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爆笑三姉妹〜陽翔・結音誕生から、燈真・灯乃、彩羽・悠翔誕生まで  作者: リンダ


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大津波襲来

第四章「大津波襲来」


――15:10:00 海鳴り

沖の地平が盛りあがり、黒い丘がせり出す。砕け散る白が霧になって町へ走る。

無線「第一波越波、第二波の壁高——来ます!」

優子マイク「最上段へ。列を割らない。走らない。手を離さない。」


15:10:20 堤内地

軽トラが横滑り。自販機が倒れ、水が巻き取る。

光子「前! 幼児の手を高く!」

父親が子を肩へ担ぎ替え、母親の手が震えながらも強くなる。


15:10:40 坂の踊り場

春江が一歩でつまずく。

高校生ボランティア・健斗が背を差し出す。「おぶってください!」

光子「ナイス判断。前は視界、後ろは足場!」

三人は一塊になって段を上げる。


15:11:00 川沿い

水が逆流。欄干を越えた濁流が角を曲がり、車を押し上げる。

無線「橋脚損傷! 北側導線遮断!」

優子「北は裏山ルートへ切替! 赤旗、左上へ!」


15:11:20 広場最下段

老人会長が名簿板を高く掲げる。「未到着—四名!」

優子「名を繰り返す、三回ずつ!」

広場に名が波のように重なる。「——田嶋さん、田嶋さん、田嶋さん——」


15:11:40 海沿い/視界限界

第一波の返しが引き、第二波の盛りが前傾する。

光子(無線)「堤、越えます。最下段、空にして!」

優子マイク

「最下段を空けます。上段へ詰め、真ん中を通路に。

大声で“空けます”を繰り返してください。」


15:12:00 上段スロープ

ベビーカーが前輪を取られる。

通りがかった青年が片手で持ち上げ、もう片手で背負子の紐を締め直す。

光子「いいテコ! 次の段も同じ要領!」


15:12:15 防災無線・一斉

優子(マイク、はっきり)

