メンテナンス
作者:CORONA
「…………はぁ」
「なんだ?俺様のメンテナンスが不満なのか?ああ?」
私はいま、先日の遺跡調査による負傷を治療するため、大変不本意ながらも唯我独尊科学者ことハウエンツァの元を訪れていた。
なぜ治療なのに科学者のところなのかというと、私の体のほとんどは機械でできているからだ。私は以前、遺跡で発掘された設計図を南の大陸にあるシュヴァルトライテに向かう途中に魔物の襲撃をうけ、生死をさ迷うほどの大怪我を受けた。治療も間に合わずもうダメかと思われたのだが、私が運んでいた設計図に描かれていた、脳以外を機械の体に変える技術によって一命を取り留めた。
私がこの戦艦、アストライアに乗ることになった経緯は、また別のところで話そうと思う。
とにかく、遺跡での戦闘により両腕を失い、体のところどころがショートを起こしたり……と、戦闘どころか私生活も満足に過ごせないため、た・い・へ・ん不本意ながらも、私とは絶対合わないであるだろうハウエンツァのもとへやってきたのだ。
「それにしてもまた派手にやられやがったな。もっと大事に扱いやがれこのアバズレが。誰が作ってやったと思ってやがる」
…………我慢だ我慢。この体は今のところこの男にしか直せないのだ。
もともとこの体は特別製であり、機械の体とはいったがそれだけならばこの世界には沢山いる。問題は、この体には古代の技術がわんさか使われているところである。
そのためか見た目はほとんど人と変わらない。身体に少し黒いラインが走っているぐらいだろうか?
それに加え、ハウエンツァの手により戦闘に耐えられるよう改造などが行われている。
そういった理由により、ハウエンツァ以外修理ができないのが現状である。
「しょうがないでしょう、それだけ敵が強かったというだけ。それよりも、あとどれくらいで治るのですか?」
ちょっとイラつきながらもなんとか怒りを飲み込み淡々と答え、尋ねる。うん、上出来だろう。
「俺様を誰だと思ってやがる?これぐらいなら数時間で直るにきまってんだろうが。ククク、感謝しやがれアバズレ。俺様は大変機嫌がいい」
怪しい笑みを浮かべながら部屋の隅へと向かうハウエンツァ。
そちらに視線をむけると、そこには山ほど積み上げられた資材の山。素人が見ただけでは何に使うのか分らないような物が積み重ねられている。
「今回の調査で資金がガッポリと手に入ったからな。これでさらに開発ができるというもんだ」
修理を始めて数時間、各部の整備はもちろんのこと、新しい腕もしっかりと付いている。それどころか、ハウエンツァによれば耐久性、出力なども向上しているとのこと。
ストレッチをするように身体を動かし異常がないか確認する。今のところは異常はなく、軋むような感覚もないし、腕の可動も問題ない。
さすがに天才を自称しているだけのことはある。この短時間に修理どころか強化まで行うのは並の科学者ではできないだろう。この男を褒めるのは癪に障るが、これに関しては認めざるをえない。
あとはちょっとした微調整というところで私はゆっくりと口を開いた。
「…………ありがとう、ございます」
「……あ?」
でてきたのは感謝の言葉。紛れもない本心からの言葉。
その言葉に不意を突かれたのかハウエンツァの動きが止まる。
それを見てから私は続けて言葉を紡ぐ。
「私は、この身体になったことを呪っていました。どうしてこんな身体になってしまったのかと……。もちろん自分が悪いことは分かっています。私に力がなかっただけのこと。私に力があれば、魔物から傷を負うこともなかった」
なぜかは分からないが、ハウエンツァは黙って私の話を聞いている。
「他の人から見れば命があるだけで幸せだと思うでしょう。それでも、私は呪わずにいられなかった。この身体になって故郷に戻ってみれば友達どころか家族まで私を否定する。姿形は違うとはいえ、私はたしかに生きているのに。私はそれに耐え切れなかった。一時は自殺まで考えました」
次々と溢れ出る言葉。自然と言葉に力が篭ってしまう。
「しかし、度胸のない私は自ら命を絶つことができなかった。行く宛もない私はふらふらと歩き続けました。そこであなた達と出会った。あなた達は、機械の身体となった私に優しくしてくれた。人として扱ってくれた。それだけで私は救われました」
シュヴァルトライテでの生活が頭をよぎる。あそこでは、私は人ではなかった。私を見つめる複数の視線。そのどれもが私を人として見てはいなかった。
実験体、それがあそこでの私。私はただのサンプルでしかなかった。
しかし、ここは違う。ここの人たちは私を人としてみてくれる。そう思うだけで心が暖かくなる。
「初めてあなたの世話になったとき、正直寒気がしました。また、科学者と関わらなければならないのかと。しかし、あなたがいなければ私はこんな気持ちになることはなかったでしょう」
遺跡調査の時、幾つもの危険から救ったのはこの身体だった。
戦闘に耐えうるように調整してくれたハウエンツァがいなければ私は仲間を助けることはできなかっただろう。
だから、私は彼に言わなければならない。
「あなたのことは正直にいって嫌いです。しかし、今はあなたに感謝しています。あなたがいなければ、私は本当の意味でアストライアのメンバーになることはできなかったでしょう。だから…………ありがとう」
言い切ったあと、恥ずかしさに顔が少し赤くなる。無駄に高性能なこの身体はそういった所まで表現してしまう。
「あー……何を言い出すかと思えばそんなことかよ。ったく、くだらねぇ話持ち出しやがって」
動きを止めていたハウエンツァだったが、ふとかりかりと頭を掻きながらつぶやく。
「いいかよく聞きやがれメカ女。お前を改造したのは誰のためでもねぇ。俺様の自己満足のためだ、感謝される筋合いはねぇしされても気持ち悪いだけだ」
「わかってます。でも私が感謝していることは変わらない」
「チッ……めんどくせぇ、さっさと帰りやがれメカ女。俺様は疲れてんだ、休憩邪魔したらぶっ殺すぞ」
煙草に火をつけては空いた手で私に出て行けとジェスチャーを向けてくる。
「ええ、帰りますよ。私としてもこんなところにはいたくありませんから」
私は少しだけ笑顔を浮かべてそう答えると外へと出ていった。
「セルシア様、すっかり元通りになったようですね」
艦内を歩いていると、途中ですれ違ったリリナに声をかけられた。
ティーセットを持っているところをみるとこれからお茶でもするのだろうか。
「ええおかげさまで。何事も無く完治しましたよ」
ぐるぐると腕を回して見せる。それを見たリリナは苦笑いを浮かべている。
「あの男が相手ではさぞ疲れたでしょう。これから…………なにやら機嫌が良いようですね?」
「え、そう見えますか?」
「はい、すこしばかり表情が綻んでおられますので」
どうやら少し表情が緩んでいたらしい。
「いやなんでもないんですよ、なんでも」
私がそういうとリリナは怪訝そうな表情を浮かべていたが納得はしたようだ。
「まぁいいです。それよりも、これからお暇ですか?」
「ええ、暇ですけど……」
「では私の話相手になってもらえませんでしょうか?ノイウェル様は今おやすみになっておられますので……」
時刻を見るとすでに深夜になっている。さすがに艦長とはいえまだ子供、もう眠りについてしまったようだ。その間は彼女も暇らしい。
「……ふふ、もちろんいいですよ」
仲間の珍しい姿に笑顔を浮かべて答える私。
普通ならばなんということはない日常。これからも過ごすであろう日常。
そんな幸せを感じながら私は仲間とともに時を過ごしていく。