いらない子のようなので、出ていきます。さようなら♪ その6
「もう、いい加減諦めなさいよ。ステアー様が好きなのは、私なんだから!」
「そんなこと、ある訳ないでしょ! 可愛いわたしの方がお似合いだもん♪」
「止めなさいよ、下らない。あの方のことは腹心のワタクシに任せてよ」
彼女達が心を寄せているのは、アンディの一番弟子ステアーのことだ。
そのステアーの傍には、アンディからから託された弟妹弟子がかなり多くいる。
基本的に
アンディは面倒見が良くない。
ある程度教えれば放置となり、しわ寄せがステアーに行く。ある意味保父さん的な存在の彼だ。
彼女達はその内の一部で、大人っぽいことを言っているが、まだ9歳、10歳、11歳と幼子である。
◇◇◇
彼がアンディの元で魔法を学び始めたのが12歳の時。アズメロウ達が子爵領に戻って来た時からだ。
元より魔力量は多かった彼だが、この地に魔法使いはおらず、当然のことだが教える者もいなかった。
リュミアンやアズメロウに魔力がないように、子爵当主のジョニーも魔力はほぼないに等しい。
国の端っこにある子爵領は自然に溢れているが、逆を返すと隣国に近い位置にあり、隣国とこの地の間には大きな森林地帯で遮られている。
殆ど辺境の地と言っても良いこの場所は、王都と真逆
の楕円の両端に位置する。
辺境伯領と子爵領は大きな湖で遮られており、隣地とは言えかなり離れていた。
元は辺境伯領の統治していた地が、王命で分かれたのが今の子爵領なのだ。
◇◇◇
話は35年前に遡る。
子爵領の森林地帯を挟んだ隣国は、ラキリウム共和国(旧ラキリウム王国)。子爵達が住む君主制のバラナーゼフ王国とは違い、選挙により市民に選ばれた者が代表となり、国を統治をしている。
それでも共和国になる前は、長く君主制が続いていたが、暴君を倒した者達が国を治めるようになったのだ。
それまでは他国に侵攻し領地を奪う政策だった隣国は、多くの子供達を徴兵され亡くした親達の反発を受けることになった。
そうまでしても潤うのは、国王とその取り巻きの貴族だけだったからだ。
ジョニーはその旧ラキリウム国との衝突(戦闘)時、辺境伯と共に武勲をあげ、隣国に隣接している地(辺境伯領の離れた土地と森林地帯)を与えられた。
子爵になったのもその時だ。
元々彼は男爵家の次男であり、大出世のように見えるがそれは違う。戦後の火種の残る場所を、押し付けられたようなものである。
子爵の位を与えられ、彼はジョニー・レラップ子爵となった。
そして彼の側近で男爵の位を与えられたのが、ジョニーの親友のメルクラス・グレナダム男爵である。
辺境伯領と離れたこの場所は住民も少なく、辺境伯領地と比べて寂れた場所だった。
かと言っても、辺境伯領が栄えている訳でもないので、何もない場所と思って貰った方が早いだろう。
元は辺境伯領に住んでいた彼らは、隣国の戦況や森林地帯の猛獣や魔獣の脅威と向き合い、荒れ地を開墾し子爵領を開拓していったのだ。
隣国の政治も少しずつ落ち着いたが、まだ混乱は続いている地区があると言う。
子爵領も作物が安定して収穫物を確保するのに、何年も時間を要していた。
時々、隣国から来る軍人崩れのならず者が領地を襲うことがあったが、そんな輩に負けるジョニー達ではない。
剣を交えると格の違いを悟り、殆どの者が逃げていった。
だが、そんなある日。
子爵領と辺境伯領に流れる大きな水路を渡って、隣国の貿易船と思われるものが、通り過ぎようとしていた。
隣国のラキリウム共和国とは協定を結んでおり、港で荷を確認して危険物がなければ、王都まで続く水路を通れることになっている。
今日も荷の確認をする為、子爵領と伯爵領の合同チームで船内を歩いて行くと、積み荷の方から大きな声が響いた。
