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Psychopath  作者: 東都湖 公太郎
シザーハンズ
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10




「西山ちゃ~ん! どこまで逃げるのかな~?」

「俺ら岩工イワコー騎兵隊きへいたいを振り切れると思ってんのかコラぁ! なめんじゃねーぞ!!」

「チッ、こんな時に……しつこい奴らだぜ……」


 鉄パイプや釘バットを片手に、荒ぶる男達。

 改造バイクから鳴り響く耳障りな爆音時々ゴッドファーザーのテーマ。

 それらに包囲され脱出不可能な現状に、西山 拓也は小さく舌打ちした。


「卯太郎様! 西山を追いつめやした!!」

「ぶふぅ~~~! よくやったんだな! よぉし! 有力な情報をもたらしたおまえには20ピー! ここまで追い込んだ騎兵隊には5ピーくれてやるんだな!!」

「あ、ありがとうございやす!!」

「いやっほおーーーー!! 5ピーゲットだぜぇ!!」


 鋼の騎兵隊のなかから姿を現したのは丸っこいシルエット。

 それは不良の巣窟・岩田工業高校のボス……堀塚 卯太郎であった。


「ケッ、誰かと思えば豚郎ちゃんかよ。また俺に鼻の骨を折られに来たのか? あ?」

「ぶ、ぶ、ぶぶぶ、豚じゃないんだな! 僕様の名前は、う、卯太郎なんだな!! 今すぐ速やかに訂正するんだな!!」

「いいやテメェは豚だ。一般人相手に精神異脳者サイコパスの力を使っても、こんな雑魚どものボスにしかなれねぇ哀れな子豚ちゃんだぜ! テメェはよぉ!」

「な、な、なんて酷いことを言うんだな!! い、い、偉大なる僕様に向かって……ゆ、許さないんだな!!」


 拓也は臆することなく卯太郎を睨みつけ、挑発する。

 対する卯太郎は部下の前で自尊心を大いに傷つけられて激昂。

 ……が、それも束の間。

 すぐに粘っこい笑顔を浮かべて右手を上げた。

 それは集まった部下達に『攻撃準備』を知らせる合図であった。


「ぶ、ぶふふっ! そう強がっていられるのも今のうちなんだな!! 見るといいんだな! この僕様の絶対的カリスマによって組織された、最強にして精鋭なる騎兵隊! そしてこの僕様自身の強大なる精神力によって奇跡の精神的亢進レベリングを遂げ、超絶無敵パワーを得た僕様自慢の精神武装ミリタリア!! その名も―――」

