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爆笑三姉妹〜陽翔・結音誕生から、燈真・灯乃、彩羽・悠翔誕生まで  作者: リンダ


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手紙の行方

面会室 — 「手紙の行方」


昼下がりの薄い光が、拘置所の面会室に斜めの帯を落としていた。透明アクリル板を挟み、受話器が二つ。金属の椅子は、かすかに冷たい。


光子と優子と美香は、受付での手続を済ませ、深く息をそろえるように席へ着く。係員が小さく合図をし、ドアの向こうから吉田由香が現れた。囚衣の色、歩幅の小ささ、視線は一度もこちらに合わない。


三人は立ち上がり、会釈。受話器を取る。


光子「今日は、瑛一くんの手紙を預かってきました。まず、それをお渡ししたくて」


由香の視線が、わずかに動く。受話器越しに乾いた声。


由香「……勝手に、何しに来たの」


美香「責めに来たわけじゃありません。読み終わったら、感じたことを聞かせてほしい。それだけです」


光子は、封筒を掲げて係員に示し、規定どおり中身を確認してもらい、アクリル板の小窓から差し入れる。

白い便箋には、拙いひらがなと、消しゴムの跡がたくさん残っている。


ままへ

えいいちだよ。

きのう、おおきなうたをきいたよ。

ぼく、すきなうたをままにもきいてほしい。

いっしょにきけるひ、くるかな。

えいいちより


最初の数行、由香の表情は変わらない。

二行、三行――「いっしょに」の字に、眉がかすかに震えた。

便箋の下に、ぎこちないピースサインの絵。太いクレヨンが、紙の縁から少しはみ出している。


受話器の向こうで、由香の喉がひとつ鳴った。

でも、すぐに笑う――自分を守るための、硬い笑い方で。


由香「……だから何。今さら、母親ごっこしろって? 外は寒いのに、ここはうるさいのよ」


優子(静かに)「“ごっこ”じゃなくて、“ききたい”だけです。今、どう思ってますか」


沈黙。秒針のない時間が、長く伸びる。

やがて――由香は手紙の折り目を指でなぞり、受話器の穴に小さく息を落とした。


由香「……あの子、ピースなんか、できなかったくせに」


美香「練習したみたいです。卒園式の日、みんなの前で」


由香の視線がふっと上がる。

少し赤い、でも逃げない瞳。


由香「……わたし、あの子の前で、ピースなんか一度も……」


言葉が、そこで途切れた。

受話器に触れる由香の指が、ゆっくりとほどける。

強張っていた肩が、わずかに落ちる。


光子「手紙の続き、もう一枚あります」


係員がもう一度小窓を開ける。二枚目には、たどたどしい文字で短い約束。


ままがごめんなさいしたら、

ぼく、はいっていう。

でも、こわいのはいやだよ。

ぼく、わらうのがすき。

ままは?


