恋友からの手紙
泉ちゃんへ。
何も言わずにお別れしちゃって、ごめんなさいね。
せっかくなので、その後の私とコウタ君について最後まで聞いてもらいたくて、手紙をしたためてみました。
狭い地元。
私はその後も高校生の間に何度かコウタ君を見かけることがありました。
でももう、近づくことはできませんでした。
今もあるのかどうかわからないけれど、当時、彼女持ちの男子に気安く話しかけてはいけないっていう暗黙の女子ルールがあったの。
気にしない子もいたけど、私は気にするタイプでした。
一旦そうなってしまうと、あっという間に距離は開いて、気が付けば私は、気安くコウタ君に話しかけられない他人になっていました。
その時になって初めて、好きな人に彼女ができる意味を、私は理解しました。本当に、随分と悔やんだわ。
そうして月日は流れ、私は他県の大学に入学し、人並みに結婚して、子どもも生まれ、孫もでき、もうすぐ夫のもとへ向かおうとしています。
ちなみに夫とは恋愛結婚で、家庭円満。
私の人生は平凡ながら幸せでした。
でもね、そこそこ幸せな人生を送りながら、時々考えていたの。
もしコウタ君と出会ったのが二十代以降の私だったら、もっと気楽に告白ができたかもしれないのになぁって。
そうしたら今とは違う未来があったのかなぁって。
密かにいろいろ妄想したりしてね。
これは墓場まで持っていく秘密の1つ(笑)
十代の頃の恋はシェイクスピアの悲劇みたいで、まさに命がけな感じがするのよね。一歩間違えたら待っているのは死、みたいな。
なんでかしらね。
恋の相手も非の打ち所がなく完璧に見えるし、逆に自分は欠点だらけに思える。
でも本当はどちらも同じ、ただの中高生。
二十代になると(あくまで私の場合だけど)、そういう恋愛の客観的視野みたいなものが広くなって、もっと気楽に思えてくるのよ。
相手にも欠点があるとわかるし、自分も案外悪くないんじゃないかって、思えるの。
※※
あのね。
中学生の頃の私が「つきあって」を言えなかった最大の理由は『鼻の下の産毛』なの。
産毛っていうより、もう髭ね。
他の子に比べて体毛も濃かったの。
特に鼻の下の髭は隠せないじゃない?
抜いても抜いても生えてくるし、あの頃はまだ、永久脱毛はすごく高価で一般的じゃなかったから、打つ手なしだったの。
毎日鏡を見るたびに、「どうして私だけ」って泣きたくなって、嫌で嫌でたまらなかったわ。
少女漫画のヒロインに髭が生えてる子なんかいないじゃない?
でも、今思えばそんなの些末なことだったのよね。
あの時それに気づいて、ちゃんとコウタ君に『つきあって』って伝えていたら……なんて、今でも思うの。
話を戻すと、つまり私は人並みに幸せな人生を歩みながらも、心の片隅にはずっとコウタ君に対する気持ちがくすぶっていました。
それで私は、コウタ君といつ再会しても困らないように、身なりに気を付けて小ぎれいでいようと努力を続けてきました。
※※
前に泉ちゃん、私のことを他の高齢者と違って素敵と言ってくれたじゃない?
あれ、とっても嬉しかったんだけど、同時に思ったの。
私がもしコウタ君と結婚していたら、きっと今頃、まるっとしたおばあちゃんだったかもなぁって。
文句ばっかりのご老人はさておき、優しくて穏やかな、ザ・おじいちゃんおばあちゃんたちはきっと、人生に悔いがないのだと思います。
私はただ、そうなれなかったのよ。
夫が亡くなった後の残りの人生を、汐見浩太君と出会った地元に戻って過ごそうとするくらいに。
もうわかったと思うけれど、この老人ホームで泉ちゃんの名札を見たとき、もしかしてコウタ君のお孫さんかしら、と私は考えたのです。
それでなんとなーく注目していたら、橘君との関係がわかってきちゃって、そしたらもう、やきもきしちゃってね。
なんとかならないかなーって、佐藤さんにお願いして、泉ちゃんを私の担当にしてもらいました。
でも結局何もできなくて、気が付いたら私の恋バナを話していました(笑)
余計な老婆心を許してね。
※※
長い人生を経て思うのだけれど、やっぱり十代の頃の恋は、とてもとても特別です。
複雑で、繊細で、純粋で、永遠に色あせない宝石みたいにいつまでも心の中でキラキラ輝いている。
私ね、十代の恋は全て初恋だと思うの。
そして恐ろしいことに、不完全燃焼の初恋は永久にこじれてしまうのです。
私が野球部君の名前を忘れられたのは、「ごめん」という答えをきちんと貰えたからだと思います。
好きな人が自分のことを恋愛対象として見ているのかどうか、知るのはとても怖いことです。
自分が相手とつりあわないと思っている場合は特にね。
でも、つりあうかつりあわないかは、相手が決めること。
それに、自分の容姿って自分が思っているほど悪くないものなのよ。
※※
汐見 泉さん。
私はあなたの幸せを願っています。
頑張って。
あなたの恋友 桜井香苗より
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