走る、笑う、渡る
第九章 走る、笑う、渡る
午後の園庭。
薄い雲の向こうで日がやわらかく、風が土の匂いを連れてくる。
トーン・チャイムの**三音(C–G–C)**が鳴り、子どもたちの靴音が集まった。
「よし、いくばい」
翼(テニスの兄ちゃん)がラケットをくるり。
拓実(卓球の兄ちゃん)はミニラケットをポンポン。
「今日は**“影ふみテニピン”**から!」
翼が地面にコーンで細い円を描いて、指でルールを書く。
•円の中は“川”
•みんなは“石”
•影を踏まれたら“チョキ”(休憩)で橋の上に避難
•パーを出した子とはいっしょに動く
瑛一は砂場の端。少し離れて見ている。
背をかがめた翼が、瑛一と同じ目線になって、ゆっくり手を出す。
パー。言葉はいらない。“いっしょに”。
「影、ふめるかな?」
瑛一は一拍おいて、パーを返した。小さく頷く。
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1)影ふみテニピン
「スタート!」
翼が柔らかいフォームボールをふわっとトス——
拓実がミニラケでぽこん。
ボールの影を追いかけて、石役のキッズがきゃーっと跳ねる。
陽翔(2歳)「おとーしゃん、かげ、きたぁ!」
結音(2歳)「こっちー!こっちー!」
二人のハイパー誘惑ウィンク→からの極上の投げキッスが、なぜか開会の合図。
周りのチビキッズ一同、撃沈(恒例)。
光子「はい復活〜!影ふまれたら“チョキ”やけん休憩っ」
優子「“パー”でいっしょ移動、忘れんなよ〜」
瑛一は最初、川の外側で様子見。
翼が自分の影をわざと瑛一の足元に寄せる。
「ふめたら、石、1個追加の権利」
一瞬の迷い——とん。
砂に小さな足跡。
「やった」翼がハイタッチを出すと、瑛一はパーでそっと合わせた。
(“いっしょに”。)
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2)風船ボレー・“橋番ルール”
今度は拓実の番。
「次は風船ボレー。おちたら川にドボンってことにしよ。
でも**“橋番”**が守ってくれるけん、大丈夫!」
橋番=瑛一。
ルール:風船が落ちそうな時、橋番だけが両手をパーで“橋”になって守ってよい。
落ちずに3回つながったら、みんなで「またあした」と唱える(安心の合図づくり)。
拓実がふわっと風船を上げる。
陽翔:おでこでぼふっ。
結音:ほっぺでぼふっ(反則可愛い)。
チビキッズ:「やばい!おちる!」
瑛一が一歩前へ。パーでそっと支える。——セーフ!
「ナイス橋番!」
全員:「またあした!」
笑い声が、ふわっと風に乗る。
瑛一の肩の力がすこし抜けた。
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3)“石運びリレー”と、チョキの休憩
光子が軍手と小さなカゴを配る。
「石運びリレーいくばい。橋の材料、ひとり2個だけ。
疲れたらチョキで“休憩申請”、すぐベンチでみかんミニやけん」
拓実が時計役。
「10分で終わり。終わらんでもOK。終わり方も練習やけん」
瑛一は黙って石を拾い、慎重に運ぶ。
途中で立ち止まり、チョキ。
優子がすぐ横に膝をつく。
「ナイス“チョキ”。みかん、半月いく?」
うなずき。みかん1/2。
酸味に目が少し見開いて、口角がほんの少し上がる。
(ここは、こわくない。)
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4)自由人タイム(規定演目:ボケ→ツッコミ→投げキッス)
合図の三音が鳴る。C–G–C。
自由人タイム開始。
陽翔「はると、ばななすべりまーす!」→尻もち
結音「ゆのん、きゅうりダンスでーす!」→謎の腰振り
キッズ一同:大笑い
光子「こら、野菜売り場で何しよるとね!」(正統派ツッコミ)
優子「はい“投げキッス”は計画的に!」
——が、極上の投げキッス乱れ打ちで大人たちが次々秒で撃沈。
「整骨院送り(※比喩)」コールが上がるのも、いつも通り。
笑いの真ん中に、瑛一の笑顔がふっと浮いた。
それは大声でも大きな仕草でもない、小さな、でも確かな笑い。
翼が見逃さない。
「その笑い、エース級やん」
拓実が指でスコアを作る。
「笑い:1、怖さ:0。今日は勝ち越しや」
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5)クールダウンと“手のことば”
