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Psychopath  作者: 東都湖 公太郎
シザーハンズ
10/45

8




 月曜日。

 それは週のはじまり。

 月曜日。

 それは学生、社会人にとってはアンニュイな気分になる曜日。

 しかし、それに輪をかけて莉子の気分は、青く深い海の底に落ちた錨のように沈んでいた。


「はぁ……」


 県立白川高校。

 ごくありふれた高校のありふれた教室。

 その片隅で莉子は、もの鬱そうな表情で小さなため息をつく。


「一之瀬、どうした? 深刻そうな顔してため息なんかついて」

「なんだ……丸男か……」

「なんだとはご挨拶だな」


 気落ちしている莉子に声をかけてきたのは、クラスメイトの丸島まるしま 泰男やすお、通称・丸男だった。

 整った顔立ちを坊主頭と瓶底眼鏡で台無しにしている少し残念な彼は、莉子の席まで歩み寄る。

 そして、彼女から少し視線を逸らしながら、遠慮がちに続ける。


「なんか悩みでもあるのか?」

「んー……丸男に言ってもしょうがないことだしなぁ……」

「おいおい、俺の扱いってその程度かよ」

「あはは……んーまぁ、最近ちょっと辛いことがあってさ……」


 ちなみにその『辛いこと』とは、剣邸で“失敗”してしまったことである。


「辛いこと……?」

「まぁ大したことじゃないんだけど、人生って、なんなのかなって……少し考えさせられたよ」

「ふ、深いな……」


 遠くを眺めるような視線で、なにやら仰々しいことを言い出す莉子。

 要するに漏らしてしまったのだ。

 剣 亞璃紗の加速アクセルに追いつこうとしたが届かず、志半ば、高校生にもなって、やってしまった。

 もちろん、そんなこと口に出して言えるわけもないので、こうやって含んだ言い方をしてこめかみに手を当ててカッコつけている。


「い、一之瀬、その、なんていうか……お、俺でよければいつでも力に―――」

「莉子」


 泰男の言葉を遮る声。

 スラリと伸びた背丈と長い黒髪、魅力的な肉感が目を引く少女がふたりの間に割って入る。


「あ、雪。おはよ」

「『おはよ』じゃないよ……昨日と一昨日、どこに行ってたの……?」

「あ、あー……え、えっと、それは……」


 ノスタルジックな雰囲気に浸っていた莉子を現実に引き戻したのは、霧島 雪。

 莉子の十年来の親友である。


「メール全然返してくれないし、電話にも出てくれないし、莉子の家に電話しても帰ってないって言うし……心配したんだから……」

「う……ごめん……」


 昨日と一昨日……それは亞璃紗と共に打倒マザコン男を掲げて異常技能アブノーマルスキル加速アクセルの習得に躍起になっていた2日間だった。

 もちろん携帯をチェックする暇などあるわけもなく、莉子の携帯には未読メール68件、不在着信31件が蓄積されていた。

 そして、その履歴を残した張本人こそ、この霧島 雪である。


「ごめんじゃなくて、理由を教えて……?」

「り、理由?」

「うん……わたしからのメールも電話も無視して、2日間もなにをしていたのか……教えて?」

「う……そ、それは……」

「もしかして……丸島くんと会ってたの?」

「え? お、俺?」


 雪の雰囲気に気圧されてなにも言えずに棒立ちになっていた泰男は、急に話を振られて声が上擦ってしまう。


「俺が一之瀬と……」


 そして想像する。

 もし自分が土日2日間、莉子と過ごせたら……と。

 そのだらしない顔を見て、雪は目を伏せて首を振った。

 それと同時に、雪のなかで爪の先ほどしかなかった彼に対する興味が、ゼロになった。


「……そんなわけないよね。もういいよ丸島くん」

「へ……?」

「だから、もういいって言ったの……意味、分かる?」

「あ、は、はい……じゃ、俺はこれで……」


 雪が放つオーラに弾き飛ばされるかのように、丸島はすごすごと自分の席へと退散する。

 その背中はどこかもの悲しい。


「……ねぇ雪」

「なに……?」

「雪ってもしかして、丸男のこと嫌い?」

「別に嫌いじゃないよ……? ただ……」

「ただ?」

「興味がないの」

「また始まった。雪の『興味がない』病……そんなんじゃ、いつまで経ってもあたし以外の友達なんて出来ないよ?」

「別に……いいもん……」


 先ほどまで問い詰めモードだった雪が一転、ふてくされた子供のように目を逸らしてそう呟く。

 莉子は社交性皆無な親友が、心配で仕方がなかった。

 こっちが心配しているというのに、そんな態度をとって拗ねる雪が気に入らなかった。

 故に声を荒げる。


「よくないでしょ! なんで雪は他の人に興味を持てないの!?」

「ちゃんと興味持ってるもん……」

「ほーお? 一体誰に興味を持ってるっていうのかな?」

「……莉子」

「え……?」

「だから、莉子に興味持ってるって、言ってるの……」

「そ……それは、嬉しいけど……」


 真顔でそんなことを口走る雪に対して、莉子は顔を赤くしてたじろく。

 自分に興味を持ってくれるのは素直に嬉しい。

 嬉しいのだが……

 このむず痒い感じをどう表現していいか、莉子には分からなかった。

 そんな莉子の戸惑いの隙を突き、雪は反転攻勢をかける。


「莉子に興味があるから、知りたいの……昨日一昨日、莉子がどこで、誰と、なにをしていたか……」

「う゛っ……そ、それは……」

「どうして黙っちゃうの……? わたし、そんなに難しいこと言ってないよね……?」

「あ゛……あうぅ……ゆ、雪、そんな恐い顔、し、しないで……ね?」

「やだ……」


 長身の雪が縮こまった莉子を見下ろしながら、静かな声で囁く。

 そして、もの静かでおとなしいはずの雪から発せられる異常な……威圧感。


「ねぇ莉子……どうしてもわたしに言えないことなの……? わたしたち、親友……だよね……?」

「…………」


 莉子は答えない。

 いや、答えられなかった。

 精神異能者サイコパスのこと、拓也のこと、亞璃紗のこと……

 それは常人には理解し難い世界の片鱗。

 こんなことを言っても信じてくれるだろうか?

 いや、雪なら信じてくれるかもしれない。

 しかし、話を信じてくれたとして、その後は……?