「聞いてくれ! こいつらは子供を売ろうとしている。
先の内乱で多くの大人が死に、子供は悪い奴らに騙されたり拐われて、他国に売られている。
今の政府は民は平等と語り奴隷制度は撤廃された為、悪党達は他国に人を売りに出しているのだ。
どうかこいつらを捕まえて、故国に送り返してくれ。
そうじゃなければ、まだまだ政府が混乱している中で被害が増えるばかりなのだ。
頼む、助けてくれ!」
「チッ、またあのガキが。まだ殴られ足りねえのか!?」
子供にしてはしっかりした口調。そして説得力のあるその言葉に、ジョニーや辺境伯は目を見張った。
「なあ、ダグラス。こやつら、闇商人じゃな。この通行証も正規の物と違う気がする」
「おうよ、ジョニー。こいつらは悪党だよな。じゃあ、俺達で捕まえないとな!」
悪い顔で不敵に笑うのは、ジョニーと辺境伯のダグラスだった。
今日の積み荷の点検者は、辺境最強の筋肉コンビだった。
警戒を告げる笛をダグラスが瞬時に吹くと、周囲に点在している味方が集まって来る。みんなこの辺境に暮らす猛者達だ。
悪党もしゃらくさえとばかりに、勢いよく船から降りて攻撃してくた。
危険な仕事だと分かっていて雇われた者は、戦い馴れている。
それにかなりの人数が乗り込んでいたようで、総勢30名は下らなかった。
それなりに戦いなれしており、若い騎士と互角の者もいるようだ。
きっと船を調査する人員の少ない子爵領と辺境伯領くらいなら、もし戦闘になっても余裕で通り抜けられると思ったのだろう。
でもそれは盛大な誤算だった。
全盛期のジョニー、メルクラス、メルクラスの子供である長男アダマント、次男ギガンスは卓越した筋力を持つ鬼神と呼ばれていた。
それに加え辺境伯領の破壊神、ダグラス・アミネラル辺境伯と赤(血濡れ)の将軍、グリーン・キルペネイス子爵が加われば、人間など赤子の手を捻るようなものだった。
余裕顔だった悪党達は、見る間に数を減らし、次々に命を消していく。辺境から悪党を王都に運ぶのは大変なので、辺境伯に裁きの全権がゆだねられている。必ず生かしておく必要はないのだ。
襲ってきた者に指示を出し隠れていた、商人カルダンも身柄を拘束され、辺境伯らの前に引き倒された。
ジョニーは彼を拘束し、何か言いたいことがあるか問うた。
「な、なあ、金をやるから、見逃してくれ。売り物の子供らは親もなく、物乞いくらいしかできない無能だ。俺が飼い主に渡せば、生きていけるんだからよ。ヘヘヘッ」
もう既に彼の仲間は死に、彼の命も風前の灯火であるのに、裕福でないこの地なら賄賂で乗り切れると思ったのだろうか?
それならまだ、命乞いをした方がマシだったろうに。
壮絶な環境に生きる辺境は、裕福ではない。
子爵領もそうだが、辺境伯の扱いも国王が次代に変わってからずいぶんと軽くなった。
この国境を守る者がいなければ、すぐに王都は占拠されてしまうと言うのに。
けれどそれでも国王に従うのは、先代国王が名君で世話になったからだ。仮にも一応、彼の子供だから、何とか支えているだけなのだ。
常に危険に身を置く彼らの心は、金で支配されたりしない。
彼らが大事にしていること。
それは自分の鍛えた肉体で、愛する者を守るという誇りだ。
汚れた金で買収などされる訳がない。
そんな訳で商人を拘束したジョニー達は、猛獣のいる森林に剣を持たせて、彼を解放した。
「ここから生き残れたなら、お前を見逃そう。だが積み荷は違反なので、国に戻すことにする」
そんな彼らを見て、「甘いな」と商人は吐き捨てた。彼も剣術の心得があるのだろう。
そんな商人にジョニーは告げる。
「何を言うかと思えば。俺なんかより、森の魔獣の方が遥かに強いぞ。そいつらは隙がないからな」
