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第参話 ひとつの命、ふたつの刻に揺らぐ

 師匠が短い歩幅で駆けた。次の瞬間、刀を振り上げ、大きく踏み込んで斬りかかる。男は後方へと退いた。


「――はあっ!」


 さらに一歩踏み込み、刀を横に振る。その一撃で男の腹部を斬り裂いた。師匠は何かを察知して咄嗟に飛び退いたが、左手に焼けつくような激痛が走った。


「崇真、すまねえ」


 左の袖が裂け、皮膚の下から肉が露出し、血が滴っていた。


『師匠、私の左手に何が起きたのですか!』


「……そういうことか。崇真、少しの間、辛抱してくれ。すぐに終わらせてやる」


 師匠は刀を左下に構え、腰を落とすと、静かに目を閉じて呼吸を整えた。


 次の瞬間、身をひるがえして何かを斬った。目の前には誰もいない。しかし、声がした。


「くっ……引き際じゃな。主から授かった力が馴染んだとき、わしが小僧に引導をくれてやろう」


 不気味な笑い声が木霊し、やがて静寂が訪れた。


「すぐに医務室に行きてえところだが、戒将(かいしょう)が来やがったか」


 廊下のあちこちから足音が響き、師匠が戒将たちに取り囲まれた。戦武を向けられ、動きを封じられる。女の戒将が目を細めた。


「戦武を――」

「馬鹿野郎! この怪我が見えねえのか!」

「――ただちに医務室へ。取調べは、治療後に実施します」


 戒将たちが道を開け、師匠は納刀して駆け出した。


「崇真、医務室まで辛抱しろ」

『はい……戦将になったときに、こうなることは覚悟していました……。それが……少し早まっただけです……』


 強がってはみたものの、左手に後遺症が残らなければよいのだが。



 医務室でただちに治療を受けた。回復には二週間を要するとのこと。後遺症は残らないと聞き、胸を撫で下ろした。



 地下の一室で、私は男女の戒将から取調べを受けていた。


「お呼び立てして申し訳ありません。お怪我の具合はいかがでしょうか?」

「はい。全治二週間の怪我ではありますが、後遺症は残らないと聞き、安心いたしました」


 女戒将は、柔らかな笑みを浮かべた。


「それを聞いて安心しました。申し遅れました。私は戒将の志城詩埜(しきしの)と申します」

「武人の信条崇真と申します」


 私は、正面に座っている男と、その隣に立つ志城戒将とを交互に見た。男は頬杖をつきながら、どこか楽しげな眼差しをこちらに向けていた。


「こちらの方も、戒将でいらっしゃいますか?」


 彼が口を開いた。


「いや、俺は戒将じゃないよ」


 ……言語が異なるはずなのに、なぜか自然に理解できてしまう。以心伝心によって、それすら可能になるというのだろうか。


「失礼いたしました。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「俺は竹中半兵衛。君の想像通りだよ」


 さて、この場合、どちらに向かって話すべきか。志城戒将は先ほどから、ずっと目を閉じている。なるほど、戦武からすれば、我々は赤子以下の存在。他人の戦武であっても、立場を弁えなければならないのか。


 私は正面を向き、頭を下げたのち、竹中半兵衛に向かって話した。


「取調べを始めてください」


 竹中半兵衛が目を細め、微笑んだ。


「理解が早くて助かるよ。俺のことは半兵衛でいいよ」

「そうお呼びしても、差し支えないのでしょうか」


 半兵衛は静かに頷いた。


「俺は他人に仕える立場だったんだ。だから、この世界では俺が認めた相手には許しているんだよ」


「承知いたしました」


「監視カメラの映像から崇真が妖と戦っていたことまではわかったけど、君は何と戦っていたの?」


「半兵衛、私ではわかりかねますので、師匠にお訊ねいたします」


『俺たちが見てたのは幻覚だな。だから、コイツには何もないところを斬ってるように見えた』


「なるほど。承知いたしました」


 私は小さく咳払いをした。


「まず、戦っていたのは私ではありません。それに、私たちは幻覚を見ていたのです」


「……ぬらりひょんの仕業かな? 崇真の戦武の考えを聞かせてほしい」


『なるほどな。妙だと思ったんだ。崇真、コイツに伝えてくれ。「ぬらりひょんには主がいる。その主から力をもらった」ってな』


「ぬらりひょんには主が存在するようです。その主が力を与えたとのことです」


「……それなら合点がいったよ。問題は、ぬらりひょんの目的だね」


『ソイツは簡単だ。崇真、テメェが狙われた』


「師匠、申し訳ありませんが、意味がよくわかりません」


『去り際に、アイツは「小僧」って言ってたな。俺に対してじゃねえ。崇真に対してだな』


「……半兵衛、私が狙われたようです」


 半兵衛は静かに目を閉じた。


「……崇真を狙った、か」


 私が口を開こうとした瞬間、師匠に制止された。


『崇真、今コイツは考えてる。だから、邪魔するな』


 私は黙ってその様子を見守ることにした。やがて半兵衛が静かに目を開け、口元をわずかに緩めた。


「単刀直入に言うよ。敵にとって、未来の崇真が邪魔になった。だから、早めに芽を摘むことにした」


「未来の私が……ですか?」


「それしか考えられないんだよ。


崇真は戦将だけど、今の君は武人だ。

異形との接点がない以上、

考えられるのは、

機動隊に所属して部隊の一員として活動するようになってからだ。


敵にとって、未来の崇真はそれだけ脅威なんだよ」


「私は、これから何をすべきでしょうか」


「普通に訓練して問題ないよ。バーチャル空間だから左手も使えるだろうからね」


 ……師匠と以心伝心していたからこそ、私は助かったのだ。だが、あの妖は再び現れるのではないか。


「不安に思う気持ちはわかるよ。だけど、俺の考えだと何も起こらない」


「なぜ、そうお考えになるのですか?」


「ぬらりひょんという駒が生きているから、

また来る可能性を残している。

これだけで、崇真を不安にさせる要素になる。


逆に言うと、駒を失うと問題が解決する。

だから、敵は駒を残しておくだけでいいんだよ。


俺は槍が使えるから、武の心得はわかるよ。

迷いがあると、どうしても動きが硬くなる。


敵の目的は君を殺せれば良し。

無理なら不安を与えることで成長を妨げる。

これだけで未来に干渉できてしまう。

実に、狡猾な手口だよ」


 半兵衛がふっと微笑を浮かべ、静かに席を立った。


「志城ちゃん、俺は司令部に用があるから行くけど、崇真には戻ってもらっていいかな?」

「はい。異論はございません」


 半兵衛が部屋を出た後、志城戒将は私に一礼し、穏やかに微笑まれた。


「信条武人、ご協力、感謝申し上げます。お怪我が癒えるまでは、どうかご無理なさらぬように」


 私は席を立ち、深く一礼した。


「志城戒将、ご配慮くださり恐れ入ります。それでは、失礼いたします」


 そう言って、私は一度、自室へと戻ることにした。

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