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背後にヨせて  作者: 天間 緑茶
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 思いつきの設定の一つ

 アリンの町、その町は多くの者が住み多くの者が唯生きていく町。そんな町や村は何処にでもある。しかしこの町は小さな小競り合いや縄張り争いが絶えない町。その町に暮らしている少年がいた。

 

 名前はヘイン。ヘインは母と一緒にこの町の顔と言われた男に拾われ、育てられてた。母ロサはアリンの顔ドゴの器の大きさと雄々しさにすぐに惹かれる。しかしドゴには二人の息子がいた。ロサは妻のいるドゴを誘惑し早くに妾になった。ヘインは妾になる母を理解に苦しんでいたが母の幸せな顔とドゴへの憧れで自身も納得していた。


 ヘインはドゴやその部下に優しい愛情とは違う形で愛情を貰っていた。愛の一環でやんちゃな事に関わる事が多く争いが絶えない毎日を送った。


 喧嘩も絶えない日々が続き義兄弟にはよく世話になり、ヘインは正面からは勝つ限界を感じ不意打ちの技術を磨き育っていた。


 いつものように抗争が起きてヘインも駆り出される。


「ヘイン!コンウォ一家の奴らが泥の賊と騒いでるらしいぞ!」


 義理の兄バッツがドゴと懇意の一家コンウォの加勢に行くように伝える。泥の賊とは町の端にある捨てられた廃墟の町に住む社会的弱者が集団になった賊の集まりである。


「またかよ・・・いい加減に手を出しちゃいけ無いのを学習しても良いだろ。そんなに死にたいかね」


「無理だろ、あいつ等全員が仲間な訳じゃないんだからな」


 バッツも思いとしてはヘインと同じだがそんな単純な事ではないと理解している。


「んじゃ、ちょっくら狩ってくるわ~」


「ロッツは先に行ってるから宜しくな」


「あいよ!」


 ヘインは一家で一番の健脚で目的の場所へ直行した。

 ヘインが到着した時には賊の体は日の差さらない冷たい路地の地面に飛び散っていた。まだ数人抵抗を続けたり、逃げる時を見計らう者がいたが一人の人間に次々と殺されていく。賊を殺しているのは薄く短い髪をした中世的な姿と声の男だった。


「よう、フリーのあんたが出てくるなんて珍しいじゃねえの!」


ヘインが軽く皮肉めいた様に言う。


「何だ?俺が金を稼ぐのを遮る権利がお前にあるのか?」


「いやいや、あんたが俺らに関わるなんてあんまり無いからな」


「近くに俺が居たから簡易傭兵を提案しただけだ。一人50位が相場だ」


「お安いな。ま、泥の奴らじゃあんたの相手にもならないか」


「だがあのデカイのは500だ」


 そう言うとヘインは向けられた剣の先を見る。汚いなりでデカイ図体と太い腕の大男だった。


「あの腹じゃ剣が通らないし手間がかかるな、あれは俺が始末するから」


「いや、俺が殺す!」


 中世的な男は言うと同時に大男に向け走り出す。ヘインもそれを読んで同時に走るが男の方が明らかに速い。町一番の足を持つ筈のヘインが確かに負けていた。


 ヘインは男が強いと知っていたが、まさか自分よりも速い事は予想だにしていなかった。大男の正面にヘインがたどり着いた時には男は大男の首は身体から離れかけ皮で繋がっているだけだった。


「ハッ!この町で最強って耳にするだけあるな!俺より速いとは知らなかったな!」


「ああ、最近屋根を駆ける犬を見る事が多くてな。見てたら速くなったんだ」


「それは俺の事だろ!チッ、雑魚8人に500の大男が一人か900かボリ過ぎだろ」


「だから雑魚はまけてやった」


「それはありがとさん。金はコンウォの奴に言ってくれ」


 伝えるだけ伝えるとヘインは帰路に立つ。これがラインという自棄に綺麗な男に油断できなくなった出来事であった。







―――――――――――――――――――――――――――――――






 事件が起きたのは偶然で突然だった。ヘインが何時もの様に母の待つ家に帰り、帰りの遅い母を待ちながら夕めしの支度をする。しかしその晩に母は家に戻って来なかった。ヘインにも仕事があり母との時間が無い事が多く一人で過ごさない時が殆どだった。そして母は何時ものように親父さんに顔を出してると思いヘインは一人寝についた。