半信半疑の顔をした商人は、森林の中心部で解放された。軽快に走っていく彼だが、危険な場所で生き残れるかは分からない。
観念して捕縛された方が、マシな気がした。
ジョニーの見立てでは、致死率は100%である。
後日思った通り、商人の亡骸を回収した。
◇◇◇
積み荷の声の主は、前政権の王子ダクトルだった。
「ここにいる者達は騙されて、ここに来た。
混乱で手が回らない政府は、末端の市井にまで手が届かない。
我が国では善人に紛れ、悪党の経営する孤児院や保護施設が乱立している。
ここにいる子供達も孤児院の院長達に、暖かい場所で暮らせると言われて、船に乗せられた。
だが裏では、売られる契約をされていたらしい」
「騙した奴を知っているのか?」
少し躊躇うように「私の推測もはいるが」と言って、ダクトルはジョニーを見た。
辺境伯であるダグラスに指示を仰ごうとするジョニーは、「俺の顔では怯えるから、任せる」と彼に言われ、それに応じた。
「商人のカンダルが大金をちらつかせて、元軍人達に呼びかけたのだ。
『バラナーゼフ国の辺境地なら、簡単に奪えるのではないか。その地は他国と違い、発展も遅く人口も増えない寒冷(冬に雪が降る)地帯。
ラキリウム王国の元軍人の貴方方ならば、そこに住む者を倒して土地を奪えるのではないか。
もしすぐに奪えなくても、子供達を売って軍資金を作り、隙を狙ってはどうか』とも。
その話に先の見えない元軍人達は応じた。
彼は元軍人達に金を渡して、子供が逃げないように監視し、カルダンの愛人に子供達の世話もさせていた。
きっと土地を奪えなければ船ごと逃げて、違う国で子供達を売り捌き、また国に戻すように言ったはずだ。
そんな汚れ仕事を彼らにさせ、責任も取らせるつもりだったと思う。
前金は元軍人達の家族に渡り、彼らは出稼ぎに行くと話して来たそうだ。船に乗る仕事だから、転覆したら死ぬ可能性もあると言って。
半年で帰らねば、葬式を出して欲しいと。
彼らはきっと覚悟していた。たぶん彼らの家族も。
そうしないと生きていけなかった。
荒れ果てた国で全員が幸福になるのは、まだ遠い未来なのだ。
新政府から排除された元軍人達は、迷った上でこの賭けに乗った。仕事も居場所もなくした彼らは、それでも再起を図ろうとしたんだと思う。
たとえ悪に荷担しても。
でも……今考えると、反乱分子となる我らを追い出したい新政府の策略だったのかもしれない。
前政府の政治犯と呼ばれる者は多く、その全員を死刑や罰に処すれば、また反発に繋がると考えた新政府は、我らの多くに責任を問わなかった。野放しに近い。
その彼らにこの辺境の地を攻めさせ、戦いに勝ち領土を奪えば新政府に取り入れ、負ければ政府に反発する敵対分子だとして、責任逃れをしたはずだ」
「そうか……そんなことが起きていたのか。だがお主はどうしてここにいるのだ? それに元王子がそこまで分かっていたのなら、元軍人達は考え直さなかったのか?」
「貴方も先程の罵声を聞いたと思うが、今の私は彼らにとってただのガキだ。何を訴えても暴力を振るわれ聞いて貰えなかった。
けれどそれも仕方ないことなのだ。政争に負けた王子など、腹立たしいだけだものな」
「そうか……」
戦った者達が元軍人だったと知り、深い息を吐いたジョニー達は、立場をなくしさ迷っていた者の気持ちを考えもどかしく思った。
けれど未だに他国を攻めることを考えていたことや、子供達を犠牲にしようとしたことに嫌悪を覚えた。
(一から生き直すことも出来たのに、楽な方に逃げて略奪に回ろうとするとは! 戦禍で苦しんだ記憶も新しいのに、それを他国に繰り返そうとした愚か者が)
聞けば貴族の元軍人達ばかりではないか。平民の元軍人達は違う道を歩いていたようなのに。下手な矜持で身を堕としおって、馬鹿者共が!