「ごめん雪、やっぱ言えない」


 先ほどとは打って変わり、決意の炎を宿した瞳でまっすぐと雪を見据え、彼女の質問に答える莉子。

『大切な親友だからこそ、巻き込めない』

 それが、莉子の出した答えだった。





一方その頃―――


「くぅぅ……」


 敗残者のオーラを漂わせながら、莉子とは遠く離れた己の席へ帰還する少年が、ひとり。

 彼の名は丸男こと丸島 泰男。


「チョリ~ッス! 負け犬様1名入りました~!」

「フラレくんおか~」

「うるさいぞヤジウマコンビ! あと振られてないから!」


 そんな彼を出迎える男女。

 男のほうは、八字原やじはら 龍馬りょうま

 脱色された痛々しい色の髪に下がった目尻が特徴的な、いかにチャラチャラした感じの風貌が目を引く。

 やる気のなさそうな喋り方の女子は八字原やじはら 悠馬ゆうま

 キャラメル色に染められた緩やかなウェーブヘアを揺らしながら、へらへらと笑っている。

 彼らはその苗字と瓜二つの顔立ちが物語っているように、双子の兄妹だ。


「それにしても~、相変わらず雪嬢のカットインには惚れ惚れするね~」

「丸男にとっては天敵系ってカンジだけどな」

「余計なお世話だっ!!」


 性質の悪いことにこの双子、色恋沙汰やB級珍事件を嗅ぎつけて茶化すのが大好きで、泰男はその分かりやすい性格から1学期の段階からこのようにからかわていた。

 このふたりが『ヤジウマコンビ』などと揶揄される所以である。


「でもさ~、女の子にちょっとガン飛ばされた程度で逃げちゃうなんてぇ、丸男くんダサ過ぎだよね~」

「ヘタレだな」

「なっ!? だ、だってしょうがないだろ!? 霧島って、な、なんか恐いんだよ……」

「はぁ~……そんなんだからいつまで経っても大好きな莉子っちにアプローチできないんだよ~」

「お、おいっ! しーっ!! しーーーっ!!」

「そんな慌てなくたって、莉子っち以外はもうみんな知ってることだから安心しなよ~」

「丸男、分かりやすい系だもんなぁ」

「ふぬぬっ……」


 そう、泰男は恋をしていた。

 不安でいっぱいだった高校生活初日のあの日あの時。

 見ず知らずの自分に、太陽のような笑顔で挨拶してきた彼女……一之瀬 莉子に。

 一目惚れだった。

 今や彼にとってはあの小柄な体躯も、どんぐり眼も、さわやかなセミロングも、色気もへったくれもない胸元も、すべてが魅力的に見えていた。


「ていうか、おまえ女の趣味悪くね? 俺なら断然霧島ちゃんのほうを狙う系だけど?」

「兄貴ってば欲望に忠実過ぎ~。どうせ雪嬢のおっぱい目当てでしょ~? 引くわ~」

「そんなの当ったり前じゃん! 女の魅力は乳だっつーの! 男はみんな巨乳系が大好き系で、貧乳系なんて論外系なの。分かるコレ?」

「はいは~い、女の敵に制裁~」

「あだだっ! な、なにする系!? ちょっ、痛い痛い! ちょ待てよ!? ああっ! コンパス系はやめて!」


 悠馬含め、近くにいた数名のバストに自信のない女子達に文房具を投げつけられる龍馬。


「別に胸なんてどうだっていいんだよ、俺は……」


