15話
静寂に包まれた王の寝室の中で静かに向かい合う俺とイグサ。
かつ算段はあるのか?
いいえ、全く。
むしろ、今日までずっと黒星を積み重ねてきていたこの対面にどうしてそのような勝算を見出せようか。けれども、先ほどもイグサの言っていた通りこの程度の想定外をどうすることもできないようであるならば、この先も困難続きになる……間違いなく。
それに、何よりも俺の無茶苦茶な要求を書画は寝る間も惜しんで達成し、他の仲間もあれやこれやと準備に徹してくれた。今ここで、俺が逃げる選択をとれるはずがない。そんなことをした暁には書画にどんな顔をして向き合えばいいんだ。
「それじゃあ、全力で行きます」
俺は能力で強化された身体能力をフルに活用して、イグサへと肉薄する。大きく踏み込み。間合いに入ったところを狙って剣を振り下ろす。イグサはバックステップで避けたところをさらにもう一歩踏み込み、今度は剣を振り上げる。
だが、一切表情を変えることなく先ほどよりもより素早い動きで後方に跳び間合いから外れるとともに背後の壁が近いことを考慮しているのだろう、俺から見て反時計回りに九十度立ち位置を写す。その間に俺も二連撃が躱されたところで一度体制を整える。
ここで身体能力の差でごり押しをしようと欲張り、深追いすれば手痛い反撃を受けることになる。それで何度も負けてきた。
だから細かい攻撃で少しずつ削ろうと考えるようになる……しかし、そうなると今度は技術力の差で少しずつこちらが不利な状況にいつの間にかなってしまう。
イグサは俺が相手している感じでは攻撃を見切ってカウンターを狙うタイプの人間で向こうから手出ししてくることは少ない。だから、良い状況になるまでは何度か今みたいなことを繰り返そう。そう考えていたが、
「狙いが露骨すぎます。それではこちらから参りましょう」
三度目の攻撃の後、突然今度はイグサが攻撃終わりを狙い、接近する。もちろん向こうから仕掛けてはいけないなんてルールはないんだから当然こういうこともある。
俺は不意を突かれ、慌てて距離を取ろうと後ろに引くが、それは想定済みだったようで、俺が引いた分以上に接近した。どうやら完全に読まれていたらしい。イグサには長年の経験があるとはいえ、さすがにこうも先読みされると、俺って自分が思ってる以上に分かりやすいのかなと少々不安になってしまう。
洗練され、無駄のなく非常にコンパクトな突きを間一髪のところで体をひねって避けると、そのまま細かな斬撃の飛び交う接近戦へと変化する。『これは不味い。いつもの負けにつながるパターンだ』と理性が警告する。
しかし、何度も距離を取ろうとするがイグサが全くそれを許さない。多少の被弾は覚悟しつつも状況の有利を保つことを優先するのである。致命傷になるかどうか、そこら辺の取捨選択を瞬時にできるのがこの人の強みなのだろう。俺にはまだできないし、到底できるようになりそうにもない。
このままではじり貧である、俺は焦って衝動的にならないようにぐっと奥歯をかみしめながら頭を回す。
(なにかないのか。たった一回……たった一度きりでもいい!完璧でなくてもいい。このままいけば負けるんだ)
しかし、とうとう俺の対応が後手に回り始め、イグサの剣先が俺の皮膚をかすめ、削る。わずかな血しぶきとともに神経から脳に鋭い痛みが伝わる。痛みというものは本来ならば思考の邪魔になる……が、この時の俺の脳は自分でも驚くほどすっきりしていた。ミント味のガムをかんだ時のように。
なぜか体が軽い。イグサの動きがいつもよりも怠慢に見えた。俺の左わき腹を狙う剣筋が見えた。
はじき返した。イグサにほんの一瞬だが隙が生まれた。その瞬間、俺は理性が制する暇もなく賭けに出ていた。右足で大きく踏み込むと同時に左足のあたりにあった剣を振り上げた。
何の根拠もないのに今の自分ならできると本気でそう思ってた。
「あれほど大振りをするなと言っただろうが!」
だが渾身の一撃もイグサは体をかがめて避ける。同時に狙っていたかのようにすぐに大きく一歩を踏みこみ、今度は反応することもかなわないほどの距離となる。イグサと目が合う。彼は訓練の時もそしてこの決戦の時も一切表情を変えない。
俺は笑って見せた。
この隙をあなたが見逃すはずがない!