貴族の矜持……分からない訳ではない。
けれど戦犯とされず、一度は見逃された命を粗末にしたことに悔しさを覚えたのだ。そして潤む自分の瞳に『今はそんな状況ではない』と、力を入れた。
そしてダクトルは、話しを続ける。
「本当に私は、何もできなかった。父母や兄は私を生かしてくれるように嘆願し、私を残し死んでいった。
生き残った私は罪に問われることもなく、孤児院の手伝いをして、日々を暮らしていたのだ。
けれどその孤児院の動きが怪しいのでこっそり船に乗り込み、人身売買のことを初めて知った有り様だ」
悲しげな様子のダクトルは、よく見るととても幼く見えた。
「年は幾つだ?」
「私は11歳だ」
ジョニーとグレナダムは、顔を見合わせた。
政権が変わった時は彼はまだ7歳くらいで、何が出来たと言うのだろう。
今日まで生きるだけでも、精一杯だった筈なのに。
ジョニーはその後メルクラスと話をして、それからダクトルを見据えた。
「じゃあ、まあ。あんたはここで、元王子として責任を取って、子供達に世話をしろ。
メルクラスのとこは次男も養子だし、彼の奥方は子供が好きだから丁度良い。
今日からあんたはメルクラス・グレナダムの三男、ダクトル・グレナダムだ。
貴族令息として、子供達の力になってやれ」
「え、そんな。他国の元王族が養子になれば、迷惑をおかけします」
「良いんだよ、ダクトル。そんなの内緒にしとくから。
俺の妻エナメールは長男を生んでから、子が出来なくなった。お前のように可愛くて賢い子が息子になれば、喜ぶから大丈夫だ。ハハハッ」
「でも……」
「ダクトルよ。そんなこと気にしている暇はないぞ、ここは辺境だ。戦う力がなければ、どの道生き残れない。
そして戦う力があれば、猛獣を倒して食料が確保できる。
子らを養う気概があるなら、まずは強くなれ。
ウジウジする暇などないはずじゃ」
「くっ、はい。よろしくお願いします!」
その日、ダクトルはメルクラスの養子となった。
他の兄弟より15下の末子となる。
義母や兄弟、メルクラスから大切に、しかし戦闘技術は厳しく鍛えられ育つことになる。
◇◇◇
その後。
船の一室に押し込められていた20名の子供達は、ダクトルの顔を見て安心して顔を出した。
「みんな気分は悪くないか? 今日からこの土地に住むことになった。
年中暖かい場所ではないし、魔獣も出る場所だ。
けれど肉はたくさん食べられるし、暴力を振るう大人もいないから、頑張って生きていこうな」
子供達は顔を見合わせて、いろいろお喋りしている。
その中でも比較的年齢が高い、10歳の女の子クルルが質問した。
「私達は売られたの? 軍人達がそう言っているのが聞こえて、ずっと怖かったの?」
ダクトルは違うと言って、首を横に振った。
「あの軍人達はそのつもりだったが、今は違う。あいつらはこの土地を占領しようとして、戦いに敗れそして死んだ。
私達はこの地に保護されて、生きていくことになる。
売られることはないから、安心しなさい」
「本当かよ、ダクトル様。親がいない俺達が安心なんてさ」
不安そうに聞くのはガキ大将のラウンデン。
彼は力が強く、弱い者を守る正義感だ。喧嘩するのも人の為だった。
「勿論今まで通り、自分のことは自分ですることになるし、これからは勉強もしなさいと言われるだろう。
けれどそれは自立して生きていく為だから、頑張って欲しい」
「勉強? 僕達みんな、孤児なのに? 勉強なんて恵まれた人の特権なんでしょ?」
5歳になるチビのルンデラが、不思議そうだ。
「ああ、勉強もする。ジョニー様が教えてくれるそうだ。サボらず頑張るようにな」
「「「「すごいね。嘘みたい!!!」」」」
ダクトルが思うよりあっさりと受け入れられた。
きっと酷い場所に売られて、みんな離ればなれになると、なんとなく感じていたのだろう。
「お世話になる地は子爵様の住む、レラップ子爵領だ。みんな挨拶をするよ」
「「「「はい。子爵様、よろしくお願いします」」」」
その元気な声にジョニーは笑顔で応じた。
「ここは田舎で娯楽も少ないが、みんな良い奴ばかりだ。
数年の間、実りの少なかった土地も改良できて、今は芋だけは唸るほどできる。
食い物だけは困らんから、みんな元気で頑張るようにな」