 翌日、ヘインは仕事を求めゴド一家の屋敷へ向かう。屋敷につくとバッツとロッツそして若い衆が集まっていた。



「どうしたんだ?」


 ヘインは場の空気に付いていけず陽気に話しかける。

 けれども陽気な態度はロッツに一瞬で崩される。


「どうしたじゃない!昨日親父がお前の母親と帰らないと思ったら、今朝林の街道側で親父がぶっ倒れてたんだ!しかもお前の母ちゃんは消えたままなんだよ!」



 ロッツは親父の安否の心配とヘインの気遣いで大いに焦っていた。そんなロッツを見たヘインは逆に冷静になりゴドの一家に恨みを持つ奴らを思い浮かべる。しかし数が多すぎて見当が付かずにいた。


 ヘインはバッツに問いただす。


「誰がやったと思う?」


「ヘイン!お前は悔しく無いのか!」


「悔しさよりも憎さのがいっぱいだ!今すぐ下手人を殺したいほどだ。で、誰がやったか目星は付いてるのか?」


「いや、内のもんが付いた頃には手当された親父が木に横たわっていただけらしい……親父が起きるまで兵隊は動けないぜ」


「くそっ、しゃーねーか」


 ヘインが愚痴ると親父が寝込んでるらしい部屋の扉が勢いよく開く。


「おい!親父さんが目ぇ覚ましたぞ!」


 看病をしていた一人が出てくるとロッツを中心に部屋に入る。


「親父!大丈夫か!」


「ガタガタうるせぇ」


 怒鳴る声に精は感じず今にも息絶えそうな声であった。ヘインは部屋の端からゴドの様子を観察する。包帯には血が滲み上体を寝かせたまま目すら開けられずにいた。息は乱れ満足に動けない様だった。もう長くはないと嫌でも感じてしまう。


「お、おりゃ、だいじょう、ぶだ」


「親父ぃー、一体何があったんだよ!」


「ロスの奴がバケモンだった。そして伯爵の兵と…」


「親父さん!母さんがバケモンってどう言う事だよ!」


 ヘインが全く予想できなかったゴドの返答に取り乱す。ヘインが周りの群衆を掻き分けてロッツの横に着く。


「く、くるんじゃねぇ!」


 ヘインの声を聞くなり怯える様に叫ぶ。そのゴドの態度に誰もが驚き訝しむ。それも当然の事だ、ヘインは今までゴドの子と同じように育て可愛がられてきた、ゴドの一家の剣といえる存在だ。


「そいつを殺せ!今すぐ!」


 ゴドは喚き散らしながら命令を下す。余りにも冷静で無く錯乱した態度にバッツがヘインに指示を出す。


「ヘイン、しばらく席を外せ!これ以上は親父がもたねえ!」


「あ、ああ」


 状況を完全に理解しきれずにいたが、ゴドの様子を見る限りすぐに出ないと取り返しのつかない事になるのですぐさま退出する。


「一体何だってんだ、俺のこの耳と何か関係でもあるのか」


 一人呟き自身の耳を触る。その耳はエルフと言われる遠くの大森林の奥に住むと聞く種族のほどとがっても無く、獣人のように毛が有る訳でもない。少しばかり人より尖った耳を確かめる。







―――――――――――――――――――――――――――――――――







 ヘインが部屋を出て間もなくバッツがゴドに耳を寄せる。ゴドは興奮が収まらず呼吸は荒れたままだった。


「親父、ヘインは死んだ…」


 誰もが明らかに解る嘘であり、誰もが吐きたくはない嘘だった。しかし安心と冷静さを取り戻す為には必要な言葉だった。

 

 ゴドはバッツの言葉を聞くと落ち着いた声だが未だ不安が取り切れずに怯えて、そうかと声を洩らす。


「親父、あの街道で何があったんだ」


 バッツはあえてヘインの母ロサの名前を出さなかった。その判断は正解だった、もし名前を出しでもしたらまた興奮して満足に話もできないだろう。


「お、お前たちよく聞け…」


 ゴドの振り絞る声に周りの全員が耳を傾ける。


「ロサとヘインは化け物だ人じゃない…人の皮に黒い…」


 ゴドはそう言うと思い出すのもおぞましいのか言葉を濁す。親父言う事には容量を得ないがそんな異形の者を抱いていた過去を否定したい様子が窺えた。


「それで?伯爵どうしたんだ?」


「伯爵はロサを連れていった」


「連れていった?その場で殺さなかったのか?」


「本人が嗤ってた、あんなバケモンに愛を謳ってた」


「バケモンに恋って事か」


 ゴドは理解できない者への恐れで恐怖に悴んでいた。ゴドはロサの黒い腕に吹き飛ばされ潰されかけた事やロサの変化を伝えヘインの死体の完全な処分を言い渡すと眠りに着いた。


