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ライラックの花言葉

「おい、ワシは粥は茶粥が好きだと言っとろーが! こちとら年金を国に返上して施設に入ってやっとんじゃ。つまりは客だろーが。客の要望はすぐ聞かんか!」

 朝食介助が始まってすぐ、橘の担当しているサザキさんというご老人が喚き始めた。


「でもほらぁ、みんなの要望聞いてたら調理のおばちゃんたちが大変じゃないっすか」

「大変だからなんじゃ! ワシは料理人として一期一会を大切に、お客様の要望に沿った料理を50年間ずーーっと提供してきたんじゃ。ここの調理の奴らはなめくさっとる。なっとらん。少しは」


「あ、そういや昨日だったかな。調理のおばちゃんたちが、サザキさんは昔超一流料理人で、舌もすごーく肥えてるのに、ちゃーんと私たちが作った食事も食べてくれる心の広いところがステキつって、すんげぇ褒めてましたよ」

「ぬ? ま、まあ、気になる点はあるが、食えんことはないからな」

 大人しく食事を始めたサザキさん。


「橘やるなぁ」

 呟いたら、遠くの橘と目が合った。にやっと笑って手をあげようとした時。


「橘ナイッスー」

 橘の後ろに立っていたヤンキー系女子集団が、甘ったるくて圧強めな声音で橘を呼んだ。


 くるりと振り返る橘。

 笑い合っている。


 短スカートから伸びる太ももは……まあまあ肉付きがいい。

 それを隠さず見せるところがさすがのメンタルだ。

 てゆーか何故にジャージに着替えてないのだ?


 しかしやっぱり気になるのは、彼女たちの髪の毛である。

 茶髪が動きに合わせて軽やかに揺れている。なんだあのさらっさら。

 髪染めてるのにさらっさら。

 私は染めてないのにごわっごわ。

 どんなシャンプー使ってるんですか?って聞きたい。


 ちなみに私の高級ノンシリコンシャンプーは『カラーリングで傷んだ髪もシルクのようにさらさら』と書いてあるのに、カラーリングしてない私の健康な髪をさらさらにしてくれないのだが。


 サラサラ茶髪が眩しい。羨ましい。妬ましい。

 そして、神々しい……


 シャンプーのCMみたいな髪のヤンキー系女子に絡まれ、爽やかに笑う水色ジャージ橘。

 橘は橘で、実はダサい水色ジャージも着こなすイケメンである。


「ううむ」

 なんか青春っぽい絵面。やっぱ髪がサラサラだから?


 無意識のうちに、自分のもっこりヘルメット頭を撫でつけていたことに気づく。

 撫でつけてもモコるだけだぞ、と、自分の手をきつく律して何食わぬ顔をする。

 ふーんだ。羨ましくなんかありませんよー。

 羨ましくなんか……


「ほうじ茶のおかわりを貰ってもいいかしら」


※※


 今朝から私の担当になったおばあちゃん、桜井香苗さんがにっこり湯飲みを差し出している。


「あ、今すぐに!」

 湯飲みを受け取り、ポットのほうじ茶を注ぐ。


 おや、今日はいつもよりお湯の温度が熱い。

 味が薄くならないギリギリを目指して加水。


「お待たせしました!」

「ありがとう」


 桜井さんは、こく、こく、とお上品に飲んで「良いお湯加減ね」と、にっこり。


(うわぁ、素敵なおばあちゃんだ)


 華奢だけど背筋もしゃんと伸びていて、服装も小ぎれい。

 ほんのり化粧もしている。

 なんというか、芸能界にいる、おばあちゃんなのにどこか色香の漂う大女優みたいな。


(いかん、いかん)

 とはいえ一見いい人そうでも、気は抜けないのが老人ホーム。


 ケアマネの佐藤さんは、ぱっと見面倒見良さそうな(つまり見た目が地味めな)高校生から順に、厄介な高齢者の担当を任せていくふしがある。


 私はがっつり面倒見良さそうチーム。


 あそこできゃいきゃい橘にじゃれついているヤンキー系女子集団は、高齢者の担当ではなく、その他雑務の担当だった。

 つまりは、いてもいなくてもなんとかなる業務を任されている。

 だからずーっと喋っていてもなんとかなる。


 ちなみにじゃれついたヤンキー系女子をうまい具合にあしらって、再びサザキさんの担当に戻っているイケメン橘は、実習開始当初は、その他雑務側に組み込まれていたけれど「あれコイツ、ヤンキー系女子と仲いいけど、実はいい奴かも」と、すぐに佐藤さんにバレて、現在、面倒見良さそうチームに加わっている。

 ようこそ橘。


 と、いうわけで、つまり、この一見素敵な桜井さんも、私の担当ということは、隠れ厄介高齢者の可能性大なのである。


 先週まで担当していた鈴木さんも、見た目まるっとしていて優しいおばあちゃん風味だったのに、開口一番「あんた若いのにカツラかね? 可哀想に」と、私の地雷を大いに踏んでくれた。

 だから私は彼女の薄い髪の毛を毟り取ってやった。心の中で。


※※


「ライラックの花が綺麗ねぇ」

 湯飲みを両手で包み込みながら、桜井さんが乙女チックに食堂の窓を見つめている。

 つられて視線を向けると、窓の外の低木に、紫色の鮮やかな花がポンポン咲いていた。


「おお~、ホントだ~! めっちゃ綺麗ですねー。あんなところに花が咲いてるの、全然気づきませんでした。ライラックって名前は聞いたことあったけど、あの木がそうなんですか?」


 サブスク音楽配信のティーン向けジャンルの歌詞とかでたまに出てくるけど、実物がどんな植物なのか知らなかった。


 桜井さんは私の「あの木がそうなんですか?」の質問に、微笑みで返してみせた。

 何それ、ステキ。

 やっぱりたぶん絶対いい人だ。

 いやでも、私の担当だぞ?


 そのうち「ところであなたのその髪、良いお花が活けられそうね」とか言いだすかもしれない。

 念のため心の中を戦闘モードにしていたら、桜井さんがいたずらっぽく笑った。


「ライラックの花言葉は確か、初恋、だったかしら」


(あ、可愛い)

 これはもう、たぶん絶対いい人だ、と、私は確信したのだった。


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