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第8話

 入学式の開始を告げる、高らかな喇叭(ラッパ)の音色が、湖の向こうまで鳴り響く。


 ゲオルギウス城の広い中庭には、数百人の生徒達が集まり、学年ごとに整然と並んでいる。

 髪や瞳の色、性別、身長、国籍、人種、扱う魔法……。全てがバラバラで、教師陣に負けず劣らず、色とりどりな若者の集まりだった。


 古城の中庭というシチュエーションもあり、喇叭が鳴り、同じ制服を着て、まるで今からどこかへ出撃する、中世の騎士団や魔法師団のようにも見える。

 だが彼ら彼女らが今から立ち向かうのは、戦場ではなく学問の場。

 そして聴くのは、独裁的指導者による士気向上のための演説(プロパガンダ)ではなく、学園長の長い長いお言葉だ。


「――……というわけで、どうか自覚を持って勉学に励んでください」


 本城のバルコニーに立つ学園長が、見下ろす先にいる、中庭の生徒達へと語り終えた。

 喉に魔法杖を押し当て、音響魔法によって声を増幅させつつ、全ての生徒に激励を送っていた。


 しかし何人かの学生達は、最後までその声を聞くことができなかった。貧血を起こして具合悪そうにし、早速保健医(レット)の世話になる者が続出した。

 ココがもし士官学校だったら、『軟弱者』とみなされ折檻されているところだ。他の者も連帯責任を問われ、腕立て百回くらいの罰直かな。

 とはいえ、机にかじりつく時間の方が長かった子供達には、それは酷な話だろう。


 そんな中で――背筋を伸ばし、真っすぐにバルコニーを見上げ続けている、一人の銀髪女子が右目の視界に入った。

 新入生達の列の先頭に立ち、周囲とは明らかに違う雰囲気を、異彩を放っている女子生徒。跳ね橋を渡る馬車の中にいた、マーカス家のお嬢さんだ。

 他の一年生達とは全く違う。実に堂々とした立ち姿だった。

 しかしどこか、他人を寄せ付けない冷たさというか……まるで本当に戦場へ臨むかのような、そんな気迫を漂わせている。


「では次に、新入生代表の挨拶。『オルアナ・マーカス』」


「はい」


 名前を呼ばれ、マーカス家のご令嬢――『オルアナ』は、凛とした声で返事をした。


「『ブラスト』」


 ソプラノの声で小さくそう唱えると、中庭にさわさわと吹いていた早春の風が、オルアナを中心として集まり出す。

 微風は華奢な身体を包み、徐々に風速を上げていき、やがて猛烈な突風となった。


「おぉ、これは……」


「風魔法ね。それも、よく練られているわ」


「たしか彼女の属性は火だったはずだが……」


 それだけじゃない。杖や魔導書を用いず、空中に魔力で描いた魔法陣と、簡略した詠唱だけで魔法を扱うとは。

 これほどの若さであの水準に達するには、相当な学習と研鑽を積まなければ為し得ない芸当だ。


 しかし感心している面々には目もくれず、オルアナの足は地面から離れ、身体がフワリと浮き上がる。

 風に舞う花弁のような、あるいは伝説上の妖精族を思わせる、実に見事な空中浮遊だった。

 魔力操作を誤って墜落するリスクを気にせず(あるいは誤るはずがないという自信からか)、学園長の隣へと、表情を変えず優雅に舞い降りた。


「ほっほっほ。流石は入学試験の首席合格者ですな。いやはや見事、見事」


「いえ……」


 学園長と何か話しているようだ。演説が終わった後も学園長は音響魔法を使用し続けており、僅かだがその余波でオルアナの声も届いてくる。

 褒められて、謙遜も照れもしていない。ただ『当然だ』と自負している、クールな口調だった。


「時間がないので、ショートカットさせて頂きました」


 ……時間がない? 確かに学園長の話はクソ長かったが、別に入学式の予定時刻は押していない。となると、何か個人的な理由だろうか。