 一家の皆は親父の余りの変貌と恐怖につられ沈黙が続いた。


「ヘインはどうする」


 若い一人が皆に問いただす。


「あいつは俺たちの仲間だ!」


「しかし親父の言う事に嘘も見えない…」


 バッツが事実を言うとロッツは兄に怒鳴る。


「アニキまでそんな事言うのかよ!」


「だが親父のやられた街道を見た者たちはそうとは言い切れない様だぞ」


「で、でもよぅ…」


 ロッツも見た現場は木々が薙ぎ倒され、地面の土は抉れ人が引き摺られた跡が見られた。辺りには多くの魔物の死体が転がり血の匂いが絶えないでいた。それは女のロサができる所業ではなかった。


 もしヘインにそんな事が出来、その矛先が自分たちに向けられたらと思うと皆何も言えずにいた。


「ヘインにはこの件の詳細が解るまでしばらく一人で過ごしてもらう…」


「ひでぇよ!ヘインは何もしてないだろ!」


「しかし安心もできない、俺たちが壊滅する訳にもいかない。ヘイン賢いだってこっちの言いたい事も解ってくれる。それにあいつの耳の事も気になる」


「耳がどうかしたか?ちょっと尖ってるだけだろ」


「普通ならな… ――ロサが化け物だと実の息子のヘインがどうなるかまだ解らない。今考えるとヘインの気配の消え方は異常だ」


 バッツの言い分に誰もが納得する。今まで仲間として義兄弟として過ごしてきたが、ロサの様に化け物にでも成られたものなら敵わない。中には子や女がいる奴もいるから迂闊に殺される訳にもいかない。


 後に事件の一面を直接見た者が数人現れ、女の後ろに異形の化け物が張り付いていた証言が出てきた。


 ヘインは追放を余儀なくされた。 







――――――――――――――――――――――――――――――――――






 深夜ヘインは伯爵の城に行く、真実を確かめる為に。城の手前の道に出たヘインは門番を目にして足を止める。それも仕方がない、何の考えも無しに伯爵が何を企んでいるのか一人孤独に偵察に来たからである。今のヘインには協力してくれる仲間も雇われる輩も町には居なかった。


 ヘインは城周辺を迂回しながらうろつく。そんな事を続ければ城の衛兵に発見される事必至だが時間が時間だ、全ての兵が真面目に仕事をするでも無いし見張りの集中が続く訳もない。


 ヘインは退屈そうに座り込みながら一人になった衛兵に目をつける。平とは言えない城壁に掴まり握力にモノを言わせ5mほどの壁を音をさせず、素早く登り切る。衛兵は空をぼーっと眺め腰の剣を弄る。