由香はそれを見たまま、しばらく動かない。

胸の奥で、何かが“ばきっ”と音を立てて外れたように見えた。


由香「……“こわいのは、いや”……」


優子「うん。だから、大人が“こわくしない”のを、約束する番やと思います」


由香「約束……ね。わたし、約束なんて、守ったことあったかな」


美香「今日からで、いい。『いま』からでも、きっと」


由香は目を閉じ、長く細い息を吐き出す。

まぶたの端が、濡れていた。


由香「……わたし、あの子に、ひどいこといっぱい言った。いっぱい、言った。

 “いなくなれ”って、“じゃま”だって……」


受話器の向こうで、初めて“母親の声”が震える。


由香「……“ごめんなさい”。――これ、どこに向かって言えばいいの」


光子「まずは、手紙に。書きましょう。ここで、今。短くていい」


優子「そして、裁判でも、支援の人たちにも。順番に、届くように」


由香は頷く代わりに、便箋の端を強く握った。

係員がメモ用紙を差し出す。ペン先が震える音が、静かな室内に小さく響く。


えいいちへ

ごめんなさい。こわくしてごめんね。

いま、まなんでいます。

わたしも、わらえるようになりたい。

ままより


書き終えた手紙を見つめ、由香は唇を噛む。

それでも、最後の「まま」の字だけは、まっすぐだった。


美香「受け取って、必ず本人に渡します。

 もし、あなたが続けて“学ぶ”と言ってくれるなら、支援につながる窓口も準備します」


由香「……怖いわ。自分が」


光子「怖がってるって言えた今のあなたは、たぶん、前より強い」


面会時間を告げるブザーが鳴る。

三人は立ち上がり、深く礼をした。由香も、受話器を持ったまま小さく頭を下げる。


優子「――また来ます。手紙、ありがとうございます」


由香「……伝えて。

 “ピース、にがてだったの、なおす”って。

 ……わたしも、なおすから」


ドアが閉じる直前、由香はもう一度だけ二枚の手紙を抱きしめた。

アクリル板の向こうで、硬かった背中が、初めて“人の温度”を取り戻したように見えた。


廊下に出ると、春の光が少しだけやわらかい。

三人は互いに頷き、胸の前で小さくピースを作った。


光子「次は、約束をつなぐ番やね」


優子「うん。“こわくしない大人”の約束」


美香「手紙は、未来へ届く合図。――必ず、渡そう」


扉の外、風の匂いは、卒園式の日と同じだった。




面会室——午後の光はやわらかく、空調の低い唸りだけが聞こえていた。

由香は前回の手紙を、たたみ癖のついたまま大切に握っている。


扉が開き、美鈴と優馬が入ってくる。二人とも深く会釈し、受話器を取った。


美鈴「こんにちは。園長の小倉です。今日は、責めに来たんじゃありません。――話しに来ました。」


由香「……また“更生しろ”とか“反省しろ”って言われるの、正直しんどいのよ。」


優馬(柔らかい声で)「それを言う権利が、ぼくらに“だけ”あるとも思ってません。

ただ、ひとつだけ。**瑛一くんが“ママって呼んだ”**手紙、読ませてもらいました。」


由香の指が、便箋の角をきゅっとつまむ。


由香「……あんなこと、したのにね。まだ“ママ”って呼ぶのね。」


美鈴「子どもの“呼び名”は、未来へのロープです。切れかけても、結び直せます。

でも、そのためには――こわくしない大人になる練習が要ります。」


由香「練習……?」


美鈴「はい。園では、泣き方も笑い方も“練習”で上手になります。

大人も同じ。怒りの置き場所を変える練習、ことばの選び方の練習、助けを呼ぶ練習。」


優馬「ぼくも、父親として何度も失敗して、助けてもらって、やっと“練習中”です。

……だから言えます。あなたはひとりじゃない。」


しばし沈黙。由香は受話器越しに、小さく息を吐く。


由香「……“味方”って、どこまでが“味方”なの。わたし、裁かれて当然のこと、した。」


美鈴「**罪は裁かれる。人は見捨てない。**私たちの“味方”は、瑛一くんの安全と、あなたが変わる可能性の両方に向きます。どちらも手放しません。」


優馬「手続きも具体的に動かします。支援プログラム、面会の段取り、手紙の往復。

“約束を守る練習”を、小さなゴールで積み上げていきましょう。」


由香「……わたし、できるかな。」


美鈴はっきりと「できます。“できるようになるまで一緒にやる”のが、わたしたちの仕事ですから。」


由香の頬を、ほとんど見えない涙が伝う。

受話器の向こうで、かすれた声が落ちた。


由香「……ありがとう。

あんなこと、したのに。

それでも、味方って言ってくれる人がいるって、初めて知った。」


優馬「また来ます。練習メニュー、次回は一緒に決めましょう。

“深呼吸10秒”“強い言葉を言い換えるメモ”“助けを呼ぶコールリスト”――そんな小さな宿題から。」


美鈴「そして、もう一度。

“こわくしない大人”の約束を、あなたの言葉で紙に書きましょう。

それを、いつか瑛一くんに届ける日まで。」


面会終了のブザーが鳴る。三人は立ち上がり、深く礼をした。

由香は胸に手紙を当て、うなずいた。


由香「……待ってます。――また、来てください。」


廊下に出ると、春めいた光が差しこんでいる。

美鈴は小さく息を整え、手帳に一行書き込んだ。


「**罪は裁かれる。人は見捨てない。**練習は続く。」


優馬がうなずく。


優馬「次の宿題、コピー多めに。俺もやるけん。」


ふたりは歩き出す。

扉の向こうで、折れかけていたロープが、たしかに結び直されはじめた。





博多南小・職員室 ― 手紙の受け渡し


午後の校庭は、1年生たちの「ただいまー!」でにぎやか。

光子・優子・美香の3人は来客票に名前を書き、職員室へ案内された。


教頭「一年一組の担任、**坂井早苗さかい さなえ**です。」

(小柄で朗らか。子ども目線にしゃがむのが癖の、頼れる先生)