「命が先。荷物は置く。抱えるのは“手”だけ。

心臓が速いのは生きている証拠。呼吸を合わせて。」


15:12:30 堤内地最前列

水が牙を立てる。低い瓦屋根を砕き、角を巻く。

二台の車が横倒しで突っ込み、電柱がしなる。

光子「ロープ隊、膝で構える! 踏ん張るときは爪先じゃなく土踏まず!」

足元がずぶと沈むが、ロープは生きた手すりになる。


15:12:50 広場中段

泣く子の声が裏返る。

優子が屈み、目線を合わせる。

優子「ここは山の船。 いま、みんなで帆を張りよる。

君の深呼吸が風になる。吸って——吐いて。よし、出航。」


15:13:10 町角

ガスの甘い匂い。電源盤の火花。

無線「可燃性ガス漏れ!」

優子「火気厳禁! 発電機は上段へ退避! 火を使っている家へ声かけ!」


15:13:30 追い上げ坂

春江を背負った健斗が膝にくる。

光子が後ろから腰ベルトをつかむ。「荷重、分ける。 いける」

春江「私、重いでしょ……」

光子「生きて重い。 それが一番です」


15:13:50 堤内地—広場下

第二波が縁に指をかける。

最下段のベンチが浮く。

ロープ隊が一斉に後退。「下、空いた!」

濁流はそこでほどけ、低く砕ける。


15:14:10 広場

名簿係「未到着、残り一名!」

優子「名前を歌うように読んで——届くように!」

読み上げが波になる。

遠くから手が上がる。「ここだ!」

拍手はしない。列は進み続ける。それでも誰もひとりではない。


15:14:30 上段端の祠

祠の石段に、町の子どもたちが座り込む。

光子が水ボトルを回す。「三口ルール。一口は喉、二口目は心、三口目は隣。」

子らがうなずき、隣へ渡す。


15:14:50 詰所・屋上

UPS残量二目盛。

管制担当「沿岸の可視、白煙多数。坂上、満杯!」

優子「第二避難点**“桜の丘”へ誘導開始。『先に着いた人が道になる』**と伝えて」


15:15:10 桜の丘への林道

ぬかるみ。折れ枝。

高校生二人がロープを通し, 先頭が杭を打つ。

光子「足場は“共有財産”! 滑った所には足跡×印!」


15:15:30 広場・仮医療点

優子が聴診器を耳へ。

老人の脈は早いが規則。

優子「良い早さ。 体は逃げる準備ができとる。勝手に止めんでいい。

この毛布は**“盾”**、風から守る」


15:15:50 海

第二波は町を舐め、持ち去り、なお余波を寄越す。

けれど高台の列は、一歩ずつ遠ざける。

遠いヘリの合図灯がちらつく。


15:16:10 桜の丘・到着点

風の抜けが違う。空が少し広い。

子どもが泣き止み、犬が震えを止める。

光子は人数板に太い印を刻む。「ここで、数が“そろう”。」


15:16:30 通信

無線「町東、孤立十数名!」

優子「山裾ルート偵察二名、無理はしない。状況だけ上げて」

光子「——行く」

優子が目で**“戻ること”を伝え、光子が目で“必ず”**を返す。


15:17:00 林道分岐

倒木。浅い沢。

光子は太腿まで水に入り、踏み石を作る。

後続の高校生が石を渡し, 道が増える。


15:17:30 広場上段・放送

優子(マイク、穏やかに)