「わるいな――最近、この城に三十路を越えた女が来なかったか?」


 ヘインは夜風で冷えた衛兵の鎧に手を添え一言謝ると躊躇いもせず、相手の口を塞ぎ喉に得物を当てる。


「女?女ならよく来るさ、伯爵様は女より雌が好きなようだが」


「俺の満足のいく答えなら生かしてやる。四日まえにロサと言う名の女は来なかったか?ドゴの妾だ」


「あ、ああ、あの女か巷じゃ化け物って呼ばれてる伯爵のお気に入りな」


「今どこに居る」


 ヘインは確証が取れると衛兵を掴む手に力を込める。


「わ、わかった教える。なんでも丁重に扱ってるようだ、この2階上のテラスの部屋だ…」


 ヘインは衛兵に兜を外させ腰の装備を奪うと衛兵の首を絞める。


 衛兵は突然の変化に着いていけず、ヘインの声を聞き戦闘態勢に入る前に気絶した。


「顔全体が見える兜はダメだって、弱点が丸出しだ」


 ヘインは衛兵を月明かりに照らされない影に置き、壁を蹴り上に駆けあがる。テラスの縁に両手を掛け懸垂と振り子で一気に登る。


 テラスに着くと窓とカーテンの向こう側に薄暗い蝋燭の光が見える。目的の人物が起きている事が分かると窓に軽く叩く。


「誰?誰か居るの?」


 女の声は静寂した夜に響き、外にいたヘインにも誰の声だか理解してしまった。


「母さん、ヘインだ。迎えにきた」


 ヘインは王子様が姫を救いに来た時の様な甘い詞ではなくいつもの迎えに来た挨拶のように呼び出した。


 息子の侵入に慌てる事も無くゆるりとした調子で窓が開かれた。そこに居たのは煌びやかなドレスに身を包み最近の母では見る事も無くなった女の顔をした魔が立っていた。








――――――――――――――――――――――――――――――――――







「母さん?」


「何?」


「本当に母さんなのか」


「ええそうよ」


 何を当然の事をと言わんばかりの声色で話す女がいた。女の背には黒く蠢く腕が生え身体本体の腕には蔓の様な物が絡みついていた。腰は植物の様に根が生え下に垂れさがっていた。


「何だよその姿、伯爵にやられたのか」


 ヘインは何年も見てきた母の面影の見える姿に戸惑いながらも同時にこれは自分の知っている人ではない事が感じ取れた。しかしヘインもこの表情、この顔は以前見た事があった。だがその表情は過去見た中で最も満足気で恍惚が窺えた。


「違うわ~伯爵様は私を受け入れてくれたのよあなたの実の父もゴドも受け入れてくれなかった…… でも伯爵様はこんな醜いあたしを愛して下さったわ」


「もう内には戻る気はないのか」


 ヘインも甘やかされて育った子供では無い、町では狂った人間や薬が無くては生きていけない輩もいる。恋愛で人が変わる事も多い。しかし自分の身内、しかも実の母親が変わり果てるとわ考えても見なかった。


「綺麗になったじゃん、母さん」


 皮肉と見た感想を吐きつける。


「あ、わかる?お母さん恋をしたの」


「ああそうそう、その黒いアクセサリーは伯爵に買って貰ったのか?」


「違わ確かに彼の好みに合わせて改造してもらったけどこれは自前よ」


 伯爵のゲテモノ好きが把握してしまったが、そのゲテモノが実の母とは何とも哀しく愉快な気持ちにヘインはなった。


「何それ、俺にもこれが生えるのかよ。まだ生えてないってことは大人に成ったら生えてくるにのか」


「いえ、それは無いわね。あなたはお父さん似だもの、その耳なんて特にあの顔を彷彿とさせるわ」


 ヘインの実の父を思い出したのか少し不機嫌になる。しかし昨今の状況を思い出しまたも幸せの薔薇色空間に一人返る。


「でも、あんな人はどうでもいいわ。今の私には伯爵様が居るし。ヘインも一緒に暮さない?」


 あどけない少女のように話す母の姿にヘインは一歩退く。ヘインの態度から伝わってしまった無意識の感情は長年連れ添った母には伝わってしまった。


「ヘインまでそんな態度をとるんだ…」


 女は悲しみ、自身の腹部を擦りながら、睨み、怒鳴り散らす。


「帰りなさい!!今すぐに!!」


「帰りなさいよ!!」


 声と共に背に生える腕がテラスに打ち付けられる。城に響く鈍い轟音ともに衛兵が騒ぎだす。


「チッ」


 ヘインは発見される前に城壁に向かい駆け下りる。音のした方を見上げる衛兵と気絶している衛兵の世話をしている衛兵に上空から一太刀浴びせ確実に絶命させる。着地と同時にもう一人の袈裟を切り、怯んだ所で首を刺し倒れる姿も確認せずに背を向け城壁を飛び降りる。 


「どうした!―――死んでる。敵はまだ近くだ探せ!」


 既に遥か後ろとなった場所から聞こえる声にヘインは更に足を速めた。








――――――――――――――――――――――――――――――――――








 ヘインが去った後間も無くして伯爵がロサに与えた部屋に到着する。乱暴に開かれた両開きのドアのノブは壁に激突し小さな跡を残した。


「大丈夫か!ロサ!」


 心底心配そうな声は誰が聴いても確かな愛を感じる声だった。


「ああ、伯爵様!大丈夫ですわ!」


 ロサは舞台で演じるかの如く伯爵に駆けよる。ヘインと言う賊の恐怖ではなく伯爵の自分への愛を感じ感動のあまり目に涙を浮かべていた。ロサの内心までは計り切れなかった伯爵はロサを抱き寄せる。