そんな優しげなジョニーに、子供達は気を許した。何より頼りにしているダクトルが信じる人だから、余計にそうだったのかもしれない。
◇◇◇
孤児院が完成するまで子供達は、ジョニーの住む子爵邸で過ごすことになった。
辺境伯のダグラスは、大群の魔獣に攻めても耐えられるように、子爵邸を要塞のように大きく頑丈に建ててくれたので、エントランスは100人が寝泊まりできるほど広い。
有事には、領民がここに集まれるように、避難場所も兼ねて建ててくれたのだ。勿論支払いは、分割払いである。
今の辺境伯領は国からの魔獣討伐用の支給金が大幅に減らされており、贈与するほどの余裕がなかった。けれど共に戦う者の安全を図る為には、必要な建物だったのだ。
孤児達は夜はみんなで布団を敷いて横になり、日中は畑仕事を手伝った。
そこにはメルクラスの養子になった、ダクトルもいた。
子供達が馴れるまでは、共にいたいとダクトルが望んだからである。
不安から解き放たれた子供達も、始めは緊張した表情だったが、次第に笑顔に変わっていった。
そこにはカルダンの愛人であった、モモと言う20代くらいの女もいて、子供達と行動していた。
ある夜。
ジョニーが独りで仮眠する部屋に、モモが現れた。
物音一つ立てない忍び足で、右手には切れ味鋭いナイフを持って。
「ほほぉ、夜這いなんて初めてじゃ。これは応じるべきかの?」
「くっ、起きていたのか? だが、もう止められない! 死ねっ!!」
カキーンッと、ナイフがはね飛ばされた。
モモはそれでもジョニーに向かっていく。
「何故、カルダン様をあの森に! せめて潔く殺してくれれば良いものを!」
素手でジョニーを殴るモモだが、ジョニーには全く効かない。抵抗もしない彼は、そのまま手を出さず身を任せていた。
何度も何度も胸に拳を泣きながら当てるモモは、酷く哀れに見える。
「愛していたのか? あいつを」
それを聞く彼女は何度も頷いた。
「あの人だけだ。母亡き後に、私を人間扱いしてくれたのは。それなのに、お前は! ああぁ」
力尽きた彼女は、その場にくず折れた。
そして最後だと思ったのか、彼のことを語り始めたのだ。
もしかしたら、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
聞けばモモの母は旅の曲芸師の一員で、籍は入っていないが団長の子である、彼女を妊娠したと言う。
けれどその母は彼女が13歳の時病で亡くなり、碌な曲芸ができない彼女は、団員達にも無駄飯食らいと冷たくされ、団長に娼館へ売られそうになった。
娼館の前で抵抗しているところを、カルダンが声をかけたそうだ。
「あんたは金が入れば良いのだろう? それなら俺がその娘を買おう」と言って。
モモは娼婦になるよりマシだと諦め、カルダンに付いていった。
けれどカルダンは、何年経ってもモモに手出ししなかったそう。
その理由を聞けば、亡き母と彼が同じ孤児院で育ったからだと言う。
母は適性があり綱渡りと玉乗りを武器に曲芸師に、彼は商人へ奉公にと道は別れた。
それでも時々カルダンは、街に来た曲芸の公演を見に来ていたそうだ。
そしてモモの存在にも気付いていた。
娼館の前で会ったのは偶然だったらしい。
そして彼女がここに来たのは、カルダンの指示だと言う。
カルダンは悪どいことをして今の商会の長になったから、敵も多く商会で働く者も一癖あるらしい。
もしカルダンが亡くなって彼女が残されたら、滅茶苦茶にされると思っていたようだ。
彼はいつも「俺が危なくなったり、捕まったら逃げろ」と言っていました。
そして私に、銀行の鍵を預けてくれました。
「その金はお前にやる。銀行のことは誰も知らないから、心配するな」とも。
「カルダン様は偉い人の手下だったようで、いつか切り捨てられると言っていました。うっ、グズッ」
話し終えた彼女は、また瞳に涙が溢れて嗚咽していた。
「そうか……じゃあ、命乞いをしなかったのも、あんたの為だったのかもな」
「なんで、私の為?」
「もし彼が騎士団に捕まったりしたら、秘密が漏れる前に暗殺されるはず。その秘密を知るあんたも、たぶん始末されただろう。
それに今回の失敗は、命令を下した偉い者にとっても大きな損失だ。きっとただでは済まない。
あんたのことも、売られてしまいかねないだろう。
