表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
爆笑三姉妹〜陽翔・結音誕生から、燈真・灯乃、彩羽・悠翔誕生まで  作者: リンダ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

90/138

退廷命令

第十五章 退廷命令 ― 崩れた仮面


1|開廷の朝


第四回口頭弁論を終えてから一週間。

秋の陽光が、福岡地方裁判所の白い壁に反射している。

この日――被告・吉田由香が法廷に現れるのは、おそらく最後になる。



2|暴言の始まり


検察官「証人・赤嶺美香の証言を受け、被告人に反省の有無を問います。」


由香「反省? 何を反省せぇっていうと?

あんたら、あのガキの肩を持ちすぎなんよ。

どうせ“かわいそう商売”で金稼ぎしよるんやろが!」


法廷中、空気が一瞬で凍りついた。

弁護人が顔を覆う。裁判長が木槌を鳴らす。


裁判長「被告人、発言を慎みなさい。」


由香「うるさいっ! あの園長も、その娘らも、みんな正義ぶって気持ち悪い!

――特にあの、なんとかって姉妹! テレビ出とるやつら!」


光子と優子、いや――青柳光子と柳川優子は、黙って由香を見つめる。

その視線に、怒りはなく、ただ静かな決意だけがあった。


裁判長「被告人、再三の注意にもかかわらず、侮辱的発言を続けています。

これ以上の暴言を認めません。警備員、前へ。」



3|退廷命令


由香「離せや! あたしが悪いって言うんやろ!