最後は円になって座る。
優子が軽く手遊びを入れてから、確認。
「今日、グーしたい人?」(助けて)
——沈黙。
「パーは?」(いっしょ)
瑛一、ゆっくりとパー。
陽翔と結音もまねしてパー。
翼・拓実・光子・優子、全員でパーを返す。
輪が、ひとつになる。
美香がそっと三音を鳴らす。
C–G–C。
「ここは、いつも通りがある場所。
明日も、ここから始めよ」
瑛一は、砂に一本の線を引いた。
川の端から、橋のほうへ。
顔を上げ、小さな声で言う。
「……また、あした」
誰も急いで立たない。
その一言が、今日いちばん大きなゴールだから。
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きょうの記録(抜粋)
•影ふみ:自発参加、ハイタッチにパーで応答
•風船ボレー:橋番役で成功3回、全員で「またあした」
•補食:みかん1/2、水分OK
•表情:笑顔の自然発生×3
•合図:チョキ1回、パー複数回
備考:**“終わり方の練習”**が有効。次回も同じ構成で“予測できる楽しさ”を積む。
――走る、笑う、渡る。
それを毎日繰り返せば、川はいつか公園の小道になる。
大人たちは、今日も同じ手つきで橋を整えていく。
第十章 裁きの光と影
1|開廷
十月下旬。福岡地方裁判所。
午前九時五十五分、静まり返った法廷の空気を裂くように、木槌の音が響いた。
「これより、吉田由香被告人の刑事事件および民事事件を審理します」
刑事裁判では暴行・器物損壊・脅迫の罪、
民事裁判では慰謝料および養育費の請求が並行して審理される異例の展開だった。
傍聴席には、美鈴、光子、優子、美香、そして父・翔一の姿。
瑛一の笑顔を取り戻した彼らにとって、
この裁判は「復讐」ではなく、「真実を記録する場」だった。
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2|明かされた過去
証人尋問の中で、検察官が淡々と資料を読み上げる。
その内容は、誰もが息をのむほど衝撃的だった。
「被告・吉田由香は、高校時代、地元暴走族『紅蓮華』のリーダーを務め、
近隣住民から騒音・暴走行為の苦情が多数寄せられていました。
また、同級生の男子生徒を殴打し、全治2か月の重傷を負わせた前歴があります。
警察沙汰にはなったものの、当時は示談により不起訴となりました。」
傍聴席がざわつく。
「そんな過去が……」「どうりで、あの暴力性が」――低い声がいくつも重なった。
検察官はさらに続けた。
「家庭環境は比較的裕福で、父親は地元企業の役員、母親は専業主婦。
幼少期から甘やかされ、わがままを止められる者はいなかったとされています。
元同級生の証言によれば、“キレると何をするかわからない”と有名で、
周囲は常に恐怖と諦めで接していたとのことです。」
由香本人は顔を伏せ、眉をひそめたまま微動だにしない。
だがその拳は、明らかに強く握り締められていた。
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3|突きつけられた証拠
検察官が手にしたファイルを静かに置く。
封印シールを剥がし、ディスプレイに映し出されたのは、
幼稚園の記録・録音データ・児童相談所への報告書だった。
「園児・吉田瑛一の発言記録:“おかあさんが、おとうさんをたたいた”
“おとうさん、でていけっていわれた”
園長および担任の聞き取りと、日々の観察記録が一致しております。」
法廷に流れた音声。
――「てめぇなんか出ていきやがれ!」
――「前妻も今ごろ笑ってるだろ!」
乾いた高笑いと、ガラスの割れる音。
法廷中の空気が、一瞬にして凍りついた。
由香は下を向いたまま、顔を覆う。
翔一は、唇を噛みしめて耐えた。
美鈴は、美香の手を握る。
(この音を、瑛一に二度と聞かせてはならない――)
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4|検察の論告
検察官は静かに結論を述べた。
「被告は暴力と脅迫により、家族を精神的に支配していました。
これは家庭内暴力の典型例であり、かつ、被害者が幼児であった点は極めて重大です。
社会的背景や過去の非行歴を踏まえても、再犯の可能性が高いと考えられます。
よって、懲役三年、執行猶予なしを求刑します。」
傍聴席の誰も、息を飲む音すら出せなかった。