「前置きがなげぇんだよ!!」

「ぷぎゃ!?」


 偉そうに高説する無防備な卯太郎の顔面に、しびれを切らして飛び込んだ拓也の胴回し回転蹴りが炸裂。

 そのまま卯太郎は宙を舞い、よだれを垂らしながら2メートルほど吹き飛んだ。

 直後、砂埃をあげてぶっ倒れた小太りボディを、近くにいた不良達が慌てて抱き起こす。

 その卯太郎の頬には、拓也の靴跡がくっきりと残っていた。


「う、卯太郎様!? 大丈夫ですかい!?」

「ぷぎぃーーー!! い、痛いんだな! し、舌噛んじゃったんだな!!」

「おい西山! 卯太郎様になんてことするんだ!!」

「そうだそうだ! 卯太郎様がお喋りあそばされている時に攻撃を仕掛けるなんて最低だぞ!!」

「この卑怯者ーーー!!」

「恥を知れーーー!!」

「こんな大勢で俺を取り囲んでるテメェらは卑怯じゃねーのかよ……」


 卯太郎をかばい、こきたない声色で猛抗議する不良達。

 一方の拓也はというと、彼らの理不尽な主張に半ば呆れながら肩をすくめていた。


「く、くっそぉ! おまえら! やっちまうんだな!! あの糞DQNを倒した奴には300ピーくれてやるんだな!!」

「さ……300ピー……!?」

「ま、マジっスか……?」


 卯太郎の言葉を聞いて不良達の目の色が変わる。

 ピー……それは岩田工業高校に通うアウトロウ達が渇望してやまない夢のポイント。

 50ピーで専用の改造制服。

 150ピーで専用バイク。

 そして300ピーを貯めると、栄光ある岩工イワコー不良軍団の幹部に昇格することが出来る。

 不良の夢……頂点へと登りつめたい男達にとって、ピーは喉から手が出るほど欲しいものであった。


「うらぁーーー! 300ピーはイタダキだぜ!! くたばれ西山ァ!!」

「おおっ! 腕力に定評がある藤田が行ったぞーーー!」

「がんばれ藤田ぁーーー!!」


 集団から飛び出してきたのは広い肩幅が目を引くリーゼント頭の男。

 いかにも喧嘩に自信がありそうなその体格を活かした大振りの右フックで、西山に迫る。


「そんな素人丸出しの攻撃が当たるかよ! なめんじゃねぇ雑魚が!!」

「ぐえっ!?」


 西山はその隙だらけの右フックを左手刀で叩き落すと、身体を捩って半回転。

 遠心力の付いた強烈な裏拳をリーゼント男の顎にお見舞いする。

 その顎への一撃はリーゼント頭を揺らし、脳をシェイク。

2~3歩ほどフラフラとよろけたかと思うと、膝から崩れ落ちた。

 まさに瞬殺であった。


「さ、さんびゃく、ぴー……ぐふっ!」

「ああっ! 藤田がやられた!!」

「に、西山の野郎、相変わらず強ぇえ……」

「卯太郎様……? あ、あいつ、全然弱ってなんていやせんぜ? ここは一旦体勢を立て直して―――」

「うろたえるんじゃないんだな! 処刑されたいのか!! なんだな!!」

「ひぃい!? す、すいやせんッッ!!」


 怖気づく不良達を一喝して黙らせる卯太郎。

 確かに拓也は強い。

 精神武装ミリタリアなど無くてもその辺のごろつき程度なら、木っ端を散らすようにあしらえるだろう。

 しかし、拓也は一般人相手に精神武装ミリタリアを使わない男であった。

 彼なりのポリシーなのか矜持なのかは定かではないが、卯太郎にとってそれは単なるウィークポイントに過ぎない。

 なにも知らない不良どもをけしかけ、拓也の体力を消耗させ、しかる後に御自ら精神武装ミリタリアで美味しいところをかっ浚う。

 これが卯太郎の考えた勝利の方程式であった。


「あ、安心するんだな! 西山は絶対に弱ってるんだな! この僕様が言うんだから間違いないんだな! さぁ! どんどん行くんだな!!」

「で……でもぉ……」

「処刑隊、前へ! ビビってる奴から順にコンニャク刑なんだな!」

「うっ……ち、ちきしょおお! コンニャクまみれになるくらいなら……!!」

「よ、よし! 卯太郎様のご命令だ! みんなまとめてかかれェ!!」

「うおおおーーー!!」


 すりおろされたコンニャクが入った鍋を担いで現れた黒頭巾の一団。

 彼らに気圧され、荒くれ者達は決死の突撃を敢行する。


「ったく、テメェらも色々と大変だな……っと! オラッ!」

「ぽぎゃっ!?」

「うぺぺ!?」


 ひとり、またひとりと、バラエティ豊かな髪型の面々を地面に沈めていく拓也。

 それでも不良達のラッシュは終わらない。

 最早督戦隊と化した処刑隊に背中を押され、まるで気が狂って集団自殺を図るネズミのように一心不乱に突っ込んでいく。


「しゃおらぁ!」

「ぐっ……! ……てぇなぁオラぁ!!」

「ぎぇっ!!」


 鉄パイプや木刀による一撃のいくつかを捌き切れず、徐々にダメージを蓄積していく拓也。

 そんな混乱の最中、釘バットを片手に拓也の背後に迫る影があった。

 しゃくれ顎の大男……卯太郎にとってはコーラを買いに行かせるだけの存在でしかない彼は、混迷を極めた不良軍団のなかで冷静に状況を把握し、早い段階で後ろへと回り込んでいたのだ。


