5話
善也と行動を開始してから五日ほど経過した。あの日から俺は朝食を食べ終わった後は夕食の時間になるまでのおよそ12時間、王宮の書庫から役立ちそうな情報を片っ端から紙に移してはまとめる毎日を送っていた。その間に『速筆』の能力のサブ効果なのかそれともこの極限下での覚醒によるものかは分からないが資料を読み進める速度は日に日に早くなっていき今では一日に千ページ以上は処理できるようになった。
そのおかげもあってか、すでにこの世界の一般常識……世界地図、作物、歴史……そういった類の情報こそある程度は手に入ったのだが……
(もっと核心的な資料はないのか……)
どれだけ書庫の本を引っ張り出そうともこの国の根幹……言ってしまえば機密事項のようなものが書かれたものは見当たらなかった。もちろん普通の書庫であればそんなものはないのはもっともであろうが
(王宮書庫には置かれていないのか……そうなるといったいどこに……?)
「おい、お前」
『この地下世界の迷宮……』とこっちは睡眠不足なのは知ったこっちゃないといった様子でべらべらと悠長に話す宵宮から我慢して得たこの王宮の情報と書庫に置いてあった王宮の地図を確認してもこの王宮には他に書庫は存在しない。となるとおそらく……
「おい、お前!」
「……⁉」
集中していたために背後に人がいたことに気付いていなかった俺は、猫のように飛び上がると前にあった本棚に頭をぶつけた。
「いっ……」
「おい!本が倒れたらどうするんだ!」
「ファバッ⁉」
二人で慌てて落ちそうになる本を押さえると、俺がすでに本を抜いていたこともあり、かろうじて大きな被害は起きなかった。
「す……すみ……申し訳ございません。ところで何の御用でございましょうか?」
慌てて声の主の方を見ると効果そうなローブが目に入り慌てて口調を変えたために変な口調になってしまった。
「落ち着け。俺はただ最近変な小僧が書庫に入り浸ってると聞いたから様子を見に来たんだ。お前が噂のやつだな?」
俺に話しかけに来たのはおそらくここの王宮に住んでいる人なのだろう。最初に見かけた王や周辺に並んでいた人ほどではないが、整えられた衣装や髭からこの人もまた位の高い人であることは一目で分かった。
しかしそうか……そんな噂が立っていたのか。
(意外と見られてるのか?)
俺のことなんて眼中にないだろうと思っていたが案外そういうわけでもないのか?
「そのような噂が立っていたのですね。ここ最近は書庫にこもっていたので気づきませんでした。申し訳ございません」
「構わぬ。ただ、どんな奴か見てみようと思っただけだ。ところで、お前はどうしてそのようなことをしているのだ?」
良かった。特別怪しい奴としての悪評が広まった……とかではないようだった。
とりあえず俺は平静を装い、ごく普通の理由を述べようとしたが、その直前でいい機会だと思いこいつに少し誘導してみることにした。
「私の能力は『速筆』でありとても前線の戦闘では生かせません。……が故に後方の支援で役に立てないかと思い、今こうして色々と学んでいるのです。……ところで、僭越ながら一つお伺いたいのですが、ここにはいわゆる一般図書のようなものしか無いのでしょうか?」
「どういうことだ?」
「例えばですが内政に関与しているような方しか見れないような資料を確認したいのですが」
俺の質問に対して話しかけに来た貴族の男はしばらくあごひげを撫でた後、
「おそらくお前の言わんとしているものは書記間の記録室にしかねえだろうよ。その志は感心するが、残念ながら資料を見ることはできないだろうな」
と意外にもあっさりと場所を口に出した。これはうれしい誤算である。どうせこいつに居場所を話しても問題ないと判断したからなのか、そもそもこいつらに機密情報の黙秘……そんなことすら頭にないからなのかは分からないが、これで砂漠の中から砂金を見つける必要はなくなった。なんせ金がピラミッドの中に眠っているて判明したのだから。
「そうですか。ちなみに書記官には俺みたいな部外者はなれるのでしょうか?」
残念ながらそんな悠長に正攻法でやってる時間はないがここで質問を止めるのは少々変だと思い、他の話題を展開しておく。
「書記官ならば厳しいが不可能ではないだろう。お前に十分な素質があると認められればな」
あれ?なれるんだ。
これは少々予想外の回答であった。
「俺が全くの部外者であったとしてもいいのでしょうか?」
「世襲も多いがここ最近は実力主義になりつつある。何せこの戦乱の世じゃいつ、どこで、どんな乱が起きるかなんて全てを予測できやしない。そんな不安定な時世で世襲だけでは生き残れねえよ。だから俺たちはあんたらみたいな部外者にも頼っているんだ」
……ほう?
「実力主義の機運が高まっているのですか?」
「まあそんなところだな。とはいってもこの戦国時代においては大体は権力と実力は比例するものだからな、世論の風潮が変化しても大陸の情勢は大して変わらない」
結局新たな国家が誕生することもなければ国を指揮する顔ぶれも群雄割拠になってからも何にも変わっていない。と男はどこか冷笑するように笑いながら言った。
その後は特にめぼしい情報は得られず、最後に「まあ、がんばれよ」とだけ言うと去っていった。
男の姿が見えなくなるのをしっかり確認した後、彼が口にした有益そうな情報を忘れないうちに素早くまとめる。
ちなみにこんな生活をずっと続けたからか俺の能力はものすごい速さで成長していった(と思う)何せ最初は『気持ち早くなったか?』程度であったが今では毎秒百字以上のスピードで正確に書けるようになった。そんなに素早く腕を動かせるなら戦闘でも何かしら生かせるだろ……とも思ったがどうもこの能力は俺がペンを持ち紙を前にした状態でしか発動しないらしい。なぜそのような制約を課すのかはなはだ疑問である。まあ、今は無事に有効活用できてるからいいけどさ。
しかし成長と同時にある問題が発生してしまった。
実はまだまだ速度を高くすることは既に可能ではあるのだが、どうも俺自身の脳の処理が間に合っていないらしい。これ以上速度で書こうとすると頭を内側から殴られるような頭痛に悩まされる羽目になり、最高速度でも出そうものなら一瞬で処理が追い付かなくなりアラビア語のような何かが誕生する。どうやらこの能力を完璧に使いこなすには脳にスーパーコンピューターでも入れ込む必要がありそうである。
「……ゴミ能力が!」
無料で手に入れてなおかつ実際役に立ってるんだからゴミ能力なんて言うのはお門違いではあるのだが……でもやっぱり地味だし扱い不遇だしそのくせ『お前には使いこなせねえよ』と能力に煽られてる気がするのである。おまけに拡張性もないときた。
無駄に希少なんてレッテルを張られている分、猶更質が悪い気がする。
……ていうかそもそもの話この国の人たちは大陸を統一してくれる英雄を求めていたんだろ? じゃあなんでこんな能力を持った俺が生まれてくるのさ?
(あ~ダメダメ)
俺は頭を横切るあれやこれやを振り落とすと寝不足の体に無理やり活を入れて黙々とペンを走らせる。
五日後にもう一度善也と会う約束になっている。
俺は動くことのできないあいつに託されたんだ。それまでにできる限りの情報を入手しなくてはならないんだから。
そんなことを悩んでる暇なんてないんだ。
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