 急いでいるらしきオルアナは、事前に考えて書いてくるべき新入生代表の式辞用紙を取り出しもせず、バルコニーの上から数百人の生徒全体を見下ろし、ゆっくり見渡した。

 教師達の方にも目線を向け、俺の右目と視線が合い、そこで顔を止めたようにも感じる。

 しかし気のせいだろう。先程の吊り橋で、馬車の中の顔を見た程度で、自意識過剰だ。


「……新入生代表、オルアナ・マーカスです。私は……」


 そして彼女も自分の喉に指を当てて、音響魔法によって声を増幅させつつ、挨拶を開始する。

 きっと優等生らしさに溢れた、格式ばった演説をするのだろう。貴族のお嬢さんだし、こういうのには慣れているのかもしれない。


「――私は、ここにいる貴方達全員より優秀です」


 その言葉に――『挑発』に。


 教師陣はピクリと反応し、退屈そうにしていた上級生達も、怪訝そうな顔でバルコニーを見上げた。


「この学園の入学試験に、私は一位(トップ)の成績で受かりました。そしてそれは今後も変わらず、首席を維持したまま卒業していくつもりです」


  ザワザワと、中庭に困惑が広がる。

 何を言っているんだ、と理解できない者や、明らかに不快さを顔に滲ませる者、それでも無関心を貫く者、興味深そうにしている上級生……。


「私には目的があります。当然皆さんにもあるかと思います。ですがそこに『重さ』はない」


 教師達の間で「止めたさせた方が良いのでは」や「いや、ですが……」と対応が割れ始める。

 整列している生徒達も口々に、オルアナの真意を測りかねて私語を始める。


 だがそのザワついた雰囲気を、一喝するようにして。

 オルアナは更に声量を上げた。音響魔法の出力は変えていない。彼女自身の声が大きくなったんだ。


「無才の怠け者ほど、すぐに『才能』や『努力』といった不確かなものを持ち出して論じたがります。ですが私には、そんな議論はどうだって良い。答えのない問題を語り合う暇があるのなら、私はひとつでも多くの魔法を突き詰める」


 騒然とする場で、俺はただ、彼女の言葉に耳を傾けていた。

 あまり他人に関心を示さない俺が、興味や好奇心をくすぐられていた。中々に面白い女子生徒だ。


「貴方達が友人と遊んでいる間、私は勉強してきた。貴方達が家族と過ごしている間、私は魔法の訓練をしてきた。貴方達が寝ている間、私は魔術書を読み込んできた。貴方達が勉強している時は、もちろん私も勉強していた。それが私の『重み』です」


 新入生代表の挨拶などではない。これは――『宣戦布告』だ。


「もし異論や反論のある方は……どうぞ、かかってきてください。いつでも挑戦を受け付けます。上級生だろうと関係ありません。私はここにいる全員を乗り越え、この学校を巣立っていきます。……以上」


 そうしてオルアナは背を向け、城内へと入っていった。その後、新入生の列に戻ってくることはなかった。

 もしかすると城内の図書室にでも行って、誰よりも早く魔法の勉強を始めたのかもしれない。


 残された生徒達は、誰も彼もが面喰らっている。

 とりあえず拍手した方が良いのかな……? と周囲の顔を窺う者もあれば、陰口や悪口で冷笑する女子達、挑戦を受け取って「生意気な一年の鼻を、今すぐヘシ折ってやるよ!」と血気盛んになる上級生もいた。


 俺としては――ガリ勉くんや真面目ちゃんな生徒ばかりかと思っていたが――中には尖った生徒もいるのだな、という感想を抱いていた。


 とはいえ、あんな面倒臭そうな性格の女子生徒を担任するのだけは、御免こうむりたい。

 厄介な敵はスルーするか逃げるに限る。戦場での、俺と『相棒』が学んだ鉄則だ。


 まぁでもまさか、右も左も分からない新人の教師()に、大貴族マーカス家の令嬢を、首席合格者を任せるだなんて、そんな無茶な采配をするはずはないだろうな。

 大丈夫大丈夫。心配することないって。

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