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5|民事法廷 ― 瑛一の「未来」を問う
午後からの民事裁判。
争点は二つ――慰謝料と養育費。
翔一の代理人弁護士が立ち上がる。
「被告の暴力行為により、原告および子どもは深刻な心理的外傷を受けています。
幼稚園での生活にも支障を来し、回復には長期のケアを要する。
よって、慰謝料および児童の心理治療費、将来の生活保障を含め、
合計1,200万円の損害賠償を請求します。」
一方の被告側弁護士は声を震わせながら反論を試みる。
「被告は現在、精神的に不安定で、収入もなく、支払い能力は――」
しかし、裁判長の短い一言が遮った。
「暴力の代償は、能力ではなく責任で償うものです。」
由香は、何も言わなかった。
その目に涙はなく、ただ焦点の合わない視線が宙をさまよっていた。
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6|閉廷 ― “今日を守った人たち”へ
法廷を出ると、外は淡い夕暮れ。
オレンジの光が、裁判所の石段を染めていた。
美鈴が小さく呟いた。
「……やっと、“過去”が追いついてきたね」
光子が頷く。
「うちらは“未来”におるけん。瑛一くんの“明日”を守る方に回らんとね」
優子が言う。
「もう、“こわい方”の声には負けんばい。
こっちは“笑い声”で勝っとるけんね」
美香が空を見上げた。
雲の切れ間に、夕陽が滲んでいる。
「この光の下で、やっと息できる。……それだけでもう、勝ちやね」
翔一は黙って、三人に深く頭を下げた。
遠く、幼稚園の方向から、あの三音が聞こえた。
C——G——C。
瑛一が鳴らしているのだろう。
その音に重なるように、光子と優子が笑った。
「なぁ、あの子の音、強うなったね」
「うん。“おはよう”の音になっとる」
秋風が通り過ぎ、石段の落ち葉を運んでいく。
過去は裁かれた。
そして彼らは、再び“今日を守る”場所へ帰っていった。
第十一章 しずかな宣言 — 音と笑いで、心に包帯を
公式発表(プレス/SNS共通文面)
【お知らせ】
M&Y(小倉光子・小倉優子)は、現在進行中の支援案件に集中するため、当面のあいだテレビ・ラジオ出演を控えます。
私たちは、自分たちのいちばんの仕事=音楽と笑いで、傷ついた子どもと家族の心を支える活動に専念します。
ステージは少し小さく、でも毎日つづく現場へ。
皆さまの応援が、明日の「またあした」になります。
M&Y/ファイブピーチ★一同
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作戦:ステージを「日常」に降ろす
•園・学校ふれあいプログラム:「三音(C–G–C)」から始まる朝の5分コンサート+“手のことば”(グー=助けて/パー=いっしょ/チョキ=休憩)遊びを標準化。
•ミニ“笑いと音”ラボ(定員15):①呼吸→②リズム→③一言ギャグ→④合奏→⑤「またあした」で終わる25分。
•父母のための“しずかな楽屋”:保護者向け30分ケア(深呼吸・孤立を防ぐ合図・支援先カード配布)。
•記録は“数字ではなく合図で”:笑顔の回数を競わず、パーの数と三音後の沈黙の深さを観察記録に。
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現場スケッチ①:園庭のポケット・ライブ
午前8:40、砂場の端。
美香が三音を鳴らし、光子がコントラバスをぽふっと一弓。
優子はスネアを指でことこと、子どもたちは足拍でとんとん。
光子「今日の“合図うた”いくばい。題して――『またあした・1ミリ版』」
優子「1ミリって何?」
光子「昨日より1ミリだけ楽になる歌!」
園児「いぇーい!」(※既にノリノリ)
♪(ワンフレーズ)
きょうがきょうで おわるだけ
あしたはまた “ここ”からね
パーって手ひら ひらいたら
いっしょに歩く “またあした”
歌い終えて、全員でパー。
先生もパー、父母もパー。
“いっしょ”が輪になって見える。
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現場スケッチ②:父母の“しずかな楽屋”
保育室の隣、照明を落とした小部屋。
優子がホワイトボードに3行だけ書く。
1.しんどさは悪ではない(合図で伝える)
2.ルーティンは味方(起床・食・三音・就寝)
