6話
あれから五日後、作戦会議の日となった。
「……」
「……あらら?まだ議会(ただの会議)は始まってもないのにもうお疲れですか?」
「寝不足か?大丈夫か?」
あのなあ……
誰のせいだと思ってんだよ!
♢ ♢ ♢
会議前のあれこれはまた後に回そう……俺にはあまりにもカロリーが高すぎた。
「それじゃあまずは私のターンね。下界の観測者として久々に民の暮らしを見てみたけど……」
まずは宵宮だが、彼女には王宮を抜け出してもらい庶民の暮らしや様子を見て回ってもらっていた。現時点で王宮を自由に出入りできるのは宵宮以外にいないからな。
そして彼女の報告(翻訳済み)をまとめると大体こうなった。
景気が良いといった話は一切聞かない。むしろ生活が苦しいと言った話が多かったとのこと。とある国との戦争が膠着状態にあることはなんとなく住民たちは悟っていそう。……にもかかわらず国王が何も行動しないことに少々不信感を募らせている……と。
「俺たちのことは知らされていないのか?」
「愚問ね。冥府の民にとっておそらく私たちはジョーカー……そう、切り札ってわけよ。自らの奥義をそう易々と誇示するほど、例え神に背く異端者であっても愚かではないわ。早くても先の決戦で活躍してからにするつもりでしょうね」
言ってることはまっとうなんだが、後ろ髪をなびかせて腰に手を当ててどや顔で話すこいつに言いくるめられるのは謎に敗北感を感じてずにはいられなかった。
「次は俺の番だな」
俺は宵宮の話と少し被るところもあるが、実力主義の話と最大の収穫である書記官の記録室についての話をする。
「なるほど、封印されし経典はその書記官の記録室にあると。……ああっ、確かにそうね。感じる……感じるわ!どす黒いヘドロのような、それでいて焼け焦げるような黒煙のような気配が!」
「さっきまで何ともなかっただろうが。ただのプラシーボ効果だ」
「プラシーボ効果ですって⁉あなたまさかこの私の力をまだ疑うっていうのですか?汝は先ほど主神……」
あーもう分ったって。ごめんって。
俺はこびへつらうように土下座をして頭をぺこぺこ下げる。凄く……すっっごく『癪』だけど今日だけはもう背に腹は代えられない。
突っかかった俺が悪かったからさ、だからさ、頼むよ、な?
「……とりあえず忍び込むことはできないか?」
「この迷える民をありもしない幻想へと誘う……悪辣なる統制者の罪が隠されている……」
ただの記録だ。ややこしい言い方をするな。
「ただしその地はかの暴君の膝元にある……ですか。いくらこの私、主神『クトルポルカ』に仕える観測者であっても……一筋縄ではいかないかもしれないでしょうね」
「……どうだろうな。昼間に記録室に近特に衛兵とがが何十人もいるみたいなことはなかった。まあ、夜がどうかは分からないが……」
俺が無理はしなくてもよいと言うと、できないと思われたことが気に入らなかったのか俺の方を指さしながら見る目がないと笑う。
「フフッ、例え神に背いた邪教者たちがいくら神に頼もうとその神は偽りの嘘で塗り固められた張りぼてのような存在。さすれば自らの意思を運命にねじ込み、定められた軌道を変えられぬのならば!真の神にして唯一の存在であるこの私……そう!四界の最高観測者の一人、レボルバード・ヘブニア・ストラ(宵宮)のこの邪眼を欺くことなどできない!(とりあえず私に任せろ)」
あまり意味が分からないが断らないのを見るに大丈夫だろう。
何処か投げやり気味じゃないかって?
疲れてるんだよこっちは。
「最後は俺の番だな。孔明、周辺国を含めた地図はあるか」
「ある」
俺は素早く書庫で見つけた地図を写したものを床に広げる。
「俺が指導者の将兵に隣国との関係や戦況について尋ねたからそれを共有する」
善也の報告をざっくりとまとめると以下のようになった。
まず今、俺たちが争っているのは東の方で接しているエスタ帝国。国家の規模としてはほとんど同程度で戦況はどちらも決定打を入れられずに泥沼化している。
そして俺たちとエスタの両方に接している北側にある国がノラン。現状どちらにも肩入れせずに中立を貫いているようだが、噂では漁夫の利を狙っている可能性が高いそうだ。
対して南側に接している国がサウザーだがこことの国境は険しい山脈になっていることもあり特に何も起きてなく、むしろ友好関係を築いている。
最後に西の方で接しているのがウェザーツでここはノランの北部とも面している最も強大な王国……ミカド帝国と争っており、同じく別の国と争っている(エスタと争う)我らとは争いあう必要もないということで不可侵条約を結んでいる。
国家の規模としてはミカドが最大級残りの五か国の中だとウェザーツが一番大きい、そしてサウザーが一番小さく残りの三国は同じくらいだそうだ。
「俺たちはなぜエスタと争っているんだ?」
「国境北部付近にある炭鉱の所有権をめぐって争っているらしい」
「あれ?それじゃあノランは?どうして静観しているんだ?」
「あそこは国土にかなりの数の鉱山があるから炭鉱一つにそこまで執着していないと将兵は見ているらしい」
「なるほど!つまりそのノスタこそが、この戦争を引き起こせし黒幕……まさか!愚王『ウェルコリッチ』の部下が……」
「なんだ?そのウェルなんちゃらとやらは?」
そんな名前聞いたことないぞ?
