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古木のホラー短編集

赤い血潮

作者: 古木花園
掲載日:2026/05/02


「痛っ……」

 針が指先に当たった途端に小さく鋭い痛みが走り、赤い点が指先に膨れていく。

 私はそれを口でくわえながら押入れの救急箱を探し、見つけた中から絆創膏を取り出してゆっくりと患部を覆った。

 高校生最後の冬休み。彼氏の"たかし"へ贈り物がしたくて、クマのぬいぐるみを手芸していた。よく母が作ってくれて喜んだのを今でも覚えている。

 案外良くできたものだと、満足いく結果に納得している。特に、たかしの太眉を再現した眉がクマの可愛さとマッチして良いバランスを取っている。

 明日はそのたかしとデートをする予定だ。着ていく服を迷っていると、LINEから通知が入った。

 たかしからかな? と期待して画面を見ると、それは別の人であった。

 『明日はたかしくんに会えないわよ』

 心臓がドクリと跳ねた。

 メッセージの送り主は「リンゴちゃん」。

 それは、最近SNSで見かけるようになった、妙に体格の良い女のアカウント名だった。

 誰なのかは知らない。ただ、プロフィール画像には、リンゴのように真っ赤な頬をした、異常に発達した筋肉を持つ180センチ超えの女性が写っている。

 『なんだ、またこの人か……』

 私はため息をつき、スマホを裏返した。不快だ。どうして明日のデートを知っているのか。気味が悪くてブロックしようとした、その時だった。

 ドォォォォン!!

 家全体が揺れるような、鈍い衝撃音が玄関から響いた。

 驚いて飛び起きる。何事かと玄関へ向かおうとした瞬間、廊下の突き当たりにある玄関ドアが、まるで紙細工のように歪んで吹き飛んだ。

 そこに立っていたのは、SNSで見た姿よりも、ずっと大きく、ずっと異様な存在だった。

 身長180センチ。肩幅はドアの幅と同じくらいあり、ノースリーブから伸びる上腕二頭筋は、大人の男性の太ももほどもある。

 その女――リンゴちゃんは、私の玄関のドアを片手で軽々と引き剥がしていた。

「やっと見つけた」

 彼女が笑うと、頬が異常なほど赤く染まった。興奮しているのか、それとも極限まで鍛え抜かれた肉体の血流によるものなのか。

 私は恐怖で動けず、玄関にへたり込んだ。

「……誰、あなた」

「私は、ただのリンゴちゃん。あなたよりずっと強く、あなたよりずっと、たかし君にふさわしい肉体を持った女」

 彼女はゆっくりと歩み寄ってくる。一歩踏みしめるごとに、床がミシミシと悲鳴を上げた。

 逃げようと足に力を込めるが、恐怖で身体が鉛のように重い。

「どうして……」

「力ずくで奪うの。あなたが私に、指一本触れられないように。どんなに暴れても無駄よ。」

 彼女は笑いながら、丸太のような太い腕を伸ばした。

 その強靭な握力で私の首筋を掴まれると、抵抗する間もなく身体が宙に浮いた。まるで人形のように軽々と持ち上げられる。

 私の華奢な身体なんて、彼女にとってはオモチャに過ぎない。

「あなたみたいな子はたかしには合わないわ。私が幸せになるためにあなたは邪魔よ?」

 彼女は、私の手から絆創膏の巻かれた指を摘み上げると、ゆっくりと力を込めた。

 バキリ、と骨が軋む音がする。

 叫ぶことも許されない圧倒的な力に、私はただ、涙を流すことしかできなかった。

 リビングの机の上では、私が作ったクマのぬいぐるみが、無表情のままこちらを見つめている。

 その太い眉毛が、どこか嘲笑っているように見えた。

 涙も鼻水も垂らし、血反吐を吐きながら懇願した。なんとかこの場から助かりたくて。


「や、やめてぇ…くださぃ。なんでもしますからぁ!!!!助けて……」


するとピタリと止まった大木のようなリンゴちゃんはまるで木にリンゴが出来たかのように頬を真っ赤にし引きつったように笑った。


「なんでもっていったぁ!!!」


リンゴちゃんはその幹のような腕で私の髪の毛を鷲掴みにし、引きずりながら外に出て黒いバンに乗せた。ものすごい速さでロープを縛られ手足を拘束。



そこからは記憶がない。

次に目覚めた時、いや、正確には暗闇すら光すら何も感じない。

目が、なくなっていたのだ…

ずっと恐ろしい声が聞こえる。

隣から聞こえる。


何もないからこそ音だけはしっかりと聞こえている。


 「やめてくれ…雛子は…傷つけ…ないでくれ…たのむ…たの…うぁ!!!」


 男の悲鳴。何度も聞いた、たかしの声。一度も聞いたことない絶叫。

そして…


「男らしいわ!!!さすがたかしくんよ!もっと!もっと!ほら!雛子の目の次はどこをとる!!?たかしくんは男らしいんだから雛子のためなら犠牲になれるでしょ!!?」


「うごえぇぇ!!!ぎぃっ…………おあぁぁぁあ!!!」


絶叫がただただ響いていた。

私はその絶叫の中ただ助かりたい。その気持ちだけが強く、強く鼓動を打つのだった…


 

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