3.一人で来なくていい場所(電話/189/園)
光子「“頑張らない工夫”だけ、持って帰ってください。ごはんは3色でOK、洗濯は明日でもOK、寝る前は三音でOK」
父母の肩が、ふっと落ちる。
泣く人はいない。泣ける夜は、あとでいい。今は合図だけ覚える。
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“笑い”の出番:5分ドクターM&Y
•影ふみテニピン:影をふまれたらチョキで休憩→復活はパーで友だちと一緒に。
•風船ボレー“橋番ルール”:落ちそうなら橋番だけパーで支える(支援の可視化)。
•ボケ→ツッコミ→深呼吸:笑った直後に鼻から3秒/口から6秒の呼気を必ず入れて、交感→副交感へ。
優子「ウチらのギャグは“笑わせるため”やなく、“呼吸を思い出すため”やけんね」
光子「ほんで時々“整骨院送り”(※比喩)出るけど、それはそれでOK!」
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セットリスト(癒やし版・可搬30分)
1.三音 → 1分の無言(安全の合図づくり)
2.『またあした・1ミリ版』
3.影ふみテニピン(5分)
4.『川と橋』インスト(子どもは石運び)
5.風船ボレー・橋番ルール(5分)
6.『ただいまのうた』ショート(“ただいま”だけ皆で)
7.おわりの三音 → 1分の無言 → パー
ルール:説明は短く/歌は短く/沈黙は長く。
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ガイドライン(公開)
•取材・撮影は全面NG(子と家族を守るため)。
•寄付・物資は園・自治体・NPO指定窓口へ。M&Y個人では受け取りません。
•ファンの皆さまへ:ハッシュタグは #またあした を推奨。登場人物の実名・推測投稿はお控えください。
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小さな日誌(抜粋)
•三音後の自発パー:子ども12/19
•大笑い直後の呼吸リード成功:8/10
•“終わり方の練習”で泣きゼロ(切り替えが早い)
メモ:今日の“橋番”は瑛一。落ちそうな風船を3回セーブ。終わりの「またあした」を小声で言えた。十分すぎる前進。
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ラストシーン:夜の三音
その夜。
離れの小部屋で、光子が三音を鳴らす。C–G–C。
優子は灯りを落として、窓のカーテンに小さな影絵の川。
瑛一は布団の上でパーをひらく。
「……いっしょ」
光子「うん。いっしょ」
優子「また、あした」
テレビのライトは消えたまま。
でも、毎日のステージはここにある。
笑いが呼吸を連れてきて、音が眠りを連れてくる。
明日も、三音からはじめよう。
“いつも通り”を増やすことが、いちばん強い支援やけん。
第十二章 二回目の声 ― 反省なき被告、揺るがぬ証言
第二回口頭弁論 午前10時00分
木槌が鳴る。
裁判長「それでは、吉田由香被告人事件、第二回口頭弁論を再開します。」
被告席の由香は、相変わらず前を見ない。
弁護人が立ち上がる。
弁護人「被告は現下の状況に強いストレスを抱え、衝動的な言動に至ったものであります。反省の念は深く、減刑を――」
傍聴席がわずかにざわつく。
検察官は資料を閉じ、短く言う。
検察官「起訴事実の中心は反復性と悪質性です。反省が口先でないなら、被害者の安全に資する具体的行動が伴うはずですが、その形跡はありません。」
裁判長「静粛に。弁護側は“反省”の具体的内容を示してください。」
弁護人は言葉を詰まらせ、結局は「今後の誓約書」提出予定を述べるにとどまった。
空気が冷えていく。
⸻
証人尋問(園長・小倉美鈴) 午前10時35分
書記官「証人、小倉美鈴さん。」
美鈴が入廷し、宣誓を終える。淡いグレーのスーツ、背筋は真っ直ぐ。
その瞬間、被告席から低く刺すような声。
由香「このクソばばぁ。余計なことに首突っ込みやがって。」
法廷の空気が切り替わる。
裁判長「被告人、即時に発言を慎みなさい。次は退廷処分もあり得ます。」
書記官、記録に暴言ありの注記。
美鈴は一度も被告を見ない。視線は裁判長、声は一定。
検察官「園での記録と観察について、時系列でお願いします。」
