8話
闇夜の王として最もふさわしいのは誰か。梟?狼?否!
確かに彼らは闇夜を上手に使っているが、それでも結局最後には光に頼る……
それじゃあ所詮三流である。
それでは真の王は何か……それは影そのものである。たとえ光を灯しても影は必ず生まれるのだから。全てを照らしだすことはできない。
さて、あなたたちのその手に持つ燭台の火が消えたらどうなるのでしょう?
その言葉とともにどこからとなく風が吹き、夜の見回りをしていた兵士たちの燭台の火が消える。電気が普及しておらず、火の光がなければ真っ暗な王宮内に響き渡る笑い声。姿の見えない人間に兵士たちは怖気づき逃げ出すのであった。
人のいなくなった真っ暗な廊下の影からにゅっと現れた少女は走り去る兵士を見てクスリと笑いながら、小さく呟く。
You're hell come. (闇夜にようこそ)
♢ ♢ ♢
「……みたいなことが昨夜あったらしい」
会議から三日後の朝食の時間。普段は俺と善也の関係をなるべく悟られないようにするためにお互いに距離をとっていたが、珍しく善也に『話がある』と言われ、何かあったのかと心配していたらこれである。
「どう思う」
「……」
どう思うって言われたって中二病臭い言葉遣いと微妙に意味の良く分からない言葉の数々……その原因なんてあいつしかいないだろ。
何やってるんだあのバカは。
「ご察しの通りだろ」
「やっぱそうだよなぁ……」
なぜそんなに目立つようなことをするのか……もし会うことがあったら一応確認しといてくれと彼は苦笑していた。
ちなみに本日が宵宮がやってくる日となっている。今日の夜は面倒なことになりそうだと思うと無意識にため息が漏れてしまった。
さて、そんなこんなで朝食の時間が終わり、俺は九重を連れて部屋に入ろうと扉を開けたが
「遅かったわね!この私……」
俺はすぐさま部屋の扉を閉め、もう一度部屋番号を確認する。間違って……やっぱないよな。
見間違い? いや、声が聞こえてる時点でそれはないよな……
「なんで閉めてるのよ!」
部屋に入ったらもちろん宵宮がいた。
♢ ♢ ♢
「朝から何の用だ?」
「なによ?せっかくこの私が朝早くに来てやったというのに……まあ、いいわ。どうせこの私が手に入れたものを見ればあなたたちは私に慧眼を向けるでしょうから」
それだけ言うと彼女は影の中に手を突っ込み何かをごそごそと取り出した。
「「これは……」」
「ふっふーん。前に貴方が言っていた禁録書。手に入れたわよ」
そう言って彼女が取り出したものは表紙に『持ち出し厳禁』と書かれた数冊の分厚い本であった。
「ああ、禁録書って書記官の記録室にあった資料ってことか」
「その通り、察しが悪くなったわね」
俺に聞こえるようにため息をつく彼女を前に、なんでわざわざ回りくどい言い方してくる人間にそんなことを言わればならんのだ……とふつふつとこみあげてくる怒りは、こいつが功労者なこともあり、間一髪のところで踏みとどまった。
「ところでばれたら大問題になると思うんだが?」
「心配ご無用!どうやら資料は二つあるみたいで普段使われるのが写し。こっちは原本。だからよほどのことがない限りはすぐには気づかれないわ」
報連相に問題あるとはいえ、意外とそこら辺のリスク管理は出来るんだよな。
じゃあ、昨日の夜の騒ぎは何だったのかって?被告人曰く
「彼らは確かに私たちと敵対関係にある。しかし私は神の使い……下界の管理者として彼らを正しい方向へ導かなくてはならないのよ!」
とのこと。確かに彼らは光の方に進んでいったのだろう。
……物理的な方だが
その話は置いておいて、問題はその中身だ。書記官しか見れないような資料となれば大分この国の内部に関わるものも多いだろうがそれが使えるかどうかは別問題だ。
そうして三人で宵宮が持ってきた本を端から端まで調べていると……主要作物の収穫高や過去の徴兵記録など興味深い資料がたくさんあったが……
(これは起用した重鎮たちの記録。そしてこれは……⁉)
「なあ、二人とも。ちょっとこれを見てくれ」
そこに並べられているのは税金関係の資料であり、税収や支出の内容が事細かに記載されているのだが……
見てみろ!どこもかしこも汚職だらけだ!
……自分で言っててあれだがとんでもねえ発言だな。
細かな説明は省略するが、簡単に言えば費用として充てられた税収と実際に使われている税収の大きさが異なっているのである。もちろんこれはこの国でも大問題になる話であり、本来ならば書記官たちがきちんとこれを正す。
(アトゥラ……ヘイオス……リヴァンザード!こいつはたしか祭政院の院長のはず!)