全部あいつらのせいや! うちが本気出したら――」


裁判長「――退廷を命じます。

被告人は今後、暴力的・威圧的言動により裁判秩序を乱したため、

以後の口頭弁論および判決期日への出廷を禁止します。

弁護人は引き続き被告代理として出席してください。」


書記官「記録に残します。」


由香は叫びながら警備員に両腕を取られ、法廷を引きずられるように退場していく。

その声が遠ざかるにつれ、ようやく、誰かのため息が聞こえた。



4|静かな沈黙


裁判長「……。本件、これで明確になりました。

被告の反省は口先にも形にも見えません。

行動の継続的な悪質性が確認されました。」


検察官「次回、求刑を申し上げます。」


光子は深呼吸をし、優子が小さくうなずく。

美香はまっすぐ裁判長を見て、静かに言葉を添えた。


美香「裁判長。どうか、瑛一くんの“明日”を優先してください。」


裁判長「ええ。法は、子どものために動かします。」



5|廊下にて


退廷後。

廊下の窓から秋の風が吹き抜ける。

青柳光子がポツリとつぶやいた。


光子「……ここまで来ても、人が反省せんことってあるんやね。」

柳川優子「うん。でも、もうええやろ。今日で“線”は引けた。」

美香「そう。あとは瑛一くんの“交点ゼロ”を守るだけ。」

美鈴「うちらの仕事は、怒ることやなくて、明日を整えることやけん。」


春介と春海からメッセージが届く。

《ママ、園の子たち、今日も笑っとったよ。ルパンの曲またやろうって。》

美香は画面を見つめ、微笑んだ。



6|記録の末尾


書記官の記録には、短い一文が残った。


被告人・吉田由香

度重なる暴言・威圧行為により退廷命令。

以後の全期日への出廷禁止。

弁護人代理での審理継続。



7|夜の三音


その夜、幼稚園の園庭。

C–G–Cの三音がゆっくり響く。

青柳光子のチューバ、柳川優子のスネア、赤嶺美香のトロンボーン。


音が夜風に溶ける。

“交点ゼロ”――それは、ただ人を遠ざける線ではない。

子どもが安心して「またあした」と言える場所を守る線だった。


光子「……明日も鳴らそ。」

優子「うん。“いつも通り”が、いちばん強かもんね。」


三音のあとに、静かな無音。

その沈黙の中で、瑛一の小さな声が確かに聞こえた。


「またあした。」





第十六章 手紙のひらがな — 面会室のガラス越しに


面会室の空気は、薄く冷たかった。

ガラスの向こうに、うつむいたままの吉田由香。

同席は青柳光子、柳川優子、赤嶺美香の三人。受話器が静かに置かれる。


美香が先に口を開く。

「責めに来たんじゃない。……責める権利も、私たちにはない。

 ただ、瑛一くんの手紙を預かってきた。読んで、どう思うか、あなたの言葉で聞かせて。」


由香の視線が、わずかに揺れた。光子が封筒をガラス越しに掲げ、係員が回収し、手渡す。

封筒の表には、ぎこちない線で大きく、ひらがな。


「おかあさんへ」


由香が封を切る。中の便箋は、文字が転びそうなほど大きい。

光子が受話器を取り、静かに合図をする。「ゆっくり、読んで。」


手紙そのまま


おかあさんへ

えいいちは えんで うたを うたいます。

みんなで ぱあ を して いっしょに あるきます。

えいいちは かわに はしを かけました。

おちても だいじょうぶ ぱあ です。

えいいちは まいにち みかんを たべます。

せんせいが だいじょうぶ と いいます。

えいいちは ねるまえに またあした と いいます。

えいいちは こわいの すこし へりました。

また あした。

えいいち


読み終えたあと、面会室に、音が落ちた。

時計の秒針だけが、透明な音で進む。


優子が低い声で続ける。

「ここに“ゆるせ”も“にくい”も、書いてない。

 書いてあるのは、“今日”のことと、“またあした”。」


由香は、手紙を持つ指先だけで、微かに震えた。

「……だれが、書かせたん。」

美香「誰も書かせてない。覚えたばかりのひらがなで、自分で。」


由香の眼差しが宙をさまよう。

「……“こわいの すこし へりました”。」

その一行に、声が引っかかった。


光子は受話器越しに、いつもの園庭の調子で言う。

「“こわい”をゼロにするんやなくて、“すこしへらす”。

 毎日、同じ手つきで。それが、うちらのやり方やけん。」


由香は、沈黙のまま視線を落とす。

面会室のガラスが、ぼんやりと彼女の顔を二重に映した。


美香が、言葉を一つだけ置く。

「交点をなくす——あの提案は、あなたを消すって意味じゃない。

 子どもの“またあした”を守る線を、あなたも守るって約束のこと。

 それができたら、**あなたの“はじめの一歩”**になる。」


由香「……“はじめのいっぽ”。わたしが?」

優子「“近づかない・連絡しない・壊さない”。

 その三つを続ける。

 それが、いまのあなただけにできる、いちばん大きな保護。」


面会室の空気が、少しだけ動いた。

由香は、手紙の「また あした。」を、人差し指でそっとなぞる。


「……“またあした”。」

ひと文字、ひと文字、海の砂を拾うみたいに。

そのあと、かすれた声で続けた。

「あたしは——出ない。線のこっちにおる。

 ……“またあした”は、あの子のものやけん。」


光子は頷く。

「それでいい。ゼロ交点を、あなたも守る。

 やることは、はっきりしとる。」


美香が封筒を示し、係員にもう一度お願いする。

「原本はこちらで預かる。あなたにはコピーを残す。