美香「本日は、瑛一くん宛の手紙をお預けに来ました。お父さまの承諾はいただいています。

読むときは、無理のないよう、先生のご判断でサポートをお願いします。」


坂井先生「承知しました。ありがとうございます。読み方は二択で考えます。

1.私が隣で付き添って本人が読む 2) 私が代読してから便箋を渡す。

その日の様子を見て、どちらかにしますね。」


優子「読み終わったあとに“好きな場所に行く”とか“深呼吸カード”のルールも使ってください。

(※小さなカードに“10秒すーはー”のイラスト)」


光子「それから、“こわくしない言葉リスト”も。

気持ちが揺れたら、先生からこの言葉を渡してください。」

•だいじょうぶ。いま、ここにいるよ。

•いっしょに読もう。やめてもいいよ。

•えらいね。選べたね。

•きょうはここまでで十分だよ。


坂井先生は、書類ばさみと封筒を丁寧に受け取り、深くうなずく。


坂井先生「ありがとうございます。…実は、彼この頃“ピース”を練習してるんです。

まだ指が固くてうまくいかないけど、“できた!”って顔がもう、たまらなくて。」


美香(微笑む)「きっと、その“できた”が、手紙の向こうにも届きます。」



放課後・空き教室


日直の子が黒板を消し終えるころ、坂井先生は瑛一に声をかけた。


坂井先生「えいいちくん、ここなら静かにお話しできるよ。

手紙、読んでみる? 先生が読んでから渡すこともできるよ。えらんでね。」


瑛一は少し考え、うなずく。

「せんせい、よんで。」


先生がゆっくりと一行ずつ読む。


『えいいちへ

ごめんなさい。こわくしてごめんね。

いま、まなんでいます。

わたしも、わらえるようになりたい。

ままより』


沈黙。窓の外から、サッカーボールの音。

瑛一はポケットから折り目のついた**“深呼吸カード”**を取り出し、

先生といっしょに「10秒すーはー」をする。


坂井先生「いまの気持ち、ことばにしなくてもいいよ。

ここ(絵カード)から、ちかいのを指さすだけでも大丈夫。」


瑛一は**“こわかった/でも すこし うれしい”のイラストを指でとんとん。

それから、ぎこちない指でピース**。

まだ完璧じゃない、でも——まっすぐなピース。


坂井先生「…すごいね。えらんで、できたね。」


瑛一「…せんせい。おへんじ、かいて、もらえる?」


坂井先生「もちろん。一緒に書こう。ことば、むずかしかったら絵でもいいよ。」


机の上に、“お返事セット”(太ペン/色鉛筆/シール)。

瑛一は時間をかけて、まっすぐ書いた。


『ままへ

こわいのは いやだよ。

でも ぼく いま わらえるよ。

ままも わらって。

えいいち』


封筒を閉じる前、瑛一はもう一度ピースを作る。

今度は、さっきより少しだけ形が良い。


坂井先生「このお手紙、先生が責任をもって預かるね。

“こわくしないおとな”の約束、先生もいっしょに守るから。」


瑛一は、こくりとうなずいた。



職員室前・引き継ぎ


坂井先生は封筒を学校の支援記録ファイルに仮保存し、

父親へ連絡のうえ、児童相談・弁護人・園(美鈴)・小倉家チームへの連絡フローに沿って共有する手はずを整える。


ちょうどそのとき、玄関から光子・優子・美香の3人が戻ってきた。


坂井先生「お返事、書けました。今日は“選べた”日でした。」


美香「…ありがとう、先生。」


優子「“できた”を、ひとつずつ増やしていけるね。」


光子「この封筒、責任もってお届けします。次は“また書く”の約束をつなぎます。」


3人は深々と頭を下げ、春の風のなかへ。

校門の外で、そっとピース。

今日のピースは、少しだけ、形がよかった。







提案文(先生・校長先生宛)


博多南小学校

一年一組担任 坂井早苗先生

(教頭先生・校長先生 各位)