虚偽報告のリストを見ると日本で言うところの閣僚クラスの人間もどうやら平然としているようである。
(数が異なることに気付きそのまま記載しているのを見るに、癒着というよりも……正せないと考えるべきか?)
(以降『♢ ♢ ♢』まで少々ややこしい内政の話。読み飛ばしてもらっても構いません)
この国には司法に近しいものがあり、それを担当しているのが書記院と呼ばれるものである。この国は大部分の政治を国王ではなく細分化された院というもので行っており、一見すると君主制のようには見えない……が、実情はそれぞれを統制する権利を持つ院長は当時からの大貴族の世襲制……と部分的には君主制のような少々ややこしい形となっている。
形としては各院長は互いに一人の者が力を持ちすぎないように牽制しあいつつ均衡を保つといった具合にできている。
そしてその均衡を保つように働きかけるのが書記院の役目となる。
ただ、この形には目に見えて致命的な欠陥が一つあった。それは書記院の立場的な問題だ。
実は彼らも他の院と同じ立場となっており独立した権限や彼ら以上のバックグラウンドを持っているわけではない。
ならばもし、書記院を支配する貴族の力が弱くなったらどうなるか……そう無法地帯の完成である。
おそらく何らかの理由で書記院の立場が弱くなったのに加えて、東の国との戦争に便乗してよからぬことを企む貴族が大量発生してこのような状況になってしまったのだろう。
……あれ?これさ、もしかしてだけど……
俺らが例えすごい戦闘集団で、大陸統一に力で挑んだとしてもそのうち内部崩壊してたんじゃね?
大丈夫か?この国?
♢ ♢ ♢
「これが闇の経典……なんと恐ろしい。この私の本を持つ左手が震えるだなんて」
「貴方さっきまで両手で持っていても別に何ともなかったじゃない。ただ重たくて震えてるだけでしょ。もう少し鍛えたら?」
あきれ顔で正論を放つ九重。彼女はこちらに来てからしばらくの間は善也たちと同じく訓練を受けてたから力がついているのだろうが、こいつはずっと隠れていたからな。もう少し運動したらどうだ?(お前が言うな)
「しかし私たちは影の世界の住民。迷える民は私たちがメシアであることを知らない。……私たちが例え神『クトルポカル』の天啓を示そうと彼らはその言葉に素直に耳を傾けない故に真理を導くことはできないでしょう。彼らは忠誠すべき神を違えて……」
けれども九重の正論を一切気にしていない様子の宵宮はまたも自分の世界に入り込んでしまう。
「……貴方よくこの子と付き合ってこれたね」
「さすがにここに来る前はもう少しましだったよ……多分……」
小声で耳打ちしてきた九重に対して俺は笑ってごまかすように曖昧に答えることしかできなかった。
「しかし強欲なる王によって黒き帳が下ろされ、真なる神の威光の届かぬ……くっ、この私の力をもってしてもこれほどの重圧……」
「それで?求めてたものが見つかったけどこれからどうするつもり?」
「俺たちが例えこの証拠をもって叫ぼうと民衆は簡単には信じない……というよりも普通にやるだけじゃ当事者がうやむやにいくらでもできるだろう。どこの馬の骨とも分からない奴らの密告と曲がりなりにも統治し続けてる人間の弁明……どちらを信じる?」
「嫌な二択ね」
「だから……話を最後まで聞きなさっ……てあっ!」
大事な大事な資料を落とす宵宮。何やってんだ!
「……はあ。それで話はそれたが、そこらへんは事前に対策できる。すでに種は準備してある。あとは種をまき、根を張るのを待てばよいが……まだほかの条件が整っていない」
焦ってせっかく手に入れたこの武器を無下に扱うのはもっとも愚かな策だ。
とりあえず……
「もう一度全員で話し合いの場を設けたいのだが頼めるか?」
宵宮に頼むとわざとらしく大きくため息をつかれた。
「……この私にそう何度もお願いするだなんて貴方、どれほどバカげたことか分かってるの?……もう一度忠告するけど私は神……」
「……今この状況で自由に動けるのは神からの能力を授かっているお前だけなんだ」
「……。……フンッ、いいわ。その顔に免じて許してあげる。ただし、今度私の言葉を遮ったら……分かってるんでしょうね?」
うーんとそうだなぁ……
「神『クルトポルカ』への忠誠を誓う反省文を百枚分書いてやる」
「言ったわよ、その言葉確かに受け取ったからね!」
彼女は先ほどまでとは打って変わって小悪魔のような笑みを浮かべると上機嫌に「また会おう!」と去っていくのであった。
「……黙っててあげたの感謝してよね」
「……借り一つってところか」
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