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第拾壱話 神を騙るもの、影に立つ

「――崇真、そろそろ始めるよ」

 半兵衛の声で、私は現実に引き戻された。

 半兵衛は夢幻の前に腰を下ろし、穏やかに口を開いた。

「夢幻、異形の主について話してくれるかな?」

「ふむ。彼奴は陰陽師だが、名は忘れた」

「陰陽師は他にもいるの?」

「彼奴しかおらぬ。他のものは異形だな」

「敵の目的は?」

「人を減らし、残された者の前に現れ、神を名乗ると云っておったな。実に下らぬ」

「夢幻が協力していた理由は?」

「彼奴が日本全土に結界を張っておる。故に異形は存在を維持できる。わしの場合は、義理立てだな。最低限の仕事はしてやった」

「なるほどね。初めから忠誠心なんてものはなかったんだ」

「然うだな。彼奴は異形に力を与え、使役しておる。わしの身体にも小細工を仕込んでおった。善からぬものを感じた。故に斬り捨てた」


 夢幻は、わずかに口元をほころばせた。

「彼奴の顔が眼に泛ぶ。矮小な人風情が、わしを御するとは、実に度し難い」

「じゃあ、夢幻は中立と考えていいのかな?」

「然うだな。わしは誰にも与する気はない」

「今後、夢幻はどうするの? このまま桜華に残る場合、最低限のルールは守ってもらうよ」

「ふむ。彼奴がおらぬだけ増しだな」

 夢幻が私に顔を向けた。

「其れに武蔵と交わした約諾(やくかく)も残っておる」

「それだけ聞ければ、十分かな」

 半兵衛は縁に口を寄せた。

「神城ちゃん、準備は終わったかな?」

『はい。必要な準備は、すべて整っております』

「仕事が早くて助かるよ」

『半兵衛殿、ご指示があれば、即時対応いたします』

 半兵衛は立ち上がり、折り畳んだ槍を手に取った。

「それじゃあ、隊居(たいきょ)に移動しようか」

 私は立ち、師匠を腰に差してから、半兵衛に尋ねた。

「半兵衛、隊居とは何でしょうか?」

「機動隊に所属すると部隊専用の住居が与えられる。使われていない隊居が残っているから、使えるようにしてもらったんだよ」

「なるほど。隊居であれば、夢幻の存在を他の者から伏せておけるわけですね」

「そういうこと。だから、準備が終わるまで待っていたんだ」


 半兵衛が部屋を出たので、私も後に続いた。

「隊居は一番遠い場所にしてもらった。少し不便だけど、理解してほしい」

「半兵衛、異形が現れた際には、どうされるのですか?」

「要請があれば退治するよ。そのときは夢幻にも同行してもらう。もちろん見ているだけでいい」

「ふむ。其の程度であれば構わぬ」

「崇真、オペレーターと身の回りの世話をする統将が不在だから、隊居では自分のことは自分でやらなければならない。凌介(りょうすけ)と上手くやってね」

「戦将の方ですね。わかりました」


 隊居に到着した後、片岡大将と挨拶を交わした。彼は謙遜された。

 夢幻は服を自在に変えることができたため、機動隊と同じ制服を着てもらった。

 縁に至るまで再現されており、私は思わず目を見張った。

 夢幻は、「異形の装束は、其の時代に合わせることができる。故に、わし以外にもできる」と語った。

 我々は部屋割りを済ませ、要請が下るまでの間、待機する運びとなった。

 電脳空間にて訓練を続ける傍ら、折に触れ夢幻の指導を受けた。

 されど、一度として一撃を当てるには至らなかった。


 数日を経た頃、要請を受け、我々はヘリコプターにて現地へと向かった。


 我々はヘリコプターより降下し、即座に駆け出した。

 やがて視界の先に、白き和服の女が佇むのが見えた。

 周囲は凍てつき、道路も建物も氷に包まれている。

 吐息は即座に白煙と化し、空気は鋭く肌を刺した。

 外見は人の女と見えたが、その場に立つだけで周囲の温度を奪う異様。

 私は内心で、ただの人間ではあり得ぬと判断した。

 半兵衛の口から、白き息が漏れた。

「崇真、雪女だよ。見た目に騙されるとやられるよ」

「承知いたしました」

 雪女がこちらに目を向け、一歩だけ後ずさった。

 攻撃の気配はないが、妙な間があった。

 その静けさを破るように、背後から夢幻の声がした。


「お主、此の者等と戦わぬのか」

 雪女は顔を伏せた。

「あなた様を……殺すよう命じられました」

「わしには勝てぬ。其れを理解しておるのだな」

「はい……このまま戻れば……私は主に浄化されてしまいます」

「ふむ。わしがお主を保護しても構わぬが、如何する」

 雪女は顔を上げた。

 わずかに目を見開いた。

「よろしいのですか?」

「構わぬ。彼奴の小細工も斬り捨てた」


 雪女は深々と頭を下げた。

「何とお礼を申し上げてよいものか」

「半兵衛、異論は無いな」

 半兵衛は夢幻に体を向けて、首を横に振った。

「それはできないよ。俺たちは夢幻を止めることができない。司令部も理解している。だけど、退治できる異形なら話が変わってくる」

「ふむ。如何すれば良い」

「簡単な話だよ。夢幻が桜華の味方になってくれればいい。そうすれば、庇護下の異形には手出しができない」

「成る程。わしに殺意を向けた身の程知らずを斬る。其れで構わぬか」

「それでいいよ。これで足りなかった情報も手に入る。おまけに敵の戦力が削れた。司令部も口出しできないね」

 夢幻はわずかに笑った。

「食えぬ奴だな」

「早速で悪いけど、雪女にはヘリコプターの中で話を聞かせてもらうよ」

 雪女は小さく頷いた。


 ヘリコプターの下へ向かうと、縄梯子が自動で降下した。

 私と半兵衛はそれに取り付き、機体へと登った。

 上空には、既に夢幻の姿があり、雪女もその傍らに浮かんでいた。

 そのまま機体に入った。


「雪女、異形の主の名前を教えてほしい」

「はい、芦屋道満と名乗っていました」


「そういうことか……なるほどね」

「半兵衛、何かわかったのですか?」

「まあ、そうだね。他国は無事で、日本だけが閉じ込められていることがわかったよ」

「何を仰っているのでしょうか?」

「崇真は知らないだろうけど、『芦屋道満』は、日本人の名前なんだよ。陰陽師だけでは判断できなかったんだ」

 半兵衛は雪女に目を向ける。

「結界は、内外から干渉できない。だから、他国からの救援は望めない。これで合っているかな?」

「はい、その通りです」

 半兵衛は無言で拳の側面を機体の壁に打ちつけた。

「何が狙いなのかわからないけど、自作自演で救世主を演じるなんて、どうかしているよ」

 芦屋道満の狙いは見えた。

 とはいえ、その底にある思考までは読めなかった。


 ――だが、他国が無事であると知れたことで、私の胸中に張り詰めていた何かが、わずかに解けたように感じられた。

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