36-11.口実
「なんですって?」
諸々朝のルーチンを済ませて各所に分体を派遣した私は、ルネルの下を訪れた。
私を見たルネルは、妙なお願いをしてきたのだった。
「じゃから、ヘスティも受け入れよ。
ついでじゃ。ついで」
「それでなんで嫁に加えろなんて話しになるのよ?
今だって家族として受け入れてるわよ?」
「そうではない。
口説き落とせと言っておるのじゃ。
お主なら容易い事じゃろ?」
「いや、だから急にそんな事言い出した理由を」
「あやつには口実が必要なのじゃ。
くだらん妄執から解き放たれるための口実がな」
「もしかして、過去改変の事を言ってるの?」
「そうじゃ。
そのような馬鹿げた夢は忘れさせてやるべきじゃ。
お主が代わりの幸せを与えてやるのじゃ。
わしは奴の友として、これを頼んでおるのじゃ」
まあ、ルネルの気持ちはわかったけども。
要するに、未だに引きこもり続けるヘスティが見ていられなくなったのだろう。
正直大げさ過ぎるのではないかとも思うけど、ルネルが言うって事はそれだけ深刻なのかもしれない。
その割には、酒に頼って雑に忘れさせようとしてたけど。
と言うかこれ、大口叩いておいて失敗したって事?
あれ?
もしかしてルネルって、武力以外だと意外と頼りにならない?
「取り敢えず話はしてみるわ。
必ずしもルネルの希望に沿えるとは限らないけど」
「うむ。それでよい」
ならまあ、頑張ってみましょう。
アリスに怒られない程度に。
「それで、先に昨日の事を話し合いたいんだけど。
今から良いかしら?」
「……まあそうじゃな。良かろう。
お主も気がかりがあっては集中できんじゃろうしのう」
どうやら先にヘスティの方を解決して欲しかったようだ。
早くも夜泣きに疲れているのかもしれない。
夜どころか四六時中かもだけど。
何かこの家酒臭いし。
また酒を与えているのだろう。
これも迎え酒って言うのかしら?
後で掃除してあげなきゃ。
「先ずはへーちゃんの事よ」
「そうじゃ。あやつはどうした?
何故連れて来んのじゃ?」
「もう数日、私の方で様子を見るわ。
必要ならすぐにルネルも呼び出すから。
ルネルもそのつもりでお願いね」
「お主、あのような事があってもぶれんのじゃな。
たった一晩で情が移りおったか」
「一々そんな目で見ないで。
これは必要な事よ。
もちろん、そういう気持ちが無いわけじゃないけどね」
「……まあよい。
今のように、分体とやらを側に置く程度であればそう危険も無いじゃろう」
あら?
ルネル、やっぱり私の本体と分体の区別ついてるのね。
今ここに来ているのは本体の私だ。
自室でへーちゃんと過ごしているのは分体の私だ。
どうやら、へーちゃんには区別がついていないようだった。
へーちゃんには、そのまま普通に少しずつ話しかけている。
結局、パスを利用して直接心に届ける方法は止めておくことにした。
逆侵攻されても困るし、なんとなく言葉くらい簡単に覚えそうな気もしたからだ。
何せ、へーちゃんあれでも神だものね。
私のような半神とかでもなく、ニクス達と同じ純正純真の神様だ。
とても私の分体を使ったとは思えない。
というかやっぱり、ニクスの言った通り私の分体は原型を留めない程溶かし尽くされていたのだろう。
残った薄皮一枚の中に、混沌ちゃんの一部がこれでもかって詰め込まれていたようだ。
ぶっちゃけ、神としての存在はニクス達より格上だ。
注ぎ込まれた量がえげつないっぽい。
私の分体が元々強大だった事もあるけど、更にその分体のリソース全てを薄皮一枚に引き伸ばしきった結果でもある。
例えるならお饅頭を中の餡子ごと綿棒で引き伸ばして、その皮で混沌ちゃんの欠片を包み込み、さらにそれを割れる直前の風船のようにギリッギリまで膨らまし続けながら中身を追加していった感じだ。
いやまじで、何その神業って言いたくなる。
私、同じこと出来る気がしないもん。自分の分体なのに。
その辺の諸々は、私が寝てる間に研究班が調査を進めてくれていた。
今も、現在進行系で調査中のはずだ。
数日私が見る事にしたのは、その辺りの事情も絡んでいる。
ルネルに預けるのは、本人の同意が得られるようになってからでも構うまい。
それくらい、言葉を覚えるのだってすぐだろうし。
今は名前を呼び合っている。
始めてからさほど時間が経っていないにも関わらず、既に私の意図がなんとなくわかってるっぽい。
「へーちゃんの事はそんなところかしら。
それで、混沌ちゃんの方なんだけど、ルネルってあれの気配視えてるの?
私、全然わからなかったの。エルヴィもね。
けれど、セフィ姉は何かを感じ取っていたみたい」
「……いや、わしもハッキリとはせん。
多少違和感を感じる程度じゃ」
ルネルでも?
「セフィとも話してはおこう」
何やら難しい顔のルネル。
遂に自分を超えた存在が動き出した事に、何か思うところがあるのかも。
「それで、他には何が気になっておるのじゃ?」
「長老はどうだった?
後遺症とか無い?」
「うむ。問題ない。
記憶の方も都合よくあの前後だけが抜け落ちておった」
そう。良かった。
それにしても、混沌ちゃんが何かしたのかしら?
それも何かの制約に基づく必要な事だったとか?
いや、こんな事まで考えだしたらキリがない。
神に制約があるっていうのも、普段のニクスの言動からくる思い込みでしかないかもしれないのだ。
何でもかんでも自分の知る基準で推し量るのは危険だ。
余計な事まで考えず、先ずは情報を集めていくとしよう。
そもそも、混沌ちゃんが次いつ仕掛けてくるかなんてわからないのだ。
ニクスやノルンが以前言っていたように、次は数百年、数千年後って可能性も無いわけじゃない。
それこそ、私達の感覚で推し量れるわけもないのだから。
「長老が無事で何よりね。
少し時間を置いて、エルヴィの件の続きと、ルネルとの結婚報告にも行かなきゃ」
「……必要なかろう。
厳密には、わしはあの国の民とは違うのじゃ」
「何言ってるのよ。
きっと国を上げて盛大に祝ってくれ……やっぱ止めておきましょうか」
「うむ。懸命な判断じゃ」
『ダメに決まってるでしょ。
セフィに言って、引きずってでも連れて行かせるわよ』
「なんでよ!?
イロハがそこまでする理由ないでしょ!?」
『何言ってるのよ。
私はアルカのお守り役よ。
アルカが道を踏み外しそうな時は、正道に戻してあげるのが私の役目よ。ふふっ』
「笑い堪えきれてないじゃん!
絶対そんな理由じゃないじゃん!」
『アルカだって照れて狼狽えるルネルは見たいでしょ?』
「それはそうだけども!!」
「おい、アルカ」
「あ!いや!今のは!
だって仕方ないじゃん!
ルネルがやっと振り向いてくれたんだもん!」
「何を勘違いしておるか!
わしはただお主の身を!」
「良いんだもん!
セレネが何か言った結果だってわかってるもん!
けどそれでもルネルが約束を違えるわけないんだもん!
この際だから理由なんて敢えて見ないフリするもん!」
「くっ!開き直りおって!」
「イロハ!私思い直したわ!
やっぱり今すぐ長老に伝えに行きましょう!
ルネルとの結婚をエルフの国の皆に祝って貰いましょう!
私!ルネルが逃げられないように何でもするわ!」
『ふふ。その意気よ♪』
「やめんか!」