だからあなたは必ずこの瞬間、距離を詰め一撃で仕留めようとしてくる。俺は先読みなんて高度なことはまだできない。だけど、何度も戦い、何度も負けてきたからこそ……俺は貴方の実力を信頼できる。
俺は剣を持つ右手に全体重をかける。振り上げた剣の慣性に逆らう、常人にはなしえない高速の二連攻撃。
「しまった⁉」
この時、初めてイグサの顔色が変わった。
相手の動作を確認し、踏み込む分イグサの方が遅い。反応こそできたが体重の乗った一撃を剣で強引に受け止める形となる。技術もへったくれもない単純な力押し。体面なんて知らない。そんなことを気にして負ける方が馬鹿だ。
「オッルラァ!」
♢ ♢ ♢
剣は真っ二つに折れ、刀身は僅かに宙を舞った後、カランカランと頼りない音を響かせた。受けきることは不可能と判断したイグサは、身をひねって攻撃こそ回避したが、折れた刀を一瞥すると、そのままそれを床に放り投げ、甲冑を脱ぎ、両手を上げた。
「私の……負けだ」
「善也……」
「嘘だろ……」
「イグサが負けた……だと」
響はすぐに俺の元へ駆け寄ると念のために準備しておいた簡易治療セットを取り出して、傷口に薬を塗る。その傍らで王もメフィトもお互いに逆の立場であるにもかかわらず「ありえない……」とこぼしていた。なんでおっさんは端から諦めてるんだ。
「お前の勝ちだ善也。約束通りすきにすればいい」
そして何を勘違いしてるんだこの人は
「フン。余に逆らうからこうなる。さっさとやってしまえ」
王はフンと鼻を鳴らして俺に顎でさっさとやれと命令する。こいつはいったいどんな論理思考しているんだと心配になる。
いろいろ言ってやりたいことはあるが、世の中には優先順位っていうものがある。とりあえず俺は、勝手に殺されると誤解していそうなのをただすために思いっきり無抵抗なイグサの頬を叩いた。
「そんなバカなことするかよ」
メフィトも王も目を丸くし、叩かれた本人もまた、呆然と俺を見上げる。
「お前が死んで最も喜ぶのは誰だ?国民か?俺たちか?違うだろ⁉このネタを酒のつまみにして一番喜ぶのは他の国のやつらだ」
俺の言葉を黙って聞いていた響はニッと口角を上げる。
「貴方が優秀で努力家であるのは俺たちは知ってるんです。そんなあなたがこんなところで殺すなんてありえない」
「馬鹿げてる!」
「この国の状況を考えればこの程度で粛清なんてしてれば骨すら残りませんよ?」
俺の言葉の真意に理解できていない様子の国王は首を傾げる。まあいい、数十分後には嫌でも理解することになる。
それに俺たちはこの大陸を統一するために使えるものはなんでも使いますよ。だってその辺の条件は一切ありませんからね。
「もちろんあなたが国王そのものに忠誠を誓っているようでしたら強要はしません。ですが……あなたが兵士になった理由がこの国……この世界のためであるならば俺たちとともに剣を振るってほしいのです」
あなたの言動から考察するに、そうではないでしょとほほ笑む。
「返事は急ぎません。心の整理がついた時に答えを聞かせてください」
それだけ言うと、俺はイグサに背を向けて、とっとと本題に入るべく王へと歩み寄る。視界の端でメフィトが『馬鹿者!とどめを刺せ!』と伝えようとしているのが目に映ったが気にせずに進み続けた。
「それでは、実に平和的な交渉を始めましょう。国王様」
俺の提案に対して国王はどこか安心したような、それでいてどこかやるせなさそうな、複雑な表情をしていた。
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