「卯太郎様……見ていてくだせぇ。男一匹坂上さかがみ 新次しんじ、西山のタマぁとったりやすぜ……!」


 拓也がならず者達の猛攻に押されてじりじりと後退していく様子を、目を見開いて凝視する新次。

 狙うは釘バットによる会心の一撃。

 その射程範囲に拓也が足を踏み入れるその瞬間を息を潜め……待つ。

 あと1メートル。

 30センチ。

 そして―――


「もらったァ! 往生せぇ西山ァ!!」





「……あの偉そうにしてる太っちょが精神異能者サイコパスなの?」

「ええ……彼があの不良達のリーダー格・堀塚 卯太郎……精神異能者サイコパスの間では、フロッグマンと呼ばれている男ですわ」


 莉子と亞璃紗は橋脚の陰に隠れながら、数十メートル先で起こっている大喧嘩の様子を伺う。

 その先には、見るからに頭の悪そうな容姿の面々に囲まれながらも一歩も退かない拓也の姿があった。


「それにしてもすごい人数……西山、大丈夫かなぁ……」

「ご安心くださいな。ダメージを負っているとはいえ、彼も精神異能者サイコパスの端くれ……精神武装ミリタリアを出せばあんな三下、物の数では―――」

「でもあいつ、素手で戦ってるよ?」

「あらら?」


 見ると確かに、拓也は素手で不良を殴り飛ばしていた。

 それは精神武装ミリタリアでも点火イグニッションでもない、正真正銘の単なる素手であった。


「……どうやら彼は、一般人相手には精神異能者サイコパスの力を振るわないようですわね」

「なんだ、やっぱり西山っていい奴じゃん」

「くすくすっ、それはどうでしょう?」

「へ? なんで? あいつら相手に精神異能者サイコパスの力を使わないってことは、西山にもれなりの正義感みたいなのがあるってことじゃないの?」

「一之瀬さんは本当にお人よしですわね。精神武装ミリタリアを出さないのは、ただ単にフロッグマンを相手にするときの為に精神力を温存しているだけかもしれませんわよ?」

「ううっ……そ、そう言われればそうかもしれないけどっ……」

「ひょっとしたら一之瀬さんを洗脳する為に、大事に大事に取っておいてるのかも♪」

「や、やめてよ剣さんっ! 冗談でもそういうこと言われると、鳥肌が立つ……」

「くすくすっ♪」


 悪寒を覚えて自らの肩を抱き、小さく震える莉子。

 亞璃紗はそんな予想通りのリアクションをする莉子を見て、満足そうに微笑みながら再び視線を争いの渦中へと移した。

  