「あなたは独りじゃありません。

手を見てください。誰かのために開くと、あなた自身のためにも開きます。

——もう少しだけ、上へ。」


15:18:00 俯瞰

黒い帯が町を横切り, その上を白い霧が千切れて流れる。

高台には点々と人の群。

どの群にも、誰かの手が誰かの手を支え、立て看板に太い矢印が増えてゆく。


15:19:00

UPS残量一目盛。

優子はマイクから一旦、口を離す。

粉塵と汗の味。

息を整え, ふたたび押し込む。


優子マイク

「こちら消防詰所。大津波は継続中です。

“今助かった命”を、“次へ渡す”。

水と毛布、言葉と列。 それが私たちの橋です。

上へ、上へ。あなたのペースで。」


——大津波が町を飲み込んでも、“手を離さない”は町を飲み込ませない。

波の轟きの向こうで、その言葉が何度も反響する。






第五章「大火災発生」


――15:20:00 工場帯・東側

黒煙が層になって空へ昇る。タンカー駐車場で連続爆発。

無線「化学工場B棟から炎上、ガス配管損傷の可能性!」

優子「延焼遮断を最優先。近接消火はしない。風下住区へ退避指示!」


15:20:20 風向:海→内陸/南東 7m

火の粉が雨のように舞い、軒の干しものが一気に着火。

光子「洗濯物、ビニール、外す! 脚立は横に倒して飛散防止!」


15:20:40 広場・放送台

優子マイク

「窓は閉めて、濡れタオルを“口と鼻”へ。屋外は“上から水”でなく“地面へ水”——火の粉は下で消します。

家は未練を置いて出る。人が先。」


15:21:00 商店街角

木造二階家の軒樋から炎舌。

高校生ボランティア・健斗「バケツリレー準備!」

光子「『下→上』の順で濡らす! 足元から! 屋根へかけない、感電注意!」


15:21:20 工場帯・内周路

消火栓の水圧が落ちる。

無線「配水場が浸水、圧送低下!」

優子「地元ため池と学校プールを取水点に! ドロップタンクを桜の丘下へ展開、可搬ポンプ三系統!」


15:21:40 路地

家の中に取り残しの情報。

近所の男性「祖母が二階!」

光子「煙は“低い”ほど薄い! 這って進む。濡れタオル“口と鼻”。ドアは手の甲で温度確認——熱ければ開けない」

男性がうなずき、光子が同行。廊下の壁沿いに進み、開口部を背中で閉鎖。


15:22:10 二階和室

祖母が咳込みながら布団の端を掴む。

光子「窓、少しだけ。空気の“通り道”は低く短く。——おばあちゃん、抱えます」

身体を横抱き、階段へ。

途中で床鳴り。光子が体重を分散、「一段ずつ“踏んで確かめる”」


15:22:40 屋外

救出。祖母の顔色が戻らない。

光子「流水冷却……じゃない、吸入だ。姿勢は横向き“回復体位”。脈——早い、でも規則。よし」

近所の人に濡れタオルを渡し、顔に軽く当てる。


15:23:00 工場帯正門

可燃性液体の流出が側溝で炎走りを起こす。

無線「側溝火走り!」

優子「土嚢で“切る”! 水で流さない、泡消火を優先! ドレンチャーは外壁冷却に回せ!」


15:23:20 広場・バックヤード

UPS残量点滅。

管制担当「非常電源限界!」

優子「拡声器車2台、手回しサイレンへ切替! 伝令は**“短い文・大声・繰り返し”**!」


15:23:40 住宅密集地・路地口

火の粉が舞い込み、物置が着火。

健斗「水、間に合わない!」

光子「可燃物“間引き”! 物置の前の前を片づける——延焼の道を消す!」

住民三人が棚を倒し、道ができる。

携行消火器のピンを抜き、根元へ断続噴射。

ボッという赤が黒へしぼむ。


15:24:10 学区プール

可搬ポンプが咳き込むように回り、ホースが脈打つ。

無線「圧、確保!」

優子「二番線、商店街裏の“庇冷却”へ! 三番線は“露出建物”に先打ち!」


15:24:30 避難列・桜の丘下

煙が流れ込む。幼児が泣き、咳が連鎖。

優子(拡声器車)

「口と鼻を濡れ布で。乳児は保護者が“自分の布”を分けてあげて。

列の外側に“風上壁”をつくる——背中を風に。」


15:24:50 工場帯・タンクヤード

ゴウンと不穏な音。

無線「タンク温度上昇、BLEVE(沸騰液拡大蒸気爆発)の兆候!」

優子「近接禁止、400m離隔! 人命最優先撤退! 冷却は遠距離散水のみ!」


15:25:10 町の俯瞰

炎柱が三本、煙柱が五本。

だが路地の延焼線は何本も切られ、黒い帯が所々で途切れている。

「火は情報で消す」——優子の無線が繰り返す。


15:25:30 路地・応急救護

青年が前腕に熱傷。

光子「“流水冷却20分”が基本。 衣服が貼り付いた所は剥がさない。指輪・腕時計は外す、腫れる前に」

ペットボトルの水をとぎれなく流し、清潔布でゆるく覆う。


15:25:50 工場帯・外周

消防団長「防火帯を造る。空き家二軒、緊急解体の許可を——」

優子「危険の合理性あり。所有者連絡は広報が持つ、人命と延焼阻止を優先。重機は背中合わせで作業、火の粉監視を二名」


15:26:10 ヘリ無線

「上空より観測。海面漂流物で取水不適。山手のため池へ回る」

優子「了解。ため池“白鷺”にパイロットマークを設置。視認布は屋根へ十字!」


15:26:30 商店街裏・三叉路

健斗「バケツ干上がる!」

光子「水は“線”でなく“点”で使う! 角、軒、足元だけ! 人は交代、道は交代じゃない!」

交代要員が自然に前へ出る。掛け声がリズムになる。


15:27:00 桜の丘・情報板

管制担当が炭ペンで書く。

《火災優先:工場B→商店裏→住宅南。風下退避/濡れ布。》

優子「**“誰でも読める字で、誰でもできる指示”**だけ残して、更新続けて」


15:27:20 タンクヤード

ドン——! 空気が押し出され、遠くの窓が震える。

無線「小爆発! 外壁一部飛散!」

優子「遮蔽! いまは“近づかない勇気”。数で勝つのは離れて守ること」


15:27:40 寺の裏手・竹林

火の粉が竹葉に踊る。

光子「防火帯は“緑”でも作れる。生木の枝で火の粉を払う、地面を濡らす」

竹林の下草がしっとりと暗くなる。炎の舌が手前で鈍る。


15:28:00 広場

祖母がかすれ声で言う。「助かったのう……」

優子は短く頷く。「まだ、助ける」

拡声器を握り直し、息を整える。


優子(拡声器)