それにもし、ここで殺したりしたら、あんたのトラウマになる。それにあんたは身代わりになって、庇いかねないからな。
「それは……そう、かも…………」
考えるモモは、そうだとうと納得していた。
カルダンはいつも、彼女の身を案じてくれていた。
「……悪どいこともやって来たのだろうが、あんたに取っては良い父親だったんだろうな。あんたがそいつを大事に思っていた様子で分かるよ。
辛かったな」
「お父さん……カルダンさまが? ああでも、そうかもしれない。きっと私は(そんな風に思っていた。だから……こんなに悲しい)……あぁ…………)
「あんたは生きないとな。それが命をかけてあんたを守った、父親の意思だろうから」
「生きて良いのかな?」
「すぐに後を追ったりしたら、きっと怒られるぞ」
「…………そうかな?…………そうね、きっと」
「ああ、生きろ! 生きて生きて、生き抜け!」
「ふっ、はぁ、うわ~ぁ、カルダン様にも生きていて欲しかったよ。ずっと傍にいたかったよぉ」
彼女は大声で泣き、ジョニーは彼女を抱きしめた。
その慟哭は、子供達の何人かにも聞こえたと言う。
みんな辛い過去がある。
少なくとも彼女は子供達に優しく接し、面倒を見ていたから、とても好かれていた。
子供達に必要なのは、その事実だけなのだから。
亡き母の日記をモモが読み返し、幼い時からの想い人がカルダンだと知ったのは、これからずっと後のことだった。
◇◇◇
子爵邸の近くに完成した孤児院に子供達は移り住み、モモは今までと同じように、保育員として勤務することになった。
ダクトルはメルクラスの家から、空き時間が出来ると孤児院へ顔を見せていた。
義父のメルクラスはジョニーの側近だから、帰りはいつも一緒だった。
子供達は領地の騎士に狩りや筋トレを学び、メキメキ体力が付いていく。
女の子は希望により、領地の婦人達に刺繍や洋裁を習ったが、狩りを好み騎士に師事する者も多くいたようだ。
ジョニーは負けん気の強いモモに惚れ、時間をかけて口説き、漸く結婚にこぎつけた。
本当はモモも、早くからジョニーに好意を持っていたが、訳ありの自分では迷惑になるからと断っていたらしい。
二人が結婚後に、モモはカルダンの遺産を銀行からおろし、辺境伯のダグラスに子爵邸の借金を支払った。
遺産はそれで、丁度なくなった。
まるで結婚祝いのようだとモモは笑い。
彼女の事情を知る者達も、「悪党の手に回るより、よっぽど良い使い道だ」とまた笑った。
ジョニーだけが、申し訳ないとモモに謝った。
けれど彼女は、「これで、引け目がなくなったと思って良いですか?」と尋ねたので、「勿論だ。俺の方に大きな借りができた」と豪快に笑い、彼女を抱き上げてクルクルとまわる。
何も知らない周囲の領民達は「奥様は妊婦なので、ほどほどにして下さいね」と、微笑んで祝福していた。
その時の子供が、アズメロウである。
この頃の子爵領は国から放置されており、ジョニーが結婚しても、いきなり孤児院ができても、住民が増えてもスルー状態だった。
あの立派な子爵邸の支払い方法も、勿論気にされていない。
念の為に子供達が孤児になったのは、猛獣討伐により命を落とした冒険者の親の死が理由だとしているが、勿論読まれていないのだった。
カルダン達が乗って来た大きな船は、あの後すぐに筋肉隆々の子爵と辺境伯の騎士達で、例の森林に運びあげた。証拠隠滅である。
そして詳しい図面を興した後解体し、部品を分解・回収した。その後新たに一回り小さい船を何隻か作り上げ、数年後に海賊と戦うことになるのだった。
◇◇◇
ダクトルは男爵令息として文武両道であったが、血筋を気にしてなのか、30歳を越えても結婚をしないでいた。
その一因が、アズメロウに焦がれていたせいだと知っている者は僅かだったが。
けれどその後にアズメロウが嫁ぎ、あの時の孤児の女の子が成長し結婚して生まれた娘が、アタックにアタックを重ねて、ダクトルと結婚したのだ。
晩婚のダクトルの子供達は、だからまだ若いのである。
◇◇◇
ちなみに。
アンディが留学していたのは、ラキリウム共和国だった。
その国に住む者は、平民・元貴族関係なく魔力があった。一説には近郊に、魔鉱山があるせいだと言われている。
そんな訳で、孤児だった子供達とダクトルの血が、魔法使いの下地となっていたのだった。