 毎晩、**三音(C–G–C)**のあとに読むといい。

 “終わり方の練習”は、ここでもできる。」


優子「笑いがなくても大丈夫。まずは息。

 鼻で3秒、口で6秒。この受話器の向こうで、私たちも一緒にやる。」


ガラスの両側で、四人は同じ呼吸を一度だけ合わせた。

吸って——吐く。

面会室の時間が、静かに平らになる。


最後に、由香が短く言った。

「……線、守る。それしか言えん。

 でも、言う。守る。」


光子「聞いた。十分。」

美香「記録にする。今日のあなたの言葉として。」

優子「“またあした”は言わんでいい。そっちは“終わり方”を練習して。」


受話器が静かに戻される。

立ち上がった三人に、由香は一度だけ会釈した。

深くはない、でも確かな角度で。


廊下に出ると、午後の光。

封筒の中のコピーが、薄く温かい。


光子「……届いたね。」

優子「うん、“全部”じゃなくていい。いま必要な一言だけ。」

美香「線を守る。それが“はじめの一歩”。」


遠くの空気に、トーン・チャイムの三音が重なった気がした。

C——G——C。

“終わり方の練習”は、どこでもできる。

またあしたは、子どもの手に、ちゃんと残った。




第十七章 論告求刑 ― 「今日」を守るために


1|論告


木槌。

裁判長「これより論告求刑に入ります。」


検察官が起立し、淡々と事実を積み上げていく。

•反復的暴行:平手・足蹴り・投擲による器物損壊。

•脅迫:罵倒・威嚇の連続送信(深夜早朝を含む三桁件)。

•面前DV:幼児の目前での暴力・高笑い・罵声。

•悪質性:期間の長期化、家庭内での支配性の強化、周囲の制止を無視。

•反省皆無:法廷内での暴言、退廷命令に至る秩序紊乱。

•結果の重大性:被害児の睡眠・食事・登園行動への顕著な影響(観察記録・音声・写真・児相記録により裏付け)。


検察官「以上を総合し、当庁は当初の方針を維持します。

懲役3年(執行猶予なし)を求刑します。

これは報復ではなく、被害児の継続的安全を確保するために相当な刑であります。」


静けさ。紙が一枚、裏返る音だけが響いた。



2|被害者意見陳述(父・翔一)


書記官「被害者参加制度に基づき、父・吉田翔一さん。」


翔一は一礼し、前を見る。声は低いが、揺れない。


「私は、厳罰を求めます。

けれど、それは復讐の言葉ではありません。

子どもの今日と明日を守るための、線のお願いです。」


短く息を整え、続ける。

•8月、子どもは床だけを見るようになりました。

•9月、母親の影で肩が跳ね、テーブルの下に退避しました。

•園と皆さんの助けで、“三音(C–G–C)”“グー・パー・チョキ”が合図になり、

子は**『またあした』**を言えるようになりました。


「私は父として、“交点ゼロ”をお願いします。

近づかない・連絡しない・壊さない。

それが守られたとき、子は初めて学び・眠り・笑いに戻れます。

刑の重さよりも、まず線の確かさを――どうか、法の言葉で刻んでください。」


翔一は一拍の沈黙を置き、最後だけ、ほんの少し声をやわらげた。


「子は、寝る前に言います。

**『またあした』**と。

その一言を、これからも言わせてやりたい。

以上です。」


深く礼。傍聴席で、青柳光子と柳川優子、赤嶺美香が、ごく小さく頷く。

“十分”という合図の頷き。



3|締めくくり


裁判長「論告、求刑、被害者意見、いずれも記録しました。

次回、最終弁論をもって弁論終結とし、判決期日を指定します。」


木槌。

扉が開き、薄い秋光が一筋、法廷の床を横切る。


廊下に出ると、遠くでチャイム。

三人は無言で手のひらをパーにして見せ合った。


——いっしょに。


“今日を守る”作業は、判決の前も、後も、同じ密度で続いていく。

C–G–C。

静かな三音が、それぞれの胸の内で鳴った。




第十八章 最終弁論 ― 日付の刻印


1|翌年3月・最終弁論


法廷の空気は、冬の名残を少しだけ含んでいた。

裁判長「これより、最終弁論に入ります。」


検察・最終弁論(要旨)

•反復・常習性、幼児面前でのDV、脅迫的通信の量と連続性。

•法廷秩序を乱し退廷命令に至った反省欠如。

•園・児相・保健師の観察記録と音声・写真という多層の証拠整合。


「被害児の今日と明日を守るため、当庁は懲役3年・執行猶予なしの求刑を維持します。」


弁護側・最終弁論(要旨)

•被告の生育史・現在の拘禁環境での適応支援の必要性。

•再出発の機会付与を前提とした量刑の情状を訴える。

(ただ、具体的反省行動の提示は最後まで弱い。)


裁判長は静かにうなずき、閉めの言葉に移る。



2|判決期日の指定


裁判長「刑事・民事ともに弁論はこれで終結します。

判決言い渡しは、3月18日 午前10時00分。

また、同日午後1時30分に民事事件の判決を言い渡します。

刑事・民事を同日に指定します。」


書記官「期日、記録しました。」


傍聴席の空気が、ふっと緩む。

青柳光子、柳川優子、赤嶺美香は視線を交わし、ただ一度だけ頷いた。

“段取りに入る”合図だ。



3|廊下にて ― 判決までの段取り


美鈴「判決までの**“いつも通り”**を確認しよか。」

•園:朝の**三音(C–G–C)**→無言1分→「またあした」継続

•交点ゼロ運用の再点検(門・時間窓・合言葉)

•父(翔一):睡眠・食事のログ、緊急連絡網の再確認

•デジタル:位置情報OFF・投稿遅延・違反連絡のスクショ保全

•子:風船ボレーの橋番ローテ、石運びの成功台本(“終わり方の練習”)