「ああ、怖かったね。 安心していいよ、僕が傍に居るから」


 甘い言葉を吐きながら頭と腰に手を当て口付けを交わす。伯爵が異形の女を求める姿は近衛兵ですら見るに堪えない光景だった。


「大丈夫、君を襲った賊ならきっと今頃死んでるから」


 ヘインの腕を知っている女はその言葉を鵜呑みにはしなかった。伯爵が一般の兵ではなく特殊な刺客を送ったとは知らずに








――――――――――――――――――――――――――――――――――








「はぁ、はぁ」


 城が見えなくなるほど遠ざかり自分の町の手前まで到着したヘインは安全を確信し歩く事にした。街道で無く森林を移動してきたヘインは獣の登場に

気を張りながらも木の上を移動したりするので楽観的に安堵していた。


「これで十分だな、 あの伯爵は一体何を考えるんだよ」


 森をもう少しで抜ける頃に後方から野鳥の鳴き声が聞こえる。それに釣られヘインは剣を取り注意を向ける。その視線の先に見たものは四足の獣だった。


 獣は2匹。


 ヘインを挟むように囲み同時に攻撃を仕掛ける。左右から熊手ほどの大きさに指位の長さの爪がヘインに向かう。


 ヘインは片方に狙いを絞り擦れ違うように上体をずらし相手の肩に手を掛ける。相手の自身を狙う伸びた手の肩を押し込み崩し落す。相手は転がりながらも地面に食らいつき体制を立て直す。もう一匹には空中に剣を構え置くように当てる。運悪く真直ぐに飛び込んだ獣は回避する事も儘ならずに太い手に突き刺さる。ヘインは反対の手に奪い取った剣を握り、後退しながら回転するように首を切り裂く。首は落ちない物の喉は裂かれ鮮血が舞う。


 ヘインは相手を見て言葉の通じる可能性を考え質問する。馬でない限りヘインの足に追いつける筈も無い、さらにヘインは野生の動物との遭遇を視野に入れながらも森を通った。そのヘインに追いついた相手は唯者では無かった。


「お前ら唯の獣か?」


 ヘインが見た獣は人の姿形をしたが四肢は人の形をしていなかった。脚部は二足で歩ける様に見えず腕は熊のように太い。しかし顔は人間の男だった。


「うちの母さんもお前らみたいにする気か?」


「グガガガ、グゴゴゴ」


「人じゃないのか」


 唸り睨み合うだけで相手は何も答えなかった。人の発する声では無い、これでは飢えた畜生だ。まだ人間の男の顔をした獣は上体を低く保ち隙を逃がさないような態勢。一連の動きに意思が有り、本能での動きではなく決闘で間の探り合いをするかのようだ。


「憐れだなお前…俺の母さんも今は似た様なもんだが…」


「待ってろ、すぐ殺してやる」


 ヘインは奪った剣を捨てると自身の剣を水平に構える。腰を落とし前方への突貫態勢。こんな構えは普通獣しかしない、目の良い者、感の良い者、歴戦の経験者にはカウンターをされに行く様なもの。いくら獣相手だからとは言え通じる筈もない。


 しかしこれがヘインの最強にして最大の武器。相手に接近する時のみ、故意に相手の意識を奪う一撃必中の技。意識を奪うとは言っても気絶させる訳でもない、自身への注意が散漫になる。これは魔法でも無ければ体術でも無い。ただ単に相手が一瞬目の前にいるヘインの存在を忘れてしまう。連続使用もできず集団では目立たない技。だがヘインの足と組み合わせる事で絶対的な威力を持つ。


「いくぞォ!潜!」


 ヘインは直進し右へフェイントを掛け反対側の左に加速する。獣は左への動きを読み進行方向に剛腕を振るう。大気に響く風切り音は当たれば木ですら吹き飛ばすであろう。ヘインの姿が視界から消えたときずいた時には獣の首には刃が届いていた。


「終いだ」


 息絶えた死体の体は首を失っても動いていたが、やがて地面に倒れる。


「これは存外やばい事態なんじゃねえの」


 倒した獣は人のようで人で無く、腕は胴体から生える様に繋がって血管が浮き出ていた。死体の顔は鋭く歪んだまま硬直して、野生の獣や人でも不可能な表情だった。ヘインは事態の異常さに気付き焦燥感かられた。


 同時に自身の母も同じように成る事に成るのではと考えずには居られなかった。


 今後、伯爵の城の警備は厳重になると予想すると一家から離れ協力を要請できないヘインは佇むしかできなかった。





 

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