「『ウェルコリッチ』よ!……奴は古代時代の天魔戦争に敗れた……」
またか……
「ややこしい架空の話をするな」
「……?『ウェルコリッチ』とやらは存在しないのか?」
「存在しないですって⁉なんと……」
「いないいない。ただの戯言だ」
「神の天啓を戯言……」
「今はその話は後だ。いいな」
また「私の話を……」と声を上げられぬように先手を打って鋭い目つきで宵宮を睨む。予想通り何かいいそうであったが俺の眼光がギリギリ押し勝ったようで、不服そうな表情をしながら肩にかかった髪をいじるだけであった。隙を見せたらすぐに語り始めるからなこいつは……
「だけどノスタがこの件について一嚙みしている……少なくとも彼らに何かしらの思惑があるのは確かだろうね」
「厄介な問題だな。このまま彼らを放置して戦争を終わらせて良いと思うか?」
「身の程をわきまえない愚王も最期には審判により炎に……」
「俺は思わない。勝っても負けても今度はノスタとすぐに争うことになるだろうね。俺がノスタの国王で大陸統一の野望があるならばそうする」
めんどくさい関係だなと不満を漏らす俺と善也。
「……その穢れた血は例え彼がその真理に……」
無視されていることに気付かずにかっこつけてる(多分つもりなのだろう)目を瞑りながら話し続ける自称神の代弁者が一人。
「ただ……うまく言い表せているか分からないけど、こういった突っかかりがある方が俺たちにとってはむしろありがたいかもしれない。単純な戦力同士のぶつかり合いだったら俺たちが戦うのはいよいよ避けられなかったかもしれないからな」
「……何か案でもあるのか?」
「今のところはない。すぐに解決できるような問題ならばこの世界の人間もこんなに苦労してないだろうよ。ここにいる人たちもバカじゃない。むしろ俺たちの何倍も賢い奴らだらけだろう」
そう、俺たちの頭脳は一般高校生である。そして一般高校生は孫氏の兵法やら司馬法の概要なんぞ知らん。戦争?内政?経営?ゲームでしかやったことない人間が実際にやってるやつらに勝てるはずがない。知識……というよりも頭脳の面で彼らに勝っているとは考えないほうが無難だろう。
「とりあえず緊急性の高い事案がないと知れただけでも収穫だな。隣国関係については今の俺たちにできることは少ないだろうから今は一度後回しにしよう。……とりあえずは書記官の件は頼めるか?」
心配なので一応宵宮の方を見ると……何があったのかは全く分からないからありのままの状況を説明すると、なぜか一人で右手を左手で押さえつけながら息が上がってた。
「えっ……あぁ、うん。何か進展あったの?」
「残念ながらなにも。分からないことが多すぎる」
「そう?それなら私はもう帰ってもいいかしら?我が主神『クルトゥポルカ』から『北へ行け』と天啓を授かったのよ」
「神がそう言ってるならばそっちを優先した方がいいんじゃないか?」
「俺も頼みたいことはそれだけだから、あとは好きにしてくれればいい」
「もう話さないといけないこともないし」と付け加えると「では、また満月の夜にでも出会いましょう」とだけ言うと影に飲まれるように宵宮は消えていった。
「本当にうまく使いこなしているよな」
と感心する善也。能力の話で一つ思い出したけど、そういえば……
「善也の能力の効果って判明したのか?」
俺の問いに対して静かに首を横に振った。
「現状判明していることは身体能力が向上していることだけだがメフィト曰くそれだけの能力じゃないらしい」
そうか……まだ不明となると、善也の能力を軸にした作戦とかはあまりにも打算的になってしまうな。
「早めに判明すればもっといろいろな案が考えられるが……」
「その様子を見るにある程度のプランはあるのか?」
「……とりあえず現王を下ろして俺たちの息のかかった新王を立てる」
彼は俺の提案に驚くことはなかったが腕を組み少し思案するそぶりを見せた。
「随分と思いっ切ったことを考えてんなぁ。……あっ、話を続けていいぞ」
「どうせ大陸を統一しないといけないんだ。こんな表立って行動すらできないような不安定な足場の上に立った人間にそんなことができるか?って考えた結果だ。幸運なことに俺が思ってた以上にこの世界は部外者に寛容だし実力主義の機運が高まっている」
俺の論理に対して理由は納得できるけど……だとしても最初からそんなことを考えねえよ。と笑う善也。
まあ今のところは全く糸口が見つかっていないけどなと二人で笑う。
これは後々思ったことだが、いつ自分たちが死んでもおかしくない状況で『それの解決方法は今のところない』なんて冗談を言って笑っている時点で俺も善也も頭がおかしくなっていたんだな。
……宵宮?あいつは知らん。
あいつは『外れ値』だ。あいつは素でああであると同時にこのギリギリな状況をちゃんと理解しているかと問われれば俺は首を横に傾けざるおえない……そんなやつなんだ。
「これからはどうするつもりなんだ?」
「しばらくはシナリオライターみたいにいろいろとプランを練ることになりそう」
「そうか。出来たら俺にも見せてくれよ。もちろん誰も死なないハッピーエンドで頼むぜ」
おいおい、小説の一つも書いたことのない俺にそんな難しい要望出すなよ。
「おっと、もう一つ報告があるんだった。明日からお前のところにもう一人助っ人を寄こす」
おおっ!それはありがたい……けど……先に一つだけ確認させてくれ。
「……きちんと会話できるだろうな?」
「会話できない奴なんているか?」
善也君や、君は彼女とまともに会話できてると自分は本気で思ってるの?
……ってよくよく考えれば俺のクラスで会話があそこまで成り立たないのはあいつだけだよな。ならもう誰がきても大丈夫か。
……大丈夫だよな?
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