「……そろそろ、決着がつきそうですわね」

「え? どうして?」

「彼の背後に鈍器を持った伏兵がいますわ。混乱に乗じてこっそりと回り込んでいたのでしょうね」

「なっ……! だ、ダメだよそんなのっ!」

「? どうしてですの?」

「だって……あんなので後ろから殴られたら……西山っ、死んじゃうかもしれないんだよ!?」


 慌てふためく莉子に対して、亞璃紗は顔色一つ変えず冷静だった。

 いや、冷静ではなく……冷酷といったほうが正しいだろうか。

 亞璃紗にとっては西山 拓也という少年が脳天をかち割られようが野垂れ死のうが、知ったことでなかった。

 然るに、彼のピンチにも全く心が動じない。

 むしろ好都合とさえ思っていた。


「もし仮に、彼が死ぬことになろうとも……わたく達にとっては所詮、他人事ですわ」

「た、他人事だなんて……そんな……」

「西山くんは、貴方にとって敵ですのよ? もうお忘れになられまして?」

「でも、でもっ……!」

「気持ちは分かりますが、どうか落ち着いてください。ここは黙って見物していましょう、ね?」


 まるで駄々をこねる子供に言い聞かせるように、優しく諭す亞璃紗。

 しかし、莉子の心に沸き起こった激情は収まることはなかった。


「……ごめん剣さん……やっぱあたし……こんなの黙って見てられないよっ!!」


 橋脚の陰から飛び出した莉子の右手には、青白い炎。

 点火イグニッション……自分の精神エネルギーを集める、精神異能者サイコパスとして最も初歩的な力。


「え? 一之瀬さん? あ、貴方……まさか―――」

「剣さん、あたしと西山が危なくなったら構わず逃げてっ!」


 そう言い残すと、点火イグニッションで集めたエネルギーが莉子の脚を駆け巡った。

 加速アクセル……亞璃紗に教えてもらった異能の力が、大地を蹴って一陣の風となる。

 その背中を、亞璃紗は呆然と見送った。

 どうして彼女は、自分に刃を向けた相手にこうも肩入れできるのだろう……

 どうして彼女は、そんな男の為に自分の身を危険に晒せるのだろう……

 これまで聡く賢く生きてきた亞璃紗にとって、莉子の行動理念は不可解以外の何者でもなかった。

 しかし……


「ふふっ、本当に面白い子……わたくしの目に狂いはありませんでしたわね♪」


 しかし、だからこそ面白い。

 だからこそ見ていて飽きない。

 亞璃紗はそう思いながら、頭の中で思い描いていた“筋書き”を少しだけ変更することにした。





「もらったァ! 往生せぇ西山ァ!!」

「なっ!?」


 突如として背後から迫った声に振り返る拓也。

 そこには釘バットを振り上げた身の丈190センチはあろうかという大男が佇んでいた。

 避ける?

 無理だ。

 この男はもう振り下ろす挙動に入っている。

 絶対に間に合わない。

 では防ぐ?

 それもダメだ。

 腕にはダメージが蓄積している。

 防御が間に合ったとしても腕ごと脳天をぶち抜かれる。

 万事休す……腹をくくろうかと思ったその刹那、拓也の身体を衝撃が襲う。


「…………!?」


 “なにか”が、ものすごいスピードで拓也の胴に激突した。

 一瞬、それが何であるかその場にいた誰もが理解出来なかった。

 しかし……“それ”のタックルによって拓也の身体は横倒しになり、釘バットの一撃をすんでのところで回避出来た。


「なっ……! お、おま、一之瀬っ!! ど、どうして……」

「どうもこうもないわよ! サッサと立ちなさいこのバカ!」

「お、おうっ……!」


 呆然と自分を見つめる拓也を叱咤し、有無を言わさず立ち上がらせる莉子。

 莉子もゆっくりと身を起こそうとするが、足元がおぼつかない。


「っ! ぐっ……!」


 次いで脚に走る激痛。

 間一髪で拓也をかばうことは出来た。

 しかし、その代償として莉子の右脚には幾筋かの醜い傷が刻まれ、鮮血が流れ落ちていた。


「一之瀬っ! ……おい、テメェ……! よくも一之瀬を傷モノにしてくれなぁ!!」

「え? い、いや、あっしはその……わ、わざとじゃねーんでさぁ!」

「うるせーこのドサンピンがぁ!!」

「ほげぇ!!」


 釘バットを振り下ろした張本人である新次は慌てて言い訳をしたが、怒髪天を衝いて鬼の形相の拓也にはまさに焼け石に水。

 そして、新次の巨体が見事な踵落としによって沈められたのを合図に、それまで何が起こっているのか理解出来ずにポカンとしていた不良達がどよめきだした。

 突如として疾風のように現れた見知らぬ少女。

 彼女の負傷で猛り狂う拓也。

 それは彼らの動揺を誘うのには十分過ぎる要素だった。


「そ、そそそ、そこの女! おまえは一体誰なんだな!!」


 困惑の色を隠しきれていないのは卯太郎も同様であった。

 拓也以外のその場にいた誰もが思っている疑問を言葉にして、莉子へぶつける。


「……あんたも精神異能者サイコパスなら、見えるでしょ? “これ”が……!」

「ぶぶっ!? そ、それは……点火イグニッション!! ま、まさか、おまえも……!」

「ご明察っ!!」


 莉子の点火イグニッションを目の当たりにして、卯太郎はうろたえる。

 敵は手負いの精神異能者サイコパスである拓也ひとりだと思っていた。

 だから自信満々に喧嘩が売れた。

 大勝利へのサクセスロードも思い描けた。

 しかし、見知らぬ精神異能者サイコパスの乱入により、状況は一変した。


「あたしは一之瀬 莉子っ! 通りすがりの精神異能者サイコパスよっ!! よぉく覚えときなさいっ!!」


 右脚の裂傷がもたらす痛みを押し殺し、不敵な笑みを浮かべて今の自分の中で考えうる限りの最高にカッコイイポーズを取りながら、莉子は高らかに名乗りを上げた。

 しかし、毅然とした態度とは裏腹に彼女の頭の中は『どうしよう』という単語で埋め尽くされていた。

 何故ならこの無謀ともいえる乱入は全くのノープラン。

 後のことなど1ミリも考えていなかったからだ。




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