件名:一年生向け「笑いと安心の特別授業」実施のご相談


拝啓 いつも子どもたちのご指導ありがとうございます。

ファイブピーチ★の青柳光子・柳川優子、赤嶺美香と申します。

このたび、**「笑うことの大切さ」「こわくしない言葉」「安心して助けを呼べる力」**を育む、45分の特別授業を無償で実施させていただけないかご相談申し上げます。


目的

•子どもたちが笑顔で過ごすコツを体験で学ぶ

•いざという時に使える**“こわくしない言葉”と“助けを呼ぶ合図”**を身につける

•クラス全体で安心のルールを共有し、日常のコミュニケーションをより温かくする


ねらい(学習到達目標)

1.自分や友だちの気持ちを言葉・しぐさで表せる

2.からだと心がラクになる呼吸・手拍子リズムを実践できる

3.「こわい時は言っていい」「助けてと言っていい」をクラス合言葉にできる


所要時間・体制

•45分(体育館 or 多目的室/教室でも可)

•講師:小倉光子・小倉優子・美香(引率2名同行)

•学級担任および養護教諭の先生に同席をお願いしたく存じます


児童配慮

•大きな音や過度な刺激は避けます

•途中退出OK・クールダウン席を設置

•写真・動画は事前同意制(学校管理の端末のみ/SNS投稿なし)


ご検討のうえ、可能であれば候補日をお知らせください。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

敬具



45分・特別授業プラン(一年生向け)


タイトル


「わらって・すーはー・あんしん!—笑顔の授業—」


流れ(45分)


0)導入 5分

•あいさつ&ポーズ:「今日の元気は、指2本のピースで見せてね」

•お約束3つ:①無理しない②言いたくない時はパス③友だちを大事に


1)からだをゆるめる 8分

•「にこにこ体操」…眉→目→ほっぺ→口角を“ギュッ→フワッ”

•「すーはー呼吸」…10秒カード配布(5秒吸う/5秒出す×3回)


2)笑いの実験 8分

•「笑いのタネさがし」…先生・講師が小さな勘違いコント(安全な言葉)

•子ども発表:「きょうの“ちっちゃいおもしろ”1つ」※指名しない/挙手のみ


3)“こわくしない言葉”ワーク 10分

•絵カードで気持ちを選ぶ(うれしい・もやもや・ドキドキ・しょんぼり)

•合言葉づくり:

•だいじょうぶ。いま、ここにいるよ。

•いっしょにやろう/やめてもいいよ。

•たすけてね、って言っていい。

•クラス合言葉を黒板に清書 → 声に出して唱和


4)手拍子リズム&歌 10分

•手拍子「右・右・左・パンパン・パン・パン」で安心のビート

•ミニ歌『胸にあかる』のサビだけ合唱(歌えない子は手拍子でOK)

♪ 胸に灯る やさしいひかり

きょうのチェックが あしたの拍手


5)しめ 4分

•今日の“できた”を1つ指で示す(小:指1本/中:2本/大:3本)

•合図:「こまった時は“先生、すーはー”と言っていい」

•ハイタッチ代わりに離れた場所でピースで解散


準備物(こちらで持参)

•10秒呼吸カード/気持ち絵カード(ラミネート)

•「こわくしない言葉」ミニポスター(教室掲示用)

•手拍子キューカード/ミニ歌詞カード


安全配慮

•音量控えめ・過激な笑い表現はしない

•緊張する児童向けのクールダウン席(本・塗り絵設置)

•養護教諭の先生と事前に体調留意児の情報共有


事後フォロー(先生用)

•ミニポスターを常設:「こまったら“すーはー”/“先生に言っていい”」

•朝の会で1分「にこにこ体操」

•週1回「ちいさな“できた”発表」タイム



配布プリント(保護者宛・下書き)


