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短編作品集

桜の駅で、また……「また、桜の季節に」

作者: きら☆麿
掲載日:2026/04/12

 朝の空気はまだ少し冷たかった。


 それでも、駅へ向かう足取りは妙に落ち着かなくて、何度もポケットの中で手を握りしめた。


 今日、彼女が町を出る。


 そのことを知ったのは昨日の夜だった。


「来なくていいよ」

 そう言われた気がして、行くべきかどうか迷った。


 けれど、行かなかったらきっと後悔する。

 そんな予感だけは、やけに強かった。


 改札を走り抜けホームに立つと、ちょうど春の風が吹き抜けた。


 舞い上がった桜の花びらが、ホームを流れていく。


 その花びらの先。


 ホームの端に彼女は、いた。


 小さなキャリーバッグをそばに置き、どこか遠くを見るような目をしていた。


 声をかける勇気はなかった。

 ただ、見送るためにここに来た。


 電車が滑り込み、扉が開く。


 彼女が乗り込む姿を見た瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。


 ——あの日の約束、覚えてるかな。


 夜桜の下で言った言葉。


「絶対、帰ってこいよ」

 あれは半分冗談で、半分本気だった。


 扉が閉まり、電車がゆっくりと動き出す。

 そのとき、窓の向こうで彼女がこちらを見た。


 驚いていた。


 来てほしくなかったのかもしれない。

 でも、来てほしかったのかもしれない。


 彼女の目が、少しだけ揺れていた。


 その揺れが、自分の胸の奥にも同じように広がっていく。


 そして、彼女は窓を開けた。


 春の風が彼女の髪を揺らし、桜の花びらがひとひら車内へ吸い込まれていく。


「行ってくるね」


 声は聞こえなかった。


 けれど、唇の動きで分かった。


 彼女が大きく手を振る。


 思わず迷った。


 手を振り返すべきか、ただ見送るべきか。


 けれど次の瞬間、体が勝手に動いていた。


 ゆっくりと、手を上げる。


 電車は速度を上げ、彼女の姿が少しずつ遠ざかっていく。


 それでも、胸の奥には確かに残っていた。


 ——また、桜の季節に。


 彼女がそう呟いた気がした。


 いや、きっと自分がそう願ったのだ。


 風が吹き、桜の花びらがひとひら、足元に落ちた。


 彼はそっとそれを拾い上げ、ポケットにしまった。


 いつか、また会えると——。


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