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ロビン・クリストファーは魔法の先生  作者: 及川シノン@書籍発売中
六章 エイト・マジック・クリエイト
35/37

第34話

 だがラビも負けじと、無数の魔法を光弾の形にして撃ち出してくる。


「マジックAIッ!! 熱暴走(オーバーヒート)しても構わん! 全力全開だ!!!」


 ゲオルギウス学園の跳ね橋の周囲には、湖面の上には、ありとあらゆる物理法則が出現する。


 この世に存在する全ての物資が生成され、爆発も凍結もプラズマも衝撃波も電磁波も時空の歪みも発生し、まるで宇宙創成の瞬間か、あるいは世界が終わる日のような、壮絶な光景が繰り広げられる。


 だが世界は終わらない。俺の後ろにいるオルアナや、生徒達の人生も、ここで終わったりなどしない。


 楽曲がクライマックスに向かう指揮者さながら腕を振るい、戦っているラビもそうだ。絶対に生かして捕らえる。殺したりはしない。裏庭で戦った帝国の二人にだって、本来なら自殺なんてしてほしくなかった。


 戦争の時も、本当は、できるなら誰も殺したくなかったし、誰も殺さないでほしかった。


(あぁ……そうか……)


 全てを察した。俺は、俺の目の前で、もう誰にも死んでほしくないんだ。


 俺を拾ってくれた教会の神父も、強盗に連れ去られた孤児達も、今も笑顔で生きていれば良かったのに。



『ロビン……お前さ……。お前は、生きろよな……。長生きして、ベッドの上で、死ね……』


 誰よりも、ケシィに死なないでほしかった。これからもアイツと一緒に、生きたかった。



『……英雄になんて、ならなくて良いから……。私は、ただ……あの子に……。生きて……帰ってきて、欲しかったなぁ……』


 ミリィさんだって同じ想いだった。無事に帰ってくれば、それだけで良かったんだ。



『ロビン。私のことは良いのよ。貴方は、貴方の人生を生きなさい』


 イヨ婆ちゃんを車椅子に乗せて、庭の桜を見せてやりたかった。

 けどイヨ婆ちゃんも、俺が健康に生きることを願って、そればかり心配していた。



『そんなに難しい顔しないでよ、プーちゃん。私……プーちゃんには笑顔でいてほしいから』


 学園への就職やら昼飯やら、さんざん世話してくれたレットも、見返りなんて求めなかった。

 幼馴染として、最後に残された親友として、仏頂面な俺が笑って過ごせる日々を願っているのだろう。



『たとえ他の貴族や企業に負けてしまっても、宮廷魔導士になれなくても……。母親からすれば、あの子にはただ健康で、笑顔でいてくれたら、それで良いんです』


 オルアナの母のマーカス夫人も、イヨ婆ちゃんやミリィさんと同じだった。

 俺は何度も、同じような言葉を聞いていたのに。どうしてこんなに、気付くのに時間がかかったんだろう。



『……だがとにかく俺は、アンタに命を救われた。俺だけじゃない。俺の嫁さんや、娘の未来も守ってくれたんだ。生き残った連中は全員アンタ達に感謝してるよ。なんだかアンタも大変そうだが……まぁ、元気にやってくれ。それだけで良いんだ。それが一番良いに決まってる』


 酒場で出会った、片足のない退役兵。彼こそが、一番分かりやすく真理を教えてくれたじゃないか。


 生きてさえいれば、それこそが何物にも代えがたい幸福なんだ。


 俺は彼を守ることができて、彼に感謝されて、本当は凄く嬉しかった。

 だが守りきれなかった戦友も多いから、複雑な気分になって、酒を飲みすぎた。


「撃ち殺せ、マジックAI! カノン平原の英雄への、リベンジマッチだ!!」


「踏ん張れよ、マジック・アイ……! 俺の魔力なら、いくらでもくれてやる!!」


 俺は今までに、自分を『英雄だ』なんて他人に名乗ったことは一度もない。


 しかし宮廷魔導士になれず、自分が何者であるかを、胸を張って他者に紹介できなかった。


 ……でも、そうだ……! そんなことは、どうだって良いんだ。


 誰も……! 誰一人だって「お前は宮廷魔導士になれ」なんて言わなかった。そうだ、誰もそんなこと望んでいなかった。そうだろ、オルアナ。


 勝手に背負いこんで、そうしなきゃいけないと重荷に感じて、『そうじゃなきゃ意味がない』と、思い込んでいただけだった。


「ぐッ、ゥおおおおっ……!!」


 もうじき魔力が尽きる。そろそろ腕が上がらねぇ。指も上手く動かん。生徒達も限界に近い。


 あらゆる物質や現象や法則が入り乱れ、無数の光弾が飛び交う橋の上で――それでも、生徒達は俺の名を叫ぶ。大声で呼んでくれる。俺が何者であるかを、教えてくれた。


「ロビン先生!!」


「クリストファー先生ーっ!!」


「先生ぇえええっ!!」


 その声もだんだん、遠くなってくる。ぼんやりしか聞こえない。視界も霞んできた。


 だがそんな俺の腰に細い腕を回し、強く抱きしめてくるオルアナの体温は、ハッキリ感じる。


 そして彼女の叫ぶ声だけは、俺の耳へと――魂にまで届いた。



「負けないで!! ()()()()()ぇぇえええーーーっ!!!」



 オルアナ……。お前も、俺をそう呼んでくれるんだな。



『婆ちゃん……。俺……何したら良いのか、何になれば良いのか……。もう、分かんないよ』



 イヨ婆ちゃん……っ! ケシィ……!! 死んでいった、戦友の皆!!!



