滴の手順
読んでいるあいだ、顔を上げないで。
いまの姿勢のまま、呼吸は浅く。深呼吸はしない。
冷蔵庫がうなっていたら、それは遠くの地鳴り。
窓のすき間風があれば、いまは無視。
一度目、左から小さい音。ぽと。
気のせいで済む薄さ。目はこの行のまま。スクロールはゆっくり。
二度目、右から。ぽと。
さっきより近い。同じ高さ。視線はまだ下。指だけ動かして行を送る。
三度目、手首の下でピチッ。
ひやっとする。手は動かさない。
四度目、服の端が少し重くなる。 ピチッ。
裾の一か所だけ。引っぱられた気がしても、手をやらない。
ここで手をやると、次は袖口の中へくる。
五度目、画面の端でピチッ。
文字が一つだけにじんだように見えても、スクロールは止めない。
止めた瞬間、次はもっと近くなる。
六度目、ドアに、一滴が当たる音。ピチッ。
ノックじゃない。覗き穴は見に行かない。
見に行くと、次は口の中で鳴る。冷たくなる。飲み込まないで。
七度目、足もとでピチッ。
床に薄い丸い跡がひとつ出る。濡れていない。色だけ少し暗い。
足の甲だけ冷える。足を引かない。引くと、追ってくる。
八度目、左の耳のすぐ横。ピチッ。
髪を払わない。指を上げない。触ると、中まで入ってくる。
九度目、天井でぽと。
見上げない。照明は暗くならない。
もし暗く見えたら、目の疲れ。そういうことにして、進む。
十度目、口が勝手に自分の名前を作り始める。言わないで。
喉がひやっとする。それは合図じゃない。飲み込まない。黙ってやり過ごす。
十一度目、右肩のうしろ。ピチッ。
布が薄く沈む。背中は動かさない。
ここで振り向くと、音はあなたの顔の正面に来る。
十二度目、耳のすぐうしろで、ピチッ。
空気がひやっとして、髪が一本だけ動く。まだ顔は上げない。
いま目を上げると、次の場所を向いてしまうから。
十三度目、机の下からピチッ。
影が薄く揺れる。影だけが濡れたみたいに濃くなる。踏まない。足を動かさない。
十四度目、スマホの裏面でピチッ。
置いたままなら、そのまま。手に持っているなら、そっと置く。
手のひらに冷たさが残っても、こすらない。
十五度目、窓のガラスの内側でピチッ。
外は乾いているのに、内側だけ白く曇る。見に行かない。
見に行くと、曇りがあなたの吐く息の速さに合わせてしまう。
次は、あなたの左頬。耳たぶのすぐ前。
触らない。目も動かさない。
来るよ⋯
ピチッ。