件名:特別授業「笑いと安心の授業」実施のお知らせ


1年生のみなさんに、笑顔で過ごすコツと困ったときの合言葉を体験で学ぶ授業を行います。大きな音は出しません。途中退出OKの配慮をします。

※写真・動画は学校管理のみ、SNS等への投稿は行いません。

配慮が必要なお子さまは連絡帳でお知らせください。




博多南小・一年生特別授業


――「笑って、すーはー、ピース!」

春の陽射しが、教室のカーテンの薄い縁を透かしていた。四時間目が終わり、五時間目。チャイムと同時に廊下に笑い声があふれ、体育館へ向かう列が蛇行しながらのびていく。

一年一組の先頭で、担任の坂井早苗は子どもたちの歩幅に合わせて少しだけ膝を緩め、「あわてない、あわてない」と指で小さな円を描いた。

体育館の扉を開けると、奥のステージ脇に三つのマイク。ピアノの椅子に譜面、横には見慣れない色とりどりのカード束。

そして、にこっと手を振る三人――青柳光子、柳川優子、赤嶺美香。


「こんにちはー!」

体育館に反響する声。子どもたちの背筋が、たのしい緊張でぴんと伸びた。



第一幕:光子の“落語” ――もし、西鉄電車と鹿児島本線がラブラブだったら


「えー、みなさん。いまから“おしゃべりあそび”をします。博多には電車がいっぱい走ってますが……もしものお話、聞いてくれる?」


光子はステージ先端で、扇子代わりの車掌笛をくるりと回し、スッと膝を落として座布団の“まね”。

体育館の床に描かれたバドミントンのラインが座布団の縁に見えて、子どもたちの口元が早くも緩む。


「博多のまちを走る西鉄電車さんと、どこまでも続くJR鹿児島本線さん。

ふたり(?)はですねぇ、じつは……ラブラブなんです」


「らぶらぶー?」と一列目の男の子。

光子は目尻を下げ、両手をレールの形にして、左右に滑らせる。


「西鉄さんが言いました――『あなた、今日も線路ツヤツヤねぇ♡』

するとJRさん――『いやぁ、君のホームの照明がまぶしいよ♡』」


笑いの波。坂井先生が思わず口元を手で押さえる。


「でね、博多駅でデートするんです。“ちょっと乗り入れてもいい?”

