3話
この話だけ区切りの都合でものすごく短いです
善也は胸倉から静かに手を放すが、俺の目を見続けていた。
「……気づいていたのか?」
俺は心を落ち着かせ動揺を隠すべくゆっくりと落ちた眼鏡をかけなおし、声を低くしてそう尋ねた。
「……割と早い段階で気づいたさ。このままじゃ全員で生きて帰れるわけないってな」
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俺は善也を椅子に座らせると、誰かに聞かれることのないように小声で会議を始める。
「他の誰かが気づくのもきっと時間の問題だろう。それまでに何とか策を立てないといけない」
そう言う彼の目は普段のお人よしモードからリーダーモードへと変化する。
「……残念ながら今のところは良い案はない。申し訳ない」
「謝らなくていい。そんな簡単に答えが見つかるなら今もこうしてじっとし続けてはいないだろうさ」
善也はそれだけ言うと一瞬不安そうな顔をした。彼がそのような表情を見せたところを見たことは一度もない俺はわずかに動揺した。
「……だけど俺は下手には動けない。非常にありがたいことに俺は彼らに期待されているようで訓練は常に一対一の指導だ。抜け出すことなんぞ当分できそうにない。それに訓練中にもしものことがあると不味い。誰かが欠けることで他のクラスメイトを心配にさせるのもな」
このままだと何もできずにただ時間だけが過ぎてしまう。
「……そこで白羽の矢が俺に立ったというわけか」
自分で言っててあれだが体がゾクゾクと震えたきがした。
「ああ、そうだ。今動けるのはお前だけだ」
俺の肩をたたき彼は思いっきり笑っていた。
♢ ♢ ♢
「俺はできる限りあいつらの、そして仲間の『希望』であり続ける。……できる限り現地へ赴く時期を遅らせるつもりだが……長くは持たないだろうな」
外の戦況がどうなっているかも俺たちは知らないからな。と不満そうに口にした。
「多分あいつらは俺たちみたいな人間を呼んだのは今回が初めてなんだろう。なにせそういった配慮がいろいろと欠けている」
彼に言われて改めてこれまでのことを振り返れば確かにその通りだなと腑に落ちた。そもそも彼らは俺たちが従順でちょっぴり特別で貴重な下部くらいにしか考えていなさそうな節がある。彼らの持つ一般常識を俺たちが持ち合わせていると思い込んでいる節が。
「……けど……だからこそ、俺たちにも勝機がある」
「ああそうだ」
彼は微かに口角を上げた。
「本当に他に気付いている人はいないか?」
「多分な。俺が見た限り、今のところはな」
「……他のクラスメイトには知らせるか?」
「いきなり全員は無理だろうな。統制が取れなくなる。今は……信頼できる奴らの何人かに絞って話すつもりだ」
他に聞きたいことはあるか?
ない。
なら、頼めるか?
なぜかこの瞬間に俺は懐かしい感覚を覚えた。どこか既視感のある光景……
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どうしてそこまでやれるんですか
俺はこういったことをやるために生徒会長になったんだ。
……
他に聞きたいことはあるか?
……ないです
なら、頼めるか?
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(ああ、そうか。こいつはやっぱりすごいな)
こいつは俺たちに降りかかる未曽有の危機に直面しても一切ずに、自分の役割を果たそうとする。
なるほど、これは確かに
「やっぱり『主人公』だな」
「お前もそんなことを言って茶化すのかよ。やめてくれよ」
あの時はまだ言えなかったけど、今は違う。こいつは何も変わっていないが俺は変わった。
……いや、俺が変わるんだ。
命かかってるんだ。能力の違いに余計な劣等感を抱くのも。斜に構えた態度で主人公気取るのも。俺は主人公の選考に落ちたんだ。この世界ではこいつが主人公なんだ。俺はその脇役。
「生徒会長を補佐するのが俺の役目ですよ。しっかり役目を果たしますよ」
その言葉を発すると同時に目の前の好青年は待ってましたと言わんばかりに無邪気に笑った。
「いいじゃん。お前今初めてこっちに来て笑ってるだろ?」
言われてはじめて気づいた。たしかにこっちに来てから戸惑ったり悩んでばかりだった。
「それじゃあ頼む……っとそうだ、おそらくこうやって面会できる次の機会を待つ余裕はないだろうから何日かに一回定期的にこっちから使いを寄こす。しばらくは文通になるだろうから……そうだな、この本の百ページに手紙を挟んでおいてくれ。こちらから何かある時もそのページに挟んでおくように話しておく」
そうして善也は今後の連絡方法やら必要そうなことを確認する。おそらく彼が事前に考えていたのと必要なことはそれほど多くはなかったこともあり、それ自体はすぐに終わったのだが、久しい友人の来訪に俺はうれしくなってしまいついつい話し込んでしまった。彼は明日も朝早くから訓練があるにもかかわらず。
そんなことに話し始めてから随分後になって気づき、申し訳ないことをしたと謝ると善也も『忘れてた!』と最後にもう一度今後のことを念押しすると大慌てで部屋から出て行った。
何とも情けない退出であったが、部屋から出ていく彼の背中はこの上なく頼もしく感じた。
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