが、少なくとも自分程度の実力では彼女……ブロークン・アローと呼ばれた少女の相手など務まりそうもないことくらいは、頭の悪い莉子でも理解出来る。
では、自分と同じ新参者と目される狼男と対峙するべきか?
そう思い、ニヤニヤと笑うケダモノをチラリと見る莉子。
それがいけなかった。
「ん……?」
「ひっ!?」
目が合ってしまった。
ぎらぎらしたねちっこい視線と。
「ふへへへっ……おまえ、いいケツしてるじゃネェか……じゅるるっ! なかなか俺好みだゼェ……?」
「うげっ! な、なんであたしなの!? 明らかに亞璃紗のほうが―――」
「良かったですわね莉子。モテモテですわよっ♪」
「嬉しくないよっ!!」
「ひゃハハァーーーーっ! もう我慢出来ネェ!! そのケツ触らせろやァーーーー!!!」
よだれを垂らして飛びかかってくる狼男。
決して素早い挙動ではない。
それでいて隙だらけ。
加速の加護がある莉子にかかれば、カウンター攻撃をお見舞いするには打ってつけの挙動。
しかし、その突進はなんとなくであるが危険な匂いがした。
「っ……!」
莉子は本能でそれを察知し、慌てて発動した加速で回避する。
直後、毛むくじゃらの体躯は勢いあまって後ろの放置車両に激突。
1トン以上あるはずの乗用車が、まるでアルミ缶のようにぐにゃりと潰れる。
……莉子の直感は正しかった。
無防備ではあるが、それを補って余りある驚異的な攻撃力……アレにカウンターを合わせていたらと思うとゾッとする。
「アアアーーーーッ!! くそっ! 誰だよこんなところに車置いた奴ァーーー!!」
狼男が怒りに任せた右腕で、もはや屑鉄と化した自動車だったモノを殴り飛ばす。
それは数十メートルほど飛翔し、ガン、ガンと2回バウンドして止まる。
「ちょ……な、ななな、なにあれ!? あたし、あんな化け物と戦うなんて無理……って、あれ? 亞璃紗? 亞璃紗??」
莉子はひどく焦った様子で、きょろきょろと周囲を見渡して亞璃紗を探す。
当の亞璃紗といえば、もうひとりの精神異能者、ブロークン・アローに向かって駆け出していた。
……狼男に絡まれている莉子を放置して。
「莉子っ! その子は任せましたわよっ!」
「え!? ま、任されても困るんですけど!? どうすりゃいいのよコレぇ!!」
「うひっ! うひひっ! これでお互い1対1だナ! た~~~~っぷりと楽しもうゼェ~~~!?」
「じょ、冗談じゃないわよこの変態っっっ!!」
狼男は相も変わらずいやらしい顔つきで、加速を駆使して逃げ惑う莉子を追いかける。
その様子は、まるで安っぽいホラー映画のワンシーン。
ただひとつ映画と違う点があるとすれば、ヒロイン役があまりにも貧相だということのみであろう。