――『それはダメ。大人の約束は、連絡通路で手をつなぐまで!』」


「連絡通路で手をつなぐ〜!」

笑いながら、何人かが無意識に友達の袖をつまむ。


光子は表情を変え、今度はキリッとした車掌の声で。

「『間もなく〜、お乗換えです。こころからこころへ、連絡通路をご利用ください』」


「こころからこころ!」

言葉がうつるように、子どもたちが口にする。


「すべての線路はね、まっすぐ行きたいところへ行けるわけじゃない。カーブもある、坂もある。

でも――**つながってる。**駅で降りて、連絡して、また乗れば、ちゃんと進める。

人の気持ちもおんなじ。迷子になったら、ホームの人(=先生やおうちの人)に聞けばいい。

『すみません、どこで乗り換えたら、笑顔に行けますか?』って」


「笑顔駅!」と誰かが叫ぶ。

「終点、えがお駅〜!」別の列が続いた。

笑いと拍手。光子は深く一礼する。


体育館の空気が、いきなり“あたたかいおはなしの温度”になった。



第二幕:優子のコント ――グローブとバットとボールのケンカ


「お次はわたし。スポーツの道具たちのお話やけど……ちょっとケンカしちゃった」


優子は三本の色カードを掲げる。茶色=グローブ、黒=バット、白=ボール。

カードを口元に持ち、声色を切り替える。


低音で渋く:「グローブ:オレがいちばん。ボールを受け止めるのはオレの役目や!」

甲高く軽やかに:「ボール:ちょっと! わたしがいないと何も始まらんでしょ!」

どや顔の中音:「バット:ホームラン見せたろか。人気者はワイやで!」


「けんか〜!」

ざわっと笑いが走る。


優子は目を細めて、つづける。

「三人は言いあいっこ。そこで審判(=先生のこと!)が登場して言いました。

『君たち、**試合たたかい**の前に大事なのは、**試合ためしあい**だよ』」


子どもたちが「?」という顔をした瞬間、優子は手を叩く。

「ためしあい=ためす・あい。**相手のことをためして、わかろうとする“愛”**ね」


おおー、と先生方の列から小さな拍手。

優子はカードを胸の前で重ねる。


「グローブは言いました。『受け止めてみる、あなたの気持ち』

バットは言いました。『言葉を振り回さない』

ボールは言いました。『もう、ぶつかって転がらないようにゆっくり話す』」


優子は子どもたちを見渡し、声を落とす。

「けんかはね、“ありがと”という魔法の言葉で、たたかいからためしあいに変わる」


一列目の女の子が思い切って手をあげる。

「ありがとうの魔法、きのうママとやった! そしたらハグになった!」


体育館がわっと明るくなる。

優子は真っ先に拍手を送った。「すごいね。ありがと、教えてくれて」



第三幕:美香の“こどもネタ” ――日常の小さな爆笑


「次、わたしは“おうちの笑い話”。朝のねぐせって、すごくない?」


美香は後頭部をぐしゃぐしゃに撫で、「富士山ヘア!」と両手で山の形。

「春介が鏡見て、『ママ、きょうの月曜日、きのうのまんま寝ぐせ!』って」

体育館に笑いの波。

「どう発表してもOK。笑ったあとにひとこと、**“がんばったわたし、えらい”**って言うんよ」


「えらい〜!」というコールが起き、何人かが照れながら親指を立てる。

「もうひとつ。春海がね、ピースの練習してて、指がパーになったと。

でも先生が言った――『今日のピースは、ちょっと大きいピースだね』って。

できないときは言いかえしてみる。“ちょっと大きいピース”。それだけで未来の練習になる」


最前列に座る瑛一が、指をぎゅっとしぼって、ちょっと大きいピースを作る。

坂井先生はうなずき、そっと親指を立てた。



第四幕:体操「にこにこ・すーはー・ピース」


ピアノの前に光子が座る。軽快な4つ打ち、優子の手拍子が重なる。

「では、にこにこ体操いくよー!」


1)顔ほぐし:眉・目・ほっぺ・口角を「ギュ→フワ」

2)肩ゆらし:左右にゆーらゆら

3)呼吸:カードを胸に当て、「すー(5秒)/はー(5秒)」を三回

4)手拍子ビート:「右・右・左・パンパン・パン・パン

5)ピース:胸の前でちょっと大きいピース→顔の横でふつうのピース


体育館の空気が、呼吸と手拍子に揃いはじめる。

「音に合わせて言葉も行くよ!」


みんなでコール

だいじょうぶ!

ここにいるよ!

たすけてって言っていい!

すーはー、ピース!


笑いながらやる「すーはー」は、どこかくすぐったい。

でも、終わったあとの体育館は、不思議なくらい静かであったかい。



第五幕:覚えておいてほしいこと――“こわくしない言葉”と“合図”