「火は走るより“先回り”で止めます。

水が足りなければ“道”を奪う。

あなたの一手が“町の防火帯”です。

——風下の方は上へ、上へ。」


15:28:30 学区プール/中継点

ホース継手が抜け、水が暴れる。

健斗「漏れ!」

光子が片膝で押さえ、「ねじれを戻す→差し込む→半回転、よし!」

水柱がまっすぐに戻る。拍手はない。次が繋がる。


15:29:00 俯瞰

赤と黒の地図に、青い線がいくつも走る。

その線のどれもが、人の列と短い言葉で保たれている。


15:29:30 広場・最後尾

優子がふと空を仰ぐ。

粉塵の向こう、ヘリが旋回し、機体の腹が白く光る。

彼女は一度だけ目を閉じ、開く。


優子(拡声器、落ち着いた声)

「こちら消防詰所。——“諦めないで”ではなく、“分け合って”。

水、道、情報、そして呼吸。

分け合えば、炎は小さくなる。」


15:30:00

風が一段変わる。南南東へ5m。

炎の背がゆらぎ、延焼線が迷う。

その一瞬を、優子と光子は逃さない。


——大火災は町を試す。だが“分け合う”が町を支える。

赤い縁取りの向こうで、手と手がさらに太い帯になっていく。





第六章「凍える静かな夜」


——風が止んだ。

火は遠くでまだ赤く喘いでいるのに、この丘の空気は、嘘のように静かだった。


18:40 桜の丘・一次避難所


山の斜面に張ったブルーシート小屋と、体育倉庫から持ってきたテントの群れ。斜面の段差には「風上壁」として背の高い人たちが並び、外周に立てかけた畳とベニヤが、冷気の刃をぼかしている。