美鈴「はい。まず、8月第2週からの食事量の減少、8月第4週に“赤カード”(しんどい)掲出の増加。9月第1週、子が“テーブルの下に隠れる”行動を反復。これと連動して、家庭での器物破損音・暴言音声を父が録音、当園に提出。担任・副担任・養護教諭の観察記録は日次で残しています。」
検察官「“子どものSOS”と判断したポイントを。」
美鈴「三つ。
一つ目、生活リズムの破断(食・睡眠の乱れ)。
二つ目、回避行動の固定化(テーブル下に退避)。
三つ目、母親来園時の過覚醒(心拍・呼吸数の上昇)。
これらは目撃被害児にしばしば見られる兆候です。」
弁護人(反対尋問)「園は過剰に解釈していませんか。子どもの一時的気分かもしれない。」
美鈴「記録でお答えします。単発ではなく連日。複数職員が同時刻帯で一致。さらに音声証拠と現物破損の写真が対応しています。恣意的評価ではありません。」
弁護人「園が家庭問題へ踏み込み過ぎた可能性は?」
美鈴「園の役割は“立ち入る”ことではなく、“守る”ことです。必要時に保健師・児相・警察と連携するのは、児童福祉法・学校保健安全法の趣旨に則った義務的行為です。」
由香(小さく舌打ち)「正義面しやがって。」
裁判長「被告人、警告は二度目です。」
検察官「最後に、職責に照らしたご意見を。」
美鈴はわずかに息を整え、はっきりと言った。
「私は保育のプロです。
保育の仕事に携わる者として、子どものSOSを見逃すはずがありません。」
法廷に短い沈黙が落ちる。
言葉が余計な飾りを持たないぶん、よく響いた。
裁判長「証人、結構です。」
美鈴は一礼し、証言台を降りた。表情は変わらない。
傍聴席で光子・優子・美香が、それぞれ小さく頷く。
“いまの一文で十分だ”という合図の頷き。
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証拠の提示(追加) 午前11時20分
検察官「幼稚園の観察日誌抜粋、父の留守電書き起こし、罵声音声、器物損壊の写真、児相相談記録の受付票。すべて原本確認済みです。」
裁判長「弁護側、異議は?」
弁護人「真正については争いません……(小声)。」
裁判長「採用します。」
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被告人質問(再) 午前11時40分
裁判長「被告人、あなたはいまも“反省している”と述べますか。」
由香「……反省、ねぇ。あたしだけが悪いの?」
弁護人が慌てて袖を引く。
裁判長「答えになっていません。被害者は幼児です。あなたの言動が子に何をもたらしたか、理解していますか。」
由香は沈黙。視線は揺れないが、言葉は出ない。
“反省が見えない”という一文が、法廷の空気に浮かび上がる。
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閉廷前の整理 正午
裁判長「本日の記録を確認します。
1)園の観察記録・音声・写真・児相記録を証拠採用。
2)被告の反省は具体性を欠く。
次回、被告人の最終意見陳述、弁論終結の予定。期日は11月〇日 10時。以上。」
木槌。
扉が開き、秋の光が一筋だけ差し込む。
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廊下にて
美鈴は深呼吸を一度。
光子「お母ちゃん、ナイス“プロ宣言”。」
優子「“子どものSOS”って言葉、あれで全部伝わった。」
美香「うん、十分。記録と一文。感情じゃなく、事実。」
翔一が静かに頭を下げる。
「ありがとうございました。……あの一言で、やっと守られた実感が出ました。」
美鈴「守ったのは、あなたの決断と、子どもの合図やけん。うちらは、それを見逃さんかっただけ。」
遠くから、昼のチャイム。
三人の娘は視線を交わし、小さく拳を握る。
次回期日まで、やることは変わらない――今日を守る。
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裁判所事務メモ(要約・物語内資料)
•採用証拠:園日誌/音声データ/写真/児相受付票
•被告の態度:反省の具体性なし、法廷での暴言2回(記録済)
•次回:最終意見→弁論終結→判決期日指定見込み
備考:証言の核心は**「プロとしてSOSを見逃さない」。
感情の高ぶりに絡め取られない“一本の芯”**が、法廷の空気を戻した。