「マジック・アイ!! オーバーヒートぉぉぉぉぉおおおおおおおっっ!!!!!」




 ――俺、魔法の先生になったよ!!!




 出力全開。


 だが左目が、顔面の左側には、焼け付くような熱さが襲う。

 うるせえ。知らねぇ。構うもんか。カノン平原で、砲弾の破片が眼球に突き刺さった時の方が、遥かに痛くて熱かった。


 ラビとマジックAIによる光弾の数を、勢いを、俺と俺の魔眼(マジック・アイ)が僅かに上回っていく。

 徐々に解析が進み、鎧の騎士団を全滅させ、確実に勝利へ近づいていった。


「ぅぅぅうううううおおおおおおおおおっっっ!!!!!」


「うぁあああああああああああああああっっっ!!!!!」


 そして――ついに、全ての光弾が、完全に相殺された。


 訪れる、一瞬の静寂。


 時が止まったような世界で、驚愕に見開くラビの目と、俺の両目がかち合う。


 俺は、鎧騎士達の残骸が無数に散らばる跳ね橋を――ただ一直線に、走り出した。


「!?」


 ラビは面食らった顔になり、俺の腰から手を離したオルアナも「ロビン先生っ!」と叫ぶ。


 だが構わず走り抜ける。そして拳を固く握り、その拳の前方に、魔法陣を浮かび上がらせた。


「まだ隠し玉があるのか!? 解析しろマジックAI!!」


 その間も、距離を詰めていく。脇目もふらず、全力疾走で。


 足は千切れそうで、肺も心臓も破裂しそうだ。

 ラビに届くまで、遥か長い道のりに感じたが――ケシィや仲間達と共に戦場を駆け抜けた、いつかの日を、彼らの声を、思い出していた。



『行くぜロビン! オレらなら、誰にも負けないっての!』


『遅れるなよクリストファー伍長!』


『ロビンさん! 貴方が吸ってる煙草、今度僕にもコッソリ試させてくださいよ!』


『勝とうぜクリストファー! 生きて帰ったら、美人や可愛い子ちゃん達にモテモテだぜ!』


『走れ走れ! 俺らの勝利と栄光は、この地獄を走り抜けた先にしかねぇのさロビン!』



 その声や、おぼろげに姿が見える幻影や、思い出すらも。駆け抜けた後方へと、置き去りにして。


 跳ね橋を走りきって拳を握り、ラビへと飛び掛かった。


「どうして解析できん! マジックAI!!!」


 これは俺とケシィの()()()()()だ。分かるはずがねぇ。


 戦場で「お前だから教えるんだぜロビン。墓まで持っていけよ」と聞かされた時は、俺も心底呆れたけど。



『……魔法使いってさ、なんか妙にプライド高いだろ? 相手の魔法を見極めて、やたら反対の属性で打ち消そうとするじゃん。つまり、常に()()の姿勢なんだよ』



 だから俺は、握った拳に『デタラメな魔法構成式』を書き込んだ。解析なんて、できるはずない。


 悪戯好きなガキの、相棒の考えたオリジナル言語なんだから。


 どれだけ学習しようと、人智を超えた頭脳(AI)にだって理解できない、俺とアイツだけの、何気ない日常の産物だ。


「――『グランド・ゼロ(偉大なる虚無)』」


 ラビの横っ面を、整った顔面を、思いっっきりブン殴る。


 八大属性でも魔法ですらない、ただのグーパン。


 解析が間に合わず、咄嗟に攻撃魔法へと切り替えようとしていたラビだったが、もう遅い。

 間に合わず、モロに殴打を喰らって、城門の方まで吹っ飛んでいった。


 拳の魔法陣なんて無視して、初級でも何でも良いから、攻撃を撃ち込めば良かったのに。

 ……まぁ、だからこそケシィは「盲点を突くってやつよ」と、自信たっぷりだったんだ。


「がッ、は……!」


 仰向けに倒れたラビ。全身が痙攣しており、再び攻撃してくる気配はない。


 そして俺は握った拳を、腕を掲げて、勝利を示す。


 すると――橋の上で倒れていた生徒達からは、歓声や安堵の息、感謝の言葉が飛んできた。


「……ケシィ……。今度は、守れたぜ……」


 上空を見上げると、壮絶な魔法勝負の影響か、夜空には雲ひとつなかった。満月の光が、柔らかく降り注いでいる。

 そんな空模様より、生徒達の無事を確かめようと、橋を戻って行こうとしたら――俺と同じく体力も魔力もカラカラだろうに、オルアナが胸へと飛び込んできた。

 そして両腕を俺の胴体へ回して抱きしめ、顔を埋めてくる。


「うぉ……っと! オ、オルアナ!?」


 まさかあのオルアナが、こんな大胆な行動に出るだなんて。予想も分析もしてなかった。完全に、盲点を突かれたってやつだ。


「良かった……! ロビン先生が、無事でっ……! お父様やお兄様みたいになったら、どうしようかと……!」


 あぁ……そういうことか。

 大切な人を失くし、その悲しみやトラウマを抱えているのは、俺だけじゃないんだ。


「……俺も良かったよ。お前が、お前達が無事で何よりだ」


 そうして『残された者同士』である俺は、オルアナの頭をぽんぽんと撫でてやった。

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