優子はヘッドライトの暖色を絞り、拡声器ではなく素の声で言った。

「今は大声、いりません。“手信号”、回します」


人差し指を胸前で円に描く。「配る」

両手を胸の前でぱたんと合わせる。「静か」

親指と小指で電話を作る。「伝令」


合図が縦列に伝わり、音がすっと沈む。


18:55 毛布分配所


光子が段ボールの口を小さく開ける。夜気を吸わせないためだ。

「毛布は大は外側、小は内側。赤ちゃんには**“大+衣類+小”でサンドイッチ。端は足から**。足があったまると、心もたいてい落ち着く」


彼女の脇で、高校生の健斗がホッカイロの枚数を数え、春江は指先の曲がる方向を確かめてから受け取る。

「指輪は外したかね」

「えへへ、昼間、光子さんに言われたで」

「賢い」


19:10 湯気の線


炊き出しの鍋から、湯気が糸のように昇る。

水は濁り、燃料は乏しい。だから、少しずつ。

優子は配膳の先頭に立ち、紙コップを両手で包んでみせる。

「“小さく長く”飲む。喉を起こすみたいに。いっきはもったいない」


列の中ほどで、泣き疲れた幼子がコップの縁に唇を添える。母親の肩がふるりとほどけた。


19:25 静寂の点検


「**“冷たい・濡れてる・独り”**は危険サイン、探して」

光子が班長たちへ短く渡す。

巡回のライトが、靴下の濡れを見つけ、焚き火の遠さを測る。

「交換」「こちら」「寄って」——言葉は短く、手は長く。


19:40 伝言板


厚紙に炭ペンで大きく二行。

《いま無事なことがいちばんの知らせです》

《**“私がここにいる”**を誰かと共有しよう》


子ども達のコーナーには、折り紙の鳥が増えていく。

「一羽につき一人の名前。なくしたら**“誰かの翼”にしてもらう」

優子がルールを添えると、鳥は少しずつ**群れになった。


20:05 静かな歌


「歌、欲しい人」

光子が手を挙げると、不揃いの小さな手が光に浮かぶ。

彼女は息を吸い、胸の奥をほどくように出した。

「♪遠くの灯りは合図、近くの手は橋……」

低く、柔らかいハミングが、毛布の谷間を撫でていく。

歌詞は簡単、三行だけ。

— 合図を見たら、

— 橋を渡ろう、

— また会うために。


優子はリズムに合わせて、呼吸のカウントを指で示す。

「四で吸って、六で吐く。寒さは“外”からくるけど、震えは“内”から帰せる」


20:30 星の点検


雲が破れ、冷えが増す。

「地熱、使うよ」

光子はブルーシートの端をめくり、石と落ち葉の層を薄く掘り返す。

「土は風より優しい。寝床の“真ん中”に土を少し。断熱になる」


21:00 名簿と脈


名簿係が囁く。「まだ“住所不明”の人が数名」

優子は頷き、脈を測る指の腹を暖めてから老人の手首へ。

「速いけどまっすぐ。あとは眠りで回復」

毛布の上に小さな石を一つ置く。「脈よし、の印」


21:20 風の縫い目


風上の列が肩を詰める。

「肩は借金じゃない、預金だよ」

光子の冗談に、音のない笑いが広がる。

預け合って、夜気の縫い目を細くする。


22:05 伝令—浜の方角


下の道から、伝令が走らないで駆けて来る。

「火勢、落ち着き。工場帯、外周で見張り交代開始」

優子は「よし」とだけ言い、拍手はしない。

「眠れる人は眠る。眠れない人は“見張り係の椅子”に座って『起きている役目』」


22:30 懐の話


春江が毛布の端から顔を出す。

「若いの、あんたも座りな」

光子は笑って座り、片膝を立てて肩を貸す。

「懐ってね、**“あったかさの取引所”**なんだって。もらっていいし、あげていい」

「今日は、もらうよ」

「じゃ、利子つけて返して」

二人の間に、ささやきがひとつ溜まる。


23:10 小さな紛失


男の子が泣きながらやってくる。「赤いくつした、なくした」

優子は目線を合わせ、指で三を作る。

「探すのは三分。見つからなかったら“誰かのあったかい靴下”に交換」

三分後——見つからない。

健斗が自分の厚手を差し出す。

「大きい」

「大きいのは、あとで追いつく」

少年は頷き、泣き声が鼻の奥で止まる。


23:40 言葉の火


人の群れに噂の火がつきかける。

「川の向こうは全滅だって」

光子がそっと近づき、膝をつく。

「“分からないこと”は“怖いこと”になりがち。いま分かってるのは——“私たちがここにいる”こと。次の確かな情報が届くまで、この確かだけ持っとこ」

火は燃え移らず、言葉は毛布に変わる。


0:20 見張りのうた


焚き火の側、若者たちが交代する。

優子が短い節を口ずさむ。

「一、二、三で空を見る。四、五、六で地面見る。七、八、九で隣を見る」

見張りの動作が歌になり、眠気の淵が浅瀬に変わる。


1:10 眠りの縁


泣き止まなかった赤子の呼吸がふっと深くなる。

母親が肩を落とし、毛布の中の指がほどける。

光子は足元の毛布をもう一枚寄せ、踵を包む。

「体は“端”から、心は“真ん中”から。両方、温めよう」


2:05 遅れて届く星


雲が完全に切れた。

夜が研がれた玻璃みたいになる。

優子は空を指ささない。ただ、呼吸を合わせる。

四で吸い、六で吐く。

吐くたびに、どこかの肩が沈み、どこかの不安が小さくなる。


3:00 手紙


伝言板に、小さな紙片。

《お父さんへ。ここにいる。あしたもいる。あさってもいる。》

字は拙い。でも、まっすぐだ。

光子はその紙の上に透明なビニールをテープで貼る。

「濡れても消えないように」


3:40 薄明の前


火の粉はもう飛ばない。風は山を撫でて行く。

優子は拡声器を手に、声の高さを夜の温度に合わせる。

「起きているみなさん、ありがとう。眠っていたみなさん、おはようの準備。

朝が来たら、数える。数えたら、渡す。渡したら、また数える」


4:20 最初の鳥


竹の先で、小さな影が鳴いた。

誰かが指さしかけて、やめる。

光子は肩で合図する。「知ってる。大丈夫」


5:00 朝の手


東が淡くなる。

寒さは底を打ち、空気がほんの少し緩む。

毛布の隙間から、手が伸びて、手と握る。

その握り方は、昼間のロープの握りと同じだ。

離さないための握り。

でも今は、確かめるための握り。


——凍える静かな夜は過ぎる。

火も、波も、闇も、奪うことはできなかった。

列と歌と小さな手を。

そして、誰かから誰かへ渡される、あたたかさのやり方を。

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