音を落とし、三人はステージ前に横一列に並ぶ。

光子が一歩出て、目線を子どもと同じ高さに落とす。


「みんなに大事なことを三つだけ、覚えて帰ってほしい」


一、「こまったら“たすけて”と言っていい」

――言えるのは、がんばりの証拠。弱さじゃない。


二、「こわくしない言葉を選ぶ」

――“大丈夫”“いま、ここにいるよ”“一緒にやろう”“やめてもいいよ”。

言葉は道具。優しく使えば、笑顔駅へ早く着く。


三、「合図:すーはー・ピース」

――呼吸が整えば、こころの列車が走り出す。

迷ったら、**駅員さん(先生や大人)**にきこう。


優子が手を挙げた。

「けんかになりそうなときは、今日の言葉を思い出して。**『ためしあい』**に変えてね」


美香は最後に、背中をそっと押す声で。

「できたを持って帰ろう。ちいさくていい。

“すーはーできた”“ピースできた”“笑った”。

おうちに帰ったら、それを自分で自分に言ってあげて。『えらいね、わたし』」


体育館に、深い静けさが降りた。

坂井先生が子どもたちを見渡し、「今日のできたを指で見せてね」と声をかける。

一本指、二本指、三本指。照れながらも、手が上がる。


そのとき、最後列の瑛一が、**“ちょっと大きいピース”**を胸の前で作った。

坂井先生は頷き、胸の前で同じピースを作る。

三人も、同じ高さでピースを重ねた。



余韻:放課後の空き教室


授業が終わると、子どもたちは口々に「すーはー!」と言いながら靴箱へまっしぐら。

体育館が静かになると、三人は備品を片づけ、職員室に戻る前に空き教室で呼吸を整えた。


「今日の“乗り換え案内”、響いたね」

光子の言葉に、優子が笑う。「“笑顔駅”が一番人気やった」

美香は腕を組み、窓の向こうの校庭を見た。「ためしあい、あれは先生方にも届いた」


ドアがコツコツと鳴り、坂井先生が顔を出す。

「さっきの“合図”、子どもたち、下校の列でもやってました」

「“すーはー・ピース”?」

「ええ、列が崩れそうになったら、自然に。わたしも、助けられました」


三人は顔を見合わせ、同じタイミングで笑った。



エピローグ:連絡通路の上で


校門前。春の風が、ランドセルのふたを軽く持ち上げる。

瑛一は、振り返って小さく手を振った。

ちょっと大きいピースが、今度はふつうのピースに近づいている。


光子は胸の中で、朝の落語をそっと言い換える。

――「こころから こころへ。連絡通路をご利用ください」


連絡通路は、たしかに架かった。

笑いと呼吸と小さな言葉で、今日もまた一本。

そして子どもたちの“こころの列車”は、笑顔駅に向かって、静かに動きはじめた。








――そして、去ったあとに気づく奇跡


放課後の校舎に、子どもたちの笑い声がまだ残っていた。

体育館のステージの上、三人はマイクを片づけながら、

互いに小さく頷き合う。


光子「……いい顔、してたね、みんな。」

優子「うん。“できた”の星、どれもキラキラやった。」

美香「瑛一くんの“ちょっと大きいピース”……あれ、忘れられん。」


窓の外では、低い陽が斜めに射し込む。

三人は子どもたちに手を振りながら、

「またね」「がんばったね」とひとりひとりの目を見て別れた。


坂井先生が出口まで見送りながら、

「今日は、本当にありがとうございました」と頭を下げる。

光子は静かに笑って答えた。

「こちらこそ、子どもたちから元気をもらいました。」


そして――

三人は、何も名乗らずに、

ただ“先生チーム”として校門をあとにした。



教室に残った星のボード


しばらくして、放課後の教室。

一組の子たちが黒板の前に集まっていた。

「“できた”のボード、今日ぜんぶ星ついたね」

「またあの先生たち来てくれたらいいな」


そのとき、一番後ろの席の女の子が、

机の上に置かれたプリントをじっと見ていた。


そこには、“笑って すーはー 未来へ”というタイトルの歌詞。

下に小さく書かれた作詞・作曲の名前を指でなぞる。


作詞・作曲:ファイブピーチ★


「……ねぇ、これ、見て。」

「ファイブピーチ★って、テレビの人じゃない?」

「え? ほんと?」


ざわざわ、と声が広がる。

そして、前の方の子が言った。


「光子先生、優子先生って言ってたけど……もしかして、M&Yの二人じゃない?」


一瞬、教室の空気が止まった。

次の瞬間、

「うそ!」「え、まじで?」「あのM-1の!」

歓声と笑いが一気に弾ける。



先生たちの反応


坂井先生が、そっと頬を押さえた。

「……やっぱり、そうだったのね。」

隣のクラスの担任も首を傾げて言う。

「でも最後まで、名乗らなかったわね。

子どもたちが笑顔でいられることを、いちばんに考えてた。」


保健室の先生がぽつりと呟く。

「M-1史上最年少優勝者……でも、あの人たちのいちばんの優勝は、

“子どもたちの笑顔”なんだね。」



瑛一のひとこと


教室の隅。

瑛一は窓の外を見ながら、

小さな声で呟いた。


「ママにも……“笑ってピース”って言ってあげよう。」


坂井先生はその背中を見つめ、

静かに目を閉じる。



夕焼けの帰り道


校門を出た先の坂道を、三人が歩いていた。

街の空気は少し冷たく、

どこからかチャイムの音が響く。


優子が笑いながら言った。

「気づいたかな、子どもたち。」

光子はふっと肩をすくめる。

「どうかな。でも、気づかんままでもいいかもね。」

美香が頷く。

「名前より、笑顔を覚えてくれれば、それで充分。」


三人の足音が、だんだん遠ざかっていく。

陽の光が校舎の窓を照らし、

中で反射した星シールの輝きが、

まるで金色のトロフィーのように見えた。



エピローグ ―― “本当の優勝”


翌朝、学校の掲示板には子どもたちの寄せ書きが貼られていた。


「また来てね、笑顔先生!」

「笑顔駅で待っとるけん!」

「M&Y先生、ありがとう!」


坂井先生は小さく笑って、ボードに書き加えた。


今日も、こわくしない言葉を。

そして、笑って、すーはー、ピース!


外では、登校してくる子どもたちが、

すれ違いざまに小さく合図を送りあう。


「すー……はー……」

「ピース!」


その声は、春の空へとまっすぐに昇っていった。





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