36-15.仕込み
「取り敢えずこんな所かしら。
リリカも他に気になっている事は無い?」
「ええ。問題ないわ。
後は任せておいて。アルカ様」
リリカが自信満々に返事をくれた。
ここまでの働きを思えば、何の不安も感じない。
リリカなら、きっと上手く事を運んでくれる事だろう。
私達は一旦会議を終えて解散する事にした。
先にグリアとニクスを教会に帰し、私はもう少しだけリリカと話を続ける事にした。
「もしかして、次はリリカが行ってくれるの?」
「そうよ。これ以上アルカ様が出張る必要はないわ。
十分な仕込みは済んだもの」
「どゆこと?」
「あの侯爵も便利な魔道具をいくつか持っているの。
アルカ様は彼に信用されたわ。
少なくともリオシアに仇なす存在ではないとね」
セオドロスやシルヴァン王子が持っていたようなやつか。
嘘発見器とか何かの検知系魔道具の事だろう。
「あの侯爵、私の事嫌いじゃなかったの?」
「嫌っていたわよ。
少なくとも五年前までは。
要はアルカ様の頑張りが認められたのよ。
あの国で一番アルカ様を警戒していたからこそ、アルカ様の行動にも注目していたの。
最近のアルカ様は自身の影響力を自覚して謙虚に過ごしていたもの。少なくとも表向きには。
だからこそ見直したのよ」
「一体何様のつもりかしら」
勝手に嫌悪して、観察して、評価を下すだなんて。
何もかもが一方的だ。
まあ、私の眼中に無いだけとも言えるけど。
「そこは仕方ないじゃない。
生まれながらの高位貴族だもの。
しかも他者を裁く立場よ。
思考の根底に傲慢な考えが根付いているのも無理からぬことよ」
「ルスケア伯爵の罪を握りつぶしていたのも、そんな思考故だと?」
「そうよ。
あの侯爵からしたら厄介な冒険者風情と敵対派閥の末端に嫌がらせしていただけだもの。
罪悪感のかけらも無かったでしょうね」
「民の命を何だと思ってるのかしら」
「そんなものよ。
とは言え、侯爵が特別に悪人というわけでもないの。
けれど、アルカ様が考えて理解出来るタイプでも無いわ。
実際悪人じゃないなんて言われても納得出来ないでしょ?
だから何も伝えなかったのよ。
アルカ様はどうあっても、あの侯爵と仲良くする事は出来ないわ。
侯爵の方は仲良くしたいようだけどね」
根底の常識が違いすぎるのか。
度々感じた違和感もそれ故だったのかもしれない。
「リリカは何に利用するつもりなの?」
「あら。バレちゃった。ふふ。
けれど特段変わった事ではないわ。
私は本来の役目に戻るだけよ。
これでリオシアの中枢に一気に近づけたわね♪」
そこまでしろって言ったっけ?
まあ、いっか。
どの道面倒な因縁が多い国ではあるんだし。
「そうだ!アルカ様!
私、ご褒美が欲しいの♪」
「え?
勿論良いわよ。何でも言って」
突然どうしたのかしら。
またヒサメちゃん関連かな?
「ピレウスの家、使わせてくれないかしら?」
「あの家?
構わないわよ。
なんならあげても良いし」
「ううん。
それは遠慮しておくわ。
たまにノアが見に来てるもの」
そっか、未だに掃除とかしてくれているのね。
ノアちゃんにとって、今なお思い出の場所なのだろう。
これは余計な事言っちゃったわね。
あ、でもちょうど良いかも。
結婚記念日はピレウスで過ごそうかな。
ノアちゃんは喜んでくれそうだし。
その日だけ、リリカにも空けてもらう必要はあるけど。
「けどそれだと、リリカが使うのマズイんじゃない?」
ノアちゃんとバッタリは洒落にならないやつよね。
「出来れば決まった時間だけ優先的に使わせて欲しいの。
放課後に少し特別教室を開けたらなって」
なるほど。
それで改まって許可を求めてきたのか。
「アリアと?」
「アリアにも付き合ってもらう事になるでしょうけど、どちらかと言うとルイザによ。
今のうちから色々仕込んでおきたいの」
「まさか、ルイザちゃんを手駒にする気?」
「そうよ。
ルイザの存在は役に立つわ。
あの子は王子達との縁が深いもの」
確か、第二王子のセオドロスとその息子、テオドロスだったか。
ルイザちゃんは幼馴染のテオドロスはともかく、その父親のセオドロスとまで仲が良さそうだったらしい。
ルイザちゃんもルイザちゃんで、いくつか不思議な所があるのよね。
「そういう話なら、私世界を使ったらどう?」
「まだダメよ。
今の段階でそこまでの知識を与えるつもりはないわ」
ああ。それであの家なのか。
リリカの立場上、今の我が家でやるわけにもいかないし、かと言って学園内やリオシア王都の他のどこかでは、何れストラトス侯爵にもバレかねないものね。
と言うかだ。
リリカはもしかしたら、ルイザちゃんの何かを矯正したいのかもしれない。
私達家族に加わっても問題の無いよう、予め手を回しておきたいのかも。
手駒にする件は、その口実を隠すためかしら。
私がルイザちゃんに対する偏見や悪感情を持たせないようにしてくれたのかも。
リリカは気遣いが上手いわね。
わざわざそこまで気を回してくれるなんて。
私がリリカの意図に気付くような話の流れにしたのも、全てリリカの思惑通りなのかしら。
何にせよ、私も余計な事は言うまい。
「わかった。
手配して……いや、そういう話ならシオンの所はどう?
屋敷を一つ買い上げてあるんだけど」
「一応、止めておきましょう。
あの地でセレネが気付けないとは思えないわ」
まあ、教会からもそれなりに近いものね。
チハちゃんズはともかく、アリアが一緒にいればバレてしまうだろうし。
今更セレネが咎めてくる事は無いだろうけど。
「ならピレウスの家を使うって事で決まりね」
ノアちゃんはハルちゃんの分体が止めれば済むとして、後誰が出入りしてるのかしら。
その辺り確認しておかなきゃね。
「それと、ご褒美は別で考えておいてね。
家の事は気にしなくていいから」
「ありがと♪アルカ様♪」
こちらこそ。リリカ。