光子「判決がいつでも、うちらの仕事は今日を整えること。」

優子「うん。“笑い→呼気”の鼻3秒・口6秒、忘れんごと回す。」

美香「“線を引く・動線を分ける・線を残す・息を戻す”。同じ密度で。」


翔一は深く礼をした。

「ありがとうございます。3月18日、子どもが“いつも通り”でいられるように、前の日も当日も、同じ朝にします。」



4|園庭の夕景


その日の夕方。

園庭に三音が鳴る。C—G—C。

瑛一はパーを出し、小さく言った。


「……また、あした。」


光子「またあした。」

優子「またあした。」

美香「またあした。」


判決日がカレンダーに印字されても、

子どもの“今日”は同じ手つきで進む。

3月18日 午前10時/午後1時30分――

その刻印は、恐れのためではなく、安心の段取りのためにある。


三音のあとに落ちる静かな無音。

その静けさこそ、守られた日の証拠だった。



第十九章 卒園と判決 ― それでも「またあした」


1|卒園式 ― 小さな背中のまっすぐ


三月のやわい光。博多南幼稚園の講堂には、クレヨン色の横断幕と花の香り。

園長の美鈴が最後の点呼をとり、名前を呼ばれた子どもたちが一人ずつ壇上へ。


「——よしだ えいいち。」


前を向いた瑛一は、深呼吸をひとつ。

青柳光子がそっと指で合図(C–G–Cの三音を空でなぞる)。

柳川優子が胸の前でパー。

客席の父・翔一が立ち上がり、息を合わせるように同じパーをひらいた。


卒園証書を受け取る手は、少しだけ震えていたが、足取りはまっすぐだった。

退場曲は、ファイブピーチ★と吹奏楽仲間による小さな生演奏。

最後の一小節だけ、子どもたちが声を合わせる。


「またあした」


——“さようなら”を言わない卒園式。

ここで覚えた合図は、これからも胸の中で鳴るから。


2|判決言い渡し(刑事)— 午前10時


福岡地裁・第〇法廷。

裁判長の声は、冬の名残を断ち切るように平らだった。


主文

被告人・吉田由香を懲役3年に処する。

執行猶予は付さない。

被害者(子)および父への接近・連絡禁止(刑期満了後も保護命令により一定期間継続)。

裁判費用は被告人の負担とする。


理由の要点は簡潔だった。

•幼児の目前で反復された面前DVと暴行。

•深夜早朝にわたる脅迫的通信の量と連続性。

•園・児相・保健師の観察記録/音声/写真と整合。

•法廷内の暴言・退廷命令に至るまで反省が認められない。


「被害児の今日と明日の安全確保を最優先する必要がある。」


木槌が一度。

廊下に出ると、光はもう春の温度だった。


3|判決言い渡し(民事)— 午後1時30分


同日午後、民事の法廷。

裁判長は、請求の趣旨をほぼそのまま認めた。


主文

被告人は原告(父および子)に対し、慰謝料等 合計1,200万円の支払い義務を負う。

子の心理療法・通院等に要する将来費用の一部を付帯認容。

位置情報・SNS等による間接接触の禁止、違反時の違約金条項。

訴訟費用は被告の負担。


裁判長は最後に静かに添えた。


「本件の核心は、“出会わない安心”を制度で保証することにある。」


4|“いつも通り”の段取り


庁舎の外。

青柳光子が深呼吸、柳川優子が頷き、赤嶺美香が短くまとめる。

•交点ゼロの運用を継続(門・時間窓・合言葉・通報動線)。

•夜は三音(C–G–C)→無言1分→『またあした』。

•大笑いのあとに鼻3秒・口6秒(呼吸のスイッチ)。

•父の睡眠・食・連絡網はログで確認。違反は記録→通報の一本化。


光子「判決は判決。うちらは今日を整えるだけ。」

優子「うん。“笑いは呼吸の道具”。息を守ろ。」

美香「“線を引く・動線を分ける・線を残す・息を戻す”。同じ密度で。」


翔一は深く礼をした。

「ありがとうございます。……あの子は今日、**『またあした』**と言いました。」


5|夕暮れの三音


その日の夕方。

卒園証書を抱えた瑛一が、園庭の隅で小さく手をひらく。パー。

遠くで、トーン・チャイムのC–G–C。


「——また、あした。」


厳しい判決は降りた。

けれど、子どもの“今日”は、これからも同じ手つきで守られる。

三音のあとに落ちる静かな無音。

その静けさこそ、安心の判決文だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