 そんな龍馬を尻目に、雪と話している莉子をぼんやりと見つめて呟く泰男だった。





 夕刻。

 帰宅部の生徒が帰るには遅過ぎ、部活に勤しむ生徒が帰るには早過ぎる時間帯。

 その時間を狙い澄ましたかのように校門を抜ける少女がひとり。


「…………」


 彼女は早足で学校から遠ざかると、路地に停められた黒塗りのリムジンを発見。

 向こうもそれに気付くと、するすると路地から抜け出てくる。

 そして、後部座席のドアから現れる影。


「時間通りですわね、一之瀬さん♪」

「うっ……つ、剣さん……」


 春らしい桜色のチュニックワンピースをはためかせながら、ご機嫌な様子で莉子に歩み寄る剣 亞璃紗。

 なぜ彼女がこんなにも上機嫌なのか。


「あら? 一之瀬さん? どうかされまして? 元気がございませんわよ? 具合でも悪いのですか? お手洗いでしたら早めに済ませたほうがよろしいですわよ? ふふっ♪」


 それは昨日一昨日で彼女の性格の片鱗を垣間見た今の莉子なら、手に取るように分かることだった。


「剣さん……? そ、そういう、ひとの心の傷に塩を塗りたくるような言い回しって、よ、良くないと思うなぁー……」


 莉子は笑顔を引きつらせながら、かろうじて亞璃紗の言葉に応える。

 昨日、自分の心に出来たばかりの傷口に、言葉の塩が染みてくる感覚を堪えながら。

 同時に、苦々しい記憶が蘇ってくる。

 それは“破滅に向かい踊り狂ったダンス”の記憶。

 あの場で起きたこと、あの場で口走った言葉……どれもこれも莉子にとっては忘れてしまいたい黒歴史に他ならなかった。


「まぁそれはどうでもいい話ですが」

「よくないよっ!」

「……あと4時間」

「え……?」


 先程とは打って変わって真剣な表情、真剣な声色の亞璃紗。

 一瞬にして莉子の頭から“あのこと”が吹き飛んでしまう。


「貴方が貴方でいられるまでのタイムリミットです。本来ならこんな雑談をしている時間すら惜しいはずではありませんの?」

「うっ……」


 亞璃紗の言う通りだった。

 今の莉子の心には、拓也によって埋め込まれた精神的断片クラスタが突き刺さったまま放置されている。

 一刻も早く拓也を探し出さなければ、莉子の人格そのものが変わってしまう。


「ご安心ください。西山 拓也の素性はすでに調べてありますわ」

「な、なんて手回しのいい……」

「ふふっ、名前とおおまかな特徴が分かっていればどうとでもなるものですのよ」


 人差し指を立てながら、微笑む亞璃紗。

 彼女も遊んでいたわけではなく、莉子から聞き出した情報をもとに拓也のことを調査していた。

 そして、『ニシヤマ タクヤ』という名前の『不良っぽい少年』という特徴で調べた結果、彼の素性はすぐに判明した。


「あとは彼を殴り倒すだけ、ですわ♪」


 沈みゆく夕陽を背に、そう呟いて金色の髪を煌めかせる亞璃紗の姿は、どこか幻想的で人ならざる美しさを醸し出していた。

 だが、見た目とは裏腹の物騒な物言いと嗜虐的な笑顔のせいで、なにもかも台無しになっていた。




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